攻防
間に合うと思ったけど間に合わなかった
兵の雄叫び、軍馬の嘶き、人と馬が地面を駆ける音。
そして掲げられているのは真紅の旗印。
中華最強の武将と謳われる者、奉先の部隊がすぐそこまで近付いて来ていた。
その部隊の先端。
旗印と同じような真紅の色の馬に乗り、身の丈以上もある戟を軽々と振り回している武将と目が合った。
その武将は俺を見つけるなりニヤリと笑い———
「———総員退避ィッ!!」
ドゴォォオオオオンン!!!
咄嗟に叫び、全力で横に跳ぶ。
次の瞬間には轟音と共に俺が立っていた場所に槍が突き刺さっていた。
何?何だ?何が起こった!?
槍?なぜ?まさか奴が投げたのか?どこから?あの距離から?騎乗した状態で?
何が何だかわからない……が、奴と目が合い、奴が笑った瞬間にこれはヤバイと本能が察した。だから叫び、自分でもよくわからないまま避けた。
奴は危険だ。奴と闘ってはならない。全力で逃げろ。
義妹達より弱いとはいえ、俺だって一端の武人だ。
人としての生存本能だけでなく、武人としての本能でもこのままでは死ぬと警鐘を鳴らしている。それ程までに奴は異様な存在だった。
「ほぅ……今のを避けるか。さすがは華雄を倒した部隊、なかなか楽しめそうだ」
奴が来る。味方の兵士が攻撃する。奴が戟を振るう。兵が血を撒き散らしながら吹き飛ぶ。
意味がわからない。考えろ。意味がわからない。逃げろ。意味がわからない。剣を持て。
何だ。いったい何なんだこのプレッシャーは…!標的にされたと感じた瞬間身体が動かなくなった…!!
「我に狙われていると理解したのに腰を抜かしてへたり込まずに失禁も発狂もしない……か。やはり貴殿がこの部隊の大将なのだな」
奴が近づいてくる。
あれ程あった距離が今やないに等しく感じる。次に何かを投擲されたら避ける間も無く当たり、死んでしまうだろう。
奴が来る。鬼神が来る。
少女の皮をかぶった鬼神が来る。
そう、少女だ。
しかも外見的には美少女と呼べるだろう。
年齢はたぶん俺より下……雲長や翼徳と同じぐらいか?
そんな少女が今は鬼神にしか見えない。
大人の男性をも怯ませる重圧を放ち、側から見ると小さなその身体は対峙してみると何倍も大きく、威圧的に見下ろされているように感じる。
「確か貴殿は先の戦で大将である華雄を集中して狙い、討ち取った事で最小限の被害で早急に勝利を掴んだのだったな」
奴が来る。
「で、あるならば、同じ方法で倒してこその華雄の仇討ちといえよう。………たぶんな」
少女が来る。
「と、いうわけで……いざ勝負!!」
———少女が、来る。
「—————ッ!!」
奉先が戟を振りかぶる。
が、俺はそれを待っていた!
奴は俺が怯んで動けないと思い、油断している。だからこその隙の多い上段の構えだ。
そして俺はその隙となっているがら空きの胴を遠慮なく狙わせてもらう。
構えなんてない。
それ故に力強さもない。
ただただ速さだけを特化した斬撃でもないただの横薙ぎ。
当たってもきっと鎧に弾かれて傷1つ付ける事すらかなわないであろう弱い一撃。
だが、そんな拙い冴えない力無い横薙ぎでも鎧のない場所に当たれば?人の急所に当たれば?
例えば……首筋に当てれば、どうなる?
いくら奉先といえど首は鍛えてないだろう。
というか見た目的には奉先は華奢で可憐な少女だ。こいつどうやってあの身体以上もある戟を振り回してるんだ?やはり鬼神か?
まぁとにかく……そこに勝機があるならやるしかない!
「せゃ——ァ——ッ!?」
だから攻撃しようとした。
斬ろうとした。
だが、その時にはもう遅かった。
奉先の戟がもう、目の前に迫っていた。
俺は油断も慢心もしてなかった。策があったとはいえこの状況で油断できるほど神経は図太くない。
奉先は油断し慢心していた。敵はもう動けないのだと確信していたのだから。
ただ、俺が動き出したら奉先も油断を消して本気になった。その結果、あり得ない速度で攻撃し、今に至る。
ヤバイな。
これはヤバイな。
このままじゃ死ぬな、俺。
———このまま、ならな。
「お義兄ちゃんに———」
「——むっ!?」
「近づくなぁァァアアアア!!!」
ガギャャャャァンン!!!
翼徳の蛇矛が奉先を真横から振り下ろされる。
俺に集中していた奉先にとって完全に死角からの攻撃。しかし奉先は驚異的な身体能力で翼徳の攻撃を受け止める。しかもその際身体を仰け反らせて俺の攻撃を避ける事も忘れない。
逆に言えば奉先は俺の攻撃を避け、不安定な体勢で翼徳の強烈な一撃を受け止めたのだ。
……なんだこの鬼神。
だけどまだだ。まだ俺達の攻撃は終わってない。
俺達は3人義兄妹。3人で1つ。
あと1つ、あと1人切り札が残っている!
「—————フッ!!」
俺と翼徳とは別方向から、俺達に注意を向けている奉先の背後に雲長が現れ、青龍刀を刺突する。
俺が奉先の攻撃を避けるのではなく迎撃する事で奉先の注意を引き、翼徳がわざと声を上げて攻撃する事で奉先の動きを止める。そして最後に雲長が奉先の背後から不可避の攻撃を放つ。
タイミング、方向、共に完璧。
これを防げる人間はいないと確信できる必殺の連撃。
ただ、誤算があったとすれば—————
「くははははっ!凄いな貴殿達はっ!!」
奉先はやはり人間ではなく鬼神だったという事だ。
近日中に大幅追加改稿———の予定でしたが、寝落ちして起きたら文章データが吹っ飛んでて気力も吹っ飛んだ為次話に続きます
元々は三国志パートは1話で終わらせる予定だったんだけどなぁ……こんなに長くなってしまって申し訳ありません




