表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜂木トケンのファンタジー〜暴食〜  作者: 蜂木トケン
第一章 それを突き動かすは、衝動 
13/25

ミスと修正


 壁にぶつかることをいとわずに、廊下を曲がった。

 俺が発する物音だけが、静まり返った学園に木霊する。

 それは止まった世界に一人、取り残されたようで、外に出んと暴れる獣の狂騒に、拍車をかける。

 俺が、悪い。このようなことになったのは、俺が彼女に甘えていたからだ。

 俺を嗤い、責めたてる足音が、反響して背後から追ってくる。

 一つずつ上る気になれず、俺は跳ぶように階段を駆け上る。

 角を曲がると、目指していた場所が見えた。

 廊下に掲げられる札には、医務室の文字。

 辿り着いた俺は荒れる呼吸もそのままに、その扉に手をかけ――


「――アイリッ!?」


 ☆★☆★☆


 二人を学園に送り出し、溜まった家事を片づけて、ソファに倒れ込む。

 身体で隙間が空いたような喪失感と、悪寒、頭痛が仲良く手を取り踊っている。

 少しでも温もりを逃すまい、と丸くなる。暖炉に薪をくべる気力すら湧いてこなかった。


「無理をしすぎた……魔力がすっからかん、だ」


 通常の二倍。たったそれだけの魔術行使が生んだこの状況は、疲労が倍になる、なんて簡単な等式が存在しないことを如実に物語っていた。

 いや、それは正確ではない。実際のところ、仕事量に比例して求められる力は増える。

 だから、嘆くべきなのは己の非力さで……。

 漏れ出るままの呼気に、寄り添う毛並みが身じろいだ。それを梳き、沈む気力を慰める。

 焦ったって仕方がない。嘆いたってしょうがない。事実、この身は矮小で、非力で、無力。

 なら、これは通る道だ。急激に自力が向上するなんてあり得ない。

 だったら、楽しむしかないだろう。

 元々、魔力欠乏症という情報は持っていた。が、重度となると、ここまで酷くなるなんて認識していなかった。

 知識が増えたのだ、喜ぶべきだろう。

 それに今回で自分の限界も知ることが出来た。

 素晴らしい。一つの体験で二つ、見識が深まった。

 この体調じゃなければ、歓び勇んで小躍りする事態。

 起き上がり始めた気分を感じれば、呆けていた舌が口寂しさを訴える。

 確かロメルダさんのフロムが残っていたはず、と動き出すと、毛玉が支えになるように足並みを合わせて付き添ってくれた。

 これは、夕食に一品追加しないといけないな。

 優しき友の背を撫でる。するとロンメルは満足そうに一つ、息を吹いた。


 ☆★☆★☆


 中と外とを隔てるガラスが寒そうに鳴く。それを聞きながら、右手を置いて煙をくゆらせる。

 間もなく、昼の鐘がその重い腰を上げるころか、と頭の片隅で思いつつ、右目で敷き詰められた文字の列を追う。

 次第に薄く、軽くなっていく右手と、逆に厚くなっていく左手の重みを感じながら、昨夜の成果を確かめた。

 ついに右手の紙が無くなり、無手となった右腕がパイプを求めて宙を這う。

 少し、休憩しよう。

 燻る小さな火種を吸い、香りを鼻へと通していく。

 闇をまさぐると、左手に固い感触がぶつかった。

 形を手探りで確かめ、口元に運ぶ。

 仄かな苦みと酸味を飲み込めば、未だ体内に居座る倦怠感が溶けて消えていった。


「ご飯は……後でいいかな…………」


 誰に向けてでもない呟き。それに反応する律儀な友は、食事の要らない使い魔。

 さっき食べたばかりだろ、と彼に笑いかけ、俺は尽きかけの燃えさしを灰皿に捨てた。


「さて、残りはアイリの分か」


 視界に残るもう一つの紙の束に手を伸ばす。

 先程よりも薄いそれは、確かな重みをもって右手に圧し掛かってきた。

 今すぐ街へ出て、買い出しをしたい。夕食の食材が心もとないし、この時間であれば軽食にありつけるかもしれない……

 飛び立つ助走をつけ始めた意識を、イスを掴む左手で、無理矢理この場に縫い止める。

 これはアイリのため。確認作業はとても面倒だが、しっかりとした成果は彼女の実績になる。

 だから、この作業は無駄ではない。

 アイリのためならば、この程度、苦ではない。


「……よし」


 深い呼吸でやる気を吸い戻し、字の羅列に目を落とす。

 端から文を読んでいき、表記を頭の中の本と照らし合わせる。

 左から右へ、左から右へ、それを何度も繰り返していく。

 一枚目の裏面がもうすぐ終わるころ、右目が一つの記号を見つけて止まる。これは――


「廃棄っと」


 字が記号に変わり意味の分からない塊を、忌々しく思いながら紙を脇に捨てる。

 紙の無駄だが、訂正する方法がない以上、仕方がない。仕方がないが、何とかできないものだろうか。

 何か、こう、インクだけ消し去るような方法があれば…………

 意思の外で動いていた右目が、二枚目の中程で脱字を見つける。

 これでは単語の体を成していない。

 あらかじめ決められていた動きのように、左手がそれを横へ滑らせた。

 新たに出てきた三枚目の上を右目がなぞる。

 インクは液体。ならば、水の魔術でどうにか……いや、乾いてしまうとインクは変質する。では、紙面に残るインクは何なん――

 またしても右目が止まった。

 これまでと同じように右手が誤字のある紙を捨てる。

 右目が紙の上を走る、また、捨てる。読む。また、捨てる。また、また、また…………。


「ちょっと待って、いくら何でもこれは――」


 ――多すぎる。

 進んでいく作業に疑問を持ち、思考の波間から意識を掬い上げ、両手の感触を確かめる。

 右手の束は随分と薄くなった。だというのに左手は空しく指の腹を擦るのみ。

 意識的に記憶の本を想起する。現在は四十五頁まで確認が進んでいた。

 すぐに二十枚以上無駄となっていることを知る。

 どういうことだ。

 訳が分からない、と零して、床に散らばる紙を見る。

 立ち上がりその中の一枚、二十二頁の紙を手に取って確かめる。

 読むまでもない。一目見ただけで間違いを見つけた。

 それも、一行目で、二つも……。

 逸る気持ちを静めて、順に読み進めていく。

 二十三頁……二十四、二十五……六、七、八…………。

 進むごとに誤字脱字の頻度は増加していった。

 眠気、体調が思わしくなかったのか……そうじゃないな。

 見つけ出した一枚目と二十二枚目を見比べた。字の形、線の美醜。何一つとっても変わりがない。

 身体に異常があったらこうはならないだろう。

 持っていた紙を放り捨て、テーブルの上から一番最後の紙を抜き取る――


「これは…………」


 流麗な字の羅列。一つ一つの字は正確で、誰が見ても勘違いすることはないだろう。

 遠目に見れば、文章に見えなくもない。だか、並べられたそれらは、どのように読んでも意味を理解することが出来ないものだった。

 まるで暗号文のような…………もしこれが暗号だったら、うちの新聞とは比べることも出来ないほど、高度なものだろう。


「何がアイリに起きているんだ」


 擦れた声が、散らかった床にポトリ、と、落ちる。

 鼓動がうるさく走り回り、呼吸を求めて喘ぐ。

 世界が狭まっていく感覚に囚われていた俺を正気に戻させたのは、腰辺りを小突かれる感触だった。


「……ロンメル?」

「ヴ」


 ロンメルは我に返った俺の目を、じっと見つめると、おもむろに首を振って玄関を指し示す。

 彼に促されてそこに近づけば、緩急をつけて鳴き続ける鳥の声が、耳に届いた。

 これは、聴いたことがある鳴き声だ。確か学園の――

 ドアを開けると、それは、そこに居た。

 学園が所有する伝書鳥。最後に見たのは、アイリに急な知らせが来た時だ。

 

「まさか……」


 ついさっきの拍動を思い出す。

 首を傾げる鳩の脚から、小さな紙を抜き取って、これまた小さい文章に目を通していく。

 頭が真っ白になった。

         地面が揺れる。

               そこには――


『しきゅう アイリ たおれる むかえ もとむ』


 ――と、見知った乱雑な筆跡で、書いてあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ