持ち込まれた懸念
すれ違う職員の挨拶を受けながら階段を上る。
それを四度繰り返せば、目指していた部屋の前に辿り着く。
「来たよ。今日はど――」
軽めのノックを三回。ついでドアを開け放ち、仲間へ挨拶をした。だが、それはふくよかな壁に遮られてしまう。
「坊主っ随分と久しぶりだな! また見ない間に大きくなりおって!」
「ト、トトさん? おぃさいぶりえす」
待ち構えていた男性に頭を撫でまわされる。豪快に笑う彼の手は重く、首を基点に脳が揺れた。
「オジキ……ヴァシルの頭がもげる前に止めてくれ…………」
「お? おお、すまんすまん。嬉しくってつい、な?」
申し訳なさそうに身を引いた特別顧問の向こうで、組合長が額を押さえる。
顔をしかめるワンに礼を言うと、トトさんが腹を揺らしながら席に案内してくれた。
すでに集まっていた家族に挨拶をして、パイプに煙草を詰める作業に移る。
今日もフォンは来れなかったのか。
鼻に抜ける香りで作業の出来に満足していると、今まで黙っていたトゥーヤが口を開いた。
「兄ぃ、実は報告しなきゃなんねぇことがある」
「お嬢か?」
いつになく真剣な表情をしていた彼だったが、ワンが茶々を入れたことにより、その仮面はずるりと外れてしまう。
「お、おぅ。お嬢が言うにはなぁ。どうやら学園で…………ちょっと待った、なんでぇワンがお嬢のことを」
トゥーヤが驚き、ワンが笑う。隣のスーリャなんて耳まで真っ赤にして震えていた。
あぁ、やっぱり――
「トゥーヤ、そのヒトはなんて家の娘さん? あれだけじゃそこまで分からないからさ」
その一言で、スーリャが堪えきれずに吹き出してしまった。唖然としていたトゥーヤの眼光が鋭くなる。
「ネズ公、テメェ……どこまでバラしたぁ」
「えっとねー親父さんに啖呵を切った後、ッンフ。お嬢に宿屋へ連れ込まれそうになって…………犬が柄にもなく真っ赤になったところまで?」
言い切ったスーリャは我慢できなくなったのだろう、お腹を抱えて笑いだした。
今度はトゥーヤが小刻みに震えだす。
今日の恋愛小説はそんな内容だったのか。嫁入り前に婚前交渉とは、その女性は思っていたより豪胆な性格の持ち主だ。
上等だァ、と幽鬼のように立ち上がったトゥーヤがスーリャを見下ろす。
その目は、噛み殺してやると言わんばかりの怒りで溢れていた。
「ちょっといいか……?」
貫禄を感じさせる低い声で、トトさんが言葉を発した。
俄かに熱を見ち始めていたやり取りが、水をかけられたかのように静まり返る。
「実は俺も坊主達に報告することがある。例の件だ」
トゥーヤがソファに腰を下ろした。
この場であの話を蒸し返すつもりはないのようで、二人ともトトさんの話を聞く準備を済ませている。
「件の奴さんが使っていたのは魔術じゃねぇ、あれは道具だ」
「……鉄の礫を弾き出す、魔道具。それを組織だって運用しているそうだ」
すでに話は言っていたのだろう。ワンがトトさんの言葉に、そう付け加えた。
鉄の礫を”弾く”、魔道具か……魔術同様、見たことも聞いたことも読んだことも、そして憶えてすらない。
「それで、相手の数は? どうやって闘うの? そもそも、その魔道具はどこから来たの?」
気になって矢継ぎ早に質問すると、幹部の顔に好々爺然とした笑みを浮かべて、そう急ぐな、と話し始める。
「まずは目的だ。奴さんら、どうやらウチの組に喧嘩を吹っかけるつもりだ……」
笑みを引っ込めた彼の言葉に、トゥーヤとスーリャが喉を鳴らす。トトさんは目を細め、一同の顔を見回した。
「最初は蹄のガキと狐のバァさんを疑った。ハズレだったんだけどな。その代わり分かったことがある。道具の出どころだ。どうやらアークライト教国が流しているらしい」
「その人達だけに?」
彼は満足そうに、そういうことだ、と頷く。
それにしても、勇者の、いや勇者教の国が、この国を狙っていると言うのか。なら――
「お上には話を通してある。喧嘩に兵は出せないそうだが、代わりに勝てば報奨金が出る。暴徒を鎮圧した、青空組に、な」
妥当な判断だろう。だが、なぜかトトさんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
中々次の言葉を口にしようとしないトトさんに代わって、ワンがそれを引き継いだ。
「対価を要求された。ゴードン組からは情報料として、国は依頼の形を取っているが同じようなものだ。鹵獲した魔道具の研究、その技術の供与。ゴードン氏は加えて販売権を所望している。これを俺の判断で了承した。勝手に話を進めてすまない、ヴァシル」
そう言ってワンが膝に手をつき頭を下げる。トトさんも申し訳ない、と目を伏せた。トゥーヤの視線を感じる。スーリャは話についていけてないようで、不安そうに身を縮こまらせていた。
これは何と言うのが正解なのだろう。
まずは自分の立ち位置をはっきりさせるべきか。
唇を濡らして、未だ晒されているワンの旋毛を見る。
「ワン、頭を上げてよ。謝る必要なんて元々ないんだから。だってそうでしょ? 確かに俺は組織の立ち上げに手を貸したよ。だけど、それを大きく、強く、豊かにしたのはみんなだ。だから止めて。ワンはこの組合の長だ。長が組のことを決定して、何が悪いのさ?」
俺は今でも、と口籠るワンを視線で黙らせた。これ以上、このことについて話すことはない。
それに――。
「技術供与と販売権のことだけど、どうでもいいんじゃないかな。要するに、俺とフォンでもっとすごいヤツを造ればいいんでしょ?」
ほら、何も問題なんてない、と笑えば、ワンが降参するように両手を挙げた。
他の三人が安心したような素振りをするなか、厚い胸板を撫で下ろすトトさんに話を振る。
「話を戻すけど、どうやって闘うべきだと思う? 俺はハジキのこと良く分からないんだけど」
「ああ、そうだな…………ハジキは一度礫を放つと、止めることが出来ないらしい。若い連中の傷を見る限り、奴さんも味方に向けてぶっ放しはしないはずだ」
彼は一度、思い出すように考え込むと、自らが知っているハジキの特性を話した。
それを聞いて思い浮かぶのは、なんてことはない、いつもと変わらない対処の仕方だった。
考えを口にする前に、トゥーヤが閃いた、と立ち上がる。
「魔術師との喧嘩と大して変わらねぇ、乱戦に縺れこんでからの、各個撃破だ!」
確かに、そうなんだけど……。
ワンとスーリャが深い溜息をつく。首を傾げるトゥーヤを置いといて、パイプの灰を捨てる。
「トトさん他には? 一回ごとの隙とか、弱点みたいなのがあれば、もっと建設的な作戦が思い浮かぶんだけど」
煙草を詰めながら、この中で一番博識である彼を見る。
トトさんは一つ唸ると、歯の間を通すように言葉を吐き出した。
「隙は、ある。一回放つごとに、礫をハジキに補給しないといけないらしい……弱点は、残弾と魔力、あとは取り回し、か? いくら威力のある魔道具でも、使い手が持てる礫と魔力には限りがあるはずだ。それに、知っているとは思うが、ハジキは魔術師が使う長杖より長いおのずと――」
「乱戦には向かない、ね……」
トトさんの話を切ると、屋外から雨が地面を叩く音が聞えた。
煙草に火を点けて、窓の外を見る。王国の空には、吐いた煙より暗い雲が渦巻いていた。
さて、どう戦えば最良の結果を得ることが出来るだろうか……煙の行く末を眺めて考える。
ある程度言いたいことを固めて、俺は煙を吐き出した。
「……例えば、敵に攻撃させるだけさせて、疲弊したところで、別方向から叩く…………敵を大通りへ誘導するよう、ギルドを中心にして、道を封鎖……あらかじめ戦う場所は決めておこう……そこに礫を防ぐ壁を作って……そこで待つ。敵が疲れるのを……こっちが応戦することを考えれば、敵がどこで固まるのかも予測できるはず、別動隊が敵の頭上、建物の屋根から奇襲、これで乱戦に持ち込めるけど。これでどうかな、組合長?」
わざと役職で呼び、ワンを茶化す。
彼は俺の言いたいことを理解しているようで、大きな溜息を溢すと、立ち上がり、号令をかけた。
「方針はヴァシルが言ったとおりだ。トゥーヤは戦闘員の選抜、スーリャは索敵及び警戒、オジキは俺と一緒に交戦地点の選考、並びに工作班の指揮。この天気だ、開始は明日でも――」
「いや、すぐにお願いできないかな……」
ワンがよこす疑問が籠った視線を受け止める。
胸の中を掻きまわす、来るまでに見た光景が、気になってしょうがなかった。
「なんだか、嫌な予感がするんだ…………」




