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050 スカーレットズ・リサーチ<4>

 

 遺跡の内部は、通路が複雑に入り組み迷路のようになっていた。曲がり角や分かれ道が無数に存在し、時には階段を上り下りして進まなければならない。そして、途上には当然のように屈強な妨害者が立ち塞がる。


「糞が! 何だコイツは!? 剣が通らねえぞ!」


 『四頭竜』のリーダーが、柄越しに伝わるビリビリとした衝撃に毒吐く。立ち塞がるのは、手に槍を持ち全身に銀色の光沢を纏った、一見して全身鎧の兵士の如き存在。だが胴体から首を介さずに直接頭部を生やし、異様に太い手足を持つ歪んだシルエットは、明らかに人間のものとは思えなかった。まるで子どもが粘土を捏ねて作った兵隊人形だ。


「ご、ゴーレムです! それも金属製!」


 興奮の色も露わに叫ぶのは『アルス・ロンガ』のメンバーの一人だ。

 ゴーレム。魔導師が物質に仮初の命を与えて生み出す、使い魔の一種である。その強さは作り手の力量に加えて素材の質にも左右される。特に金属で出来ている場合は非常に厄介だ。ただでさえ高い耐久力を持つというのに、金属の堅牢さまで加わるというのだから。


「しかもこの色合いは……ミスリル! ミスリル・ゴーレムですよ!」


「ミスリル、だと?」


「ちょ、超高級な魔法合金じゃないですか!? そんなのでゴーレムを作ったと!?」


 ニノンが表情を引き攣らせる。前髪に隠されているが、目も飛び出るほどに見開かれていることだろう。『アルス・ロンガ』から齎されたのは、それほどまでに動揺を誘う情報だった。

 ミスリルはまたの名を魔法の銀、或いは真の銀とも呼ばれる。地脈の魔力が強い土地の銀鉱から稀に産出する、強靭かつ軽量、更に加工法によって様々な魔術的特性を持たせることの出来る銀合金だ。武具の素材としては超一級で、古来より英雄と呼ばれた者の装備は多くがミスリル製だったと伝えられている。言わば伝説の武器の素材、その代名詞とされている希少金属である。

 最悪なことに、それが目の前のゴーレムの全身を構成しているのだ。


「…………!」


 ゴーレムが、歩くインゴットとも言うべきその体躯を、見た目を裏切る俊敏さで動かす。標的は先頭を切っていた『四頭竜』のリーダー。財宝目当てに先行していた剣士を、手に携えた槍で貫かんと襲い掛かる。


「くっ、舐めるな木偶がァ!!」


 しかし、流石に彼もBランクに到達した冒険者。それも頻繁にメンバーを入れ替え続けたパーティで一貫としてリーダーの座を占め続けた猛者だ。一槍で突き殺されるどころか、柄頭に剣を当てて弾き、傷一つ負わずに回避して見せる。

 だが、その代償は大きかった。

 パキン、と軽い音を立てて、手にした剣は半ばから折れ飛ぶ。


「糞がっ! 馬鹿みたいに高ェ、舶来のウーツ鋼の剣だぞ!? 何で折れるんだよっ!!」


 錆びず折れず曲がらずと謳われる、異大陸渡来の希少鋼材であるが、流石にミスリル相手では分が悪かったと見えた。何しろ、ゴーレムの全身を造っているのだから、持たせた槍もそうに決まっている。

 ジラールは、たじろいで下がった彼を背中に庇う。


「下がれ。俺がやる」


 言いながら、手にした曲刀を構えた。

 そして、追撃をと迫るゴーレムを前に深く呼吸を一つ。呼応するように、常に刀身を覆う不可思議な燐光が一際強まった。


「……ふんっ!」


 斬撃。

 硬い物が擦れ合う音を立てて、ゴーレムの頭頂部から縦に一本、火花の直線が走る。

 次の瞬間、手にした槍ごとゴーレムは真っ二つにされて床に転がっていた。


「ひ、一太刀だと……」


「うわあ、凄い! 流石は音に聞こえた【赤獅子】の牙! ミスリルが伝説の合金なら、こちらも伝説という訳ですね!」


 『四頭竜』のリーダーがポカンと口を開け、『アルス・ロンガ』の面々は色めき立つ。

 ミスリル造りのゴーレムすら断ち割るこの曲刀、実は金属ですらない。生物の部位を加工して、武器の形にした物だ。

 竜の牙である。

 かつて西方を襲い、Bランクパーティを複数壊滅させた凶悪なドラゴン。激闘の末、最終的にそれにトドメを刺した『緋色の大盾』は、竜殺しの勲を記念すべく、その部位を用いて自分たちの装備を誂えた。

 牙を鍛えたジラールの曲刀――竜牙剣。

 鱗で覆ったセドリックの盾――竜鱗盾。

 爪を研いだゴーチェの短刀――双竜爪。

 髭で縫ったニノンの尼僧衣――竜髭衣。

 以上、計四種。いずれも冒険者の頂点を極めるAランクに相応しい、超一級の装備である。

 その希少さ、その性能、ともにミスリルなどに劣るものではない。

 周囲の冒険者がそれらを見つめる目に、羨望や嫉妬の色が滲む。

 だが、一方で『緋色の大盾』の面々はジラールに心配げな視線を向けていた。


「……随分と注ぎ込みましたね?」


「ああ。そうする必要がある相手だった」


「ぬう。俺がやるわけには――」


「いや。それでも結局、俺かジラールが出張らにゃならん。何しろコイツ、固すぎるからなあ……」


 ニノンが自分たちの長を慮り、セドリックは悔しげに切歯し、ゴーチェは仕方無さそうに溜め息を吐く。そしてジラールは、平然とした素振りを見せながらも顔を冷たい汗で濡らしていた。

 この四種のドラゴン素材の武具は、共通して特殊な機能を備えた礼装の一種でもある。

 それは……所持者の体力を対価にした、一時的な性能向上。

 文字通り命を吹き込むことで、竜の爪牙は生前の鋭さを取り戻し、鱗や髭はそれらにも耐えうる強靭さを得る。当たり前のことだが、短期間に何度も使えるものではない。現に昼頃のサイクロプス戦では、『黎明の使徒』の魔法の火力を当て込んで温存したのだ。それほどまでに、負担は大きい。

 そして魔導師を根こそぎ失った現状では、その切り札を切らざるを得なかった。いや、例え『黎明の使徒』が健在だったとしても、魔法耐性にも秀でたミスリル製のゴーレムが相手だ。やはり使わされていただろう。


「おい、何を仲間内でゴチャゴチャやってやがる?」


「いや、何でもない」


 疑問の声を上げる『四頭竜』に向けて、誤魔化しの言葉を返す。武装強化は秘中の秘である両刃の剣。部外者に容易く明かせる秘密ではない。特に『四頭竜』は物欲の顕著な油断ならぬ相手だ。デメリット持ちの切り札の存在を知ったなら、こちらの寝首を掻いて奪おうとしても不思議ではない。

 何しろ冒険者同士の殺し合いは、死人に口無しの死に損なのだから。

 まったく、ギルドもどうしてこんな決まりを作り、そして放置しているのか。『緋色の大盾』の面々は、向背常ならない味方を前にして、一様にそう嘆いていた。

 一方、『アルス・ロンガ』の面々はというと、


「うーむ、やはりミスリルを用いているだけあって、造りの方も精巧ですねえ」


「まったくですね。やはりこの遺跡を建造した古代人の遺産でしょうか。余程高度な文明を築いていたのでしょう」


「それにしては、造形の方は何とも簡素ですね? これだけ高価なゴーレムならば、もっとデザインに凝っても良いと思うんですが」


「ええ。この遺跡のガーディアンとして残したのなら、尚更象徴性が重視される筈――」


 などと、ゴーレムの残骸を囲んで検分に耽っている。

 敵地のど真ん中であるにもかかわらず、やはり警戒心はゼロに等しい。


「……お前たち、もう少し気を引き締めろ」


「えっ? ああ、はい。……でも、そちらにはAランクの野伏の方がいるんでしょ? なら私たちの警戒なんてするだけ無駄じゃないですか」


「そういうものか?」


「そうですとも。ご心配なさらずとも、周囲のトラップくらいは自前で解除しておりますので」


 ああ言えばこう言う。成程、確かにゴーチェの力量を当てにしているのなら、その無警戒ぶりも肯けよう。だが、他所のパーティの冒険者へそこまで依存するのも如何なものか。『四頭竜』や『黎明の使徒』のような頑なさも問題だが、こちらも別の意味で手を焼かされる。冒険者として最低限の仕事すら丸投げされるようでは、有り体に言って、子守りを押し付けられているようなものだ。

 気まずい雰囲気を押し隠すように、ニノンが口を開く。


「そ、それでどうなんです? そのゴーレムを調べて、何か分かりました?」


「ああ、よくぞ聞いてくれました!」


 『アルス・ロンガ』の一人が、待ってましたと顔を輝かせる。

 長口上の気配に、一同は思わず身構えた。今も『黎明の使徒』の生き残りは拷問されている筈なのだが、この探究一辺倒の連中は気にした様子も無い。


「普通なら、こうした神殿や墳墓などの宗教的遺構に遺されたガーディアンは、もっと象徴性を重視したデザインでしかるべきなのです! より人間の姿に近づけたり、高価な装飾品で飾ったりとかね!」


「そうした方が、盗掘者を威圧したり、祀られている神格や葬られている人物の権威を見せつけたり、他にも魔術的な副次効果を齎したりと、様々な効果が得られるのですから。そうしないとおかしいでしょ?」


「いや、単にケチったのでは――」


「有り得ませんね! ミスリルなんて合金を、ゴーレムの素材に使えるだけの技術力と財力があるんです。そんな文明に生まれた古代の権力者ならば、絶対にもっと装飾に凝ります! それが出来ないなら、ゴーレムの素材のランクを落としてミスリル製品でそれを武装させる筈なんです。たとえ性能を度外視してでもね。このミスリル・ゴーレムの簡素さは、それだけで十分に特異なのです!」


「つまり、どういうことなんだ……」


 ジラールが疲れの滲んだ声で先を促す。この疲労感は、決して剣に生命力を注ぎこんだだけのものではないだろう、などと考えながら。

 しかし、語り手は聞き手の事情をまるで斟酌しない顔で続け、


「私が今立てた仮説によると、つまり、このゴーレムは――」


 否、続けようとして、


「っ!? 下がれェ!!」


「――ぶぎゃあああああっ!?」


 ゴーチェの警句と唐突に天井から降って湧いた槍衾に遮られた。

 上から現れた影は四体。姿形はそこに転がるゴーレムの残骸とほぼ同一。相違点は両断されていないことのみ。襲撃者は一瞬で『アルス・ロンガ』の四人を皆殺しにしていた。


「……成程。つまりは、このゴーレムは数打ちか」


 ジラールが構えつつ嘯く。

 要するに、幾らでもいる量産型だ。雑兵風情が将帥の如く飾り立てるなど笑止。ならば、装飾性に凝る必要などどこにも無い。要するに、そういうことなのだ。


「冗談じゃねえ……こんなのが、まだまだ大量にいやがるってのか?」


 ゴーチェの表情は引き攣っていた。

 このゴーレムどもの討伐等級は、おおよそB+からA-といったところだろうか。だが、それはあくまで一体のみであった場合のこと。これが群れを為して襲ってくるなど、Aランク冒険者にとっても悪夢に等しい事態である。

 ましてや、相手はゴーチェほどの野伏に直前まで感知されずに奇襲して来たのだ。高度な魔導技術で隠蔽された隠し通路でも使っているのだろうか? それとも利用しているのは空間転移か? いずれにせよ、恐ろしく厄介な手合いだった。


「だが……やるしかあるまいっ!」


 セドリックが一歩前へ出る。敵は四体。天井から急に現れたことからも、更なる増援がある可能性は高い。ならば、先のようにジラールを前に出して戦うのは愚策だ。如何に卓越した剣士といえど、取り囲まれて四方から串刺しにされるのがオチである。ここは重戦士であるセドリックが盾役を買って出て喰い止めつつ、各個撃破して切り抜けるしかない。


「……≪主よ、御身に伏して希い奉る――≫」


 ニノンが先んじて回復の祝詞を吟じ始める。体力を削る武装賦活を切り札とする『緋色の大盾』にとって、失った活力をも取り戻せる回復魔法は正に生命線である。一日に使える回数は限られているが、出し惜しみはしていられなかった。

 乱戦が、始まった。




  ※ ※ ※




 乱戦のどさくさに紛れて、『四頭竜』の生き残り二人はその場を離脱していた。

 アライアンスの過半は脱落し、彼らもメンバーの半数を失っている。加えて剣士でありながら武器である剣まで失っていては、あの場に留まっても足手纏いになるのが精々だった。故に『四頭竜』のリーダーは涙を呑んで離脱を決意した――などという訳ではもちろん無い。


「き、きひひひっ! とんだ糞仕事だったが、最後の最後で運が向いてきやがったぜ!」


「ひ、ひい……! ひいっ……!」


 二人はそれぞれ、両腕に金属の塊を抱えていた。一抱えもの金属など重くて動かせないだろうと思うかもしれないが、そこは彼らも冒険者だ。Bクラスの前衛ともなれば、腕力は十人力とも言われる。それに物を言わせれば、鉄塊だろうと金塊だろうと手で持ち上げて運ぶなど、造作も無い。

 特に対象が、合金の中でも軽量として知られるミスリルならば、尚のことだ。

 そう、彼は『緋色の大盾』に全てを押し付け、ゴーレムの残骸を抱えて遁走しているのである。

 何しろミスリルは伝説の合金だ。捨て値で捌いても一.五倍の嵩の金塊と取り換えられるだろう。それほどの値打物だ。そんな代物を持ちかえれば、しばらくは左団扇で暮らしていける。ならばもう十分だ、これ以上の探索など馬鹿馬鹿しい。

 アライアンスを組んだ同業を見捨てた罪悪感など、彼らには無い。同じ冒険者であり自身らより格上とはいえ、所詮はパイを争う競争相手である。このクエストに就いて以来、何かと指図されて気に喰わない相手でもあった。背後から崖に蹴り落とす謂れはあっても、助けてやったり、ましてや諸共に死んでやるような義理は皆無だ。

 自分たちは、いや自分だけは、何としても生き残って成り上がる。そんなことを考えながら、『四頭竜』のリーダーは駆け続ける。


(ざまあみろ! ざまあみろだ、糞ったれどもめ! 生き残るのは俺だ、上へ行くのは俺だ、最後に勝つのは俺なんだよっ!!)


 鼻持ちならない『黎明の使徒』の魔導師ども。小理屈を捏ねまわすしか能の無い『アルス・ロンガ』の足手纏いたち。生意気にも上から自分を見下していた『緋色の大盾』。そして、捨て駒程度の役にも立たなかった『四頭竜』の部下ども。

 その全てを嘲って、彼は出口へと走る。

 いくら戦闘屋の剣士集団とはいえ、『四頭竜』はBランクまでのし上がったパーティだ。リーダー格のこの男も、最低限度の探索技能は修めている。このダンジョンの大まかな地図は頭に描けていた。後は気配を殺しつつ脱出し、モンスターとの遭遇を避けつつ山を下れば良い。命懸けの強行軍であるが、匂い消しのポーションなどの消耗品を駆使すれば、やってのけられるはずだ。

 根拠の乏しい楽観的にも程がある計画だが、希望を信じることが大事なのである。絶望的な状況にあっては、空元気だろうと思い込みだろうと、希望を捨てずにいることが途轍もない爆発力を生むこともあろう。事実として、彼はこれまでの人生で何度も訪れた瀬戸際を、そうやって切り抜けて来た。

 だが――、


「………………」


 誰が知ろう。『太陽の神殿』を警備するゴーレムの一体が、出口付近のT字路で脱出に逸る侵入者を待ち構えていたのである。

 たかが一体とはいえ、生半な刀槍を受け付けず、魔法もほとんど通らない金属の化け物。先の一戦で武器を失ったリーダーも、それに劣る腕前しか持たない最後の配下も、到底敵わず一蹴されるのが必定だった。

 しかし、である。

 ……唐突な質問だが、冒険者にとって最も重要な資質という者は何だろうか。

 大抵の人間は能力だと答える。腕っ節の強さや魔力の高さ、探索の技巧や豊富な知識、判断力は、冒険者として確かに無くてはならないものだろう。ある意味では正しい答えだ。

 通ぶった者は狂気だと答える。言い換えればそれは信念の、精神の強さだ。人外魔境での冒険や凶悪無比な強敵との戦いにおいて、素面の精神では脆弱に過ぎる。心を狂気で鎧ってこそ、浮かぶ瀬もあるだろう。これもある意味では正しい答えである。

 だが、この問いの正解はまるで違う。

 今すぐ答えを申し上げることは出来ないが、それが何であるかは、この先の展開でお目に掛けることが出来る筈だ。

 ともあれ、場面を戻す。

 そのゴーレムは、己に入力された職務に忠実に従い、脱出を図る『四頭竜』を攻撃しようと向かっていた。

 が、




「オーパス01より上位コマンド伝達。ゴーレム六号は直ちに停止せよ。……オーバー」




 そんな言葉を掛けられた途端、ピタリとその動きを止めてしまった。

 その正に一瞬後、『四頭竜』の残党は角の暗がりに何が潜んでいるかも知らないまま、出口へ向けて飛び出していく。


「……ハッハァ! 出口だぞ! 逃げ切ってやったぞ糞遺跡がっ!!」


「た、たす、助かっ……た……?」


 そうして一目散に、危なっかしい足取りで山を下っていく。背後の遺跡のことなど振り返りもしない。当然、そこから自分たちを観察している、ゴーレムを停止させた存在には、露ほども気付かぬまま。

 もっとも、先日にAランクの野伏にさえ隠行を破らせなかった彼女にしてみれば、仮にほんの三十センチの距離で擦れ違ったとしても、存在を察知させなかっただろうが。


「……行かれましたか。後はお足下に気を付けてのお帰りを願うばかりです」


 そう言って神殿の入り口の陰から『四頭竜』を見送るのは、古代の遺跡にも、未踏の山奥にも、鬱蒼とした樹海にも似つかわしくない服装の持ち主。

 銀色の首輪を嵌めたメイド服の女――ユニである。

 そして、彼女の横の空間が陽炎のように揺らぐ。次の瞬間には、そこにもう一人新たな人物が登場していた。

 ユニと同じく奴隷の首輪に戒められたダークエルフ、ドライだ。


「おい、ユニ。生かして帰しても良いのか、あの連中。直せばまだ使えるゴーレムを、持って行かれてしまうぞ?」


「構いません。それがご主人様の御意に適うことです」


「ならば良いが、私としては後日の災いの種としか思えんな。ラボではありふれた素材とはいえ、仮にも希少金属であるミスリルだ。持ち帰らせては、またぞろ欲に駆られた猿どもが、お宝目当てにここまで上ってくるのでは?」


「分かりませんか、ドライ? だから良いのですよ」


「ほお?」


 右目を瞬くドライに、ユニは続ける。


「ミスリル・ゴーレムは格好の宣伝材料です。希少金属が手に入る機会となれば、今まで様子見をしていた他の冒険者も、このダンジョンに集まることでしょう。それを実験の素体として狩る。そこまではお分かりでしょう」


「うむ、何度も説明は聞いたな。だが、こうも早急にこのダンジョンのことを広める必要はあるのか? 下手をすると冒険者が集まり過ぎて、過剰供給という恐れもある。連中がアライアンスだのと称して何度も押し寄せて来るというも、具合が悪い気がするのだが」


「問題ありません。アライアンスというものの実態は、今ご覧になった通りです」


 言われて、ドライは思い返す。先を争って抜け駆けし、お互いの足を引っ張り合う冒険者たちの醜態を。流石にAランクとか言われていた連中は多少の見どころはあったが、それ以外は惨憺たるものである。


「命を預け合えるような同盟関係など、一朝一夕には生まれませんよ。本来であれば長い期間を掛けて、時には相手の為に泥を被る姿も見せて、互いを理解し合いながら築いていくのが、信頼というものでしょう。仮に一時の利益のみで繋がったとしても、結局はこうなります。信頼出来ない相手とアライアンスは組まない……それが冒険者の鉄則ですが――」


「果たしてミスリルの輝きに誘われた連中に、互いを信頼できる複数のパーティなど、どれだけあるものなのか? ……成程、そういうことか」


「その通りです。更に言いますと、あの冒険者たちが麓に帰りつけば、樹海の奥の神殿にいるのは古代のゴーレムだと喧伝してくれるでしょう。そして彼らが遺跡を守っているとも。つまり、積極的に人類に害を為す魔物は奥にはいない、という情報が巷に流れるのです」


 仮に大陸中から冒険者が集まって来たとしても、彼らは決して満足に連携出来ない。宝目当てで集まった大人数の冒険者など、それだけで分裂の危機にあるようなものだ。だから大規模なアライアンスは組めないし、組めたとしても脅威ではないとユニは言う。

 そしてダンジョンを守るのが命令をこなすだけのゴーレムだと知れば、冒険者ギルドも積極的な手出しはしない。彼らは常に、人間の生活圏を脅かす魔物を優先して討伐する。直ちに実害を及ぼさない遺跡の墓守に手を出すなど、蜂の巣を悪戯に突くようなもの。そんなことをする為に、貴重な高位冒険者を、無理にアライアンスを組織して損なったりはしない。

 勿論、樹海での魔物狩りは活発になるだろうが『太陽の神殿』――ひいてはその地下に存在するラボの安全は買うことが出来る。『神殿』まで上がって来るのは、実力はあっても少数のパーティか、常に瓦解の危機を抱えたアライアンスか。いずれにせよ素体として狩るのに都合の良い鴨のみ。それが『四頭竜』にゴーレムの残骸を持たせて逃がす理由だった。


「……合点が入った。良く出来た策だよ、本当に」


「ええ、流石はご主人様です。細部はルベール卿が肉付けした模様ですが」


「ルベールの坊やが? 大方、ミスリルを土産にくれてやるという部分だろう。違うか?」


「いえ、ご名答です。彼も余程この地を宣伝する材料に飢えていらしたようで」


「マルランに人を集める為、か。ヤツは内政担当だものな。随分とご執心なことだ」


 そんなことを言い合いつつ、二人の女は逃げ帰る冒険者の背を、暫し眺める。

 ふと、ユニは思いついたように言った。


「あそこの彼、良い冒険者になれそうですね」


「ん? あの無様に逃げるのが精々の奴が、か? 確かに今日は幸運にも命を繋いだようだが――」


 だが、それだけだろう? という続きは、ユニの首を横に振る仕草に阻まれた。


「その幸運、というのが何より重要なのです。これはあくまで私の持論ですが……結局のところ優れた冒険者とは、つまり運の良い冒険者のことを指すのですよ」


「――運が良い、ね……」


「釈然としませんか? ですが、才能に恵まれて生まれたのも、それを開花する機会に恵まれるのも、培った実力を発揮出来るのも、全ては運次第ではありませんか? 天運拙ければ道半ばに斃れ、死して屍拾うもの無し。そうならずに済むのも、偏に幸運の賜物です」


 そう言われると、ドライも肯くより外ない。

 『暗闇の大樹海』を抜け、『太陽の神殿』から逃れ、おまけに大金の種であるミスリルまで持ち帰れる。それは確かに、誰にでも出来る冒険ではなかった。優れた冒険者でなくば果たせない難事ではあるだろう。


「無論、それは運が開いた時に機を物にするだけの器量があってのことですが。……ああ、これは全て私の勝手な考えです。別に真面目に受け取らなくても、構いませんよ」


「いやいや、感服させられたとも。他ならぬ偉大な冒険者【銀狼】のユニ殿のご高説だ。肝に銘じておくともさ」


「あまり、からかわないで下さいませ。らしくも無いことを言ったと、少し恥じているところです」


「くくくっ、私に惚気たのがそんなに恥ずかしいのか? 今のはつまり、ご主人様に出会えた私は世界で一番幸福です、と、そういう意味なのだろう? んんっ?」


「解っているなら言わないで下さい。……まったく、人の悪いダークエルフですね」


 そう言った切り、ユニは黙って山を降りる冒険者を見守っていた。

 腕一杯の宝物を抱え、腰に剣差して道無き道を行く、ある意味誰よりも冒険者らしい後ろ姿を。




  ※ ※ ※




 神殿の中枢部、夜なお明るい真昼の世界。

 彼女はそこで彼らを待っていたのだった。

 足元に転がるのは、闖入者の成れの果て。

 驚愕に目を剥く四人を前に、彼女は笑う。

 心の底から嬉しげな、蕩けるような顔で。




「お待ちしておりました、お客様……と、ご挨拶いたしマス」




 散発的なゴーレムの強襲やトラップに追い立てられるようにして転がり込んだ最奥部。そんな言葉と共に『緋色の大盾』の四人を迎えたのは、あらゆる意味でこの世の物とは思えない光景だった。

 広間のような空間の中央、その身の半ばを床に埋めながら屹立するのは、それ自体が太陽の如く輝く巨大なクリスタル。目を焼くような光源によって遺跡の内部という場所、夜という時間にもかかわらず、真昼の屋外のように視界が明るい。

 次に目に飛び込んでくるのは、クリスタルを背に佇み、それを守るようにして立ちはだかる、奇妙な装甲服と耳覆いを身に着けた一人の女。天窓のように開いた天井の穴から吹く風に、白金の髪を靡かせるその姿は、古代よりこの神殿に供奉し続ける巫女だと言われても信じられそうだった。

 そこまでは良い。しかし、彼女の足元に視線を落とすと、そこには地獄の光景が広がっている。


「……。……。…………」


 しどけなく両の手足を投げ出して、石の床に横たわる男。半裸の肢体に纏わりついた襤褸布は、辛うじて魔導師のローブだった物に見えなくも無い。眼球は白目を剥き虚空へ視線を投げ掛け続けており、薄い胸板が小さく上下することで、辛うじて死人ではないことを認識できる。何か恐ろしい目に遭ったのか、頭髪は全て白髪に変わっていた。

 男――『黎明の使徒』の生き残り、恐らくはあのリーダー――の周囲は、噎せ返るような血と肉片の掃き溜めである。まるで調理に使う鶏の羽を毟る代わりに人間の身体を毟って散らかしたのではと連想させる、いや、事実としてその通りの行為が行われたに違いなかった。

 奇妙なのは、そんな凄惨の極みである加虐行為を受けたと思しき男に、一片の傷も無いことだが、


「世の中には不思議なこともあるものです、と、独り言を漏らしマス」


 加害者であると推定される女は、自らその種を語り始めた。


「ポーションや回復魔法で治療を行う際に傷口を塞ぐこの血肉。これは一体どこから生じるものなのでしょウカ? 明らかに人体に貯蔵できる栄養、エネルギー、質量を超えていマス。疑問でスネ。……もっとも、魔法の所産に対してあまり科学的な考察を持ち込んでも、仕方無いとも言えまスガ」


 淡々と語る女の顔には、既に先程見せた笑みは無い。氷か金属が人面を模したような無表情があるだけだ。だが、語り聞かせる内容の生々しさ、そして酸鼻さたるや、歴戦の冒険者であっても鼻白むほどのものだった。

 つまりこの女は、床一面に血肉のカーペットが敷かれるまで、人体を千切っては回復し千切っては回復しと繰り返していたのだ。


「貴様、何者だ」


 異様な光景に言葉を失くしていた冒険者の中から、いち早く正気付いて口火を切ったのは、やはりと言うべきかジラールである。

 愛刀である竜牙剣を構え、切っ先を向けつつ鋭く女に詰問する。


「やっと喋って頂けましたね、と、感想を抱きマス。……ですが、その質問に答えは必要でしょウカ?」


「つまり、貴様がこの遺跡と樹海を根城にする、魔物どものボスなのだな!?」


 続いて、竜鱗盾を前に立てつつ先頭に出るセドリック。左腕は背中に回され、片手で扱える手斧の柄を握っていた。


「……そう捉えて頂いても構いません、と、返答しマス。樹海に魔物を放しているのも、ワタシがここに配置されているのも、ここを守る為なのですカラ」


「そ、そちらの魔導師の方に、無体な仕打ちをしたのは何故です? 遺跡を……この場所を守るだけなら、そんなことをしなくても良いではないですかっ!?」


 叫びながら、ニノンが胸元の剣十字を強く握る。昂った感情を抑える為の仕草であり、同時に神へと祈願を捧げる為の準備でもある。

 神聖魔法の使い手として身構えた彼女へ、女の姿をした何かは答えた。


「答えは多岐に渡りますね、と、回答しマス。貴方たちを誘き寄せる為に悲鳴を上げさせるのが三割。不正規な手段でここへ到達したことへの罰が三割。貴方たちの到着を待つまでの時間潰しが三割デス。残りの一割は、長らく任務を果たせなかったことへの八つ当たり、でしょウカ? 憤懣、鬱憤、焦燥……どうやら、ワタシにもそんな感情が存在したようデス」


「一応聞くが、交渉の余地はあるかい? ここの警備がお仕事だってんなら、話し合いで俺らを退去させるって選択もありだと思うんだがね……」


 ゴーチェはそう言いながら、戦意が無いことを示すかのように無手の掌を裏返しに開いて見せる。だが、そこは腰に吊った双竜爪に一呼吸も要せず手の届く位置。

 交渉決裂のその瞬間に、戦端を開ける体勢である。


「そのつもりはありません、と、通告しマス――」


 女は一言下に交渉という選択肢を切り捨てた。


「――ワタシに課された役目は、この中枢部の防備と侵入者の排除。ここへ足を踏み入れた時点で、貴方たちの抹殺は決定事項デス」


「……」


「更に言うなら、と、補足しマス。……ワタシはワタシの役目を果たしタイ。侵入者と戦って倒しタイ。この手でご主人様に勝利を捧げタイ。お役に立ちタイ、お褒めの言葉を頂きタイ、笑顔を向けられタイっ! その為には、その為には標的が必要なのデス! ワタシの作られた目的を果たす為の、ワタシが打ち倒すべき標的ガ! それが、貴方たちなのデス!」


 喋りながらも、声の調子はけたたましく外れて行き、顔はもはや亀裂めいて歪みながら眦と口角を吊り上げていった。

 そんな笑顔とも泣き顔ともつかぬ表情で、空々と、狂々と、ここで侵入者を待ち続けていた女は、似たような意味の言葉を繰り返す。

 それしか知らないように。それしか持たずに生まれたように。


「……亡き主に忠を捧ぐ、古代の守護者か」


 ジラールはその異常な有様をそのように解釈した(●●●●)

 誰も訪れることの無い、樹海の奥の寂れた神殿。役目を果たすことも無く、役目を解かれることも無く、来る日も来る日も起こるはずの無い変化を待ち続ける哀れな少女。最早、彼女にとっては、本来凶報である筈の侵入者の到来すら福音なのだ。こうして狂った歓喜と共に、恋い慕う相手が現れたように、冒険者たちを迎え撃とうとする程の――。

 彼は目の前の相手の狂態を、そういうものだと感じたのだ(●●●●●)。そして、彼と気脈を通じる仲間たちも同様である。


「哀れなもんだねえ……いっそ、一思いに引導をくれてやるのも慈悲の内か」


「神よ、この迷い子の魂に導きを……」


「迷うでない……どの道、やることは変わらんのだ!」


 言葉と共に、四人が備える竜の身体から生み出された武装へと、再び生命の息吹が宿っていく。奥の手であるはずの武装強化を、初手から切る。恐らくはこれがこの遺跡での決戦であり、このクエストの最難関。ならば出し惜しみは不要。開幕から全力で押し通すしかない。


「『緋色の大盾』所属、重戦士――【紅蓮の壁】セドリック」


「同じく、神官――【朱の尼僧】ニノン」


「同じく、野伏――【舞い猩々】ゴーチェ」


「そしてそのリーダー、剣士――【赤獅子】ジラール。ジラール・レスアンだ」


 名乗りと共に漲る戦意を向けられて、女はピタリと狂態を止める。

 冬の湖水のように凪いだ横顔。それは正に嵐の前の静けさというものだった。

 遺跡の最後の守護者であろう女は、既にその身から暴力的なまでの魔力を噴き上がらせている。次の瞬間には、それが怒濤と化して四人を襲ったとしてもおかしくない。


「……ゲスト・アカウント、四名分を承認致しマス。もっとも、何の権限も与えませんし、二度目のご利用はあり得ませンガ」


「名乗りを返せ、女。それが生死を賭して戦う者同士の礼儀だろう」


 赤髪の剣士に促され、女は黄金の妖瞳に一層強い光を浮かべる。

 そして、静かに口を開いた。


「オーパス05、フェムと申します、と、自己紹介させていただきマス。では――第二次性能評価実地試験、開始いたしまショウ……!」

 

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