第2話 とりあえず、異世界描写でもしようかと思ったらいきなりピンチ
第二話 とりあえず、異世界描写でもしようかと思ったらいきなりピンチ
俺はとりあえず、町を探そうと思い、辺りを見回した。
前方にはうっそうと茂る森がモリモリ広がっていた。右側には東京ドーム8分の3個分くらいの大きさの湖があり、左側には居眠りをしているドラゴンがいた。後方には草原が広がっており、その最奥には地平線が見えた。どうやら、草原の先は崖の様だ。上空には紫色や黄色、小豆色、山吹色、鶯色などなど、個性豊かな色・形をした雲が悠々と泳いでいた。
あたりを見回した結果、町らしい町は見当たらない。とりあえず、森を抜けよう。俺はそう決めて、森の中へと向かおうとした。
「おい、人間」
その時、左側にいたドラゴンに声をかけられた。ドラゴンは俺の10倍くらいの大きさで、その背には立派な翼があった。鼻先にはサイの様な立派な一本角があり、口からは涎を垂れ流していた、汚い。さらに、両の腕は筋骨隆々で、手先足先には鋭い爪があった。
「ワシは、今から、お前を、食べる」
わざわざ「お前を食べる」と宣言するとは、なんて親切なドラゴンだろうか。俺は冷静にそう思いつつ、あることに気が付いた。そう、ピンチだ。オレ、今、ピンチだ。
「いただきます」
そう言うと、ドラゴンは手のひらを合わせて合掌をした。そして、フン! と、ものすごい勢いの鼻息を俺目掛けて噴射した。
「うわ」
俺はまるで台風の様な鼻息に押されて、東京ドーム8分の3個分の湖に落ちた。まずい、俺はカナヅチで泳げないのだ。あっぷあっぷ。
「まずは体を水で清めます。ワシはグルメなので、汚いのは嫌なのです」
相変わらず親切なドラゴンは、俺を湖に落とした理由を言いながら、前腕で俺を鷲掴み、まるでしゃぶしゃぶの様に、何回も水に入れて洗い出した。
これは拷問だ。
水の中、息ができない、苦しい。水から出る、息ができる、一安心、したのもつかの間、またすぐ水の中。
勘弁してくれ。まだ2話目なのに、全く、前途多難だなこれわ。
俺がそんなことを考えながら拷問に耐えていると、ようやくドラゴンは俺を水から出して陸に上げてくれた。
「次は、濡れた体を乾かします。本当は日干しがいいのだけど、今回は炎のブレスで速乾にします」
親切なドラゴンはそう言うと、深く息を吸い込み、炎を吐いた。
「あっち!」
ドラゴンの炎は瞬く間に俺の体についていた水分を蒸発させ、ついでに俺の着ていた服も燃やした。俺は真っ裸になった。幸い、肉体は燃えておらず、ヤケドもしていないようだった。
「ワシは生肉が好きなので、火力を抑えました」
親切なドラゴンはそう言うと、「でわ」と言って、俺にゆっくりと近づいてきた。ドラゴンは口から汚い涎をダラダラと垂れ流していた。ドラゴンの足元には涎の水たまりができていた。
俺の人生オワタ。そう、思った瞬間
「うぅ、く、ぐるじいぃ!」
急に胸が苦しくなった。
「え? どうしたの? これから食事なんですけど。ワシのテンション下がるんですけど」
ドラゴンは俺の顔を覗き込みながら首をかしげている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
この胸の苦しみの正体を、俺は知っている。そう、この胸の痛みは”失恋の痛み”だ。こんな生死を分かつ瞬間でも、失恋の痛みは胸を苦しめるのだ。失恋とはそれほどに、辛く、苦しいことなのだ。自殺の原因にだってなるんだ、当然だろう。
「大丈夫?」
「いや、ちょっと、ハートブレイクしまして……」
「ハートブレイク?」
親切なドラゴンは、何故か”ハートブレイク”という言葉に食いついた。
「あのー、それって、もしかして伝染します?」
親切なドラゴンは、いぶかしげな表情で俺に尋ねて来た。
「え? …………はい、伝染します。俺を食べたら、伝染します」
「えーー。マジテンション下がるわー」
親切なドラゴンはそう言うと、深くため息をついた。
とりあえず、命拾いした。俺は素っ裸のまま、静かにガッツポーズをした。