パターン2(隣のクラスの同級生ルート)
目を開けると、深緑色の髪と深い湖の瞳をした青年が微笑んでいた__
はい。気がついたら知らない人に膝枕をされていたという貴重な経験をした、ソフィー=スカーレットです。
さて、ここで問題。
Q.そんな時の心情とは?
1.混乱する、2.錯乱する、3夢かと思う
A.答えは全部___
何が言いたいのかと言うと私の頭は今猛烈にぐちゃぐちゃだった。何で、とかいつの間に?とかそもそも、あなただれ?とか。
青年は言った。
「体調大丈夫?君、倒れたんだよ。僕の目の前で。おそらく原因はこれ」
青年が指し示した先には、透明な袋に入ったハンカチ。
ん?見覚えがある。これ私がさっき拾ったやつだ。
「まさか、なんか盛られた?」
今更ながらゾッとして身体がガクガクふるえる。
青年はソフィーの腕を震えを止めるようにさすってくれた。
「君、ソフィー=スカーレットだよね。毎日こんなんじゃ、気が休まらないでしょ」
私は自分の名前を知られていたことで、この青年に警戒心を抱く。まさかこの人自作自演なんじゃ__?
じりっと距離を取ろうとする私の手を掴んで彼は言った。
「そんなに警戒しないの。僕はヘンリー=バートン。君の隣のクラスで風魔法を専攻してる。誓ってこのハンカチは僕のじゃないよ。」
「隣のクラス……」
「君は相手を強化する補助魔法が専攻なんでしょ?授業かぶってないから知らなくても無理ないよ」
「僕も君の“キスしたら力が増す”とかいう噂だけは知ってたけど、実際会うのは初めてだったわけだし。まさか、目の前で倒れられるとは思ってなかったけど」
「いつもは幼馴染が守ってくれていますので」
でも__私は彼に甘えすぎている気がする。顔が自分でも暗くなったのがわかる。この先、彼がいなくなった時、私はどうやってこの力と折り合いをつけていけばいいんだろう。
「もしかして、何か悩んでる?」
その言葉に戸惑いながらも否定できない。
「幼馴染君、昼休みは別行動なんでしょ?僕でよければ話聞いてあげようか?といっても、もう今日は時間がないみたいだけど」
予鈴が鳴って、慌てて立ち上がる。
「考えといてよ。そうだな。職員室のある廊下の奥にあんまり人気のない休憩室あったよね。あそこなら人、滅多にこないし、明日、昼休みそこで待ってるよ」
「なぜ、そんなに親切にしてくれるんですか?」
ここまで親切だと、疑いしか持てない。
「うーん。君の悩みは深刻そうだし、それっていつも一緒にいる幼馴染君には、話せないことなんでしょ?かわいい女の子を助けるって、男として憧れるシチュエーションだしね。気にしなくていいよ」
「じゃあ、また会えることを祈ってるよ」
それだけ言って彼は去って行った。
もうすぐ本鈴がなってしまう。私も慌てて教室に戻る。
行くべきか、行かざるべきか。私は悶々(もんもん)と一晩悩んだ。そして、次の日の昼休み、結局休憩室に来てしまった。入るべきか、入らざるべきか。お弁当を持ったまま扉の前で突っ立ってると、後ろから肩を叩かれた。
「おまたせ。来てくれたんだね」
思わずびくっとする。いつも幼馴染が目を光らせているせいで、他人、特に異性との接触はほとんどない。肩を叩かれただけなのになんだかドキドキしてしまった。そういえば昨日は膝枕までしてもらってしまった。__駄目だ!平常心にならねば。
彼はパンの入った袋を下げている。これを買っていたから時間がかかったのか。てっきり中にいると思った相手の意外なところからの登場で、私は心を決めた。
「食べながら話そう。時間は有限だ」
にっこりと微笑む彼にここは従うしかなさそうだ。
彼は聞き上手だった。結果的に私は洗いざらい吐いてしまっていた。幼馴染がうっかりキスをした過去の過ちを悔いて、護衛をしてくれていること。でも私はもうそんなことに縛られず、彼に好きに生きて欲しいこと。毎日不特定多数の人間に襲われると言う状況がそうさせてくれないこと。
ふんふん。と神妙な顔で聞いていた彼は言った。
「それ、先生には相談した?」
ふるふると首を振る。
「訓練になるから魔力を抑えないことって授業で言ってたし、それに実害がいまのところ出てないから……」
「それって結果論じゃない。君は昨日廊下で倒れた。その時、誰に襲われたっておかしくなかったんだよ?」
そう言われると痛い。
「魔力を内側に抑えることさえ出来れば、君の能力を殺さず、誰彼構わず引き寄せるのを防ぐことができるはずだ」
「そんなことができるの?」
彼は頷く。
「大きな声じゃ言えないけど、その昔、暗殺者が使ったと言われる術があったはず。あぶないから学生が一般に使用することは禁じられてるけど、禁書に文献があった気がする。補助魔法に属する魔法だから、先生が認めれば使えるはずだよ」
「ありがとう。ヘンリー。私、相談してみる」
彼に話したことで光が見えた気がする。「また明日、どうなったか教えてよ」と彼は言って別れた。
放課後、職員室へ向かうと、禁書の使用はあっさり認められた。私が毎日騒動に巻き込まれているのが、目に余ったかららしい。先生に立ち会ってもらって、古の魔法を唱える。
効果はすぐに現れた。
次の日、私は学校で感動していた。今日は朝から、襲われていない。初めは心配そうにしていた幼馴染も、今は少しほっとしたような顔をしている。
昼休み、私は休息室へ向かった。
「ヘンリー。いる?」
「ソフィー!どうだった?」
「ねえ、ヘンリー。逆に聞くけど、私、どう?昨日と何か変わった?」
「と言うことは使用許可下りたんだね。うん。なんか雰囲気変わったよ」
彼は眩しそうに私を見つめる。
「なんか笑顔がキラキラしてる。昨日までより、ずっとずっと可愛いよ」
私は顔が熱くなる。この人、たらしだ。
「ヘンリー。変なこと言わないでよ」
「本当のことしか言ってないよ」
「ありがとう。あなたみたいな人に出会えて良かった」
私はすっかり高くなったテンションのまま、彼に抱きついてしまう。
彼は私を抱きしめ返してくれた。
そして彼は苦笑する。
「困ったなぁ」
「君の純粋さには負けたよ」
「もちろん、最初は偶然だったけど、僕、これでも割と打算的に君に近づいたんだけどな」
「親切なふりして、君の力のおこぼれにあずかれたらって思った。初めは、ね」
__やっぱり、ね。と心のどこかで思う。でも私は衝撃を隠しきれなかった。
彼はそんなショックで呆然とする私を、腕の中から離すでもなく、なだめるように髪を梳いてくる。
「最後まで聞いてよ。僕、君の事情聞いて、そんなこと関係なく助けたいって思ったんだ。嘘じゃない」
私は抱きしめられたまま下を向く。髪を梳く彼の指先は優しい。信じて、いいのだろうか?
「僕のこと、信じられないかもしれない。でも、さっき君の本当の笑顔を見て、この笑顔を僕が守りたいって思ったんだ」
「君の本来の魅力を損なわせる潜在的な力なんて、封じてしまって正解だ」
「だって、現に君は力じゃなくて、君自身の魅力でこの僕を落としたんだから」
「純粋なソフィー。君はきっとずっと守られていたんだね。僕はそんな綺麗な君が、欲しくてたまらない。そしてこの手で君の助けになりたい、そう思ってる」
「君が好きだよ」
「私たち、出会ってまだ3日めなんだけど?」
「君は僕が嫌い?」
「そんなことはないわ」
「ならここから始めればいい」
「僕は君のことがもっと知りたい。そして君にも、もっと僕を知って欲しい」
__綺麗な部分も汚い部分も。そう続ける彼はやっぱり初めの印象のままに、きっと、とても親切で優しいのだ。
出来れば逃げないで、彼は祈るように囁やいて、ゆっくりと顔を近づけてくる。私は避けなかった。
きっと、明日から私の世界は変わる。
彼と出会って未来が開けたように、力と折り合いをつけ、生きて行く。
その隣にはきっとヘンリーがいる。苦しいこともあるだろう。
でも私はもう一人じゃない。
最後にこう締めくくろう。
Q.キスとは何のためにあるものか。
A.力のためではない。恋に捧げるためである。
ハンカチを捨てますか?
Yes / ○ No
もしソフィーがハンカチを捨てなかったら。