052 スカーレットズ・リサーチ<終>
「申し訳ございません、ご主人様、と、謝罪いたしマス。折角のガトリング・キャノンを、破壊されてしまいまシタ」
新たな捕虜である『緋色の大盾』の神官さんを収容し終えたフェムは、デブリーフィングが始まるやいなや、そう言って頭を下げてきた。心底申し訳なさそうな彼女だが、実を言うと僕の方はあんまり気にしていなかったりする。
「まあ、そう畏まらなくてもいいよ。仮にもAランクを相手に、運用試験を頼んだのはこっちなんだからさ」
「デスガ」
「第一、君に任せた採光施設の防備と侵入者捕獲任務は上手くいったじゃないか。それで僕は満足だよ。それじゃ不満かい?」
「そのような仰り方はずるい、と、思いマス……」
と、納得がいっていなさそうなフェム。うーん、本当に気に病む必要は無いんだけどな。
「それに、だ。別にどうだっていいだろう? あんな玩具の一つや二つくらいさ。所詮は研究の息抜きに作った、試作品の更に試作品みたいなものなんだし」
「随分と物騒な玩具もあったもんだな、オイ」
口元を引き攣らせながら割って入ってくるのは、ドゥーエだ。他にもオーパスシリーズは全員がここ、僕の個人的なアトリエに集まっている。何か大掛かりなことをやった後は、大体ここで反省会、というのが暗黙の了解になっていた。
彼は肩を竦めつつ言葉を続ける。
「あんな兵器が出回ったら、四大国の一つや二つは軽く消し飛ぶぞ? それを捕まえて玩具ってェのは――」
「そうは言いますが、ガトリング・キャノンを始めとする火器兵装は、現状フェムの専用装備としてしか運用出来ません。そして彼女にしか扱えないにもかかわらず、実戦でのデータは芳しい数値を示してはいない……これはご主人様の判断が至当かと」
丁寧に解説するのは勿論ユニだ。彼女の言う通り、アレだけの複雑な機構を備えた銃器は、小銃系装備の研究で汲々としている量産型奴隷兵器開発部門には手に余る。錬金術に長けている僕かユニ、あるいはセイスが手を掛けなければ作れないだろう。いずれは工程を簡略化するなどして量産型の連中にも作れるようするつもりだが、それは最優先でやるべきことでも無い。何しろ、僕の本懐は不老不死の実現で、強力な兵器の研究はそれが叶うまで身を守る為のもの。もしくは単なる息抜きである。
「というか、ふつーにパンチした方が強いんですからねぇ。強度の方もフェムちゃん本体に比べると大幅に劣るし。本格的な主力兵装として持たせるには、やっぱりミスリル製じゃちょっと物足りないと思うんですよぉ」
「たはは……幻の魔法合金ミスリルも、オーブニルくんや皆に掛かると形無しだね」
セイスの分析にシャールが乾いた笑いを上げる。ドゥーエといい、ザンクトガレン人には随分と過大評価されたもんである。
「そうは言ってもねえ……実際、ちょっと無理すればオリハルコンをふんだんに使える状況で、今更ミスリルってのはさ」
「原料である鉱石は発掘されておりますし、課題であったアルカエストの素材も、樹海で繁殖させている魔物から安定して取れるようになりましたからな。まあ、私としても驚くべき事態ということは変わりませんが」
「ドライも案外頭が堅いね。常識というのは一日ごとに塗り替えられていくものだよ」
「この場合はオーブニルくんが非常識過ぎるんだと思う」
性癖が一番非常識な吸血鬼が何か言ってるけど、無視する。
「まあ、テスト段階としては上手くいった方なんじゃない? データの方も拝見させて貰ったけど、あの重戦士を釘付けにするだけの制圧火力はあった。素材の変更や設計のブラッシュアップを重ねていけば、格闘戦以上に心強い武器になる日も来るだろう。それまでは、さっきも言った通り玩具とでも思っていてくれて構わない」
重ねて言うと、フェムもようやく顔を上げてくれた。
「はい、と、返答しマス。ご主人様の思し召しこそ、ワタシの意思デス」
うんうん、素直でよろしい。
研究というものはトライ&エラーの繰り返しである。一時的によろしくない結果が出たからといって、それで気を落としちゃ駄目だ。しっかりと反省点を見つけて、それを踏まえて次に備えるべきだろう。……そういう意味では、前回と同じくテストをぶっつけ本番でやってる僕の方こそ反省するべきか。
「にしても、意外だったねェ。フェムちゃんにもあんなに熱くなるところがあったなんてさ。君って、戦いとかそういうのは、作業だって割り切るタイプかと思ったんだけど」
シャールが言っているのは、あのパーティとの戦闘でのことだ。監視魔法の礼装を使いリアルタイムで観戦していたが、彼女が戦闘に対してあれほどの感情を示したことには、僕としても驚かされたものである。
何しろ、フェムはゴーレムだ。本来であれば、嬉しいだとか腹立たしいとか、そういう感情は備えていない存在だった。
が、彼女が搭載しているのは人間の脳を模して造られたオレイカルコス・ブレイン。人の思考を再現できるのであれば、感情もそれに倣ったとして不思議は無い。とはいえ、あそこまで闘争心に満ちた性格だったとは、僕も知らなかったんだけど。
フェムは小さく俯いて言う。
「ワタシは戦うために作られました、と、自負していマス。であれば、闘争に対し真摯であるのは当然のコト。別におかしくは無いでショウ」
「ふーん? そんなものなの?」
「それに……前回の失態を、償う機会がありませんでしたカラ」
彼女が言うのは、去年にエルフの里を襲撃した際、標的の使った最高位呪文で半壊に追い込まれたことだろう。アレには僕も参った。人知れぬ隠れ里に、まさかオリハルコンの魔法耐性をぶち抜くような使い手がいるとは思いもよらなかったのである。
呑気に送り出しただけの僕でも仰天したのだ。当のフェムとしては深刻なトラウマになっただろう。あの頃は稼働し始めたばかりで感情の表出も少なかったから、僕を含め周囲の者は碌に気付きもしなかった。その後も王都では連絡役、普段は誰も来ない採光施設の警備である。次の戦いこそはと思い詰めて、バトルジャンキーみたいな闘争本能を養っても不思議ではない。
「……ご主人様。やはり、現状での彼女の勤務形態には、些か不備があるかと」
「ユニもそう感じるかい?」
備わった感情を持て余し、長い長い無為の時間の中に置かれるのが、今のフェムの任務だ。今回はそれが闘争心に転嫁されたからいいようなものの、万が一ストレスで不具合が生じたら困ってしまう。早急な改善が必要だろう。
「最奥部の警備に感情を備えた個体を用いる必要はございません。平時は防衛戦闘に特化した通常のゴーレムを配置し、油断ならない侵入者が現れたときのみ、オーパスシリーズを用いるべきかと」
ユニらしい、実に合理的な意見だ。滅多に人の来ない場所の警備の為に、ハイエンドのオリハルコンゴーレムであるフェムを拘束されるというのも、考えてみれば馬鹿馬鹿しい。侵入者を撃退するだけなら、それだけを目的とした設計の物を用いるべきである。
というか、重火器を乱射する上にパワーは攻城兵器以上という彼女は、警備任務にはオーバースペック過ぎた。気付けよ、僕。
「……ワタシは役立たずでしょうか、と、質問しマス」
このままでは御役御免、という流れに、フェムはこころなしか心細そうな声を出す。
彼女は本当に戦闘に特化している。ユニやシャール、セイスのように研究を手伝える訳でも、ドライのような工作活動に向いている訳でもない。人間ですらないから、ドゥーエのように表の仕事を任せられもしない。これで警備からまで外されるとなれば、本当に無役だ。
かといって、これ以上戦闘の機会が少なくなると、それはそれでこのようにアイデンティティが揺らぐ。困ったものだ。これもインプットした忠誠心の裏返しのようなものだから、誰かさんの悪い癖みたいにスルー安定というわけにはいかない。
と、そうだ。ちょっと思いついたことがある。
「そう気を落とさないでくれよ。こっちが君に合った仕事を回せていなかったのも問題なんだしさ。……という訳で、新しくフェムに合った任務を任せようと思うんだけど」
「! 本当デスカ!?」
「本当だとも。まあ、細部は皆と相談して詰めていかなきゃいけないから、今すぐにとはいかないけど」
「……どうせまた、碌でもない任務だとは思うがね」
などと茶々を入れるドゥーエ。
失礼なことを言う。これでも結構、世の為人の為になるフェムの能力の使い道を考えたというのに。
まあ、その辺は順を追って説明していけば分かるか。
「今回、西方辺境でも切ってのパーティである『緋色の大盾』が壊滅した。となると、もし西で魔物の攻勢が始まったりしたら、大事だよね?」
「壊滅させた俺らの言えることかよ」
「ドゥーエ、ちゃんと聞け。ご主人様が深甚なお考えを披歴されておるのだぞ?」
ナイスフォロー、ドライ。けど、今思いついたばかりの試案を深甚な考えと言われるのも、ちょっと照れ臭いものがある。
まあ、それは置いておいてだ。
「だから、こっちとしても何らかの手当てを講じないといけない。あそこを治めているドルドラン辺境伯も、僕の派閥だからね。あそこが荒れるのは具合が悪い。そのための方策は、事前に話し合っていたけれど」
「確か『製品』の新作を実験的に回す予定でしたか」
「ふふぅん♪ わたしとお父様たちが手塩に掛けた自信作だねっ!」
セイスが胸を突き出して自慢げに言う。そう、『作品』であるオーパスシリーズとは違った、量産型である『製品』たち。セイスに手術の経験を積ませるのを兼ねて、久々に大量に改造した奴隷たち。その最新型を、壊滅した冒険者の代わりに西方へと回すのだ。それが当初の計画だった。
「その『製品』たちの監督を、フェムに任せようと思う」
「それは……! み、身に余る光栄です、と、恐縮しマス」
ガバッという音が聞こえそうな勢いで、フェムが跪く。うんうん、喜んでくれて何よりだ。
「実質的な軍監じゃねェか。いいのか、ゴーレムに任せちまって?」
「別に辺境伯家の軍と折衝する訳じゃあない。実戦データを採りつつ、必要とあれば支援を行うだけさ。何せ西方は魔境だ。何が出てくるか分からないんだし、『製品』たちのお目付け役にもいざという時の為の戦闘力が必要になる。表向きの調整は、辺境伯閣下のお手並みに期待するつもりだよ。最初からね」
要するに彼女の役割は、データ収集をしつつその邪魔にならない範囲で好きに暴れることだ。旺盛な闘争心を満たしつつ、頑張って僕の役に立ってくれるといい。フェムも僕も嬉しい上に、ドルドラン閣下は失った冒険者の代わりを手に入れる。皆ハッピーだ。素晴らしい案だろう。
「腕利きの冒険者がいなくなって、代わりに来るのがアンタの手駒か。あの辺境伯も可哀そうに」
「何言ってるんだい、ドゥーエ。新型に加えて、その冒険者より強いフェムを差し向けて上げるんだ。対魔物の戦力は寧ろ向上するじゃないか。それに『製品』の方はこの子や高位冒険者と違って、幾らでも替えが利く。ドルドラン辺境伯も、いずれは良い取引だったと納得すると思うよ?」
「そうですね。冒険者などという供給が安定しない代物よりも、必要に応じて作れる『製品』の方が防衛戦力として価値が高いかと。何分、大元のギルドからして放任主義で、人材の育成に熱心ではありませんから」
と、淡々と評するユニ。彼女も二つ名持ちの冒険者だった筈だが、何とも酷な評価である。まあ、ユニの場合は冒険者と協力した回数よりも、冒険者を殺した回数の方が多い。愛着や誇りなんかよりも、面倒だという気持ちの方が大きいのだろう。
「西方での運用試験の結果次第ですが、量産型奴隷たちが冒険者に取って代わる日も来るやもしれませんね。安定して供給でき、命令には素直に従い、運用コストも抑えられるのですから」
「勿論、僕の派閥に属する貴族の領内に限っての話だけどね」
何せ彼らは僕の政治方面における重要な手駒だ。それがフルに動けるよう、安全保障面での負担を軽減してやるのも吝かではない。魔物対策の軍備や冒険者を雇うための費用、その出費も馬鹿にならないらしいし。ユニみたいに無給で働いてくれるような冒険者なんて、そうはいないのだから。きっと経済的にも楽になるはずだ。
でもそれ以外の貴族の領地や他国は管轄外だ。自分の勢力範囲外にまで手を伸ばすと情報漏洩の危険度が増すし、第一僕の『製品』を受け入れるような領主なんて、洗脳した自派閥員くらいのものだろう。前にも言ったが、強力な戦闘力を持った人間が領内をうろつくことを、歓迎出来る貴族なんていないのだから。
「竜殺しの英雄にさえ替わりはいる、か。冒険者って、何なんだろうな……」
ドゥーエがポツリと、寂しげに呟いた。彼もまたBランクまで上がった元冒険者だった。改造される以前の自分より高みにいた者の末路に、思うこともあるだろう。
「ドラゴン、といってもピンキリですからねー。フェムちゃんが回収してきた武具の残骸、アレの素材を解析してみましたけどぉ、結構若い個体だったみたいですよ? まだ百歳になるかどうかの、若い竜ですぅ」
「まあ、彼らが殺したのは竜種でも下位――レッサードラゴンだね。それでも地方都市の一つか二つは壊滅出来るだけの脅威ではあるけど、それくらいなら君たちオーパスシリーズの敵じゃあない。なんなら今度、西方かザンクトガレンへドラゴン狩りにでも行ってみるかい? きっと、良い素材が取れると思うよ」
流石に神話で神とまで言われたドラゴンロードはキツイだろうが、数百年物の中級ならばそう苦労はあるまい。竜種はサンプルが少ないから、僕としてもかなり所有欲をそそられる対象だ。
「ほほう、良いですな。私としては生け捕りにでもしてみたい。丁度サイクロプスも倒されて、大物の補充が必要だったところです。樹海のボスにドラゴン、という趣向も悪くないでしょうな」
「はいはーい! わたしはキメラの素材が良いと思いまーす! ファイアードラゴンやアイスドラゴン、サンダードラゴンなんかを掛けあわせてぇ、七色のブレスを吐くスーパードラゴンを作るとか面白いと思いませんー?」
「……高位のドラゴンって、人化の術が使えるんだよね? じゃあ、処女の雌ドラゴンを――」
「オーパス04の提案に、異議を唱えマス。高位竜の生け捕りは困難デス。加えて、04の美意識に叶う雌の個体を選別する意義も薄いカト」
「ていうか、ドラゴンで何をするつもりだテメェは。いや、言うな。想像はついている」
「じゃあ、ドゥーエ先輩はドラゴンを狩ったらどうしたいのさァ? やっぱり冒険者らしく、剣とかの素材にするのかい?」
各員、ドラゴンの使い道には色々と意見があるようだ。論外なのが一名いるけれど、それは平常運航である。
「いや、正直な話ドラゴン素材の武器はお勧めしないね。アレって生命力と引き換えに性能をブーストするんだろ? それだったら、最初からオリハルコンでも何でも使って、高性能な装備を誂えた方が良いじゃないか」
「……そういうもんかね?」
「そうだとも。第一、リソースを消費して一時的性能向上を図る機能くらい、幾らでも後付けできるじゃないか。……フェムが良い例だしね」
僕はそう言いつつ、フェムに視線を向ける。竜殺しが振るう、竜の肉体そのものの武装をすら苦も無く跳ね返した、自慢の傑作に。
彼女もコクリと肯いた。
「はい、と、肯定しマス。魔法金属に魔力を循環させることで、強度などの性質を変化さセル。ワタシはその機能をデフォルトで有していますノデ」
超一級の素材であるオリハルコンで全身を構成されたゴーレム、フェム。彼女が内蔵しているハイエンドパーツは、オレイカルコス・ブレインだけじゃあないのだ。
半永久的魔力生成機関、ヴリル・ジェネレーター。これは便宜上、燃料と呼ばれる資材を消費しているが、フェムに取り付けたものは通常仕様とは物が違う。ヴリルと呼ばれる魔法燃料は、性質上魔力を呼び起こす度に濁っていく代物だが、浄化装置を併設することで何度も再利用が出来る。夢の永久機関という訳だ。もっとも、去年みたいにフェムが破損などして外部に漏れたりしたら、その都度補充する必要があるのだが、そんな事態はそうそう起こらないだろう。というか、格闘戦の最中に最上位雷撃魔法をぶっ放す変態魔導師なんて、そう何人もいられちゃ堪らない。
「現に、彼らの攻撃はほとんど通じなかっただろう? 流石に武装をドライブしている状態だと、そっちに魔力を喰われて防御力が下がるのが弱点だけど」
この辺りも重火器を量産出来ない要因だ。未熟な科学技術を魔法で代替しているから、魔力を豊富に備えている者しか運用出来ないのである。ユニやドライに持たせるにも、彼女たちは魔法や剣で十分戦えるし。
「この点は要改善ですねぇ……あっ、そうだ! いっそのこと武装にもジェネレーター着けちゃいましょうよ! そうすれば供給魔力量も上がって、火力もドーンっとアップぅ!」
「いや、セイス。それだとサイズも大きくなり過ぎちゃうから。……ジェネレーターよりコンデンサの方が良いんじゃない? そっちの方が幾らかコンパクトに出来るだろうし」
「わぁお、流石お父様っ! ぐっど・あいでぃあ~♪ じゃあ、次回のアップグレードはそういう方向で進めますねっ!」
「より強力な武器を得られるのですね、と、期待しマス。本当に楽しみデス」
次の発明という格好の玩具を与えられたセイスに、その成果に胸をときめかせているだろうフェム。彼女たちも楽しそうで何よりだ。
「それじゃ、僕も自分の研究に取り掛かろうかな。丁度、フェムが格好の研究材料を捕まえてきたところだし」
「ああ、あの良いカラダしてた神官のお姉さんかい? 良いよね、アレ。敬虔な精神と背徳的な肉体の取り合わせが、実にこう――」
「貴方には回しませんよ、04。神官を実験体として調達出来る機会は、本当に限られているんですから」
ユニの言う通り、貴重な実験体をシャールにくれてやる訳にはいかない。大体、彼には高価な玩具を幾つも回しているんだから、あんまり欲張り過ぎないでほしいものだ。
と、そこでドライが口を挟む。
「ところでご主人様。神官など集めてどう為さるおつもりです? 正直なところ、錬金術や不老不死の研究には寄与しそうにない連中ですが」
それももっともな疑問だろう。何しろ彼らは宗教家だ。永遠の命を志すのではなく、死後の安寧こそを説く人々である。一見したところでは、僕の目的と然程関係無いように見えるかもしれない。
だが、それは早計というものだ。
「まあ現状は、神聖魔法の原理を調査したり色々とやっているよ。この分野にかけては魔導アカデミーでも手付かずの部分が多かったんだ。教会の横槍もあったしね。だからこの機会に、一度徹底的に調べておきたいんだ」
「というと?」
「魔力と法力の違い、祈りをトリガーとして生じる奇跡の具体的な作動原理……そして、それを齎す神とは何か」
神。そう神だ。不死であり、不滅であり、永遠であるとされる存在。僕の理想とする境地に既にして立っている偉大な前例。それについて知りたい。
「神とは何か、ですか」
ドライが固唾を呑んで繰り返す。
神様が普遍的な存在だというのなら、どうやってそれを成立させているのか? 彼らがこの世にいる信徒に奇跡を授け、己を崇めさせるのは何故か? 彼らは天国や地獄を……死後の世界をどのように運営している? それとも僕が前世の最後、今生の最初に感じたように、死後の世界は虚無で神の存在も嘘なのか?
考えれば考えるほど、知りたいことが浮かんでくる。僕のように不老不死を志す者としては、神ほど興味を惹かれる研究対象は無いだろう。
「それに神聖魔法のメカニズムは、知っておいて損は無いだろう。僕らの当面の敵であるラヴァレ侯爵。彼はオムニア皇国との友好を推進していた。あの宗教国家とね。事と次第によっては僕らも彼の国ととぶつかる可能性もある。それに備えて対策は充実させておかないと」
「己を知り、敵を知れば百戦危うからず、ですね。ご主人様の教えの一つです」
そう言うのはユニだ。彼女に教えた前世の知識である。まあ、この世界にも似たような言葉くらいあるだろう。何しろ同じ人間だけじゃなく異種族である魔物や亜人種とも戦っている世界なんだから。戦いに関する箴言は、どれだけ残されていても不思議ではなかった。
「そういう意味では、オムニアほど厄介な相手もいない。教義を盾にした秘密主義。その一方で蓄えられた聖遺物や秘儀の数々……正直、出来れば敵に回したくない相手だよ。だからこうして、向こうの教会でも一段下に見られている、冒険者の神官を使っているのさ」
「少なくともアンタの所業が欠片でも表に出たら、間違い無く敵に回ると思うがね」
「魔物を人為的に養殖しているからね。まったく、それくらい目溢ししてもいいじゃないか。僕ら人間だって魔物から取れる素材を使って暮らしているんだ。羊のように飼育して何がいけないんだか」
本当に不合理なことだ。宗教みたいな固定観念に固まると、これだからいけない。
「話を戻そうか。そういう訳で、最近はダンジョンで捕獲出来る冒険者の神官を使って、実験しているんだ。脳を弄って信仰心を捻じ曲げたら、神聖魔法は使えるのかどうか。思考はいじらずに身体だけ操作して戒律を破らせた場合はどうなるのか……まっ、サンプルの供給が覚束ないから、一度にあまり大きな変化を起こす実験が出来ないってのが悩みの種だね」
「面白い実験なんですけどねー。この前、信仰の対象をてきとーな架空の神様に摩り替えて、それで神聖魔法を唱えさせてみたんですよぉ。そしたら、その神官さんが……ぶふっ! あ、『悪魔の如き異端よ、我が神ほんだらまにゅっさ神の裁きを受けるがいいっ!』なんて言い出して! あはははははっ、駄目ぇーっ! 思い出しただけでウケるーっ!」
セイスがお腹を抱えて笑い出す。勿論、そんなことをして神聖魔法が発動することは無かった。していたら困る。主にどう反応していいか分からないところが。
「あー、うん。つまりマスターたちは平常運転な訳だね……」
「いい加減にしないと、いつか本当に罰が当たるぞ?」
「うーん、それは困るな――」
男衆の芳しくない反応に、僕は肩を竦めた。割と常識的なドゥーエは兎も角、シャール辺りはこういう趣向でも楽しめそうだと思ったんだが。まあ、僕も楽しむためにやっている訳ではない。この世界における未知なる脅威、神を調査する為、そしてもし神が実在するなら、その不死の秘密を暴き、自分の物にする為なのだ。
だから、
「――そうなる前に、神様を何とかする方法を頑張って見つけることにするよ」
と言い置いて、助手たちとともにアトリエを後にした。
一刻も早く、大事な研究を先に進める為に。
※ ※ ※
彼は本当に幸運だった。
死地とも言える『太陽の神殿』からの脱出に成功し、宝の山とも言えるミスリルの塊を腕に抱いて、こうして山を降りることが出来ている。麓に広がる『暗闇の大樹海』も、身体に魔法の匂い消しを振りかけ気息を殺して駆けることで、何とか無事に魔物と出くわさず野営地まで辿り着こうとしていた。
後僅か、後ほんの僅かに進めば、他の冒険者たちが維持している野営地に着く。そんな希望を抱いて、『四頭竜』の残党二人は夜の森をひた走る。
「ぐずぐずすんな、置いてかれてえのか?」
リーダーの男が、毒吐きながらも生き残った配下に合わせて速度を落とす。仲間を慮った、という訳ではない。単に大金に換える宝であるミスリル・ゴーレムの残骸を、部下にも半分持たせていたからだ。勿論、命が一番大事なのは当然のことだが、それはそれとして拾える金は拾っておきたい。それが目の飛び出るような大金ならば、特にだ。
「す、すみません……」
言われた配下は、反射的に小さく頭を下げる。
それがいけなかったのだろうか。荷物を抱えながらの不安定な体勢での疾走中である。僅かな傾ぎが元でバランスを崩し、配下の男は無様にすっ転んだ。
「ぐぇ!?」
「ちっ……何をやっていやがる、馬鹿が」
魔物の徘徊する地域の直中ということもあり、罵りの声も自然と潜めたものになる。『四頭竜』のリーダーは、手早く配下の抱えた品を茂みから拾い出すと、立たせてそれを持たせ直そうと手を伸ばす。
「おら、早く立てよ。荷物持ちの役にも立たねえのか、糞が……」
「す、すいません、リーダー……――」
彼はその手を左手で固く握ると、
「――本当にすいませんね」
右手で素早く抜き払った剣で、リーダーの胸を突いていた。
「…………………………あ?」
不意を打たれたリーダーは、ポカンと口を開けたまま、胸に突き立った剣を見つめる。余りにも突然の凶行に、認識が追い付いていないのか。刃が背中まで突き抜けているというのに、彼は痛みよりも寧ろ、強い困惑に支配されていた。
「へ、へへへ……やってやったぜ。だ、誰が糞だよ、ああ? この糞リーダーがよォ?」
彼は間抜けを晒すリーダーに向けて、歪みきった嘲笑を浴びせる。侮蔑と歓喜に入り混じった、下克上の成功者がかつての上位者を思う様に見下す笑みを。
それを向けられたリーダーは、血の気の抜けた青褪めた顔を、怒りと苦痛に顰める。
「て、てめえ……裏、切り……やがったのか……!?」
「裏切りィ? 欠片も信じてもない相手に、良く言うぜ。自分が生き残る為、得する為なら、パーティメンバーも使い捨てるのが『四頭竜』のやり方だろ。俺はそれに、忠実に従っただけさ」
事実、彼は非情なリーダーによってメンバーが見捨てられる光景を、幾度か目にしていた。強力な魔物に対する捨て駒、或いは肉の盾。時には異議を唱えた者の片腕を斬り飛ばしたことさえある。
そんな男になど、忠実に従ってやる理由など無い。あるとすれば、逆らったら殺されるという恐怖心ゆえだ。
だが、その憤懣を抑圧する力、その源泉である剣は、リーダーの腰には無い。遺跡での戦闘でゴーレムに折られ、そのままだ。
彼は本当に幸運だった。
他の者は全滅し、標的と二人きりになれた上、相手は丸腰の無防備を晒すという絶好の好機を得られたのだから。その上、お宝であるミスリルは独り占めと来た。これほどの幸運に恵まれた男は、そうはいないだろう。
「こんな、こと、して……ただで、すむと……」
「済むに決まってるだろォ? 冒険者同士の殺し合いは死に損だからさァ。……まっ、ギルド直々の依頼の最中ってんじゃ目溢しはされないかもしれんが、幸いここは樹海の中だ。誰も見ちゃいない。後はアンタが魔物の餌にでもなっちまえば、証拠すら残らない。くくくっ、本当に運が向いて来たもんだぜ」
「く、そ、が……」
心底勝ち誇った笑みに見下されながら、Bランク冒険者パーティ『四頭竜』のリーダーはその人生に幕を閉じた。そしてこれが、樹海攻略のアライアンスが壊滅した瞬間だった。
「あばよリーダー。そのままそこで、魔物の糞にでもなりな」
言い捨てて、最後に一人生き残った彼は、意気揚々と森を歩く。
ミスリルを運ぶにも人手が要る。野営地を守っている連中を抱き込めれば良いが、ほぼ確実に分け前は要求されるだろう。それをどう捌いたものだろうか……。
そんなことを、考えながら。
※ ※ ※
「――こちらが本日の査定額になります」
「おう。……チッ、湿気てやがんな」
ギルドの職員が提示した金額を見て、レイモンは露骨に舌を打った。持ち込んだ討伐証明部位に比して、明らかに前回より払いが渋くなっている。その点について文句を鳴らそうと思わないでもない。が、算盤を弾いて報酬額を示したのは、以前の『郵便局長殿』ではなく、れっきとした受付担当の女性職員。つまりはカナレス仕込みの手強い相手だ。下手に突けば、渡りとしての素行の悪さまで論われる羽目になるかもしれない。
レイモンは分の悪い交渉を見切って、その値段で妥協する。
「しゃあねえな、それで構わねえよ」
「はい、ありがとうございます。ところで、レイモンさん?」
「何だよ?」
「最近、良くない噂があるんですよね。何でも樹海で、若い方々の魔物討伐を邪魔する輩が現れたとか」
「……へえ」
自然と声が低くなる。
半ばは予想していた事態だった。如何に管理者として放任に過ぎる冒険者ギルドとはいえ、極端に後進の芽を摘みかねない狩り場の独占行為に、そういつまでも目溢しが続く筈は無い。いつかは警告が飛んでくるとは思っていた。
「そいつァ厄介なことだな」
「ええ、本当に厄介です」
レイモンが他人事のように返すと、女性職員も白々しく溜息を吐く。
彼が音頭を取る狩り場の縄張り化は、確かに目に余る行為ではあるだろう。とはいえ、それが理由で即座に消される程のものではない。
何しろ、経験のあるCランク冒険者は貴重だ。西方やザンクトガレンのような魔窟でもなければ、大概の町で主力として期待される位階である。そう易々と切れる人材ではないのだ。
勿論、何度もギルドからの警句を無視すれば、その限りではないだろうが。
「いやあ、怖い怖い。いつ冒険の途中で邪魔が入るか分かんねえなあ? 俺ァ若いって歳じゃあないが、それでも魔物以外にも気を配らなきゃならん、ってのはぞっとしないね」
「そうですね。前だけでなく背中にも気をつけないといけませんねー」
「はははっ。まったくだ」
「あははははっ……」
互いに欠片も心の籠らない笑みを交わし合う。
不意に、レイモンは背を向ける素振りを見せた。
「となると、そろそろ潮時かもなあ。俺も最近、身体が利かなくってよ」
「あら。それは難度の高いダンジョンに潜っていられるからでは? レイモンさんもCランク。『暗闇の大樹海』にこだわらなければ、まだまだやっていけると思いますよ」
親切ごかして言う女性職員だが、本音は違う。包み隠さずに言えばこうだ。
――樹海からは大人しく手を引け、優先度の低い余所に移るというなら、目溢しもしなくはない。
「……かーっ、お言葉が染み入るね。まあ、ありがたいご忠告は素直に受取っておくぜ」
逆らう理由は無い。レイモンが率いる締め出し組は、所詮は一時の利で繋がっている烏合の衆だ。ギルドから仄めかす程度でも警告を受けたと知れば、必ず動揺が走る。彼らに締め出されていた若手も、それで嵩に掛かってくるということもあるだろう。それを思えば、河岸を変える程度の譲歩で済んで御の字だ。
ギルド職員はニッコリと微笑む。
「ええ、是非そうして下さい。手練の冒険者には、末長く恙無く活躍していただきたいものですので」
「そりゃどうも」
言い置いて、木戸をくぐり外へ出る。同時、顔に照りつけて来た日差しに思わず目を眇めた。
季節はそろそろ夏に差し掛かる。春には建てかけだった店々も、今は立派に営業を始めていた。どころか、新たな店屋やそこで働く人々の家々など、更なる建築・増築が続いている。
マルランは、まだまだ栄えようとしていた。
「兄さん兄さん! 新しい武器は要らねえかい? 入用でなくっても、手入れも請け負うよ!」
「打ち身、切り傷、骨折に、何でも効く秘伝のポーション。おひとつ如何ですかー!」
「マルラン銘菓、ドーナッツでーす! 甘くて美味しいドーナッツ! お値段の方は――」
「そこのお兄さん、寄ってかない? 昼の間は半額よ? 勿論、サービスに手は抜かないわ」
「ですから、この通りはもう限界なんですって。出店は無理です。何度も説明したでしょう?」
「そうは言いますが、ルベールさん。こっちも商売でして――」
「父ちゃん、俺もドーナッツ欲しいー!」
「我慢しなさい。ありゃ他所から来た人に売ってるんだ。俺らの口にはとても――」
活況に沸く町を、一人横切る。
正直に言うと、もう少しここで粘っていたかった。ようやく大きな酒場やちょっとした娼館、質の良い装備を売る武器屋などが出来て来た頃合いだ。冒険の拠点として過ごしやすくなってきたのである。そんな時期に河岸を変える為に町を出るのは、余りにも惜しい。何とも間の悪いことであった。
(まっ、仕方ねえか……)
どうにも運に恵まれないからこそ、レイモンは渡りとして燻っているのである。若い頃にパーティを抜けなければ、ソロの時代に無理な背伸びをしなければ、新しいパーティに加わっていれば……後悔の種は尽きない。あの時もう少し運があれば、という場面は幾らでもあった。今回もその一例、ということだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、若い冒険者とすれ違った。
「げっ、渡り鴉……」
どこかで見たような場面だ、などと思いながら、レイモンは足早に立ち去る。不本意ではあるが、町を出ると決めたのだ。そうとなれば足を止めてなどいられない。その気配を気取られたら、恨みを買っている相手に嬲り殺しにされることも考えられるのだ。余計なことなどせずに、徒党を組んでいる連中も見捨てて、早々に町を出なければならない。
「おい、どうしたんだ?」
「別に。嫌な野郎とすれ違ったと思ってさ」
「ああ、渡り鴉か。そうそう、知っているか? 嫌な奴といえば『四頭竜』の生き残りが最近――」
背後で聞こえる話を無視して、宿への道を急ぐ。そして、足を動かしながら暗く笑った。
(ケッ、どいつもこいつも取り澄ましやがって。どうせ本物の英雄になんか、なれねえ癖によ)
思い出すのは、綺麗ごとの理想を抱えたままパーティ諸共散ったジョエルのことだ。天才剣士と持て囃されたあの少年も、結局は樹海から戻らなかった。期待の新鋭の脱落に、冒険者ギルドの方では多少騒ぎになったようだが、今では騒動の影も無い。多少毛並みが変わっていたとしても、結局のところありふれた中堅冒険者の一人に過ぎなかったということだ。
そして、その影響で担ぎ出された『緋色の大盾』を中心としたアライアンス。彼らも樹海の奥で発見した遺跡に不用心にも踏み込み、一人を残して壊滅したのだという。Aランク冒険者四人が中核となり、Bランクパーティ三つが脇を固めた完璧な布陣と聞いていたが、終わってみればご覧の有様である。
それでも、世界は回っている。冒険者のエリート、選ばれた一握りの天才、どう呼ばれていようが死ねばそこまで。残された人々は彼らを失ったことを嘆くでもなく、いつも通りの日常を送っていた。
(所詮、冒険者なんぞそんなものよ。魔物退治という名の溝浚いだ。英雄なんてご立派なものじゃないんだよ)
他人が片付けるには手間取るゴミを、幾許かの銭と引き換えに片付ける。ただそれだけの存在。社会を動かす訳でも無い、歴史に名を刻むことも無い。元々、真っ当に働いても食えない連中の働き口だ。それを人より強いからと、自分が英雄だなんだとのぼせ上がる。何とも滑稽な話ではないか。
彼はこの年になるまでの経験から、そう判断していた。若い頃は違った。この剣一本で名を上げると、天下に英雄として知られるのだと息巻いていた。それが最初の躓きだった。そこから転がり落ち続けてたどり着いたのが、渡り鴉と蔑まれる境涯である。
初めからご大層な夢など見ず、現実に即して世の中を渡っていくべきだった。無理して太く短く生きる必要など無い。汚かろうと狡すからかろうと、細く長く生きる方が賢い。それがレイモンの結論だった。
(まっ、精々夢見てなよ、若いの。あの坊やみたいに、惨めにくたばるまでな……)
未だ挫折の味を知らないだろう若者たちを嘲りながら、渡り鴉は歩く。
次に漁る餌場へと向かって。
彼の背後、マルランの町は、多くの冒険者を飲み込みながら大きくなり続けていた。




