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蜂木トケンのファンタジー〜暴食〜  作者: 蜂木トケン
第一章 それを突き動かすは、衝動 
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砂糖菓子の君


「アイリッ――ぅも!?」

「おっと……これはこれは、可愛い騎士様の登場だよ。お姫様方?」


 放たれた矢のように飛び込んだ俺は、視界いっぱいの黒に行く手を阻まれた。

 頭上で奏でられる声が頭を包み込み、更なる圧力で顔が黒に沈みこむ。息、が……

 呼吸を求めて暴れれば、熱を持った耳に艶やかな笑いと、嘆息する声が届いた。


「ローラ、うちのヴァカがごめんなさいね」

「ははっいいっていいって、それにこれだけ急いできてくれたんだ、いじましいじゃないか、労ってあげたらどうだい?」


 メイヤが返した呆れが多分に含まれる声で、顔の拘束が解かれる。

 取り急ぎ、新鮮な空気を臓腑に送り込むと、男物の靴が見えた。

 スラッとした黒を辿って見上げれば、皺が目立つ山から顔を出した、太陽のような笑顔と目があう。


「やぁ、君がヴァシルくんだね? 話は聞いているよ。優しくて、可愛い、こまったさんってね」


 たのしい、うれしい、と言葉の端々に漏らしながら、女性が、言った。

 彼女が纏う白衣と、一つに結わえられた黒い尻尾が、それを表しているかのように揺れる。

 すると彼女の向こうから、何か言いたげなムッとした熱気が上がった。

 それに急き立てられて口が動く。


「は、初めまして。お……私は、二人の家でお世話になっている、ヴァシル、です。導士?」


 上がってしまった語尾。俺の疑問を察した彼女の双眸が、さらにたわむ。


「はじめまして。基礎医学を担当しているローラ・ススクドだ。学園の医師も兼任している。普段はここで体調不良の生徒を診たり、医術の研究をしているんだ。何か用があったら、いや、なくても来てくれて構わない。君のような元気のいいお客さんは大歓迎だよ」


 目線を合わせてくれたススクド導士……導士ススクド…………ローラさんは、そう言って白い歯を輝かせた。

 急接近する整った顔。視界をチラつく深い谷。

 俺は右目が引力に逆うことにのみ思考を注ぎ込む。

 視線を明け透けな麗人から外すと、部屋の奥に一つだけ、カーテンで遮られたベットが目に入った。

 予想外のことで浮足立っていた心に鞭を打つ。これ以上、礼儀正しいヴァシルは、要らない。


「過労だよ。どうやらここ最近無理をし過ぎていたようだ。熱も出ているし。二、三日の休養が必要だね」


 視線を遮るように黒が立つ。それを追って右目を上げれば、先程までとは全く違う。真剣な優しさが俺を見下ろしていた。

 交錯する一対と一つの視線。最初にそれを外したのは、喜悦で弛んだ一対の瞳だった。


「さぁ、騎士ナイト君。君に姫の護送という重要な任務を与えよう」


 胸を弾ませる女医が、演技がかった動きで道を開ける。

 すると、閉じられたカーテンの向こうから、やっと終わったか、と言わんばかりにメイヤが顔を出した。


「学園長が馬車を用意してくださったの。アナタはそれを使って。アタシはアイリの代わりに授業に出るから」


 目を伏せるメイヤを通り越して、アイリに近づく。

 彼女は玉の汗を額に浮かべて、肩で息をしていた。

 こみ上げてくる醜さを噛み殺し、アイリの手を取る。

 火照りながら弱々しく握り返してきた感触で、思考がスッと静かになった。

 嫌な、冷たさだ。だが、今は都合がいい。

 アイリの両手を身体の前に組ませ、俺は立ち上がると、自分の身体を魔力でよろう。

 まだ魔力は回復しきっていないが、彼女を抱きかかえるくらいなら問題ない。

 ほう、と上がった声には目もくれず、未だ座ったままのメイヤに声をかける。


「アイリのことは俺に任せて、ちゃんと看ておくから。メイヤは、メイヤにしか出来ないことをお願い」

「……言われなくたって分かっているわよ――」


 そっちこそ、アタシには出来ないことをお願いね。

 メイヤの言葉に頷き、ローラさんに黙礼して、部屋を出る。

 確か、正面玄関に馬車が停まっていたはず。

 両手が塞がった状態でドアを閉めることは叶わず、そのままにして、俺はもと来た廊下を駆けた。


 ☆★☆★☆


 慣れていない小さな振動に揺られながら、うなされるアイリの額を撫でる。

 熱く、じっとりと汗ばむそれは、タオルを持っていないことを、俺に悔やませた。

 学園で用意された馬車は、普段使っているものと違って、揺れが少なく、座面も貴族街のパンのようで、落ち着かない。

 あぁ、速く、早く、アイリを休ませてあげたい。叶うことなら、馬車なんてこの場で乗り捨てて、街を一直線に突っ切ることが出来るのに。

 だが、無理をすることは、彼女が嫌がるだろう。

 もどかしい気持ちが溢れそうになる。ここに誰の目もなくて良かった。

 きっと俺は、今、とても情けない顔をしているから…………


「アイリ……」


 どれほどの間、そうしていたのだろう。

 時折、緩い浮遊感を覚えながらアイリを観察していると、進行方向へ向かって横に座っていた上体が、引っ張られた。

 理解する間を置かずに、御者が小窓から顔を出す。


「到着いたしました」


 散漫な意識を継ぎ合わせて詠唱と紡ぐ。

 抱き上げたアイリの身体は馬車に乗る前より、重く感じた。

 アイリがぶつからないように、御者が明けてくれた出入り口を通る。

 

「今日はありがとうございました」


 御者にお礼を言うと、彼女は事務的な礼を返して、すぐに馬車を出発させた。

 冷たい対応に面食らっていたら、少し離れたところから俺を呼ぶ声がする。

 そちらを振り向くと、ロンメルが玄関から顔だけ覗かせて、こちらを見ていた。


「ロンメル、助かったよ。どうやって入ろうか困っていたところだったんだ」

「ヴァ」


 迎え入れてくれたロンメルと会話を交わし、アイリを二階の部屋に運ぶ。

 アイリは家に着くちょっとまえから、頻りに眉を潜ませている。

 もう少ししたら、目を覚ますかもしれない。

 彼女をベッドに寝かせ、思考を巡らせる。

 食事と着替え、汗を拭くタオルと水桶を準備しないといけない。

 食事は、夕食のために買っておいた昨日の牛乳を使って粥を作ろう。

 着替えは寝巻と下着、出来るだけゆったりとしたものを用意しないと。

 タオルは多めに、水桶は適宜、魔術で冷やして……後は、俺も何か口に入れておこう。

 一通り確認して、部屋を出る。まずは、調理からだ。


 ☆★☆★☆


「――ァシゥ……?」

「おはようアイリ。ここがどこだか分かる?」


 アイリが意識を取り戻した。指を突き刺す冷たさにタオルを浸しながら、彼女にそう問いかける。


「……ボクの、部屋。あぁ…………」


 理解の吐息を漏らすアイリに笑いかける。胸が痛い。これは後悔の念だ。


「過労だって、ローラさんが言っていたよ。熱も出てる。向こう三日は安静にしないといけないね」


 ジクジクと声を上げる罪悪感を隠して、タオルを絞る。

 それと乾いたもの、二つを片手で持って俺はアイリに歩み寄り、彼女にかかっていた布団を剥いだ。


「ローラッ? なんてこと……彼女にだけは合わせたくなかっ――ヴァシル? 待って……キミは何をしようとしているの…………?」


 アイリは病人とは思えないような様子で語気を強めたが、抱き起こされた途端、それは困惑の色が強いものに変わる。


「何って、身体を拭くんだよ。アイリは、濡れたタオルと乾いたタオル、どっちがいい?」

「だ、駄目だよ。ボクとヴァシルは先生と教え子。そんな、そんな……駄目、いけなぁぅ……」


 震えるアイリは自らの身を掻き抱き、うわ言のように呟くと、突如、右手で額を押さえた。


「ほら、病人は大人しく看病を受けて。服、脱がすよ?」


 タオルを傍らに置いてアイリの背中側にまわり、修士の認定章が刻まれた背中のボタンを、一つずつ外していく。

 それに、駄目、やっ、あ、とアイリのうわ言が続いた。

 全て外し終わると、仄かに赤く火照った肌が顔を出す。

 何かいけないことをしているようで、自然とそこから目を逸らした。こ

 れは看病だから、と自分に言い聞かせ、俺はアイリの前に移動する。

 潤んだ瞳と視線が交わる。灰色の宝石から目を離せないまま、俺は、スカートの裾から手を忍び込ませた。


「あぅ……」


 左手が絹のような肌に触れ、身体が強張る。心臓が早鐘を打つ。喉が渇いた、だが、口の中も干上がっているため飲み込めるものはない。

 太腿から、左手を限界まで離し、両手の歩みを再開する。

 視界の端でその面積を増やしていく、ぼやけた肌色。

 登っていた手が下りるころ、互いの距離は吐息がかかるほど、近くなっていた。

 太腿に沿って、手を下ろす。

 示し合わせたように揃って顔を反らし、身体を重ねた時、両手がベットに沈みこんだ。

 耳元で心臓が暴れている。

 聞こえる、熱く荒い吐息は、いったいどちらのものだろうか。分からない。身体に伝わる震えは、きっとアイリだけのものではないだろう。


「アイリ。腰を上げて、もらえるかな」


 彼女は一つ、ビクリ、と震えると、喘ぐような呼吸をあげるだけで、押し黙ってしまった。

 しばらくの間、そのままの状態で待つ。

 痺れを切らせて、両手を動かそうとした、その時――


「――ヴァシル……目隠し、して……お願い……」


 アイリが震える声を漏らした。

 ほっと息をつく。頭がおかしくなりそうなのだ。その言葉を断るはずがない。

 アイリの身体に寄りかかるようにして、タオルに手を伸ばす。触れ合う肌がとても熱かった。


 真っ暗な世界の中、密着する肌の面積を増やしながら、服からアイリの髪を抜く。

 そして、次の目的を果たそうと、自由になった両手を垂らされた髪の下に滑り込ませ――


「ひゃぁっ!?」

「――ご、ごめん!」


 心臓が喉から跳び出そうになった。

 アイリの髪が耳を擽る。

 彼女は頻りに首を振ると。大丈夫、だから、もうちょっと、ゆっくり、ね、と悩まし気な吐息を漏らした。

 ゆっくり、そう、ゆっくり……そうして布を辿る両手が、結び目に、触れた。

 鋭敏になった指先で、結び目の形を探り、解く。

 胸元の圧が増した気がする。


「じゃあ、拭くよ……」

「お、お願いします……」


 手探りで背後に戻り、丁度見つけたタオルを握り締める。水気を含んだ冷たさが、とても心地よかった。

 そして、記憶を頼りに、アイリの背中へ、タオルを押し当てる。


「――ひんっ……!? ん、ぅ……あ……あぁ…………」


 重なった布越しでも分かる、柔らかさ。

 冷たさに我慢する声に意識を持っていかれながらも、輪郭と骨格と道標に、拭き進めていき――硬い感触を覚えて、右手を止める。

 これ以上は……と、腰だと思う骨に触れたまま身を強張らせていた時、細く柔らかいものが、右腕を掴んだ。


「――ッ!?」


 何も見えない中での予想外の接触が、これほどまで怖いとは知らなかった。

 また一つ賢くなった。だが、アイリは、何故?


「……ヴァシルぅ、ボクは、もう……」


 見えない手に導かれ、移動させられる。投げ出された太腿を越えて、アイリの吐息を感じる場所へ…………

 俺は今、どこに手をついているんだろうか。

 この肌に伝わる空気の温もりは、いったいどこから発されているのか。

 アイリに両手で固定されている右手が引き込まれる。


「――お願い、前も……して…………」


 アイリは、今、どのような表情を浮かべているのだろう。

 瞳には何の感情が、吐息は何を孕んで――気になる、気になる…………。

 左目の縫い目が引きつった。そして――


「ヴ……」


 ――ロン……メル……? なん…………あっ


「あぁぁぁぁああああ!」

「え、ヴァシル、どうしたの?」


 パン粥っ火にかけたままだっ!?

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