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8 カミサマの無責任な口笛、傀儡師の手遊び

…。革製のシートというのは、どうにも落ち着かない。

座り心地が悪いという訳ではない。むしろ心地よすぎると言ってもいいくらいだ。でも、僕みたいな庶民が座るというのはあまりにも場違いな気がするし、革の香りというのも慣れていない。おまけに車内の広さも、普段乗り慣れている親父の車とはまるで違う。後部座席にありがちな、窮屈さという物もまるで感じられないし。

 僕たちを乗せた鬼橋家所有のベンツは、文ちゃん先輩の家に向かっている。市内から郊外に向かう県道の見慣れた景色すら、どこか違って見えるのは気のせいだろうか。

「くく。どうしたのかな志賀君?さっきから黙ったままじゃないか」

「あー…いえ、こんな外車に乗る…乗せてもらうのも初めてな物で」

「くす。志賀君ったら、柄にもないですよ」

そう言って笑う文ちゃん先輩は、意外に余裕みたいだった。やはり「鬼橋家お金持ち説」は間違っていなかったのだろうか?

「文ちゃん先輩は、こういう車に乗り慣れてるんですか?」

「くす。まさか。あ、でもこのお車には、ご本家にお邪魔するたびに乗せてもらってますから、慣れていると言ってもいいかもしれませんけれど」

「くく。畏まる事はない。たかが車だ、リラックスしてくれたまえ」

助手席から振り向く真礼さんの笑顔も、そう思うと、どことなく品がある様に思えてしまう。

『それは無理という物ですわマエストロ。ヨシハルさんには一生無縁なお車ですもの』

スポーツバッグから顔を覗かせる慰撫は、ここぞとばかりに言いたい放題だ。さっき、車内でこいつがいきなり口を開いた時は焦ったけれど、考えてみれば僕と文ちゃん先輩はもとより、車内にいるのはこいつの作者たる真礼さんだ。ハンドルを握る内藤さんだって、「ご事情は全て承知しておりますので、安心してご歓談くださいませ」との事だった。

そうだよな。この車内は全員「関係者」なのだった。

でも「ご歓談くださいませ」って言ってもなあ…こういう高級車の中で、いったいどんな話題を切り出せばよいというのだ?

いやー凄い車ですねーなんて言うのも何か陳腐だし、どうせそれ以上、話題は続かないだろうし…群馬の片田舎に育った高校生に、ハイソサエティな場にふさわしい話題なんて思いつく訳がないのだ。

ええっと…あ…そういえば、前から聞いてみたい事があったんだ。

「――そういえば」

「ん?何だい志賀君?」

「前から不思議に思ってたんですけど、どうしてこの慰撫は、こんなに性格が変わったんですか?前の…その…異形だった時というか、古代の象形文字だった時は、あんなにも攻撃的だったはずですし…」

とは言っても、僕はその攻撃性を直接見たわけではない。ただ、こいつに身体を乗っ取られていた時の文ちゃん先輩の行動とか、その文ちゃん先輩と戦った時の話を本人から聞いているだけだ。

『ま!まるでわたくしが猛獣か何かだと思っているのかしら、ヨシハルさんは』

「お前にゃ聞いてない」

「くくく。なるほど、当代殿の言う通り、君たちは本当に仲がよいみたいだな。愉快愉快」

「でしょう?」

「どこがですか!」

『ありえませんわ!』

真礼さんも文ちゃん先輩も、僕とこいつのどこに友情めいた物を見出しているのか。もしあるというのならば、当事者としてはぜひ知っておきたいものだ。いや、むしろ知る権利があると思うぞ?当事者を外した事実の秘匿は、決して望ましい物ではないと思う。

「くく。そういきり立つな志賀君。見たままの印象を述べたに過ぎないが…ああそうそう、キミの質問についてだったな」

「あ…はい」

「実を言うとだな…」

…ごくり。

「この子は寂しがり屋なんだ」

「…………はぁぁ?」

「そんな、ハトが豆鉄砲食らった様な顔をすることもないだろう?」

「いやだってそんな、いくら何でもこいつが寂しがり屋だなんて…あ」

言われてみれば思い当たる事もあった。さっきこいつをロッカーに放置した時、子供みたいに泣きわめいていたっけな。もしかしてもしかしたら、真礼さんの言う通り、本当にこいつは寂しがり屋なのかもしれない。しれないけれど…

「ああ、キミが聞きたいのは、この子の人格がなぜ変貌したのか?という事だったな」

「はい」

「たしかに、この子がかつて当代殿を襲撃したのは事実だ。しかしそれは、当時の『ドール』を動かしていたのが、古代象形文字その物だったからだ」

「はあ」

「そしてその『人格(パーソナリティ)』は、当代殿によって破壊された…完全にな…ところでこの『ドール』その物について、キミは何か知っているかい?」

「…いえ。悠久堂に永く置かれていた物という事くらいしか…」

「では、この子の作者の事も?」

…言われてみれば、考えた事もなかったな。誰なんだろう?こんな、呪いの人形めいた物を世に生み出しやがったのは。

「それは…二代前の私…第二代目の『鬼橋 文』です」

それまで黙っていた文ちゃん先輩が、おもむろに口を開いた。

「え…?」

「…終戦直後の頃だったといいます。とある異形絡みの事件があって、異形と化した一人の少女がいたのです」

文ちゃん先輩の話はこうだった。その少女は病気で亡くなった後、秘術によってこの世に蘇ってきた。しかしその代償として、少女は生きたニンゲンを食らう食人鬼となってしまったのだという。その少女を倒したのが鮎子先生と「当時の」鬼橋 文だった。その後、少女の身の上を憐れんだ「鬼橋 文」は、彼女が得意としていた傀儡系の魔法で、その魂を一体の人形に封じたそうだ。

「しかし永い年月が経つうちに、その魂も希薄な物になりつつあった。そこに象形文字が取り憑いて蠢いていたのだよ」

「なるほど…」

「そしてその象形文字という『人格(パーソナリティ)』は、ここにいる当代殿の活躍で破壊された。そこに…」

「あの…志賀君?そろそろこの話はいいでしょう?」

あれ?どうしたんだろう文ちゃん先輩。何だか焦っているみたいだけど…

「いやいや。僕としては、ぜひ聞いてみたい所です」

文ちゃん先輩は、なぜかあちゃあとでも言いたげな表情になった。

「よくぞ聞いてくれた!」

対照的に、真礼さんの目は爛々と輝きはじめたりしてるんだな、これが。

「いいかい志賀君。そもそも『傀儡』という物はだな、それ自体が呪術的な物なのだ。人形(ヒトガタ)、とはその名が示す通り、ニンゲンのカタチを模したモノなんだよ。それ故、すでにその存在自体に魔力が宿りやすい。魔力…というか精霊と言っても良い物なのだが…そういったマナを含む元素の依代となりやすい物なのだよ。まあ、その個体と精霊どもの相性みたいな物もあって一概には言えないのだが。しかしこの慰撫という個体は、その面からも理想的ではあったがな。何と言っても、我が尊敬する御次様の手遊びによる物ではあるし、それにそこに込められた哀れな少女の魂も、一度異形と化した事により、いっそう研ぎ澄まされた物ではあったしな。当代殿からの依頼があった時に、私が目を付けたのはまずそこだった」

「…私はそんな事、依頼してませんでしたけど」

「だって理想的であろう?私の前に提供されたのは、最高の素材だったのだから。御次様の技術も最高レベルの物ではあったが、鬼橋本家の名跡を継ぐ身としては、それを超えた物を作り出す責務があった。あったのだよ」

「は…はぁ…」

な…何だかいきなり饒舌になったなこのヒト。いや、でも僕はこういう目をした友を、約一名知ってる。とてもよく知っているぞ?

言うまでもない、つかむーだ。

自分の「作品」についてアツく語る真礼さんの目は、少女マンガについて語るつかむーのそれとおんなじ色をしていた。二人がどういういきさつで知り合ったのかは知らないけれど、ああも意気投合していたのもよく分かる。

今さらながら理解してしまった僕の横では、文ちゃん先輩が溜息をついていた。

そんな僕たちにはお構いなく、真礼さんは語り続けた。

「それはそれは理想的な素材だったよ。この子の残骸を目にした時、私は思わず御主様の御導きに感謝したくらいだ」

…ちょっと御主様こと鮎子センセ?まさかこーなる事を狙ってた…なんてコト、ないでしょーね?

《あははー。どーだったかなー♪~》

僕の頭の中に響く自称カミサマの声は、器用に口笛まで吹いてみせた。しかもこのメロディ、サイモン&ガーファンクルの「パンキーのジレンマ」のラストの部分じゃないか。あの曲は僕もよく弾くけど、あの口笛部分はうまくコピーできないんだよな…さすがは鮎子先生…ってそういう話じゃないってば。

「――で、だ。キミの質問に対する答えなのだが、この子の人格が変わったのではない。当代殿によって以前の人格は破壊されてしまったからな。私がしたのは、本来この子に宿っていた少女の魂に、新たな『人格(パーソナリティ)』を植え付ける事だった」

「植え付ける…?じゃあ、今の慰撫の人格って、その少女の物ではないんですか?」

「そういう事だ。魂その物には、『人格(パーソナリティ)』は付随しない。魂とは一種のエネルギ-物質の『核』に過ぎない。人格とは全く別の物なのだ」

「…その技術を応用したのが、私、『鬼橋 文』のマトリクスでもあるのです」

文ちゃん先輩が補足してくれた。そうか、そういえば前に彼女からの「告白」を聞いた時に、そんな話を聞いた覚えもあった。

文ちゃん先輩たちが「御初様」と呼ぶ稀代の大魔導師・初代鬼橋 文は、その死に際して自らの大部分を削り取り、そこにそれまで彼女が学び得た知識や魔法の術式を付随させてひとつの「マトリクス」を造り上げたという。このマトリクスは鬼橋一族の少女の誰かに代々受け継がれ、歴代の「鬼橋 文」となった。そしてその当代こそ、かけがえのない僕の文ちゃん先輩そのヒトなのだ。

「じゃあ、こいつの人格って、真礼さんが作り出したオリジナルって事ですか?」

「無論だ。ただしそのキャラクターは、わが盟友イノーリンの生み出した設定を基に築いていったのだがな」

なんと…!?つかむーもこいつの誕生に一役買ってたってコトか?

「いやいや。イノーリンは魔法の事など知らないだろうよ。私が相談したのは、魅力的なレディーたるキャラクターとはどういった物だろうか?といった事だけだ。さすがはイノーリン、そのイラストと個性の詳細な設定を、即座にファックスで送ってくれたよ。枚数にして120枚ほどだがね。彼女の博識とセンスには敬服するばかりだよ」

…ってコトは何か?こいつのキャラ設定は、わが県立業盛北高校の美術部員・塚村いのり嬢の思い描いた「少女マンガの住人」だったって事じゃないか!…ああ、だからさっき、つかむーがこいつそっくりのコスプレやってたのか。

…僕は今さらながら、わが同窓の美術部員の底知れぬ才覚に恐れをなしてしまった。

「…つかむーも余計なキャラ立てしやがって…」

『ヨシハルさん?何か仰いました?』

「何でもねーよ」

「こうしてこの子の人格付けができたわけなのだが、次に四肢を動かすためのエンジンが必要になった」

「…だから私は、別に動く様にしてほしいなんて頼んだ覚えはないのですけれど…」

「これには当代殿が破壊した、象形文字という異形の残渣が役立ってくれた。元々、連中自体が自律するモノだからな。私はまず、この残渣から破損された人格部分を削り取った。いわば余分な部分を削り取り、『魂』だけにしたという訳だ」

「へ…?異形にも魂ってあるんですか?」

「無論だ。偉大なる御主様より生み出された神羅万象、その全てに魂は宿っている。ニンゲンにも、動物にも、野に咲く草花にも、無機物にも…そしてもちろん異形にも」

「…『魂』って何なのですか?」

「万物を動かし導き流れるマナの集合体であり、凝縮物であり、概念だ」

…よく分からないな。まあ、それを理解できるのが文ちゃん先輩たち魔導師という存在なのだろうけれど。

「ひと口に削り取ったとは言っても、それはそれで相当の集中力と労力を費やしたよ。何せ魂とは胡乱(うろん)な物、ひとつ間違えれば分解して雲散霧消してしまう物だからな。私はこの過程だけで三日、徹夜したものだ。それと同時にイノーリンの築き上げた設定通りに『人格(パーソナリティ)』のプログラミングもやらねばならなかった。こちらの過程は、まず大気の中の四大精霊から抽出した純粋なマナを24時間、特殊な溶液を混入した容器の中で煮沸し、そこであえて疑似マナとして生成する事から始める。これに羊皮紙に刻んだ『人格(パーソナリティ)』の設定を浸す訳だ。皮肉な話だが、これは当代殿が倒したという象形文字どもの原理を応用した術式なのだがな。こうして新たなる『ドール』の核の部分が出来上がったわけだが、次にそのボディについても触れなければなるまい」

えー…まだ続くんですか、ご高説。

「無論、御次様の手遊(てすさ)びは見事な物だったが、さすがに当今では時代が違う。御次様は球体関節を好んで用いられた様子だが、私はむしろ、筋肉の動きに関心があってな。これはもちろん表情にも言える事なのだが、如何に自然な動き、自然な表情を産み出せるか?がこの私のライフワークであると声を大にして言いたい所だよ。そのために従来から研鑽を重ねてきた私独自の新素材が大いに役立ったのは僥倖だったと言えよう。いや実に愉快愉快。この素材はな、ニンゲンの皮膚の肌触りを研究して作り出した物なのだが、汗腺および粘膜すらも再現できる傑作となったのは実に喜ばしい」

へー、じゃあ慰撫の奴、もしかしたら汗もかくのか。そーいえばさっきも涙も流してたっけ。

「いわばこの子は、私がこれまで重ねてきた研究の集大成といってもいい傑作なのだ」

『嫌ですわマエストロ。そこまで祭り上げられてしまうと、このわたくしでも照れてしまいますわ』

ふーん。慰撫でも悪い気はしないみたいだな。それにしてもこの呪いの生き人形ってば、実は物凄い技術でできてんだな。今さらながら驚かされるやら、感心させられるやら。

「…いや凄いですね。凄いとしか言い様がないです」

「次に眼球部分の特徴についてなのだが、これも通常のガラス製ではなく――」

まだ続くんですか~?!

結局、真礼さんのありがたーい解説は、車が文ちゃん先輩の家に到着するまで終わる事がなかった。

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