早すぎた到来
『トゥーヤさんっ大変だ! 新聞社のヤツが怪我して帰ってきた!』
戦場のように慌ただしかったギルドの一階が、途端に静まり返る。
駆け込んできた青年の顔は、走ってきたにもかかわらず、血の気が引いて真っ青になっていた。
それはニ三日前から降り続く雨のせいだけではないだろう。
早すぎる、とワンが小さな声で漏らす。それを聞いた途端、心の中がざわつきだした。
『ソイツは何処にいんだぁ?』
トゥーヤが部下に声をかけながら立ち上がり、こちらに一瞥をくれて、オメェも来い、と吐き捨てるように言った。
震える膝を叩いて立ち会がり、先に行った背中を追いかける。
二人が話しているのを聴いていると、大柄な構成員が、うちの社員を抱えて入ってきた。
彼はガラス細工を扱うように優しく、女性を床に横たえる。
彼女の近くにしゃがみこむと、スーリャの声が近くで聞こえた。
まるで真横で話しているような不思議な声。
『何時、何処でやられたの? 敵の数は? しっかりウチに報告して』
『しぁ、ちょう……東、町か、らきて……魔術、し……たす、う……ごじゅ……もぃなッ……』
懸命に報告していた女性はそれだけを言って意識を失う。
ご苦労様、とスーリャが言えば、後方から慌ただしい声と足音が聞こえてきた。
どうやら治療魔術を使えるものを連れてきたらしい。
部下との話を終えたトゥーヤが眦を吊り上げる。
『ワンッそっちはどぉなってんだぁ!』
『大声を出さなくても聞こえてる! スーリャッそいつはどこから来たんだ!?』
ワンは机の上に広げられている地図から目を上げずに問いかけてきた。二人揃って苛立ちを隠そうともしていない。
『この――ノルドさんは東町の上街で警戒してたヒトだよっ敵は魔術師で五十以下だって――』
会話の途中で背後にヒトの気配を感じた時、視界がぐるりと回る。そこには女性と同じく、全身が黒で統一された男性が立っていた。
報告してと、スーリャが問う。
『はっ二部隊を代表して報告します。現在東町にて、敵勢力四つと交戦中。例の魔道具はありません。また青空組の構成員は予定通り遅滞戦闘を行い、敵を指定場所へと誘導しています。なお自分以外の社員は二人一組で、敵及び敵の増援を警戒し、後方から監視任務を続行しています』
スーリャはご苦労様とそう残して、言い合いをしている二人の幹部に歩み寄る。
『――から早く出せって言ってんだろぉ!』
『いい加減にしろ! なんべん言ったら分かるんだ! 壁が出来てない所に部下送ったって無駄になるつってんだろうが!』
二人の家族が額を突き合わせていがみ合っていた。昔よく見た懐かしい光景だが、それは今やるべき行いではない。
全員、立場も力もあの頃とは全く違うのだ。それは彼女も分かっているようだった。
『いい加減にしてっ! アニキが居ないからって慌ててもしゃーないでしょ! 二人揃ってみっともないっデカい喧嘩は初めてじゃないでしょ!』
周囲の視線がこちらに集まる。それもそうだろう。いくら幹部の一人とはいえ、妹分が上の二人に物申したのだ。
片方がいきり立つのを、小さな手が制す。
その手は、地図のとある場所を指し示していた。
『敵は二百。東町で止めるのは諦めて、こっちで――』
『そうか……そうだな。礼を言う、スーリャ。それとみっともないところを見せたな、すまない』
ワンはそう言って笑うと、緩めていたタイを締め直し、空気を臓腑に溜めこむ。
『良く聞けお前ら! 勝負に出るぞっギルドの周囲を固めろ! 全方位ここから二つめの壁で食い止める! 東町の奴らに伝令っ東町は捨てる、こっちの東西通りまで引きつけておけと伝えろ!』
応ッという声とともに、待機していた新聞社の配達員達がギルドから出発する。
監視を続けている他の社員達にこのことを伝えるのだろう。
同じく待機していた組の者にトゥーヤが指示を出す。
『オメェら聞いたなぁ? 誘い出された奴らを叩き潰すぞ! 文屋との連絡を密にしろぉ俺も出――』
彼の言葉が終わるのを待たずに、出戻りの配達員が駆け込んでくる。それを見たトトさんが顔をしかめた。
『報告します! 南門、中央通りで敵が進軍を開始しました! ハジキの使用を確認、数は百! 奴ら、隠れていやがりました!!』
『なんでぇ、奴さん随分と本気じゃねぇか』
陽動たぁな、とトトさんはワンの反応を見ながら続ける。
『で、どうするんだボス? お前が決めないと何もはじまらねぇぞ?』
『……南の誘導班に伝えろ、敵を五つに割る。適時攻撃を仕掛け、指定の場所に誘い込め……トゥーヤッ南は作戦通りに潰す。東の別動隊の半分をこっちに回せ、残りはそっちの殲滅戦に加えろ』
『応ッ!!!』
トゥーヤの叫びを聞いて彼は頷くと、こちらに視線をよこした。
『スーリャ、お前に頼みたいことがある。ヴァシルにこのことを、直接伝えてきてくれ』
『分かった!』
スーリャの叫びにも似た返事を置き去りにして、その場から離れる。
記憶の場面が変わる。途中、彼女が見た戦闘の光景が視界を過るが、気を取り直せば、目の前に俺の顔が映された。
次の瞬間、黒い眼帯と頭髪で視界が埋め尽くされる。
何度やっても気分がいいものではない。自分とキスするのは――
「「…………」」
唇を離し、ぼうっとした顔のスーリャと見つめ合う。
以前聞いた話だと、これの後は何だかよく分からない感情だけが渦巻いていて、すごくモヤモヤするらしい。
今もそれに戸惑っているのだろう。
おかげで、ことの全容が見れた。東町では旧来の魔術師戦が繰り広げられている。
これも放って置く訳にはいかないが、急を要するのは南町。
ワンも望んでいるはずだ。俺がそちらに加勢することを。
「アニキ……ウチは大事なこと、ちゃんと伝えられた?」
「あぁもちろん、スーリャはちゃんと仕事を果たしたよ」
良かった、と浮かべられた笑顔が罪悪感となって心を苛む。
この行為を、彼女の記憶に残らないように”食べている”のが、何よりもの証拠だろう。
こういうことはお互い好きあった者同士がやるべきだ。
口元を拭いながら、スーリャに立ってくれ、と促す。
現状を改めて理解した彼女は、頬を赤く染めて立ち上がった。
今のことは内緒にしてね、とロンメルに言い含めて俺も立ち上がる。
スーリャが腕を擦りながら口を開く。
「早く行かなくちゃいけないんですよね?」
「そうだね、早くワン達のところに戻らないと……ロンメル後は頼むよ」
「……ヴ」
友を残してドアを閉める。この後のことを考えて、眼帯の縁と肌の境を触る。
いつでも緩められるようにしておかなければ。
視線で意思疎通を取り、二人揃って駆けだす。少し先を行くスーリャが声を張り上げた。
「最短距離で行きます!」
「分かった。【燃えよ肉叢、昂れ魂】ッ!」
平屋の建物に跳び上がった彼女の後を、魔術を使って追う。
そこからもう一つ高い屋根に飛び移って、王城の見える方向へ走る。
まだ、昼の鐘が鳴っていないというのに、王都は暗くどんよりとしている。
いつもより低い空を、重なる破裂音が響き渡った。




