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1 「アンジー」に関する分析と考察、挑戦と挫折とその後で。

「アンジー」というインスト曲がある。

サイモン&ガーファンクルの2枚目にして歴史に残る名盤「ザ・サウンド・オブ・サイレンス」のA面最後を飾る、演奏時間が2分半にも満たない小曲だ。

ポール=サイモンとアート=ガーファンクルの二人の歌声が織りなすデュオの美しさが信条であるはずの彼らのアルバムに、インスト曲?

もちろんギターを弾いているのはポールだとして…アートはどこ行った?

僕がこの曲を初めて聴いた時の感想がこれだった。

――いやいや、それだけじゃなかったぞ?

この「アンジー」のひとつ前、A面5曲目には「どこにもいないよ」という歌が収録されている。こっちはもちろんいつもの二人のデュオ曲なのだけど…次の「アンジー」とおんなじなんだよね…その…イントロが。

高崎の街中にあるノヴァ堂まで、えっちらほっちらと大汗かきながら自転車こいでいって、なけなしのお小遣いはたいて買った彼らのレコードを、家に帰るなりプレイヤーのターンテーブルの上に乗っけて慎重に針を落として聴き入る、いや聴き惚れる事しばし。

ポールの奏でるスピーディーで研ぎ澄まされた個性的なアルペジオから一転、歌に入るとコード・ストロークに変化するギター・ワークが印象的な曲だった。

「へー、『どこにもいないよ』って曲なのか。このイントロも、後でコピーしてみよ!」と昂ぶる気持ちを押さえつつ、さぁ次はどんな曲でくる?なんて思ってたら。

 またおんなじイントロが流れてきて、一瞬「ハァ?」なんて思ってしまったんだ。

うん。あの時はまさしく「ハァ?」としか思えなかった。一瞬、レコード盤に傷でもついてて、針がトンだんじゃないか?と焦ったくらいだ。

だってそうでしょ?一枚のレコード聴いてて、2曲続いて同じイントロが流れてくれば、大抵の人は驚くと思う。

 まずは唖然とさせられて、その次に考えたのが「何でまた、カラオケ版まで入ってんの?」だったけれど、これもすぐに勘違いだと気づいた。だってキーが違うもの。

ギターという楽器は実によくできた物で、たとえばある歌を弾きながら歌っていたとして、その歌のキーが自分には合わない…なんて時は、フレットを押さえるポジションはそのままで、前後どちらかにずらせばいいのだ。ちょっと自分にはキーが高いかな?と思う時はネック側に、逆に低いかな?という時はボディ側に、それぞれ抑える指をずらせばいい。これはもっと複雑な演奏ができるはずの鍵盤楽器よりも優れた機能だと僕は思う。

 もちろん、ただずらしただけでは、和音を構成する音がおかしくなってしまう。そこで必要なのが「カポタスト」というアイテムだ。

ギターのヘッドと指板の境には「ナット」という部品がある。ボディ側から伸びてきた弦は、このナット部分の上を通ってペグ(弦巻き)に繋がれている。このナットがないと、ギターの弦の響きは生まれないくらい重要なパーツなのだけど、キーが合わないからと言って、このナットまでずらすことはできない。先に触れた「カポタスト」は、身動きできない本来のナットに代わって、キーをずらした時のための「仮設ナット」として機能するアイテムなのだ。つまり「C」のキーで歌った時、ちょっと自分には音が低いかな?なんて感じたのなら、このカポタストを1フレットないし2フレットに装着すればいい。後は、それまでと同じコードを押さえて弾いてみればあら不思議、押さえているのは前と同じく「C」なのに、ギターから出てくるのは半音高い「C#」、あるいは一音高い「D」でござい、ででん♪

 …ギターを嗜まない方々には、ちょっと分かりにくい話だったかな?うん、これは僕の悪い癖のひとつだ。認めよう。自分が知っている話を、相手も理解しているだろうという前提でつい話してしまうんだ。同じ美術部の塚本さんにもよく指摘されるしね。もっとも、僕に言わせれば少女マンガについて熱く語る時の彼女だって、僕と大差ないとは思うぞ?

 まあ何だ、話題が脱線してしまったけど――え、いつもの事だ?大きなお世話さまだよこんちくしょう――「どこにもいないよ」と「アンジー」は、まったく別の曲だった。そしてこの「アンジー」というインスト曲は、実に魅力的だった。

ジャジーなフォービートで下降してゆくベース・ラインの上で、ハンマリングとプリングの装飾音を交えた美しい響きのメロディーが展開してゆく。凄いのは、それがたった一本のアコースティック・ギターで「同時に」演奏されている点だ。ベース・ラインとメロディーはそれぞれ全く別のリズムとメロディーを刻んでいるのに、それをたった一本、たった一人で弾いてしまうポール=サイモンというギター弾きさんに、僕は憧れと同時に戦慄すら覚えてしまったんだ。

 とはいえどもだがしかし。自ら「ギター小僧」を標榜(ひょうぼう)してやまないこの志賀(しが)(よし)(はる)サンがだ、こんな「オイシイ」お手本を見て見ぬふり――ん?ここは聴いて聴かぬふりというべきだろうか?――なぞ(おとこ)が廃る、ギター・キッズの名折れだんべやというコトで、もちろんコピーに挑戦してみたのだけれど。

2フレットにカポ付けて、キーは「Am」で弾く…という所までは理解できたけれど、その先がまるで分らなかった。アルペジオ奏法の一種だろうという事までは想像できるけれど、あのベース・ラインが問題だった。

…フツーのアルペジオのベース・ラインなんて、こんなに忙しく動かないぞ?

もちろん「打開策」はあった。…かなーりダサい方法だけど。

無いオツムをうーんうーんとヒネりまくった挙句、僕の脳裏には画期的なアイディアが閃いた。それは「ベース・ラインだけを先に弾いてテープレコーダに録音して、それを再生しながらメロディー部分を弾く」という手段だったのだ。これなら実にお手軽に、あの難曲も弾けてしまうであろうことだろう。僕って凄い。えっへん。

この方法で、僕はこの「アンジー」をコピーできた…気になっていた。

そりゃあ最初は、おースゲェスゲェ!とテープレコーダに合わせて弾いてご満悦だったさ?

でもね…なぜかそのうちに、とても虚しい気持ちになっている自分に気がついたんだ。

何と言うのかな、メロディーだけを弾いていると、とても罪悪感が湧いてくる様になったんだ。誰かに「おい義治、オマエ、ちょっとズルしてねーか?」なんて言われている様な気さえしてきた。機械の力を借りなきゃ、オマエはギターも弾けないのか?ってね。

それに実際、僕の半サイボーグ紛いなプレイと、ポール御大のオリジナルを聴き比べると、明らかに違うのだ。そう、「音の一体感」って奴が。

…やっぱポールは一人であの複雑なプレイをこなしてるのかなー?僕みたいな姑息な手段は使わないよなー。じゃあ彼はどうやって弾いてるんだろう?あー、わっかんねー!

 …と、ここまでは一年前のお話。

つい先日、ふと思い立って、「もしかしてこんな感じで弾いてるのかな?」なんて何気なく久しぶりにこの曲を弾いてみたらんば。

……弾けちゃいました。

ええ、ええ、弾けちゃったのですよ?ポール=サイモン御大のごとく。

一年前に挫折して以来ロクに練習、いや分析すらもしていなかったこの曲だけれど、弾けてしまったモノは仕方がない。理屈じゃねーんだこの野郎。

 冗談はさておくとして。弾けてしまった理由を真面目に考えてみると、これはもう、僕が「カントリー・ギター」というジャンルに足を踏み入れてしまったからだと思う。

このカントリー・ギターという分野は、ギターを弾く者ならば一度は興味を持つと思う。

何となれば、一年前に僕が散々頭を悩ませた、「ベース・ラインを弾きながら、同時にメロディーも弾いてしまう」という夢の様な高等テクニックが、このカントリー・ギターにはごく当たり前の様に取り入れられていたのだ。

およそ一ヶ月くらい前、僕は彼女とちょっとした事で口論になって、彼女を見返してやるつもりでこの分野に足を踏み入れた。…まったくお頑固さんなんだよなー、文ちゃん先輩って。

学年末試験も乗り切って、さらにその数倍の労力を払って、僕はこのカントリー・ギターの「ギャロッピング奏法」をマスターできたのだった。

…それから後に起きた事を思い返すと…今でも胸が切なくなる。

つい先日。僕はとても哀しい出来事に巻き込まれた。

生まれてはじめて「師匠」と呼べる人との出会い。

そしてその「師匠」の死と、悍ましき血塗られた「惨撃」の数々。

全てが終わった今、僕に遺されたのは、ほんの数日分の「師匠」との思い出と、彼が遺してくれたテンガロン・ハットと形見のギター…それだけだと思っていた。

ところが、である。「師匠」に傾倒した事で、知らず知らずのうちに僕のギター・プレイにも幅が広がっていたみたいだった。それは精神論とかいった曖昧模糊とした物ではなく、「師匠」のプレイからの影響が、そのままこの「アンジー」を弾くに必要なテクニックを含んでいたからだと思う。

ああそうか、「アンジー」はカントリー・ギターのテクを使えば弾けるのか!

ここに気づけたのが、実はほんの三日前の事だった。ありがとうございます師匠!貴方の「弟子」は、貴方の教えでここまでこれました!

それからというもの、僕はひたすら「アンジー」ばかりを弾き続けて今日に至るワケである。

 気がつけば3月ももう終わり。高校生活最初の春休みはもうすぐだ!

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