極秘任務
ある日、俺は国王に呼び出された。
俺たち兵士が国王に呼び出されること自体は、とりたてて珍しくはない。珍しいのは、呼び出されたのが俺一人だけだということだ。
リーダー格の兵士であれば、一人だけ呼ばれるということも、まれにだがある。しかし、俺はそう言う立場ではない。どちらかというと、あぶれ者だ。
それなのに、どうして自分が呼び出されたのだろうか。いろいろ考えを巡らせながら、俺は王室へ向かった。
王室の扉の前には、衛士が二人並んでいた。俺はその二人を見上げて言った。
「兵士のラルガだ。国王に呼ばれて来た」
本当はもっと丁寧に用件を言わなければならないのだが、俺の性分に合わないので、雑な説明で済ませる。
まあ、この城の兵士も衛士もお偉いさん方も、俺のこの性格については百も承知だから、いちいち気にはしない。
というか、気にするのも面倒になってきたのだろう。
あらかじめ王から俺が来ることは知らされていたようで、二人の衛士は無言で扉を開けた。
俺は王室がどうも気に食わない。ある物といえば、王の座る玉座と、扉の両脇にある、やけにどデカい台に生けられた花ぐらいだ。
それなのにこの部屋は無駄に広く、どうも落ち着かない。
しかし、王の前でそんな弱みを見せるわけにはいかない。俺はあくまで平然と王の前へ進み出た。
玉座の前には二段ほどの段差があり、その前に跪く。
「何のご用でしょうか、国王様」
俺はふてぶてしくそう言った。
不躾な俺の態度に、国王は苦笑を漏らす。しかし、すぐにいつもの威厳のある低い声で言い放つ。
「実はラルガ、お前に極秘の任務を与えたいと思っているのだ」
地を這うようなその声に、俺は本能的に敵意を感じてしまう。しかし、努めて平静を保つ。
「極秘の任務、ですか」
「そうだ。単刀直入に言おう。お前に単独で、隣国の城に攻め入ってほしいのだ」
「隣国に・・・?」
隣国であるセリアス王国は、昔からここ、ナヴァース王国と対立していた国だ。最近では両国が平和条約を締結し、対立することはなかった。そう言う約束のはずだ。
それなのにどうして、その国の城を攻めろというのだろうか。それも俺一人で、極秘に。
「いろいろ疑問はあるかもしれんが、あまり多くを話すことは出来ない」
「・・・一つだけ、訊きたいことがあります」
俺の言葉に、王室に緊張した空気が流れる。
王も俺を、心のどこかで恐れているのだろう。なんせ、この城で唯一、王に献身的ではない者なのだ。
しかし俺のしようと思っている質問は、王の恐れているようなものではないだろう。
俺は、顔を上げ、王の顔を見た。深い皺が幾筋も刻まれ、目にはどこか暗い陰を感じるその顔は、どこまでも冷酷だった。
その顔に向かって、俺は言った。
「なぜ、私なのでしょう」
王は拍子抜けしたのか、少し言葉をつまらせ、驚いたように数度瞬きをした。しかしすぐ、いつもの不敵な笑みを浮かべて、答えた。
「もちろん、お前が、この城の中で一番優秀だからだよ。それでは不満か?」
俺はこの言葉を聞いて、決心した。
「・・・少し、考えさせてください」
そう言ってまた頭を下げる。
「まあ、よかろう。もう下がりなさい」
王はそう言って玉座から立ち上がり、背後にある大きな窓に歩み寄った。
そこからは、城の前庭、そしてナヴァース王国の城下町が一望できる。
「では、失礼します」
俺は下界を見下ろす国王の背中を人睨みして、王室を後にした。
* * * * *
翌日。
ナヴァース城は喧騒に包まれていた。
「国王様! 大変です!」
「何だ大臣。騒々しい」
挨拶もなしに勢いよく王室の扉を開け、飛び込んできた大臣に、国王は顔をしかめてそう言ったが、大臣は、それどころではないとばかりに、息を切らせながら言った。
「ラルガが! 城の兵士を辞めました!」
その言葉で、国王の顔からさっと血の気が引いた。
「何だって!」
その顔には、いつもの、感情を押し殺したような表情でなく、驚愕と焦燥が張り付いていた。
すると、その報告を隣で聞いていた妻が、そっと国王に近づいて耳打ちをした。
「まさか昨日の・・・」
国王は、はっとし、思い切り歯噛みした。
「あいつ・・・!」
その国王の膝の上で、愛猫の白猫が心配そうに、にゃおん、と鳴いた。