079 ハロー・ワールド
「――ちゃん。お姉ちゃん!」
小さな手に肩を揺さぶられて、イルマエッラ・オレリア・カランドラは我に返った。
周りには何人もの子どもの顔。浮かんでいる表情は様々だ。気も漫ろなイルマエッラを気遣わしげに見る者、相手もせずに考えごとに耽っていたことへの不満を滲ませる者、退屈から欠伸を噛み殺している者……いずれにせよ、彼らの目には聖王教会の聖女へと祭り上げられた偶像を、敬して遠ざける色は無い。あるのは気心の知れた優しい――或いはお節介な――年上の女性に対する親しみだけだ。
知らず安堵の息を漏らしつつ、彼女は照れ笑いを浮かべながら聞いた。
「あっ……えっと、ごめんなさいね。何の話でしたっけ?」
「えー、そこからー?」
「イルマ姉ちゃん……ボケるのには、まだはやいよー!」
ブーブーと鳴り響く、騒々しくも可愛らしい不満の声の大合唱。
立ち会っていた中年女性が、忽ち剣幕を変えて叱責する。
「これ、お前たち! 女司祭様になんて口を利くんだいっ!?」
「いえ、いいのですよ院長先生。私がぼんやりしていた所為ですから」
「イルマエッラ様……あんまりこの子たちを甘やかさないで下さいな。躾っていうのは、小さい頃が一番肝心なものなんですからねえ」
クイっと眼鏡の位置を正しながら言う中年の女性院長。
……ここは皇都オムニアの町外れに立つ、教会の経営する孤児院だ。魔物の脅威、悪疫の流行、貴族の横暴に権力闘争、果ては戦争や野盗の襲撃。このイトゥセラ大陸には幾らでも人死にの原因となる不幸や災厄があり、それらが起こる度に未亡人やみなしごが量産される。人類の救済を説く聖王教は、そんな寄る辺無き人々にも手を差し伸べ、支援を行っている。
無論、聖職者の施しとはいえ裏が無い訳ではない。この孤児院を例に引けば、孤児たちに日々の糧と教育を与える代わりに、聖王教の教えを骨の髄まで染み込ませる。そして成人する頃には敬虔な教徒になるという仕組み。そうして孤児院から輩出された人材は、オムニアと教団を支える礎となっていくのだ。……養ってやった相手を穀潰し、引いては将来の敵にしても仕方が無いので、当たり前の処置ではあるのだが。
イルマエッラは教会での仕事の無い日、こうして孤児院を訪れて子どもの相手をすることが多かった。枢機卿の娘にして女司祭という立場上、毎日を大人たちに囲まれ年上の人間の間で働いているのだ。一回りも二回りも年長の助祭たちに頭を下げられ、同格の司祭たちと論を交わし、時には司教や枢機卿といった一握りの大物とも話をすることすらあった。正直な話、気疲れする。
だから、時折こうして子どもたちと触れ合える時間には、心が洗われるような思いがした。幼子らの、小難しい理屈も無く、素直に感情を露わにする様。幼時より同世代の友人が無く、父によって教会に売り込まれ神官の修業を積んできた身からすると、それらが堪らなく新鮮で眩く思えるのである。
「コホン……気を取り直して、続けましょうか。えっと、確か絵本を読むんでしたよね?」
「そうそう! しっかりしてくれよ、お姉ちゃん」
「わたし、かわいいおはなしがいい! 『しろうさぎ姫』みたいな!」
「ずりーぞ、女子! きょうはおれらのばんだろー!?」
「そーだそーだ! ねえ、イルマ姉ちゃん? まえにやくそくしたじゃんか、こんどは勇者さまのおはなししてくれるってさー!」
勇者。
その単語を耳にした途端、イルマエッラの表情が一気に強張る。
「? どうしたの、姉ちゃん?」
「い、いえ……ごめんなさい、何でもないの」
誤魔化しの言葉を口にしたことに、胸の奥にチクリと疼きが走った。嘘偽りを述べるなど、良き教徒のすることではない。心中で懺悔しながら、イルマエッラはリクエストの通りの絵本を選ぶ。
「それじゃあ、今日はこのご本にしましょうか。『勇者ヨシュアのりゅうたいじ』。……昔々――」
二代目勇者ヨシュア・モンドの武勇伝。二刀流の開祖として名高い彼の人物の逸話で、最も有名な物といえば、やはり西方のドラゴン退治であろう。
今から三百年前、アルクェールの西の半島に突如として出現した巨大な竜。それは自然の化身とも伝えられるドラゴンとは、明らかに一線を画した存在だった。人間を襲うのはどちらも同じであるが、その意味が違う。食う為に殺すのではなく、殺す為に食う。一思いには殺さず、存分に甚振り回してから残虐に殺す。そのドラゴンは生態としてではなく、明らかに害意と悪意で以って人類を襲っていたのだ。
それもその筈。三百年前の悪竜こそ更に時を遡った昔、七百年前に現れた魔王がその尖兵として生み出した邪悪、魔族の一員だったのである。
「――悪い魔法使いは慌てました。封印を解かれたドラゴンは魔法使いの命令を聞かず、もっともっとと人々を襲い始めたのです。襲われた人々は魔法使いよりも慌てました。このままドラゴンが暴れていては、お家も畑も焼けてしまいます。みんなの暮らす場所が無くなってしまうではありませんか。それだけではありません。ドラゴンはなんと、人間をぺろりと食べてしまうのです!」
「こわーい!」
「王様の兵隊も国一番の騎士様も、悪いドラゴンには敵いません。ドラゴンを起こしてしまった悪い魔法使いも、命令を聞かないドラゴンに困ってしまいました。世界中のみんながみんな、ドラゴンの所為で困ってしまったのです。森の木は枯れ、川は流れなくなり、風も怖がって止まってしまいました。……その時です」
そう。その時もやはり、オムニアは勇者を呼ぶことにしたのだ。
「お姫様がこう言い出しました。『私は勇者様が来て、みんなを助けてくれる夢を見ました。勇者様に皆の声を届けましょう。きっと声を聞きつけて助けに来てくれる筈です』と。だけれど最初、みんなは信じませんでした。山より大きくて、たくさんの兵隊より強くて、炎より熱い息を吐くドラゴン。みんなの為にそんな怪物と戦ってくれる勇者様なんて、本当にいるのでしょうか? みんなみんな、そう言ってお姫様を馬鹿にしました」
「そっちこそ、ばっかでー!」
「うんうん! 勇者様は、みんなをたすけてくれるんだよー!」
子どもたちは口々に、絵本の中の人物たちを非難する。勇者は悪の手から人々を救うヒーロー、それを疑うなんて馬鹿げていると、心の底から無邪気に信じて。
……かつては、イルマエッラもそうだった。遠く隔たった地に生きていた勇者、否、勇者になり得る者を、自分たちの為に呼びだす。その意味を、身を以って知る前までは。
「……やがてお姫様が一生懸命にお祈りをすると、きらきらと輝く光の門が現れました。その門をくぐって、二本の剣をお腰に着けた、遠い国の男の人がやって来ます。お姫様はその人に言いました。『ああ、貴方こそ私たちの勇者様! どうか悪いドラゴンを退治して、私たちの国を救って下さい!』」
「やったー! 勇者様だーっ!」
「お姉ちゃん、はやくはやく! ドラゴンをたいじするところ、よんで!」
待ちに待った勇者の登場に、男の子たちが大いに盛り上がる。きっと、すぐにでも勇者が悪竜を退治してハッピーエンドになると思っているのだろう。
だが、違うのだ。物語はここにもうひとひねり加えた展開を用意している。ページを捲ったイルマエッラは、幼い頃に読んだ筈の絵本の、忘れていた筋書きを思い出して凍りつく。
「? お姉ちゃん、どうしたの?」
「はやくつづきー!」
「あ、はい……ごめんなさいね。――お、男の人はお姫様に言います。『私は遠い遠い国から来た戦士です。仕えているご主人様の為に剣を振るう者です。主の許し無く、剣を取って戦うことは出来ません』」
「「えー!?」」
子どもたちが一斉に不満の声を上げる。思わぬ展開に目を丸くする子が大半で、中には傷ついたように眉を撓めている子どももいた。
勇者が戦いを拒む。そんな筋書きが英雄譚の中に存在することに、期待を裏切られた気分なのだろう。
イルマエッラは無意識に下唇を噛んでいた。この絵本を読み続けるのが辛い。どうしてこの本を選んでしまったのだろう。どうしてこの展開があることを忘れていたのだろう。もう嫌だ、急用を思い出したとでも言い繕って、この場から逃げ出したいとさえ思う。けれど、ここで止めてしまったら、子どもたちに信じていたヒーローに裏切られたという、後味の悪さだけを残してしまう。それはもっと嫌だと思えるだけの羞恥心が、彼女にはあった。
ギュッと目を瞑って涙の気配を払うと、精一杯微笑んでみせて朗読を続ける。
「……絵本を読む時は静かに、ね? コホン――男の人はお城を飛び出し、海へ向かって旅を始めます。お船に乗って、遠い遠い自分の国に帰ろうとしたのです。ですが、道を歩いている途中に気付きました。この国の人たちは、みんなみんな悪いドラゴンの所為で泣いてばかりいます」
「……」
「お母さんと離れ離れになって、お腹を空かせている子どもがいました。恋人がドラゴン退治から戻って来ないと、一日中道端に立って待ち続けている女の人もいます。お爺さんもお婆さんも、お父さんもお母さんも。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、弟も妹も。みんなみんな、泣いていました。……男の人は、それを見て怒りました。『ドラゴンは何て悪い奴なんだ!』と」
「やっとかよー!」
「おっそーい!」
「そして思いました。『こんなにもたくさんの人が泣いているなんて、知らなかった。これを放っておいて帰ったとしたら、ご主人様は何て思うだろう? きっと、知らんぷりをして帰って来た私のことを、臆病者の恥ずかしい家来だと思うに違いない。よし、こうなったら悪いドラゴンを懲らしめて、私が勇気のある戦士だと証明しよう。ドラゴンを倒すまで、絶対にふるさとには帰らないぞ!』……男の人は走ってお城に戻ると、お姫様にこう言いました。『ごめんなさい、お姫様。やっぱり私は勇者でした。嘘を吐いてあなたを悲しませたお詫びに、きっと悪いドラゴンを倒してきます!』――」
――そこからの物語は怒涛の展開である。勇者は旅に出て、仲間を集め、ドラゴンの鱗をも断つ伝説の剣を探し、邪竜を蘇らせた青白い肌の魔法使いとの知恵比べに勝ち、最後は一騎討ちで山より大きな竜を遂に倒すのだった。
「――世界が平和になり役目を終えた勇者は、神様から授かった力を返すと、お姫様に言いました。『あなたに呼び出された時、私は勇者ではありませんでした』そして彼は自分の胸を指差します。『ですが、世界に悲しみが満ちていたのを知った時、それを見て見ぬ振りをすることを恥ずかしいと思った時、心が熱くなりました。その心がある限り、山より大きく国中の兵隊より強い敵にも怯えることはありません。それが勇気なのです』」
勇者とは、召喚の術で呼び出されたものではない。世界に満ちる悲しみを知り、それを生み出す邪悪に立ち向かう心――即ち、勇気を持つ者のことを云う。
「お姫様を守る兵隊たちにも言いました。『私は自分の国に戻りますが、恐れることはありません。勇気の心を持つ者がいる限り、その人が新しい勇者となって、みんなを守るために悪と戦うことでしょう。それを忘れないで下さい』……それを最後に、勇者だった男の人は帰っていきました。彼はきっと、懐かしいふるさとの人たちにも、ドラゴン退治の旅で学んだ大事なことを伝えていくことでしょう……めでたしめでたし。……っ」
読み終えた途端、熱い物が頬を伝った。
「あー! お姉ちゃん、ないてるー」
「べつになくことないじゃん。へんなのー」
「これっ! お前たち、イルマエッラ様に失礼をお言いでないよっ!」
涙ぐむ彼女を茶化す子どもらを、孤児院の院長が叱る。
そんな光景を目にしながらも、イルマエッラは思う。
(私……自分が、恥ずかしいです)
良い歳をして、絵本を読みながら泣いてしまったことが、ではない。幼い頃に何度も読んだ物語。その中の大事な、とても大切な部分を、今の今まで忘れていたこと。そのことが身をよじりたくなるほどに恥ずかしかった。
思い返すのは先日、彼女が呼び出した少年に言われた言葉だ。
『俺はっ! ただの高校生で、日本人でっ! 戦いなんてしたことも無いんだよっ! お前ら異世界人の為に戦ってやる理由もだ! それを勝手な都合で呼び出して、弱かったら見下して……! なあ、お前は何様のつもりだったんだイルマエッラ?』
本当に、自分は何様のつもりだったのだろうか。
勇者ならば、召喚さえすれば伝説の通りに戦って世界を救ってくれると、盲目的に信じていた。その結果、呼び出された勇杜の事を全く理解しようとしていなかったように思う。過去の勇者たちとは違い、武器を帯びず、戦ったことすら無いと訴えていた彼。どうしてそんな彼が、勇者に選ばれてしまったのかは分からない。ひょっとしたら、イルマエッラが儀式を行うのに不足な存在だったから起こった事態であるかもしれない。ともあれ、何も分からず戸惑う彼にとって、自分が何の助けにもならなかったことだけは確かだ。
(ユート様に、ちゃんと謝らないと……)
心からそう思う。
だが、何と言って詫びれば良いのか。イルマエッラの知る言葉は、経典の文言や聖職者の説法ばかり。正しくあれ、信仰を疑うなかれ、義務を果たせ――そんな結びに帰結するものが大半だ。その論理に従えば、勇者として召喚されながらそれに異を唱える勇杜を追い詰めることになるのは、目に見えている。
彼女は初めて、自分の生きてきた世界の狭さを思い知った。
「……世界には、正しくあの方に報いる事の出来る言葉が、あるのでしょうか?」
世界を知りたい。歴史と信仰で内向きに閉じた場所ではない、それ以外の世界を。
少女の胸に、外へと向かう渇望の火種が、静かに灯った。
※ ※ ※
一方その頃、今は勇者でも何でもない異世界人・衿宮勇杜は、空いていた講堂を利用した授業を受けていた。受講者は彼一人。勇者の存在は他国や外部には厳重に秘されている為、当然の措置であろう。
「良いか、少年? 魔法の基本は属性だ。地水火風の一般的な四大属性、それに加えて霊体などの見えず触れもしないものを操作する空属性。プラスして光属性と闇属性。合わせて七つだ。……さて、実はまだ他にもあるのだが、それは何か分かるかな?」
ぺしぺしと机を教鞭で叩かれた。
……いきなりそんな事を聞かれても困る。勇杜はまだこの世界の基本となる文字を習い始めたばかりで、教本に目を通すのも覚束ない身だ。
「えっと……分からないです」
「少しは考える素振りくらいしろ。聖王教に基盤を置く聖属性と魔物の使う魔属性。合計九つ。これが属性の全てだ」
「え? それって光と闇とは違うんですか?」
「違うに決まっているだろう。自然の光と神の威光は別。光が遮られたことで出来る闇と、光を蝕む魔性もまた、異なる物だ。ま、習いたての素人が混同しやすい部分ではあるな」
そう言いながら、ふふんと形の良い胸をふんぞり返らせる女性。健全な男子高校生なら思わず生唾を飲み込んでしまうような仕草だが、勇杜にそんな勇気は無い。目の前に立っている女は、迂闊に下心を見せれば喰い殺されかねない、美女の姿をした野獣なのだから。
(何で俺、こんな人に魔法について教わっているんだろう……?)
しみじみとそう思う。
この女性の名はエリシャ・ロズモンド・バルバストル。本来はこのオムニアではなく、アルクェール王国とかいう別の国の人間らしい。何でも、女だてらに戦場に出て敵を殺し、そこへ魔物が乱入してきたからそれも殺し、その戦果を手柄と認められて聖騎士候補として推挙され、修行の為にこの国へ来たという。何という血腥い経緯だろうか。まるで漫画の主人公か何かである。
そんな危険人物と知り合ったのは、つい先日のこと。大聖堂の廊下でイルマエッラと口論――というには暴力的な事態だった――を繰り広げていた際、激昂の余りにあわやということになりかけた勇杜を、思いっきり蹴り飛ばすという乱暴な方法で制止したのがエリシャだった。
以来、しばしば彼の前に姿を現し、頼んでもいないのに剣の稽古だの魔法の講義だのを、押し付けて来るのである。
一度、何故このようなことをするのか、理由を聞いてみたのだが、
「主に憂さ晴らしだなっ」
などと、妙に爽やかな笑顔で言い放たれた。
「聖騎士になる修行としてこの国へ来たものの、一向に候補の二字が外れる気配が無い。現役の聖騎士でも、私の相手になれるのは最早一人くらいだというのにな。故に、同じく不遇をかこっているように見える少年を鍛えて、暇潰しと憂さ晴らしをすることにした。……む? 何で分かるか、だと? 初めて会った時、妙に荒れていてし、服に土が着いていたからな。これは団長殿に相当扱かれたのかなと推量したまでさ」
呆れて二の句が上げられなかったのを覚えている。そして、エリシャが候補で留められて聖騎士になれない理由も、何となく察した。こんな我儘で破天荒な人間を、聖騎士などという、聞くだに堅苦しそうな役職に就けられる筈が無い。その長が他ならぬあのファントーニであるなら、尚更であろう。
(まっ、良いけどさ。別に)
こんな人物であるが、オムニアで出会った人間の中ではかなりマシな方ではある。
教育係として就けられた学僧風の神官は、あからさまにイルマエッラの父とかいう胡散臭い男の紐付きだった。教えられることは押し付けがましい歴史に神学。合間合間にはイルマエッラとの仲についての尋問めいたお伺いだの、政敵であるらしいファントーニの陰口だのが挟まる。
はっきり言って、勇杜もファントーニは嫌いだが、エミリオ・カランドラのことは輪を掛けて嫌いだった。何しろ、娘の力を使い召喚計画を主導して、彼をこの世界に連れて来た張本人である。本人の言動も素行も欲の皮が突っ張った生臭坊主そのもの。そんな人間を好きになれる理由があったら、教えてほしいくらいだ。
他にも、勇杜が勇者として召喚されたことを知らないらしい神官たちは、見るからに人種の違う彼を蔑みの目で見てくるし、事情を理解している様子の者たちだって、露骨な諂いや期待と違う存在に対する落胆など、嫌な気分にさせられるものを向けて来る。それにしても、このような連中が、大陸中から信仰を集める宗教団体の総本山に集っているというのであるから、笑わせてくれるものだ。聖王教の大義というのも怪しいものである。
ともあれ、そんな環境では良くも悪くも裏表の無い性格をしているエリシャは、一服の清涼剤と言っても過言ではない。流石に四六時中顔を合わせるのは、命がいくつあっても足りない気がするので御免であるが。
「話を続けるぞ。この九大属性であるが、人によって得手不得手というものがある」
再開した講義に、慌てて耳を傾け直す。うっかり聞き逃しでもしようものなら、手にした教鞭が風切り音と共に飛んで来るだろう。
「まず魔属性。これは根本的に人間には使えん。何故だか分かるか?」
「そりゃあ……魔物が使うから、ですか?」
余り噛み砕けていないので、少々当てずっぽうでそう答える。もしトンチンカンな答えであったらどうしようと思ったが、エリシャは満足げにうむうむと肯いた。
「その通りだ。人類に敵対する魔に属する故、当然のことながら人間には使えん。仮に使えたとしたら、魔物が人間に化けているというのがオチであろうよ」
「えっ、そうなんですか?」
かなり適当な回答なので、あっさりと肯定されるとそれはそれで不安になる。
「その、ですよ? もしかしたら特異体質か何かで、人間なのに魔属性が使えたりとかは……」
そう言う彼の念頭にあったのは、元の世界の歴史で習ったヨーロッパの魔女狩りだ。迷信に囚われた者どもによる、謂われ無き迫害と弾圧、そして虐殺。そんな血腥い行いに耽る自分たちを正当化する為の論理ではないのだろうか? ……発想の端緒にあるのが、聖王教への反感ではないと言ったら、嘘になるが。
が、彼の講師役は教鞭の先を指で弄びながら首を横に振る。
「それは無いな。いや、万が一にはあり得るかもしれないが、確認されたことは無い。東方のザンクトガレン連邦王国という国には、魔導アカデミーなんて御大層な研究機関がある。そこではありとあらゆる魔法を研究しているらしいがね、百年間血眼になって調査を続けているが、そんな人間を見つけたことは無いそうだ」
もしも使えたら戦争の時に便利なんだがな、などとドキッとするような捕捉を付け足される。ともあれ、そこまでしても使い手を発見出来ないのなら、人間には使えないと納得しておくべきだろう。国家の機関が戦争利用すら視野に入れて研究しても見つからないのだから。
「話が逸れたな。で、次に聖属性。これは逆に人間にしか使えない。人類の守護者である聖王が開祖であるのだから、当たり前のことだな。エルフやドワーフに使い手が出たという話も聞かぬし」
「エルフにドワーフ?」
耳にした単語の響きに目を瞬く。ゲームなどの作品で定番の異種族であるが、この世界にもいるらしい。
「何だ、亜人に興味があるのか少年? ……あまり大きな声で話題に上げん方が良いぞ。聖王教は基本的に人間絶対主義だからな。大概の神官どもは亜人、特に長きを生きる長命種に対して好意的ではないのだよ。ま、その差別思想が聖王様の残された優しいお言葉と食い違っているから、毎年のように教会から下野する『不心得者』が出るのだがね」
そして亜人と呼ばれる種族は差別されがちというお約束も同じらしい。それにしてもエリシャの口ぶりは、どちらかといえば差別に反対する『不心得者』とやらの方へ好意的なように聞こえてしまう。
「ああそうだ、亜人で思い出したがね。こやつらは――特にエルフなんだがな――得意とする属性は基本四属性のいずれかである場合が多い。天然自然の化身、精霊の代行者を自称する連中らしいと言えばらしいだろう? 稀に得意属性が三つ、或いは四属性の全てという化け物じみた天才が生まれることもあるとか」
「……得意属性って、複数ある場合もあるんですか?」
「そりゃそうだろう。人間、誰しも肉だけで出来ている訳じゃあないんだからな。身体の中には骨もあれば血液もある。属性だってそんなようなものではないのか?」
分かるような分からないような理屈である。
「例えば、私だって複数属性に適性を持っている。水と風……それとここでの修行で身に付けた聖属性か。む? 適性が三つもあるぞ、良く考えたら凄くないか私?」
「はあ……」
勇杜は生返事を返す。そう言われても、魔法のイロハさえ知らない身では、どう凄いのかが理解出来ない。数学に詳しくない人間がホニャララ関数だのナンチャラの定理だの言われてもピンとこないようなものだ。
……後で知ったことだが、エリシャは聖属性が使えるようになっただけで、特別秀でた適性がある訳ではないらしい。適性は従来通り水と風の二つだけである。いや、それにしても人間の範疇では優秀な方であるようだが。
「じゃあ、俺の得意属性って、何なんでしょうね?」
ふと浮かんだ疑問を口にしてみる。戦うのは嫌ではあるが、だとしても魔法に対する興味が差し引かれる訳ではない。使えるというなら一度くらい使ってみたかった。
エリシャは少しおとがいに手を当てて考え込む。
「お前の得意属性、か。……私では分からんな。魔法に長けたものであるなら見抜けることもあるらしいし、私も祖国で宮廷魔導師に教えて貰ったのだが。神聖魔法に特化して四大精霊系に疎いオムニアでは、判定するのは難しいかもしれん」
「そうなんですか。ちょっと残念だなあ……」
何の魔法が使えるか分からないことに、自分でも意外なほどの落胆を覚える。何しろ元の世界では絶対に出来ないことなのだ。意に沿わず無理に召喚された以上、多少は異世界らしさを楽しめねば、元が取れないというものである気がした。
エリシャも期待に沿えずに残念であったのか、とつ考えつ続ける。
「うーむ、余り信憑性が無いのでお勧めはしかねるが、性格を元に診断するというものもあるぞ? 熱血漢だと火属性だとか、移り気な奴は風属性だとかいう、ふわっとした決め方だが」
まるで日本でいう血液型や星座別の性格診断だ。確かに信憑性には欠ける気がする。
「一応聞きますけど、その分け方だとエリシャさんみたいな二重属性の場合はどうなるんです?」
「じゃあ、一応答えておくか。火と土なら情熱的で固い信念を持つ。人を煽るのが上手い騒動屋は風と火。水と土はドロドロとした粘着質で……水と風は、その、なんだ……嵐のように奔放……だったかな?」
「…………」
前言撤回。実はかなりの確度で当てられるのではないだろうか。
「って、あれ? 火と水とか、風と土の場合は無いんですか?」
興味本位でそう聞くと、呆れたように肩を竦められた。
「おい、少年。少しは考えて物を言った方が良いぞ? 火が水と混じったりするか? それらは対立属性だ。相性が悪いので二重属性にはならん。間に立って調和させることの出来る別の属性を挟めば別だがな。しかし、それだと三重属性になるだろう?」
「そ、そうなんですか?」
「基本的には、な。……ただこれは眉唾物の噂なんだが、対立属性持ちというのは、三重以上でもなければ、相当に精神が破綻しているという通説がある。燃える水や空飛ぶ大地のような、常識の通じない特級に壊れた頭をしているのだ、と。……ま、私もお目に掛かったことはないのだから、話半分であるがな」
少年はキレやすいが常識はありそうだから、コレではあるまい……と慰めるように話を結ばれる。言いたいことも無いではないが、初対面の場面を思い返すと、精神の不安定さを危惧されるのも分かってしまう。あの時、エリシャが止めに入らなければ、イルマエッラに洒落では済まない怪我をさせる……下手をすればそれ以上の事態になっていただろうから。
気分が暗くなりかけたのを察せられたのか、エリシャはそれで、と話題を転じる気配を見せる。
「そう言えば少年。お前の使いたい魔法はどんな物なんだ?」
「え?」
「え、じゃないだろう。したいこと、やりたいことがあるから己の適性を量るのではないのか? ほら、とりあえずで良いから言ってみろ」
言われてみればそうであるかもしれない。やりたいことが出来るのか否か、それを判断する為にあるのが適性というものだろう。では、自分が使ってみたい魔法とは何だろうか。勇杜は少し考えて、ふと浮かんだ言葉を口にした。
「雷とか、電撃とか……ですかね」
「止めておけ」
バッサリと一刀両断されてしまった。
「な、何でですか? カッコいい――もとい、強そうで良いじゃないですか」
「強いし見栄えがするのは否定せんがね。雷撃系統の魔法は習得、行使ともに難易度が高いのだよ。稲妻というのは、熱いし速いし、雲から大地に落ちるものだろう? つまり温度の火、速度の風、雷雲の水、落下の土と、四大属性全ての要素を万遍無く使える達者でなければ覚えられん。初歩でも使えれば、それだけでCランク以上の冒険者は務まると言われる程の高等技術だよ。まずは一定の技量を得てから、初めて挑むべきだと思うぞ」
懇々と諭されると、確かに難しいような気がしてきてしまう。自分に魔法の適性があったとして、何年修行すれば使えるものか、見当もつかない。いや、それを言えば何年もこの世界にいたいという訳ではないのだが。
「つまり……俺じゃあ無理だと?」
「いやいや、まだ適性は分からんから判断は出来んよ。ただ、基本的に雷撃の使い手は二重属性持ちだが……私には使えん。使える気すらせん。本職は魔法より剣だということもあるがね。兎も角、才能も努力も生半なものではおよびも付かんのだよ」
と、言うよりも、とエリシャは一拍を置く。
「まず魔法が使えるかどうかすら分からんからな、少年は」
「身も蓋も無いことを言わないで下さいよ……」
勇杜もガックリと肩を落とす。
魔法を使うのに必要な、魔力というエネルギー。まずはそれが備わっていなければならないらしいのだが、どうにもピンとこない。本当にそんな物があるだろうかとすら思う。何度か周囲の人間が魔法めいた事を行っているのは見たことがあるが、自分にもその為の力があると信じられるかは、また別の話だ。
不意に、会話が途切れた。今日の講義はもう終わりかと思ったが、時刻を告げる鐘の音はまだ鳴っていない。まんじりともしない時間が少し流れ、やがてエリシャが再び口を開く。
「しかし、何だな。思ったより好奇心が旺盛ではないか」
「え?」
出し抜けの指摘に、思わず目を瞬く。
「少し意外だったぞ。お前、いつも自分の周囲に壁を作って、世の中のことなど我関せずと決め込んでいただろう? それがこうも話に食い付いてくるとはな」
「それは……ここの連中、いつも説法だの説教だのばかりですし」
知らない宗教の勧誘ほど、食い付く気になれない話題は無い。ましてや勇杜は、ほとんど身一つで拉致され、この世界に連れてこられたようなもの。逃げ場の無い状況で迂闊に耳を傾けたら、そのまま洗脳でもされそうな予感さえして、想像するだに悪寒が走る。
「こらこら、駄目だぞ少年。この大陸は聖王教徒の暮らす大陸で、この国はその総本山なのだ。お前が何処の出身かは分からんが、ここで生活する以上、聖王教からは無縁でいられん。余り無碍に扱っていると、後で痛い目を見るかも知れんぞ?」
「脅しですか、それ?」
「一般論的な忠告だよ。喩え話だが、少年が惚れている女や尊敬している大人物のことを、見知らぬ誰かが悪く言っていたらどう思う?」
「……それは、何か嫌な気分になりますね」
「だろう? 宗門の場合でも同様、いやそれ以上だよ。保身の為にも、話を合わせてやり過ごせるだけの知識は蓄えておいた方が良い。面倒事は嫌いだろう?」
同感ではある。面倒事は御免だ。だが、聖王教のことは同じくらいに嫌いなのかもしれない。
忠告されたばかりであるので、そんな思いには一時蓋をして肯いておく。
「……気を付けますよ」
「うむ、素直でよろしい。……それで、何の話だったっけか? ああ、そうそう、お前の興味がある物についてだったな。私の講義を聴くばかりというのもつまらんだろう。知りたいことを自由に質問してみろ、知っている限りのことは答えてやるが」
「知りたい、こと……」
はたと言葉に詰まった。
自分の知りたいこととは、何だろう。そもそも、自分は何を知らないのだろうか。召喚されてからこっち、来る日来る日もこの大聖堂の敷地に籠りっきりで、その外へは一歩たりとも出たことがない。異世界。剣と魔法が支配し冒険の余地が残された場所。現代の日本にいては決して味わえることの無い経験が満ちている。だというのに、神棚に飾られるように祭り上げられ、教団の連中の都合の良い理屈ばかりを吹き込まれるだけの毎日だ。改めてそう認識すると、息が詰まりそうな思いがして胸が苦しくなる。
「……外」
「ん?」
「外の世界って、どうなっているんでしょうね……?」
この善意と秩序で塗り固められた白い檻の外側。勇杜は初めてそこへの関心を自覚した。
外界に出たい。自分の知らない世界を存分に知り、見たこともないものを飽きるまで見たい。その思いの源泉は、果たして何なのだろう。自分を閉じ込める者たちへの反発か、それとも若さや青さが情熱の矛先を求めた結果なのであろうか? 勇杜自身にもそれは分からない。ただ一つだけ理解出来るのは、日本へと帰還する望みが絶望的な今、それに次ぐ願いは、ここから出たいという思いであるということだけだ。
少年の焦がれる渇望に対し、女はクスリと微笑む。
「……それは自分で見た方が早いだろうな」
※ ※ ※
「……僕たちはこの世界について、一体どれだけのことを知っているのだろう?」
闇の中、地の底、この世の果てとも言える空間に、異端の錬金術師の声が響く。
マルラン地下大迷宮。辺境の山の地下深くに、外法の実験場として開かれた一大拠点。ここはその中枢部とも言える主のアトリエである。部屋の奥、真っ当な人間なら軽く目を通すだけで吐き気を催すような実験報告書を山積させたデスクに、この冒涜的な空間の主が指を組んで着いていた。
トゥリウス・シュルーナン・オーブニル。ヴォルダン戦役で功成り名を挙げた新侯爵にして、錬金術に耽溺し酸鼻な実験を繰り返す【奴隷殺し】として悪名を馳せる男であった。
彼の言葉に応えは無い。主の居室に集った手駒たちは、それぞれ思い思いの表情でその続きを待っている。ある者は静かに耳を傾けて。ある者は待ち遠しそうに。またある者は、何が始まったものかと倦厭して。
「去年から続けている、捕獲した神官を対象にした実験。その結果、彼らが法力と呼んでいる力は、つまるところ通常の魔力とそれほど変わらないことが確認されている」
トゥリウスが言うのは、この地下実験場を覆い隠す地表部のダンジョン、そこを訪れ彼の手に落ちた、冒険者の神官たちを用いた実験のことだ。大陸で広く信仰を受ける聖王教の原動力の一つ――神聖魔法、或いは聖属性魔法の原理を知る為の試み。ある時は洗脳した神官に無理矢理戒律を破らせる、ある時は信仰する対象に改竄を加えるなど……数々の涜神行為の果てに、ようやく彼は理解に至ったのだ。
「つまりは、聖職者の秘蹟も魔法の一種に過ぎないという訳だね。杖から炎を出したり風を吹かせたり、或いは僕が使う錬金術だったり……結局、それらと根は同じなんだよ」
神官たちが、奇蹟だ神の恩寵だと吹聴するそれも、結局は他の魔法と変わらない……聖王教徒の耳に入れば即座に火刑台へ架けられるだろう事実に。
「では、何故彼らの魔法は特別なんだろう? 癒しを齎し、加護を与え、魔を祓う……その力は人間種にしか与えられていない。魔力に優れ、魔法に長けたエルフ種ですら使うことが出来ない。まるで何者かが、人間だけを選んで恩恵を与えているみたいじゃないか――」
言いながら、彼はデスクの引き出しから取り出した本を無造作に放る。聖王教の正典が一つにして最重要とされる書……『昇天記』。救世主・聖王が天に昇るまでを描いた聖書だった。
「――その正体こそ、聖王。人類の救い主。魔の脅威からの救済を願いながら、天へ上り神座へ至ったとされる千年以上前の指導者……僕は、彼が本当に神になり、人間へと加護を与えているんじゃないかと思う。この点だけは教会の解釈が正しい」
けれど、とトゥリウスは切り付けるように言葉を継ぐ。
「それだと、また新たな疑問が出て来るね。神聖魔法の力が聖王に由来すると仮定しよう。じゃあ、他の魔法の起源は何なんだろう? 高位魔法の詠唱の中には、時としてその属性の神について言及する内容もあるけれど、それらの神も存在するのだろうか? 神聖オムニア帝国以前の時代の遺跡に見られる原始宗教、エルフなどの亜人が行う精霊信仰……彼らの信じる神と同軸なのだろうか? そして――」
熱っぽく語るその眼に、怖気の走るような火が灯った。
「――もしかすると、やはりその神々とやらも聖王と同じく元人間なんだろうか? だとすれば、人間が神になることは不可能じゃないことになる。永遠で、普遍的で、死ぬことなんかあり得ない存在に、ね」
結局、結論はそれだった。この男は何が何でも死にたくない。死を免れる為なら何にだってなってみせよう。悪魔にだろうと、そして神にだろうと。
「それを知る為には、オムニアについてもっと詳しく調べる必要がある。聖王昇天の直前直後にまつわる文献。昇天が行われた聖地。それと人類の危機に聖王の遣わすとかいう勇者とは何か? あの連中は隠していることが多過ぎると思わないかい?」
その言葉に、配下の一人が呆れ交じりに零す。
――アンタの言えた事かね、と。
他の者も一人、おどけた身振りで同意した。
――君って大陸で一番、人に言えない秘密を抱えた人間なんじゃない? と。
「まあ、その辺は否定し難いとは思うけどね……でも、面白い調査になりそうだと思うだろう? オムニア皇国、いや大陸最大の宗教の謎を丸裸にしてやるっていうのはさ」
黒いエルフが同意の肯きを返した。
――成程、毛無しの猿どもから分不相応な衣を剥いでやる訳ですか、と。
白いエルフも身を乗り出す。
――人の秘密を知る時って、すっごくワクワクしますよね? と。
「君たちも乗り気なようで何よりだよ。楽しみがあると、仕事をするときのモチベーションが違うってものだしね」
だが、ここで一人、いや影の一つが異議を唱える。
――それは時期尚早では、と、反対しマス、と。
主の最も傍に侍る者も同調した。
――オムニアは仮想敵の中では最大の脅威、ご主人様の周囲に不安を残した現状では手を着けるべきではないと考えます、と。
「君たちはそう言うと思っていたよ。まあ、今のは所信表明みたいなものさ。今後の行動の方針はどのようなものか、分かりやすくしたまでってところかな。……だから次の仕事は、この方針の障害になりそうな邪魔者を、片付けることになる。しばらく僕の周囲に手出しを出来ないようにね」
そして、最後の一人が快哉を挙げた。
――ほう、それは重畳! これまた派手に暴れてたらふく喰える仕事になりそうですな? と。
「じゃあ、本題に入ろうか。次の標的はだね――」
外道の錬金術師は嬉々として計画を開陳する。我欲のままに、大陸へ更なる混沌を招来する企てを。
その言葉に耳を傾ける影の数は、今この場では七つ。
それはつまり、この男の外法による『作品』が、今またその数を増やしたことを意味していた。
「――さあ、計画を始めよう。僕の大事な研究を、滞り無く進める為にね」




