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9 ザ・トーキング・ヘッズ

じぃ~こ、じぃ~こ、じぃ~こ。かちかちかち。

「ぷっ、くすくすくす」

じぃ~こ、じぃ~こ、じぃ~こ。かちかちかち。

「ふふふ。うむ」

じぃ~こ、じぃ~こ、じぃ~こ。かちかちかち。

くるりん。ぴかっ。

「ぶわははは!何だよ慰撫、その姿は」

僕は思わず笑い転げてしまった。無理もない。だって目の前の慰撫の奴っていったら…

「ふむ。私としてはなかなか良いと思うのだがな。窮余の策としては会心の出来だと思うのだが。動作にも問題なかろう?」

『そっ、それはそうですけれどもっ!こっ、これはあんまりですわっ!!』

当の慰撫は不満げに、両手のアームをカチカチと鳴らした。

文ちゃん先輩の先輩の家に戻って、真礼さんの来訪を喜ぶ唯さんの手料理を戴いた後、僕たち3人(+1体)は彼女の部屋にいた。

真礼さんが持ってきたという、慰撫・弐式の新しいボディを奴に取り付けるためだ。

何となれば、この作業こそが今日のメインイベントだったのだから。

作業工程はほんの数分で終わった。「新しいボディ」に、この魔人形の首をはめ込むだけ。

それはもう、実にあっけらかんと終わってしまったのだが。

…うん。さすがにこいつの制作者さんの手遊びというだけはあって、真礼さんが(こしら)えたというこの「新しいボディ」は、この生意気人形との親和性は…申し分なかった、と思う。

全身ブリキ製の角ばった逞しいボディ。胸元には怪しげな謎の光を放つ大きなランプ。

じぃ~こじぃ~こと、床を摺り足で這いずる様に進む力強い両の脚。そして両手は、動かすたびにカチカチと音を立てる、とってもカッコいいマジックハンドになっている。もちろん、背中にはきちんと大きなゼンマイまで付いている。うむ、素晴らしきかな様式美。

…かっこいいじゃないか。

うーむ。子供の頃、「火星大王」なんていう玩具を父に買ってもらった覚えがあるけど、今の慰撫の姿はまさにそれだ。何と言うか…僕の童心を、実にいい感じにくすぐってくれている。惜しむらくは、首から上が、従来通りのアンティークドールのままだという点か。

「まあそう言うな。これはこれでお前にゃ似合って…って、痛ぇ!」

お前な、そのアームで僕の脚を挟むんじゃねぇ!意外にパワーあるし。

『むー!』ぴかっ。

はは、ご丁寧に、こいつの感情に合わせて、胸のランプの色が変わってやんの。

「ま、まあ慰撫?でも、やっとお身体もできたことだし…ね?」

『でもマスター・アヤ!こんなのって…』

「えっと…うん、そうだ、戦闘的で、とっても強そうですし…」

『それはそうなんですけれどぉ…』

「…ふむ?どうもお前は、私の作品が気に入らないみたいだね?」

『あ…いえマエストロ・マノリ…決してそう言う訳では…』

さすがの生意気毒舌ドールも、生みの親さんには強く言えないらしい。あ、胸のランプが赤から青色になった。芸が細かいな。さすがはマエストロ。

「えー、せっかく強そうな身体になったんだし、こっちの方がいいんじゃないか?」

キッ!と鋭い視線で睨まれてしまった。

「あら慰撫ちゃん?ずいぶんとカッコよくなっちゃって」

と、そこにお茶菓子を持った唯さんがやってきた。

「うんうん、それ、いーわよ?真礼ちゃん、さすがにこういうの、お手の物だもんね。とっても強そうだし、もう今度は壊されちゃう事もないんじゃない?」

屈託のない笑顔の唯さん。本心からそう思ってるんだな、きっと。

『ミセス・唯ぃ~…』

こんなに情けなさそうな慰撫の声を、僕ははじめて耳にしたのだった。

「…ふむふむ。しかし当事者が気に入らない、というのはやはり問題、か。では仕方ない。あっちの方を使ってみるか」

真礼さんは手許に置いていた「予備部品」と書いてある箱段ボールを開けると、そこから小さな棺桶みたいな黒い箱を取り出した。

「…こちらはまだ試作段階で、あまり満足のゆく物でもないのだが…」

真礼さんが箱の蓋を開けると、そこには首のない、小さな女性の身体が横たわっていた。

「…うわ…」

それはあまりにもリアルな身体だった。この慰撫の頭にぴったりの大きさだという以外は、まさに「ニンゲン」の少女の体そのものだった。肌もまったく人形っぽくなくて、ヒトのそれと比べても、些細な違和感すら感じ取れなかった。未発達な胸元がやけに生々しくて、気恥ずかしさに視線を逸らすと…その下半身はもっと生々しかった。ちゃんと…その、何だ、ええっと…「縦スジ?」まで再現されているときた。その周囲には、柔らかそうな金色の毛が、うっすらと生えていて…

僕はまだ「本物(!)」なんて目の当たりにした事はないけれど…何というか、僕の「男の子の本能」が…その…きちん反応しちゃってくれたりして…ね…

コレはエロい。エロ過ぎる。

高校1年生…いや、1年と2年のちょうど中間の、感受性の強すぎるお年頃な身には、いささか刺激が強過ぎる嫌いがあった。

ただ、まだこの身体には首がない。まるで美しき首なし死体みたいにさえ思えた。

むむ?首なし死体に欲情するなんて、まるで江戸川乱歩のセカイ(戦前版の方ね)っぽいじゃないか。猟奇のセカイだ、猟奇の。僕の専門外の分野だぞそれは。

しかし、そんな僕をしてさえ凝視させてしまう様な、妖気めいた美しさがそこにあった。

「…こほん」

思わずその小さな女体に見入ってしまった僕の横で、文ちゃん先輩がおもむろに咳払いをひとつ。

「…じゃあ慰撫、こっちでいいわね?」

『はい!ですわ』

「じゃあ真礼、こっちの方でお願い」

文ちゃん先輩はそう言うと、そそくさと棺の蓋を閉めてしまった。

「…ふぅむ。それはそれで吝かではないのだが」

「何か問題でも?」

「こちらのボディはな、あまりにもニンゲンに近い構造に、と凝り過ぎてしまってな、取り付けるのにも少々手間がかかってしまうのだが…」

なるほど、素人の僕でも何となく理解できる。そりゃあ、こんな生々しいボディを動かすのだもの、それはそれは色々と難しそうな技術を要するに違いない。

「まずは疑似の脊髄を作る所からはじめねばならないのだよ。この脊髄を動かすためには、慰撫嬢の律動を伝達する筋繊維(シナプス)も必要になってくる。この筋繊維も、当然シグナルを伝達する前細胞および後細胞の双方を作らねばならない。この筋繊維のための素材なのだが、最適なのはやはり――」

「あーそのお話はいいから、さっそく今夜から取り掛かってくださいな、真礼」

「む?承知した」

「慰撫も、待ち遠しいでしょう?」

文ちゃん先輩は、火星大王ロボ慰撫を抱きかかえる様にして持ち上げた。

『もちろん!ですわっ』

はは、慰撫も嬉しそうだな…おや?

今まで長い髪に隠れて気づかなかったけど、慰撫のうなじの部分にはちゃんと「真礼」という落款が押してあるんだな。こういう所にも「職人(マエストロ)」の拘りが感じられるな。ああ、そういえば真礼さんってば、これらのボディを「作品」って言ってたものな。

「では当代殿。しばらく隣室をお借りするが、宜しいかな?」

「もちろんです。元々あのお部屋は、これから真礼の部屋になるのですから」

(かたじけな)し」

慰撫と棺を抱えた真礼さんは、一礼して部屋を出て行った。

…この時の文ちゃん先輩の一言が、けっこう大きな意味を持っていたのを知ったのは、もう少し後の話だったけど。

「――さて志賀君?」

「あ、はい。何でしょう」

「それで、兼子のご実家へのご旅行の件なのですけれど」

そういう文ちゃん先輩の笑顔は、とっても可愛らしかった。


 文ちゃん先輩の家を後にする頃には、周囲は真っ暗になっていた。僕はバスで帰ろうとしたのだけど、真礼さんのご厚意で、また件のベンツで家まで送ってくださるとの事だった。

「では志賀様。どうぞお乗りください」

運転手の内藤さんが、わざわざ後ろのドアを開けて、その横で恭しく一礼してくれた。

「あ…ども。失礼します」

こんな高級車に乗るのも生まれてまだ2回目、しかも初めて乗せていただいたのも、ほんの数時間前とあっては、さすがにまだ緊張するほかない。

考えてみれば、ちょっと前にもトミーさんのオープンカーに乗せてもらったけれど、あっちは「高級」というよりも、むしろ「かっこいい!」という気持ちが強かったし。

ひゃー。皮のシートの独特のいい香りがする。座り心地も硬過ぎず柔らか過ぎず。

「じゃあ志賀君、明後日の朝8時に、渋川駅前で。遅刻は厳禁ですよ?」

「はい!8時に。おやすみなさい」

僕と文ちゃん先輩は、車の窓越しに挨拶した。

文ちゃん先輩は周囲をきょろきょろと見回すと、素早い動きで僕の頬にキスしてくれた。

「…あ」

「ふふ。おやすみなさい。一年間お疲れ様」

文ちゃん先輩は、最高の笑顔で僕を見送ってくれた。

ちょっと気恥ずかしい。気になって内藤さんを見ると、我関せずといった感じで運転席に座っていた。

 内藤さんの運転するベンツは、ゆっくりと県道を進んでゆく。

「…………」

「…………」

内藤さんというヒトはとても寡黙な方らしく、こちらから話しかけなければ無言のままだった。間が持たない。どうにも間が持たないので、こちらから何か話しかけても「…はい」とか「左様ですか」で終わってしまって、どうにも話題が続かない。

「…………」

「…………」

いつしか、ただでさえ乏しい話題のネタも尽きてしまい、僕は後部座席で押し黙ってしまっていた。

仕方ないので僕は、時折、街灯に照らされる内藤さんの後姿を見つめている事にした。

…やっぱ品がいいなあ。きりっとした表情に、シルバーグレーの髪がよく似合う。

歳は50代後半…?いや60代前半くらいかな?

親父は「相手の首筋見ると、大体の歳が分かる」なんて言ってたけど…え?

街灯の明かりに一瞬照らされた内藤さんの首筋には、小さな「真礼」の落款が押してあった。

いいっ…?もしかしてこのヒトも…?

「あ…あの…内藤さん?」

「何でございましょう」

「もしかして内藤さん…もその…真礼さんの…」

「はい。『作品』でございます」

「に…人形…なんですか?」

「左様にございます。かつては『ナイト・ガーント』と呼ばれた異形でございましたが」

「い…異形…!?」

「ハハ。そんなに驚かなくても宜しゅうございますよ?」

そう言うと、内藤さんはぐるぅり…と首を回して、後部座席の僕の方を向いてきた。

僕と内藤さんの顔は、正面切って向かい合った。

そう、彼の頭部は、丸々180度回転したのだった。

さすがは人形…こんな動きはニンゲンにはできない。できないけど…

「あ…あの…内藤さん?」

「ハイ?」

「ま…前、見なくていいんですか?」

「御心配には及びません。ワタクシ、後ろにも眼を持っておりますので」

そう言うと内藤さんは、またぐるぅりと頭を回転させて前を向いた。

すると彼の後ろ髪の隙間から、ふたつの目が瞬きしているのが見えた。

……。

ああそうか。「ナイト・ガーント」って名前の異形だから「内藤頑太郎」なのか。

このクルマ、早く家に着いてくれないかなあ。

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