プロローグ1
22世紀、人類は表の歴史上初めて「魔法」というものに接触した。この[魔法]
とは、人間の脳内の神経細胞のネットワークを魔方陣に見立て発動し、現実に
干渉するものだ。発動に必要な「魔力」の保有量には多少の上下があるものの、
あまり個人差はなく、脳の神経細胞のネットワークがいかに複雑かによって
発動可能な術の規模・種類が決まるらしい。
らしい、というのは魔法について完全に知っているのは始祖の7人、一般的には
「七賢人」と一括りに呼ばれる彼らだけだからだ。
魔法は唐突に現れ、さも元から存在していたかのように人々の生活の中に浸透し
ていった。そして七賢人がもたらしたものは魔法そのものだけではなかった。
彼らの一人に日本人がいて、その人物が魔法を用いた完全なる仮想世界生成
装置、凄く噛み砕いて言うとVRマシン、それも意識レベルでアクセスできる
ものだ。そしてその技術は瞬く間に世界に広がっていった。
ーーというのが今現在俺、天宮 玲の生きる西暦2168年の状況だ。とはいっても
文明のレベルは21世紀初頭とあまり変わってはいない。それは150年程前にとある
小国が発端となって始まった、いや、始まってしまった核戦争のせいで世界の人口
が当時の3分の1までに減り、都市もそのほとんどが破壊されてしまったからだ。
今は戦後に現れた魔法のお陰もあって放射能の除去も進み、戦前の生活レベルに
まで復興している。当時と違う所といえば、動力の一部が魔法に置き換わった
ことと、何より先のVRマシンだろう。
「では、これで高天原中学校、卒業式を終わります」
おっと、そろそろ現在の世界の状況の確認なんてことは止めて意識を現実に
もどそう。
「一同起立、礼」
現在俺は15歳。先ほど中学を卒業したばかりだ。明日からはいつもより少し
長い春休みだ。さて、何をしようか。
俺が春休みの予定を考えながら退場していく卒業生の列に従ってそんなに大きく
もない体育館を後にすると、しばらくしてその列が崩れ始めた頃に、後ろから
背中を叩かれる。振り替えるといつの間にか俺の後ろに幼馴染が歩いていた。
彼女は早乙女 瑞葉、俺の家の隣の家に住んでいて。物心付いたときからの
腐れ縁だ。俺は見慣れてしまっているが、その栗色のロングヘアーと少しほっそり
した体型、そして何よりもその繊細かつ元気あふれる表情から十分美少女の部類に
入ると思う。
「ねえねえ玲、春休みに何か大きな用事ってある?」
「いや、特に大きな物はないな」
「じゃあじゃあ、明日からサービスが開始される[アナザースカイ・オンライン]を
やろうよー」
そう、こいつは見た目は美少女だが重度のゲーマーなのだ。だけどその分気楽
ではあるから俺としてはプラスである。
「そうだな、たまにはお前とゲームってのもいいかもな」
「りょ~かい!! じゃあとりあえずこれ。はい」
そう言って瑞葉がポケットから取り出したのはい一つの小さなクリスタル。
これは記録結晶といって、従来の電気的なメモリよりも遥かに大容量かつ
高速にデータが扱えるとして最近主流になっている魔動具の一つだ。余談だが、
魔動具というのは[魔力]を[動力]とする[道具]という意味だ。
閑話休題。瑞葉の後ろから嫌な圧力を感じる。瑞葉はここからどうしようと
無駄であると悟っているのか、俺に結晶を差し出したポーズのまま固まって
いる。
「瑞葉、その手にあるのは何かしら?」
顔に全然笑っているとは思えない笑顔を張り付けて話しかけてきているのは我が
3年1組の委員長、久遠 神楽。黒髪のショートで体型はほぼ瑞葉と同じ、
顔つきや性格はどちらかというとクラスの委員長よりも風紀委員っぽい感じだ。
「瑞葉、それをこちらに寄越しなさい!」
「伽倶羅ちゃんごめんね、これはそう簡単に渡せるものじゃないんだよ!」
そして瑞葉は横にあった階段の踊り場の壁を使って三角飛びの要領で二階まで
一気に飛び上がるとそのまま脱兎のごとく教室のある三階までかけ上がって
いった。三葉はゲーマーのくせしてかなり、いや相当身体能力が高い。
まぁ、このやり取りは日常茶飯事なのだが。
「はぁ、全く瑞葉ったら、いつも学校にゲームは持って来るなって言って
いるのに」
「すまん伽倶羅、今回は俺にも責任が有るかもしれない」
「いいのよ玲くんは、今回だって完全に瑞葉が悪いんだし」
「いやそれでも俺にも責任の一端は有るだろうし謝っておくよ」
そうして俺が謝ると、流石に伽倶羅もこれを否定するのは気が引けたのか
とりあえずといった感じで受け入れてくれた。そして少しその顔を
赤らめながら俺に尋ねてきた。
「そうそう玲くん、私もASOやるから始めたら三人で
進めない?」
伽倶羅も俺の幼なじみで家は瑞葉の更に隣で、昔からよく三人で遊んでいる。
そして俺もゲームをするなら幼なじみと一緒にしたいと思う訳で、
「分かった、瑞葉にも伝えとくよ」
と言って神楽に先に教室に行く旨を伝えて一足先に帰ることにした。
教室に着いてから瑞葉に先ほどの事を伝えると快く了解してくれた。少しして
神楽が帰って来てからは、三人でASOをどうやって進めるかについての話に
花を咲かせた。
そして帰りの時間がきて学校を出ると、瑞葉が先の結晶を俺に渡してくる。
どうやらわざわざ俺の分まで買ってくれていたらしい。
俺は家に帰ってから瑞葉の家に行き、代金を少し多目に渡した。瑞葉は遠慮
していたが、お金に関してはしっかりする主義なので少々強引に押し付けた。
「さて、サービスは明日の正午からか。まだ時間はあるが、準備はしておくか」
俺は部屋に戻ると、VRマシン(これも瑞葉が以前買ってくれていたものだ。当然
代金は渡してある)を自分のベッドの頭がくる辺りに置いておく。このVRマシンは
ヘッドマウント型で、寝て使用するものだ。
諸々の準備を終えた俺は、ネットでASOについて調べておくことにした。今日の
夜はきちんと眠れるかが心配だ、そんな事を考えながら。