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040 ムーンチャイルド

 

 王都での諸々の出来事が片付き、ようやくマルランに帰り着いた僕を待っていたのは、目が回るような忙しさだった。

 なんせ麦の収穫の監督に、その後の徴税、鉱山の視察にそれを捌く販路の交渉、新たな特産品であるポーション製造の指揮……とまあ、表向きの領主としての仕事だけでも、僕の認可や参画を必要とする案件が山とある。しばらく留守番させていたヴィクトルたちは、それを嬉々として押し付けてくるのだ。本当に酷い連中である。一応、僕は怪我人なんだぞ?

 この間、そう文句を言ってやったのだが、


「何を仰いますか。既に秘蔵のポーションを使って治されているのでしょう?」


 などと、しれっとした顔で返してきやがった。

 何故ばれたのだろう。胸の傷を治したことは、隠れてこっそりやったことだし、ユニたちを始め部下たちにも、厳重に口止めしたはずである。

 きっと、ルベールだ。ルベール辺りが漏らしたに違いない。おのれ、ジャン・ジャック・ルベール! あの冷血非道の卑劣漢め!


「何でも僕の所為にするのはやめて下さいよ。第一、閣下がすぐに治せる傷をいつまでも放って置くようなお方ではないことなど、家臣団は全員知っているんですから」


 ……ぐうの音も出ない。確かに、その気になれば即完治するものを放置して、いつまでも動く度に痛い目を見たりするのは性に合わないことだ。それに運動が制限されるから健康にも悪い、長生きしたいのならさっさと治すべきだ。僕の性格について知悉する者なら、すぐに看破することだろう。きっと、どこぞの陰険爺やヒス兄貴も、とうの昔にお見通しのはずだ。

 そんな訳で、仮病で休んで研究に打ち込むと言う策も破れ、僕ことトゥリウス・シュルーナン・オーブニルは、今日もせっせと表に裏に、裏の裏にと働いているのである。







 で、裏の仕事の代表格がコレだ。


「う……。わ、私は一体――」


「おはようございます、ドルドラン辺境伯閣下。ご機嫌は如何でしょうか?」


 麻酔が切れて、胡乱な表情で目を覚ました貴族の男性に、僕はなるたけ恭しく声を掛けた。

 彼はドルドラン辺境伯。広くそして統治の難しい辺境地域を領土とするため、侯爵家に伍するだけの権威と特権を与えられた大貴族の一人だ。そこだけ聞くといかにも地方分権派の大物という印象を受けるが、実際のところはほぼ中立の無党派である。

 何せ与えられた軍権が強大である。それだけに政争に巻き込まれて兵力をあてこまれるのを嫌い、南西部の辺境の鎮撫に専念していたとのこと。この国では珍しい出来た貴族の一人だと、ヴィクトルたちからは聞いている。

 まあ、このマルランに連れ込まれて麻酔を使われたと言うことは、だ。


「術後の経過はどの様な具合でしょう? 目眩や頭痛などはされていませんか? ああ、それと――僕について、どのように思われますかね?」


 僕の派閥工作の為に、洗脳・脳改造の手術を受けさせられたということである。


「いや、気分は悪くない。寧ろ、日頃の怠さや頭痛が消えている様に思う」


「ええ。もののついでに、お身体の悪いところを手術いたしましたので」


 具体的には、深酒で参っていた肝臓とか、ストレスで荒れていた胃腸だとか、まあ、その辺を治療して上げたのだ。ブラウンの見事な髭を蓄えた剛直な武人、といった面持ちで、見るからに頑健そうな印象の辺境伯だが、やはり地位に相応の重責や心労とは無縁でいられなかったらしい。ちょっと検査しただけで、身体のあちこちにガタがきていた。折角洗脳して手駒にしても、早死にされてはかなわないので、サービスで執刀したのである。

 何せ、錬金術なら移植用の臓器を培養することも可能なのだ。その辺は十一年前にユニの怪我を治した時からお手の物だ。それよりも、不自然な人格の変容や精神崩壊が起こらないよう、脳を弄る方が難しい。

 さて、そこら辺は大丈夫なのかな?


「成程、聞きしに優る腕前だ。して、そこまでの厚意、無論のこと只ではあるまい? 貴殿についてどう思っているかと問われたが、それが対価と何がしか関係あるのだろう?」


「ええ。ちょっと脳味噌を弄って、閣下が僕の言いなりになるよう取り計らいました。それで、どうです?」


 言われて彼は、キッと眦を険しくしつつ起き上がろうと身体に力を込めるが、


「……。奇妙なものだ。この手で締め上げてくれようと思ったが、動こうとした途端にその気が失せて力が抜ける。斯様な外法を施されれば、怒ってしかるべきなのだろうが――」


「ふむ、ひとまず手術は成功と見てよろしいかと。後は術後の経過を観察して、なにがしかの後遺症が出たら随時治療、という形になります。本領にお戻りいただいて結構ですが、何か不具合等がございましたら、遠慮無くお知らせ下さいませ」


「ふっ、抜け抜けと、よくも抜かしよるわ」


 再びベッドに身を横たえると、豪胆にもそう笑ってのけた。

 僕も釣られて笑みを深くする。この辺境伯は当たりだ。神経の図太さと思考の柔軟さは、中々に見れたものである。他の貴族のほとんどは、僕に逆らえないことを知った途端、青褪めてガタガタ震え出したり、大の男がボロボロと泣き出したりしたケースもあったからなあ……。取り乱すこと無く毅然としていてくれるのなら、こちらとしてもやり易いというものである。


「とんでもない男が王国貴族に列したものよ。ラヴァレの古狐めが、貴殿に近寄るななどと文を寄越す訳だ」


「えっ? それ本当ですか? 嫌だなあ、あの侯爵ったら……」


 本当に気が滅入ることばかりする爺さんだ。が、今度ばかりは打つ手が見当を外している。何しろ、この辺境伯に手術を受けに来るよう暗示を掛けたのは、別の貴族との会見に潜り込ませたドライの仕業だ。勿論、その貴族にも僕の紐が付いていて、それを漏らさずに仕掛けた芝居なのだが。これなら幾ら僕を警戒していようと問題無い。

 まあ、あの爺が目を光らせていることを思えば、そう何度も打てた手ではないが。


「今後何かと煩わしい指図をさせていただきますので、ひとまずはお帰り願いまして、それを待たれますよう」


「あい、わかった。……斯くなる上は、無駄に足掻くよりも、御身の手駒という立場でせしめられる利を追及すべきであろうな」


 うむうむ。実に僕好みの答えだ。確かに無駄は良くない。ちょっとした不幸などでくよくよせずに、ポジティブな気持ちで本願を達するのが良い生き方というものだろう。


「流石は辺境伯閣下、御理解いただけて何より。僕も駒の使い捨ては好みませんので、お味方される方々には幾許かの優待を用意しております。何しろ、僕は錬金術師ですからね。便利な道具の調達はお任せ下さい。武器、防具、薬、時には手足が生えているものまで、何でも融通いたしましょう。では、まず手始めに――」


 僕がパンパンと手を叩くと、外に控えていたユニがMシリーズの一体を伴って部屋に入ってくる。


「失礼します。M-22、こちらに連れて参りました」


「――こちらは僕ご自慢の奴隷の一体です。傍に置かれましてお使い下さい」


「M-22、リュシーと申します。何なりとご用命下さいませ、辺境伯様」


 ドルドラン辺境伯は唐突に預けられた女奴隷に、軽く鼻を鳴らした。


「その小娘が、私に付ける鈴という訳か。首輪付きの鈴、というのも奇妙なものであるが」


 その言葉に、僕は軽く笑うだけで答える。

 正解だ。二、三の問診だけで患者の容体を量る医者がいないように、僕だってこんな短い問答で脳改造の成功を確信するはずが無い。なので、監視を兼ねて奴隷を送り込むのだ。彼が僕に対して不審な動きを取った場合は、即座にこの子が通報するという訳である。

 辺境伯は軽く探るような視線をM-22に向けて、


「まあ、良い。満更、鳴るだけが能の鈴という訳でもないようだ。言われた通り、遠慮無く使わせて頂こう」


 と嘆息混じりに呟く。

 この人、本当に優秀だな。ちょっとした佇まいから、M-22が只の奴隷ではないと見抜くとは。彼が国境地帯を国から預けられている、武家の名門という証左だろう。もっとも、ヴィクトルみたいに目の肥えている貴族なら、帯びている礼装の出来の程を見抜けるらしいが。

 ともあれドルドラン辺境伯は、叛逆さえされなければ、本当に良い手駒になってくれそうだ。


「では、お帰りの道はその娘が心得ておりますので。……マルランまでお連れになった家臣の方々も、おっつけ合流いたししましょう」


「うむ……」


 彼は嫌そうな顔をして、M-22と共に帰りに就いた。おそらく、家臣も洗脳されたと思っているのだろう。勿論、その通りではあるけれど。







「……という訳で、周辺貴族の取り込み、切り崩しは一段落が着いた訳だ。で、シャール。王都に行っている間に君に任せていた研究は、どんな具合になったんだい?」


 一仕事終えた後の心地よい倦怠感に包まれながら、地下研究施設の廊下を歩く。最初はほとんど土が剥き出しの採掘用通路だったここも、環境改善計画の成果で石畳に覆われ、足を下ろす度にカツカツと小気味よい音を返してきた。

 が、話を振られた彼、並んで歩くシャールの返事は、大凡小気味よいとは言えないものだ。


「ねえ、オーブニルくん。わざわざ聞かなくったってさァ、これからそれを見に行くんでしょ? それじゃあ二度手間になるじゃん。これさ、君の嫌いな無駄、ってヤツじゃないの?」


「むぅ……」


 僕は思わず唸らされる。この吸血鬼も言う様になったもんだ。随分と砕けた態度だが、これは環境に馴染んでリラックスしているのか、それとも増長して叛逆する前触れなのか。まあ、それを詮索するのは後でも出来る。


「良いじゃないか、減るもんじゃあないし。それに君なりの知見ってヤツを、先んじて知っておくのも悪くないだろう? 何せ君は、僕の大事な共同研究者なんだから」


「うぇー……そう言うんだったらさァ、あんまり扱き使うのは止めておくれよマスター。この間だって急に命令されて、慌ただしく量産型たちに引き継ぎして、王都くんだりまで行かされたんだから。おまけにあそこじゃ血を吸うのは禁止されたしー……」


 無茶を言わないで欲しい。王都でヴァンパイアロードが吸血、だなんて悪夢にも程がある。迂闊にコイツの好きな処女の血なんて吸われてしまったら、吸血の相手が討伐難度Aランク相当の強力なモンスターになる恐れだってあるのだ。


「まあまあ、この実験が成功したら、君の負担も大分軽減されるはずさ。それに君好みの可愛い処女を手に入れるチャンスだよ?」


「でもなあ、ああいうのは僕の好みじゃないんだよ。あんまりにも無垢過ぎてさァ。そりゃあ擦れっ枯らしているのよりはいいだろうけど、歯応えっていうの? そういうのが無さ過ぎてねェ……。ある程度良識のある子を、それが崩れるギリギリのところで、ゆっくりとじっくりとこってりと、長ァ~く楽しむってのが、僕の趣味なのさァ」


「……悪趣味なことです」


 そう言うのは、僕の後ろに黙って付いて来ていたユニだ。同感ではあるが、ユニやドライと言った女性陣は、シャールのこういう趣味に対しては手厳しい。そこはやはり、同性ならではの共感とか、そういうものが働いているのだろう。


「先輩先輩、冷たいことは言いっこなしだよ? 大体、女の子を自分色に染めるってのは男の浪漫なんだよ? 第一、その代表例が先輩自身じゃん。オーブニルくんの好きなよォに、染められちゃったんでしょ?」


「無駄に時間を長く掛けるから、悪趣味であると言ったまでです。それに献体へ過剰なストレスを掛けて、何か利益が得られるのですか?」


「いやいや、そこが違うんだってばさ。僕が血を吸ってる相手は、献体じゃなくて玩具だよ、オ・モ・チャ。実益は度外視で、僕がどれだけ愉しく面白く気持ち良~くなれるかが最優先な訳」


 などと『作品』たちがお喋りに興じている内に、問題の研究を行っている区画に到着する。僕は軽く嘆息してシャールに向き直った。


「こうして趣味の話ばかりするってことは、結局、実のある結果は出なかったってことかい?」


「えっ? あっ、いや、その……」


 指摘した途端、シャールは身を縮こまらせてしまう。

 ああ、やっぱりか。まあ、半ばは察していたことだ。もしも成功していたら、嬉々として自分の成果を自慢した挙句、ご褒美のおねだりを始めていたはずである。それが無かったという時点で、進捗が芳しくないというのは予感していた。


「まっ、いいけどね。半分くらいは畑違いの分野を任せていたんだから。失敗や遅れは今日から取り戻せば良い」


 僕はそう言って彼を慰めてやる。

 何しろ、これから間も無く冬になる時期だ。内陸のマルランは雪が降ると交通の便が一気に悪くなるから、派閥工作なども頻度を落とす。畑なんかを見れる季節でも無いから、領主としての仕事は越冬対策などを除けば然して無くなるのだ。春までの間は、しばらく研究に専念できるようになるのである。


「そ、そうだよね、オーブニルくん! いやァ、僕は寛大なマスターを持てて幸せだなァ!」


「そうやって煽てても、何も出ないよ。しばらくの間は、この間ルベールが買ってきた奴隷で我慢しなさい」


 言いながら、研究区画の扉を開ける。その奥は二重扉になっていた。雑菌などが実験に影響しないよう、清潔さを保つ為だ。僕らは備え付けの消毒液のスプレーを噴霧してから二つ目の扉をくぐり、中へと入る。

 その部屋は、通俗的な――この世界ではなく、僕の前世においての――SF作品にでも出てきそうな風景だった。部屋の壁際にはガラス質の透明なシリンダーが林立し、その中には隈なく液体が詰め込まれている。そしてその中には、力無く目を閉じた無数の人体が、たゆたう海草のように浮かんでいた。

 まるでクローン人間の工場だ――そんな感想を抱かれるかもしれない。


「それで、どうなんだいシャール? 身体の方は出来上がっているみたいだけど、彼らの中身の方はさ」


「駄目だね」


 僕の問いに間髪入れず返ってきたのは、否定だった。

 シャールはずかずかとシリンダーに近づくと、その内の一つを軽く拳で小突く。


「どいつもこいつも、身体だけは一丁前だけど、意志が薄弱で話にならないよ。多分、外に出してやれば話の受け答えは出来るだろうし、簡単な仕事はこなせるだろうけど、ハッキリ言ってMシリーズやBシリーズと大差無いんじゃないかな? 肉体のスペックや魔力では上回っているけど、……ええっと、こういうのはなんて言うんだっけ?」


「ハードには問題無くても、ソフトの方が駄目っていうことかな」


「そうそう、それそれ! 端的に言うとさ、魂が薄くて小さいんだよね。これじゃあ、自意識なんて無いも同然だし、外界で肉体を動かすだけで、どんどん消耗してすぐに消えちゃうよ。大体、六年くらい保てば良い方だね。その間、怪我や病気にならなければ、の話だけど」


「……それじゃあ、昔アカデミーで作ったヤツと大差無いじゃないか」


 過去と比較して、一切の進歩無し。つまるところ、失敗だ。

 これだけ大掛かりな設備まで作っておいて、そんな結果では、流石の僕もへこむ。

 ユニは、軽く息を吐くと僕を慰めるように言った。


「難しいものですね。完全なホムンクルスの鋳造とは……」


 ホムンクルス。古い言葉で『小さな人』を意味する言葉だ。錬金術師が作る人造人間の一種で、魔力を吹き込んだ物体を動かすゴーレムと違い、容器の中で培養することで生み出す、正真正銘の人工生命である。

 ちなみに、『小さい人』とは言うが、実際に小人サイズの物しか出来ない訳ではない。問題になるのは容器の大きさである。この部屋に設えられたシリンダーのように、大きな容器で培養すれば、この通り、人間大のホムンクルスは生み出せるのだ。

 とはいえ、サイズの大小を問わず、ホムンクルスの寿命は得てして短い。培養器の中に入れておけば十年くらい保つが、外に出した途端、物凄い勢いで死んでいく。その原因は未だ良く分かっていない。免疫系に不備があるのかと一回解剖したことがあるが、結果は健康そのものだった。まるで電池が切れたような、突然かつ不自然な死に方である。やはり、シャールが今言ったように、魂に何らかの不具合を抱えていたと見るべきだろう。


「命を一から作るんだから、難しくて当然か。寿命を克服したホムンクルスを作ることが出来たのは、錬金術の開祖だけって話だし」


 つまりは神話の時代の、ふわっとしたおとぎ話の中だけだ。それについて書かれた文献にしても、後代に写本した時にだろうか、信憑性の無い俗説が入り混じっていて、全然参考にならない。何だよ、培養器に馬糞やハーブを入れるって。それでどうやって人間を作る気なんだよ。


「しかし、アイディアは良いと思ったんだけどね……エルフを元にしてホムンクルスを作れば、結構寿命が延びると思ったんだけど」


 未練がましく、そんなことを口にしてしまう。

 シリンダーの中で眠り続けるホムンクルスは、その全てが木の葉のように尖った耳を持っていた。エルフそっくりである。ドライが捕まえてきたエルフたち――今はEシリーズとしてこのラボの地表で働いてくれている彼らを、ホムンクルスのベースとして利用しているのだ。

 幾らエルフの素体が強力であり、僕たちによる改造が施されているといっても、決して不死身の存在ではない。本格的に侵入者への迎撃に使用すれば、いずれ欠員が出てくるだろう。

 それは困る。何せ、僕が押さえているエルフは三十一体しかいない。エルフの奴隷は目が飛び出るほど高価だし、新たに集落を襲撃するにも普段は隠れ里に結界を張ってるのだから、容易には見つからない。ドライがEシリーズの素体たちを見つけて来れたのも、とんでもない幸運の為せる業だ。

 なので、万が一目減りしても補充が利くよう、エルフたちには繁殖を命じてある。だけど彼らは長命種だ。寿命が長い分、成長が物凄く遅い。百歳程度ではまだヒヨッコという信じられない種族である。それでは新しいエルフが育つ前に、僕が死んでしまう。勿論、その前に不老不死になるつもりだが。

 その問題を解決する為の研究が、エルフ型ホムンクルス作製計画・通称『EE(アーリー・エルフ)計画』だ。これが成功した暁には、戦闘員にして良し、研究員にして良しの促成培養エルフを、大量に獲得できるはずである。

 が、困ったことに成功の目途が全く立たず、ご覧の有様なのであるが。


「土台、発想からして間違っていると思うんだよ」


 シャールは僕に向かってそう言う。


「エルフの魂はね、人間種のそれより精霊側に偏っているんだ。彼らの長寿の秘密は、魔力的素養の高い肉体ではなく、その魂にある。オーブニルくんだって、ちゃんと知っていたはずだよ? 何せ君、アカデミー時代には生のエルフを解剖してたんだから」


 彼が言っているのは、グラウマン教授の許可を貰ってした解剖のことだ。アカデミーの開かずの保管室に眠っていた、傷一つ無いエルフの標本。アレにメスを入れる許可が出るなんて、と当時は驚いた物である。確かに、あの件で肉体的素養のみでエルフの寿命の謎には迫れない、と結論が出ていた。実際には、それ以前にユニが殺して持って来たエルフの死体を弄っていたので、もっと前から抱いていた結論を、より確度の高いサンプルで再確認しただけなんだが。まあ、それは置いておいて。


「その魂の問題を、肉体側の資質で補おうって考えてたんだけどね。うーん……じゃあ、こういうのはどうだろう? このエルフ型ホムンクルスには全て、薄弱ながら魂が存在するんだよね? それを全部抽出して一体に集めてみるってのは」


「面白いアイディアだけど、お勧めしかねるってのが僕の意見かなァ。だってほら、魂が薄弱ってことは、自我や闘争心も希薄ってことじゃない? そんなことすると、集めている内に自我が混濁しちゃって、それだけで発狂しちゃうよ。なんせ、集めたものの核になれる、強力な魂がいないんだからさ」


 やっぱり駄目か。

 僕は希薄な魂を純水のようなものだと捉え、集約して嵩を増やそうと考えていた。が、シャールが言うには、彼らの魂は薄くともそれぞれ味が違うジュースのようなもの。無理に混ぜ合わせると、ミックスジュースの出来損ないにしかならない。おまけに、カクテルの主体となり得る濃い味のジュースが無いものだから、味がぼやけてとても飲めたものじゃないと。例えるのであれば、そういうことなのだろう。


「いっそのこと、適当な奴隷を殺してその魂を入れたらどうかな? ホムンクルスの肉体を長時間活動させるだけなら、それが一番手っ取り早いんじゃない?」


 シャールも乱暴なことを言うなあ。まあ、突き詰めて考えればそう言うことになるけど、


「最終的にはそこに落ち着くのかもしれないね……でも、そうなるとコストパフォーマンスが嵩んじゃうんだよ。ホムンクルスを作るにも、培養溶液はその都度調合して新鮮な物を用意しなきゃいけないし、それに加えて奴隷の調達費が上乗せされるってのは困る。おまけに、他の分野で人体実験に使う奴隷も不足しちゃうじゃないか」


 このような理由があるので、僕としては受け入れ難い結論だ。この世界では前世の日本より人の命が安いけれど、それでも決して只にはならない。抑えられるコストは抑えたいのが人情である。それにこの地下巨大ラボに移ってから、人体実験の頻度は上がっているのだ。今のところ奴隷は安定して供給されているが、今後も今のペースを維持して買い続けられるかは分からないのである。例えば、どこかの国で奴隷解放宣言なんて発布されたりしたら、市場に出る奴隷の数はガタ落ちだ。極端な話ではあるが、そんなことも無いとは限らないのである。

 そもそも、奴隷というのは供給量が必ずしも安定している商品ではない。牧場で増やしている訳でもないのだから、当然だ。供給量の増減は、その時の社会の状況に大きく左右されてしまうのだから。

 僕が反論すると、シャールは呆れ返ったように肩を竦めた。


「ほんっと我儘だなァ、僕らのマスターは……。アレも駄目、コレも駄目、それじゃあ二進も三進も行かないよォ? 諦めて別の分野に切り替えて行ったらァ?」


 ぬぐぐ、正論だ。しかし、いつだかドゥーエが言っていたけど、彼に正論を言われると、何だか腹が立つな、ホント。

 シャールは僕の内心を知ってか知らずか、更に言い募る。


「そもそもね、僕はホムンクルスの製作はあんまり好きじゃないんだよ。オーブニルくん、分かる? 誰が好き好んで、エルフの野郎のエルフ汁なんか弄り回さなきゃいけないんだ……それでいて大元の雄エルフどもは里で女の子とやり放題! こんなの絶対おかしいよ! ど・う・し・て! エルフなんかより遥かに優れた存在である僕が! こんな事しなくちゃいけないんだァ~っ! どうせ同じエルフ汁なら、女の子の方が良いよオオォっ!! およよォ~っ!」


 あ、切れた。そして泣いた。

 どうやら彼は、このホムンクルス研究に大分ストレスを感じていた様である。まあ、この処女処女うるさい女好き吸血鬼が、ホムンクルスの材料を日がな一日調合していたんだ、そりゃあ気分が良くないだろう。

 ホムンクルスの主な材料は、男の体液だ。もっとぶっちゃけて言うと、その、なんだろう。つまり、アレだ。赤ちゃんの素である。

 シャールの気持ちは分かる。僕だって他人のそんな物を使うなんて、ちょっと気分が良くない。いや、たとえ自分のものだって良い気はしなかった。錬金学科の女生徒たちは、ホムンクルス製作実習の時、どう思ったのだろうか……いや、聞きたくは無い。下手なことを聞いて目の前のこれと同類扱いされるのは、流石の僕も嫌だ。

 何でそんなものを使うのか、と思うだろう。僕も思う。恐らくではあるが、体液中の遺伝情報を用いてホムンクルスの雛型にするのだろうというのが、僕の仮説である。現にエルフの男を使えばエルフ型になるし、通常と同じく人間のものを使えば人間型になった。ちなみにホムンクルスの性別は男女のどちらになるかは一定しない。これは男性の性染色体がXYの両方を含むからなのではないだろうか。またホムンクルスに生殖能力があったという話も聞いたことが無い。これも性染色体をどちらか一方しか持たない所為ではなかろうか。

 ……何だか魔法と科学が交差するどころか、ごった煮になってきたな。いい加減、話を本筋に戻そう。


「ああ、うん。分かったよ。そんなに嫌だって言うなら、別の研究に回っても良い。元々、僕が王都に行って留守にしている間、君に見て貰っていただけなんだからね」


 本当に嫌そうなので、シャールはこの実験から外して上げよう。彼は魂を扱う専門家だ。ホムンクルスを任せたのも、その魂を観察する為でしかない。他にもやらせたい仕事があるし、嫌だと言うなら無理に任せる必要は無かった。


「えっ? マジで? ……やったァ! これであのみじめな思いから、ようやく解放されるんだァ!」


 僕が異動の許可を出すと、彼は躍り上がって喜んだ。

 と、ここで今まで黙っていたユニが口を挟んで来る。


「大袈裟ですね、オーパス04。たかがエルフの精液を使うだけの実験ではありませんか」


「…………」


「…………」


 心底呆れた、という風な口調で放たれた言葉に、僕たち男二人は凍りついた。

 言っちゃったよ、この子。今まで言い変えて喋ってたのに、凄く直截に言っちゃったよ。

 これは、うん、あれか。女子は僕ら男が思っているより、ずっとシモの話に耐性があったりするとかいう話なのだろうか。


「うっわー、ドンビキだよ先輩。素面でそんなこと言っちゃうの? 平気なの、それ?」


「何でしょうか、いけませんか? 別に食事中という訳でもないのです。研究の場なのですから、用語をくだくだしく装飾する必要は無いでしょう」


 ……まあ、これはユニの方が正しいだろう。彼女も僕の助手として、人体のあちこちを弄ってきた身だ。今更、身体に纏わるあれこれで照れを覚えることもあるまい。女性看護師が男性患者の身体を見たり触れたりする度にきゃーきゃー言っていたら、病院は商売上がったりだ。

 第一、僕の方こそ何を妙に照れていたんだ。アカデミー以前のホムンクルス鋳造実験だって、彼女が助手として協力していたじゃないか。

 僕はそう自省するが、シャールはまだブツブツと何か言っている。


「もう……大体さ、ホムンクルスってヤツは何で男からしか作れない訳ェ? 女の子から作れるって言うならまだしもさ」


 ……。

 ちょっと待て。

 お前、今何て言った?


「シャール」


 口を突いて出たのは、自分のものとは思えないくらい冷たい声だった。

 途端、シャールはビクリと肩を震わせる。


「な、何かな、お、オーブニルくん? ぼ、僕、君を、お、何か怒らせる様なこと、言った?」


「いいや? ただ、ちょっと面白い話を聞けたからね?」


 本当に、本当に面白い話だ。

 何故、ホムンクルスは男からしか作れない?

 女から作ったりしてはいけないのだろうか?

 本当に興味深い意見だと思う。そして、僕は同時に自分を恥じた。固定観念に嵌りこんで、結果をこじつける為に理屈を捏ね繰り回していたとは、何たる愚かさだろうか。

 屈辱である。だが、同時に素晴らしく昂っている。

 まさか、こんなことを見落としていようとは!


「ユニ」


「はい」


「今すぐ、地上のEシリーズに会いに行ってくれ。そして、まだ孕んでない女のエルフを連れて来るんだ」


「畏まりました」


「そしてシャール。悪いけどさっきの指示は撤回だ。もう少し、ホムンクルスの実験に付き合って貰うよ」


「えっ……ま、まあ、マスターの指示だって言うなら、し、従うけど――」


 指示を受けるなり速やかに出て言ったユニと違い、シャールは従うと言いつつぐずり気味だ。まったく、仕方のない奴である。


「――こ、今度は一体、何をする気なんだい?」


「何を言ってるんだい。君がさっき言ったじゃないか」


 言いながら僕は、ホムンクルス培養用のシリンダーに歩み寄り、表面をコツンと叩く。ちょうど、さっきのシャールがやったようにだ。


「女からホムンクルスを作れてもいいじゃないか、って。……そう言われてさ、思ったんだよ。もしも実際、それをやってみたらどうなるか? そして――」


 込み上げてくる笑いに、口の端が引き攣っていく。

 まず手始めはそれだ。女性からホムンクルスを作る――精液の替わりに卵子でホムンクルスを作ったら、どうなるかの実験。

 そして……仮にそれが上手くいったら、


「――もし、受精卵をこれで培養したら、どうなるんだろうか?」

 

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