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019 土の下の懲りない五人

 

「……ふーむ」


 粗方の施設を巡り終えた僕は、ラボ内に構えた私的な研究室――通称・アトリエで物想いに耽っていた。現在、この地底の新ラボは、やや人手が足りないことと衛生面に改善点を多く残す以外は、極めて順調に稼動している。採掘、製錬精製、武器開発、薬理研究、魔法実験。順調ではある、のだが……。


「ちょっと資源が余り気味なんだよね」


 そうなのである。元より辺鄙な山奥過ぎて、普通の手法では開発が難しい鉱床だが、それを埋め合わせるように埋蔵量は莫大だ。ルベールの吐いた国家の歳入並という言葉も、満更大言壮語ではないくらいに。それはつまり、あんまり掘ると資源が貯まり過ぎて、貯蔵設備に事欠く事態になりかねないということだ。

 何しろ金という物質は重たい。そりゃもう重たい。体積が同じ場合で大体、鉄の二.五倍程度の比重だ。前世に何かの本で読んだのだが、余りにも金を貯め過ぎた挙句に、床が抜けて建物が損壊した例もあるらしい。錬金術であちこち補強したこの地下施設も、そうならないとは言い切れない。

 何か使い道を考えないといけない。元より僕が色々素材に使おうと思って、この大鉱脈そのものをラボにすることにしたのだ。今現在行っている実験や生産は、現状以前までの研究の延長線上である。そろそろ、この施設の特性を活かせる、金銀をふんだんに使った贅沢な研究でも始めたいところである。第一、こんな好条件の下で研究出来た錬金術師など、アカデミーで学んだ研究史においてさえ一人もいないのだ。これを腐らせるなんて、勿体ないじゃあないか。

 さて、それじゃあここにある金銀を、どんな風に活用するべきだろう?

 ユニたちに持たせる武器防具? そうしたいのは山々だが、実はヴィクトルたちからストップが掛かっている。何でも現状の物だけでも、王国最精鋭である近衛騎士団の装備に匹敵するか、上回るくらいだとか。つまり、ただでさえ下手にお偉いさんに見つかると難癖付けられること必至だというのに、これ以上の物を持たせるのは政治的な事情で危険だ。言うなれば、国防の為の軍備拡張でかえって他国に敵愾心を抱かれるようなもの。そんな真似をしたら身の破滅である。

 それじゃあ、ラボの環境改善計画に使用する建材か? いやいや、駄目駄目。そんなことしたら、辺り一面金ぴかになって、とてもではないが落ち着ける空間にはならない。黄金と銀の塊で出来たラボだなんて、僕の頭がおかしくなって死ぬ。まともな神経をした人間の住む所じゃない。それに金なんて使うより、石材を加工した方が安上がりだ。お金の問題じゃなく、錬金術で建材を生み出す労力の問題で。

 ≪ポータルゲート≫や屋敷の冷却装置みたいな大型の礼装を作ることも考えたが、目的も無しにそんな大掛かりな物を作るというのも、時間の無駄だ。肝心の不老不死を探る研究に割くリソースも馬鹿にならないことである。とてもではないが、思いつきの発明に労力を割く気にはなれない。

 もうちょっと、何か無いかな。実用的で有意義な金銀素材の使い道は――


「――そうだ。ゴーレムを作ろう」


 僕は唐突に閃いた。そうだよ、いいじゃないかゴーレム。多少多く作ったところで転用する先は幾らでもあるし、何よりこれだけの金銀でゴーレムを作った経験は無かった。アカデミー時代は色んな素材で作ってみたこともあるが、あそこの錬金学科は貧乏だったから。こういう高価な素材でゴーレムを製作した経験は流石に無い。どうせなら思いっきり、馬鹿馬鹿しいまでに凝ったやつを作ってみるのも一興だろう。

 ん? そう思うと、ただ単に金銀で作るだけじゃ、つまらない気もしてきた。いっそのこと、金銀をベースにした合金を魔法素材にするか。そうだ、それがいい。そう決めた。決断すると、何だか子どもの頃のような曰く言い難い高揚した気持ちになってくる。

 僕は効率主義者だ。だが、同時にロマンチストでもある。ロマンの欠片も無い永遠に辿り着いたところで、虚しい時間を過ごすだけだ。不老不死に辿り着けるのだとしたら、その時、そしてその先にまで、こんな純粋な気持ちを保っていたいものである。


「よし、何かやる気と意欲がむくむく湧いて来たぞ!」


 いわゆるインスピレーションってやつだろうか? 絶好の素材と格好のアイディア、それらが合わさった時に生まれる、爆発的な行動欲求。僕の人生では、しばしばそれが大きな結果を齎して来た。ユニの時なんか特にそうだ。彼女の逸材っぷりとそれを錬金術を駆使して磨き上げるという妙案が、あの僕の最高傑作を生んだのだ。

 今回もきっと、凄いのが出来る。そんな傑作の予感に打ち震えながら、僕は嬉々としてまずは材料となる素材制作に取り掛かった。







「ご主人様……? こ、これは……」


 僕がしばらくアトリエに籠りっぱなしでいたのを心配したのか、ユニが入口の扉から顔を覗かせる。

 あれ、おかしいな? ユニが扉をノックしないで部屋に入ってくるなんて、僕が直に呼び出したのでもなければ、そうそう無いことだと思うんだが。


「…………あれ、ユニ? 今、ノックした?」


 僕の喉から出るのは、どこか錆付いたような掠れた声だった。ん? 風邪でも引いたかな……。

 その声にユニはさっと顔を青褪めさせ、


「……。ご主人様、質問を質問で返すようで失礼ですが、最後にお眠りになったのは、いつになりますか?」


 と、妙にじいっとこっちを眺めてくる。


「あー、ひょっとして僕、何日かここに籠ってた?」


「はい、今日で五日目になります」


 へー、ふーん、そうなんだ……。

 って、いつかめ!? いま、五日目って言ったのか!?

 僕は思わず愕然とする。そう言えば、ユニには何食分か保存の効く物を作らせて、しばらく離れていて貰ったんだった。私的な趣味の製作に突っ走ってたもんだから、すっかり気が付かなかった。


「……途中で声を掛けてくれれば良かったのに」


 筋違いとは分かってはいるが、どうしても恨み言めいた言葉が口を突いて出る。


「申し訳ございません。その……何度か途中でお呼びしたのですが、ええっと、い、『今は忙しい』との仰せでしたので」


 何てこった、まるっきり自業自得じゃないか。

 そう言えば何度か、扉の向こうとやりとりしたような記憶がある。ただ、何と返したかはやはり記憶に無い。……あれ? ユニ、ちょっと今、僕の言葉を反芻する辺りで言いづらそうに口籠ったよね? もしかして憶えてないだけで凄いキツイ言い方とかしてしまったのだろうか。例えば、「うるせえ! 今、手が離せないんだよっ!」とか。

 想像しただけで暗澹とした気持ちになる。なんなんだ、僕は。まるで心配する母親に怒鳴りつける引き籠りの駄目息子じゃあないか。ていうか、そのまんまだ。


「ごめんなさい」


「ご主人様?」


 思わず地面に這いつくばる様に頭を下げる。何だろう、この申し訳ない気持ちは。頭の中がぐらぐらして、気分がどんどん沈んでいく。床に着けた頭がそのままめり込んでいきそう。


「生まれてきてごめんなさい。ホント、生きていてすみません……」


「……ご、ご主人様? よもや、ご乱心? オーパス04に噛まれでもしましたか? 気をお確かに!」


 そう言うやユニは、僕の襟首をむんずと掴むと部屋から引っ張り出した。そのままずるずると引き摺られながら、ポータルの部屋から館に転移する。それを感じながら、僕の意識は徐々に遠のいて――







 ――で、今に至る。


「馬鹿ですか? 閣下、貴方は馬鹿なのでいらっしゃいますか?」


「まあまあ、ヴィクトル。領主閣下も反省していられることだし、そんな分かり切ったことで何度も責めるのは止めようよ」


 などとネチネチ小言で責め続けてくる家臣団筆頭格二人。本当にいい根性をしていると思う。特に笑顔でサラリとトドメをくれてくるルベールは。


「だから悪かったってば、反省してる。今後はなるべくしない」


「そこは絶対にしないと仰って下さいよ……」


 僕の言に、こめかみに手をやって頭痛を堪えるようなしぐさをするヴィクトル。

 頭が痛いんだったら開頭手術をしてやってもいいんだが。

 そう言うと、


「対症療法より抜本的な治療が必要なので」


 とバッサリ斬り落とされた。

 あれから僕はユニに引き摺り出されて屋敷に戻され、洗い物でもするみたいに風呂で身を清められた挙句、丸々二日寝続けていたらしい。サラッと書いても酷い有様だが、それで済んで御の字だ。五徹でぶっ続けの作業など、下手をすれば過労死してもおかしくない。不老不死に至る前に趣味に溺れて死んでしまったら世話が無いだろう。

 そう思っているとヴィクトルはぐうの音も出なくなった僕から、傍に控えるユニに視線を移す。


「チーフメイド殿も、あまり閣下を甘やかさないでいただきたい。このような時に諫言を申し上げる為、貴女にも一定の意志が残されておるのでしょう?」


「……大変、申し訳なく思っております」


 ユニは素直に頭を下げる。流石に僕の一番の『作品』がこうもやり込められているのを見ると、ちょっとムッとしてしまう。


「ちょっと待った。この件、ユニはそんなに悪くな――」


「そうですね、一番悪いのは閣下ですもんね」


 ここぞとばかりにルベールの追撃。機を見るに敏な男だ。敵に回さないで良かったと思う反面、味方にしてもこうチクチクとされては堪らない。


「いいえ、ご主人様は悪くありません。全ての責任は、主を御諌めする役割を果たせなかった私に帰すものと――」


「え、ああ、うん。……そうだね。今後はちゃんと閣下を頼むよチーフメイドさん」


 キッと僕を庇うように立つユニに、ルベールの顔が引き攣る。

 何だろう、この空気。ユニの言じゃあないが、本当にシャール辺りから変なものでも感染されたのだろうか。


「まあ、それは兎も角として」


「話を終わらせに掛からないでください、閣下。まあ、確かに不毛な詮議ではありますが……」


 ヴィクトルが仕方ないと言いたげな顔をしながらも同意する。それを取っ掛かりに話を進める。


「やっぱり、日の当らない広大な空間に籠りっきりって言うのは、時間間隔が狂っていけないね。いや、僕の件だけじゃなくてさ、ルベールはあそこにいてどうだった?」


「そうですね……何だかいつまでも夜が続いているみたいで、今が何日なのかすら忘れそうになりますよ。ヴァンパイアの彼は、よくあんなところで元気にしていられますね」


 確かにシャールは日の光が毒になるだけに、ああいう暗くて閉鎖的な環境には強い。だが、アレは基本的にどこでも同じようなものだろう。


「ということで環境改善計画に、日光の採り入れを提案したいけど、どうかな?」


「地下に、日の光をですか?」


「うん、金の採掘の副産物には、石英もあるだろう? それを使えば、錬金術で硝子のチューブを作って張り巡らせ、これを通じて地上から地底まで太陽光を送ることが出来る」


 所謂、光ファイバーというヤツだ。この方式が成功すれば、地下でも日光が不可欠な野菜類の栽培なんかも出来る。人体に必要な分の日照量も確保できるし、体内時計の正常化にも寄与する。その利点は、頭の切れる内政屋二人にもピンときたようだ。


「そんなことまで出来るのですか……しかし地下に日光が届いたら、吸血鬼は大変でしょうね」


「勿論、明かりが届く区画は多少制限するよ。素材の中には日の光で傷む物だってあるし、紙類にもあまり良くない。まあ、ちょっと多湿で埃っぽい今の環境も悪いっちゃ悪いんだけど」


 シャールなら多少の日光は辛い程度で済むが、良い気持ちはしないだろう。採光計画は、あくまで人間のリフレッシュ兼農業用だ。手間も掛かるから、流石に地下の全てを照らすまでやるつもりは無い。


「ふむ、面白い計画ですな。もしもこれが実行できたら、あの地下空間での完全自給も不可能ではないでしょう。もしや閣下、これは以前からの腹案で?」


「早めに取り組む必要を感じたのは、この件からだけどね。本当はもっと、地下空間が拡充してからやりたかったんだけど」


「何故です? 環境が快適になるのであれば、是非とも実行すべきでは? それに拡張の余地のある初期の方が、後でやるよりかは楽に思うのですけど」


 と言うのはルベールだ。地下潜りの辛さを知っている彼ならばの発言である。


「ちょっと問題点がね……何せほら、外から明かりを採る訳だろう? 明かり採りの採光施設を、ラボの上に建てないといけないじゃないか」


「ああ、成程……」


 人里離れた山の奥に、地下へと硝子の管を突き刺す謎の施設。地理的にそうそう見つかりはしないだろうが、もし人が来たら目立つ。凄く目立つ。この下に秘密のアジトがありますよ、と喧伝しているようなものだ。万が一誰かに近づかれたらアウトである。

 折しもマルラン郡では新たな鉱山を事業展開することとなっている。その収益次第では、この郡に新たな鉱脈の発見を求める山師連中が続々渡ってくるだろう。そんな輩がまかり間違ってラボのある山に侵入したら、そんな建物すぐに発見されるに決まっている。で、都の兄上だとかヴィクトルのお父さんだとかに情報が漏れる。


「ですが、それは時間の問題でしょう? ルベールの報告では、相当に大規模な鉱脈なのです。川原の砂金などから突き止められる、ということもあり得ます。ここは開き直って存分に設備を拡張なさっては。相当に人里離れた山奥でもありますし、山師の小規模な探索では露見に日も掛かりましょう」


「それに閣下がわざわざ言い出したってことは、何かまた碌でもない善後策があるってことでしょう?」


 流石は若くしてこの辺境を切り回す名吏二人だ。思い切りも読みも良い。


「そうだね。鉱山の収益から山師連中が動き出すまでのタイムラグ、それと動き出してから見つかるまでの時間。それを使えば、十分に手は打てるよ。……ルベールの言う通り、碌でもない策だけどね」


「ああ、やっぱり」


 と、内政官たちは片方が天を仰ぎ、もう片方は俯く。どっちがどっちかは、まあどうでもいい。

 一気に聞く気を無くしたような二人を後目に、ユニが訊ねてくる。


「それで、ご主人様。どのようなお考えを?」


「うん。このマルラン郡は言うまでも無くど田舎の辺境だ。その分、自然も豊富で人の手の入っていない土地も多い。僕らのラボも、そんなところにある」


 だから冬の間を利用しての突貫での掘削なんて真似が出来たのだ。大型ゴーレムを動かして地盤を掘り返しても、誰にも見つからないくらいの秘境なのだから。


「で、だ……誰の手も入っていないとされる秘境なら、未発見のダンジョンの一つや二つ、あってもおかしくないと思わないかい?」


 ガタッと大きな音を立て、思わずといった様子で立ち上がるヴィクトル。その顔はちょっと心配になるほど青褪めていた。

 それに斟酌せず、ユニは肯いた。


「成程。つまりは実質的にダンジョンに等しいラボの上に、もう一つ新しいダンジョンを作ってしまうと」


「もう一つ? そんなケチな事はしない。二つだ。一つや二つって言ったばかりだろう?」


「……採光設備をダンジョンにし、その周囲の山もそう為さる訳ですね」


「って、何を冷静にしているんですか、チーフメイド殿! ダンジョンですよ!? ラボを置いた地下空間のような人目に付かない場所ならいざ知らず、山そのものをダンジョンに変えたりするなど! もしも王都の連中に知れたら、高等法院からの召喚で済めば良い方です! 最悪、騎士団と冒険者からなる軍隊が攻め行ってきますよ!?」


 色を無くして反論を捲し立てるヴィクトル。まあ、それはそうだろう。地下ラボの環境改善の為に、わざわざ王国に喧嘩を売る真似をしでかそうとしているのだ。

 だが、


「いや、中々良い案だと思うよ?」


「ルベール!? 気でも狂ったか? 地下に潜ったときに再改造でもされたか!?」


 中々に失礼なことを言う。だが、ルベールはこの案のメリットに気付いたようだ。


「僕は正気だよ。ま、頭を弄られている人間の正気なんて、どこにあるか知れたもんじゃないけどね。ヴィクトル、君は王都の連中に知れたら、と言ったけど……閣下の言う通り、マルランは王国南部でも最奥地の一つだ。ダンジョンがあることを誰かに知られたからと言って、それを閣下が作ったと知られれなければ弾劾には値しない」


「なんと!?」


 そう、このマルランは辺境である上に、僕のラボの所在地はその中でも人知未踏の秘境。そんなところに未発見のダンジョンがあったとして、それで領主である僕の管理責任が問われる訳ではない。鉱山開発で今までになく人が入った為、これまで知られていなかったダンジョンを発見した。この一言で済む。


「それは……確かに……いや……だが、問題はまだ有りますよ閣下。前人未到という名目でダンジョンを拵えるにしても、それに用いる建材はどうするのです? 山を要塞化するなら樹木型モンスターでも放てば良いでしょうが、採光設備を兼ねる物となると、相当に大掛かりな人工物となります。≪ディテクト≫の魔法で製作の年代を感知されてしまっては、元も子もないではありませんか」


「流石はヴィクトル、目の付けどころが良い。でもね、君は錬金術師の別名を知っているかい?」


「詐欺師、ですか? いや閣下の腕前を疑っている訳では無くてですね……」


「そういう話じゃないさ、単なる一般論だよ。……ほらっ」


 出し抜けに、彼目掛けて紙の束を放る。見た感じ、相当に古びた羊皮紙だ。


「おっと。何ですか、これは……ふむ、二百年前の羊皮紙ですね。それにしては、特に何も書かれていないのが面妖ではありますが」


 と、巧みに羊皮紙の制作年代を鑑定する。実はヴィクトルも魔力持ちだ。ちょっとした魔法は彼でも使える。≪ディテクト≫なんかは貴族には欠かせない美術品の目利きに重宝するので、彼も覚えていたのだろう。

 だが、今回ばかりは大外れである。


「それはこの間買った、書類製作用の羊皮紙だよ」


「ほう、成程……と、私を担ごうとしておりませんか? いくら閣下が奇矯でなるお方でも、誰がこんな使い物にならない羊皮紙を買いますか」


「分からないかい?」


「何がです?」


 戸惑う彼に答えを教えようとしたところ、先に割り込む者があった。


「まさか……真新しい羊皮紙を錬金術で、二百年前の物に偽装したんですか?」


 ルベールだった。正解ではあるが、もうちょっと気を回して欲しい。折角決め顔でネタばらしをしようと思っていたのに。


「そういうこと。どうだい、感知魔法に嘘を吐かれた気分は?」


「馬鹿な!? ……古色は着けられている、だが、魔法での感知は誤魔化せるはずが……!?」


 何だか驚き役が板に付いてきたな、ヴィクトルも。多分、根が真面目だからだろう。


「だからさ、感知魔法で調べたら二百年前の物って言う反応が検出されるよう、作り変えたんだよ。大昔の錬金術師は、美術品の贋作にでもこれを使って儲けていたんだろうね。そうすれば鉛を金に変えるまでも無く大金持ちだ。そりゃ詐欺師呼ばわりもされるよ」


 もっとも立証されたという話は聞いたことも無いが。まあ、この世界の錬金術はマイナーな分野だ。それを相手取って詐欺を立証できるほど専門的に学んだ者が、当時の法曹に何人いたことか。そもそも騙されたという事実に至ったのは、被害者のうちどれくらいいたのだろう?

 驚愕に震えるヴィクトルに、ユニが補足する。


「時間経過で不可逆的に損なわれる物も多いので、古い物を新しくするのは難しいですが、新しい物を古くするのは意外に簡単なのです。おそらく、ご主人様と同等の錬金術師であれば見破ることもあり得るでしょうが――」


「少なくとも、この王国にはいないね。そう言い張れる程度の自負は、僕にもある。今代の錬金術師で僕と競えるのは、知っている限り恩師である教授くらいだよ」


 そしてわざわざ錬金術師にダンジョンの建材を鑑定させるほど暇な者も、この分野に信を置く者も、そうはいない。更に言えばグラウマン教授は他国人だ。この国の人間が仕事を依頼しに行くことも、また教授自身がそれを受けることも無いだろう。あの人も不老不死の研究で忙しいのは、僕と一緒だ。


「恐るべき手並みでありますな……よくもまあ二十歳を前に、一つの道をそこまで極められたものです。何ぞ秘訣でもあるのですかな?」


 ヴィクトルの言には、賞賛と言うより呆れの色が強く見えた。そりゃ魔法でもマイナーな分野である錬金術が、自分を洗脳されたのを皮切りに、こうも世の中に影響を与えるものだとは思っていなかったのだろう。それを二十歳前の若造がそこまで使いこなしているのも、考えてみれば脅威的なことだ。


「僕から言わせて貰えば、他の錬金術師たちが随分と遠回りな研鑽をしているように見えるんだけどね」


 というのも、錬金術と自然科学には未分離の部分が多いのだ。薬の作り方や物質の化合なんかも錬金術の範疇だったくらいである。元の世界でもニュートンの時代くらいまでは、錬金術師が科学者も兼ねていたって言うし、そうした混同はここでも同じらしい。

 で、科学の進んだ世界で人並みの教育を受けて来た僕は、そんなノイズを嗅ぎ分けて、錬金術の錬金術たる部分のみに傾注して来たのだ。そりゃ他の同門とは上達の速さが違うってものだ。

 他の要素を上げると、


「あと、人より盛んに人体実験してることとか?」


「成程」


 ルベールが言うと、ヴィクトルがうんうん肯く。失礼臭いが、まあ合ってはいる。人体実験で得られるデータは、有用だ。何しろその成果を用いる対象である、人間の身体で実際に試している訳だし。ある国が戦争で負けた時、戦勝国はこぞって人体実験に関するデータを持ち出したという。裁判の証拠ではなく、自国の医療や兵器開発など各分野の研究に役立てる為にだ。それくらい貴重で有用なデータが取れるという話である。まあ、うろ覚えになって来た前世での記憶だが。

 などと考えていると、ユニが軽く咳払いする。


「ご主人様、話を戻しませんと」


「おっと、それもそうだ。で、だ。これであの山奥にダンジョンをこさえたとしても、僕に繋がる可能性は極小だ。むしろラボの発見を妨害できる分、こちらとしてはプラスでもある」


「ですね、錬金術師である閣下としては良いかもしれません。ですが、この地を統治する領主として、魔物の巣であるダンジョンを直々にこさえるのは如何なものです? そこからモンスターが溢れだしたりしたら、碌な軍備の無いマルラン郡は大変なことになりかねませんが」


 内政官らしい意見だ。だが、その辺りで手抜かりするほど僕も迂闊では無い。


「一応僻地であるし、領民への影響は最小限だと思うけど? それに僕らの方で増え過ぎないように間引きもやる。モンスターから得られる素材は貴重だからね。研究の為にも、手近なところに『牧場』があった方がやりやすい。『作品』たちの訓練にもなって、一石二鳥だ」


「ダンジョンが発見された後はどうするんです? 冒険者が新たな狩り場を求めて、大量に押し寄せてきますよ。そうなったら結局、発見のリスクは上がるように思うのですが」


「ヴィクトル」


「はい」


「君、解って聞いているでしょ?」


 彼は幾らなんでも、僕の提案に驚いてばかりいるほど無能ではない。何度も政策や策略について相談してきているのである。それに彼も僕の被害者だ。なら、こう言う時に僕が、自分のことを探る人間をどうするのか? どう利用するのか? その程度の事が解らないはずはない。

 果たして彼は、嘆息しつつ答えた。


「……死人に口無し。ついでに素材となる死体はモンスターの物だけとは限らない。そういうことですね?」


「良く出来ました。更に言うなら、生きて捕まえられれば、もっと上首尾な結果だよね?」


 そう。何も無い辺鄙な山で人が消えれば、事件性を疑われるだろう。だが、ダンジョンの中で、それも最奥に近い場所だったら? モンスターに殺されたと思われるのがオチだ。口封じはやりたい放題である。おまけに屈強な素体が向こうから来てくれるのだから、こっちとしては嬉しい悲鳴である。例え死んでもフレッシュゴーレムなんかの素材に出来るし、何ならシャールの手も借りてより大掛かりな物を作ってもいい。


「ルベールはどう思う?」


「うん、良い案だと思いますよ。冒険者がダンジョン目当てにくるようになるのは、経済面から見てもプラスの効果が期待できます。彼らの利用する宿泊施設や鍛冶屋、消耗品の購入、滞在中の遊興……新産業樹立の良い機会です」


 その発想は無かった。

 そうか、ダンジョンも産業になるんだな。考えてみれば、冒険者連中にとってダンジョンというのは職場みたいなもんだ。職場が出来れば、周りにそこで働く者をターゲットとした店が出来るのも当然か。新たな経済圏の誕生というわけだ。


「それに現状でマルランの主要交易品であるポーション。これも冒険者たちが現地で買って消費してくれれば、かなりの儲けですよ? 商人に卸す際の中間マージンや、輸送のコストも無いですからね。新たな消費先が出来れば、商人連中にも取引額の改正を迫れます。そうそう、ついでに量産奴隷の皆さんを動員して、冒険者向けの装備も作って売り捌いたらどうです?」


 立て板に水と、ぽんぽん政策を提言してくる。この男、浪人暮らしが長かった所為か、自分の才腕を振るえる場になると元気が良い。僕にとって役に立つなら、それはそれでいいけれど。


「ルベール、お前も大分閣下に染まってきたな……」


 しみじみと言うヴィクトル。

 ルベールは同僚にそう評されて、乾いた笑みを立てた。


「どうせこの先一生、領主閣下からは離れられないんだよヴィクトル。だったら、さっさと染まった方が得ってものだろう」


「賢明なご判断です」


「そりゃどうも、チーフメイド」


 うんうん、職場環境に馴染むのは良いことだ。そうした方がストレス無く仕事が出来るというものだろう。ヴィクトルも、もう少しはっちゃけたら、その頭痛も大分治まると思うんだが。


「と言う訳だ。ラボの環境改善計画にプラスして、外郭部ダンジョン化計画を推し進めようと思う。併せて人手も大量に必要になる。例の銅鉱山に送る為に買う奴隷の中から、魔力持ちの素養のある者をピックアップしてこちらへ送ってほしい。僕の方でも、建設、ラボ改築とともに『作品』たちを動かして、ダンジョンに放つモンスターを蒐集しておく」


「動かすのは主にどなたです? あんまり目立つ方ですと、兄君や父上――中央集権派の情報網に引っ掛かりますが」


「目立つけど、ドライを使う。彼女の魔眼なら獲物の捕獲も楽だし、転移魔法で長距離を素早く移動できる。加えて表舞台に出していないから、目撃されても僕と結び付けるような発想はそう出ないだろう」


「ふむ。首輪付きのダークエルフなら、目撃者もモグリ冒険者と思うことでしょうな。チーフメイド殿もドゥーエ殿も閣下の部下として知られ始めておりますし、吸血鬼殿では、その、なんというか……」


「アレでもロード級の吸血鬼だもんね。目撃されたらA級冒険者がアライアンスを組んで討伐に掛かるレベルだよ。目撃されるなって言っても、性格上無理だろうし」


 ホントに何であんな性格になったんだか。改造した僕が一番不思議だ。


「僕もドライさんなら問題無いと考えます。見た目は若いですが、長命種ですからね。少なくとも百年二百年は生きて場数を踏んでいる上に、人里離れた土地で単独行動することにも慣れているでしょう」


「私からも強く推薦します。……もし04を推されたらどうしようかと」


 何気にユニが酷い。気持ちは分かるが。


「じゃあ、この話は決まりだね。後で改めて計画書を起こして細部を詰めていこうか」


「そうですね。それでは、閣下をお呼び戻しした本来の要件に移りましょう。まず銅山開発計画の進捗についてでありますが――」







 という訳で、地上での仕事を終えてラボに帰還して来た。


「随分と思い切ったことを考えるな? 地底だけでなく地上にもダンジョンを作ろうなんざよ」


「だが、中々に面白い仕事ですなご主人様。私もこのところ、力の振るいどころが無くて退屈しきりだったところです」


「ちぇー、ドライ先輩は良いなァ。僕も偶には外の世界に出たかったのに……」


 新しい計画について話した反応がこれである。あまり乗り気でないドゥーエに、やる気満々のドライ、論外のシャールと言った具合である。ユニは賛成なので、多数決を取れば賛成二、反対一、無効票一で可決である。まあ、彼らは僕の命令を最優先にするから意味の無いことであるが。

 というかシャールは、この地下にも日光が入ることをもっと気にするべきではないだろうか?


「けど、オーブニルくん? ちょっと色々手を広げ過ぎじゃないのかな。只でさえ領主との二足の草鞋なうえに、ラボの拡張にダンジョン作成なんてさ。オマケに何かアトリエに籠ってやってるし……これじゃ折角の研究がまた止まっちゃうよ」


「珍しい。コイツがまともな発言をするとは……」


「ちょ、酷っ!? 僕を何だと思っているのさァー!?」


 確かにシャールにしては的を射た意見ではある。

 だが、必要なことでもある。


「けど、これも必要な投資さ。今回のラボは今まで以上に発見されると後が厄介だ。今の内に周囲を固めておいた方が、後回しにするより楽だろう? それに説明した通り研究にプラスの側面もある」


「研究用素材の『牧場』ねェ……まあ、剣を振るう相手に事欠かないってのは嬉しい気もするが」


 そう言うのはこのところ鬱憤を溜め気味なドゥーエである。彼にもストレス解消の当てが出来れば、少しはその気分も晴れることだと思う。生きたがりの癖にギリギリの一線での殺し合いが好きという、倒錯した彼を満足させられるような手合いは、僕としても望むところだ。きっと良い素材がたくさん取れるだろう。


「ついでに言うと量産型奴隷も大幅に拡充する。元々、本来の予定数より大分少ない状態で回しているからね。出来れば今の三倍くらいには増やしたい」


 というのもドゥーエがドライを買ってきた所為なのだが。そのお陰で優秀な手駒が出来たので差引はプラスだから良いけれど。

 そして、僕の発言にシャールが目を輝かせる。


「で、僕にも奴隷をくれるんだよね? 処女の。処女のっ!」


「ああ、うん。そうだね……」


 流石に僕もドン引きである。この間、問題発言をした所為でユニたちにボコされてもこれだ。そんなに処女の生き血が欲しいか。欲しいんだろうな。ヴァンパイアだし。


「そこの助兵衛吸血鬼は置いておいて……ところでご主人様。新たな計画を聞かされて忘れるところでありましたが、先日はアトリエに籠って何をされておいでで? ユニの呼び掛けにも応答されずに作業へ没頭していたようですが」


 と、今回の件の端緒について聞いてくるドライ。まあ、そりゃ気になるだろう。自分たちの主が引き籠りにクラスチェンジして、五日間もぶっ続けで遊んでいたんだから。


「いや、それが……ね。鉱床区画から取れる素材の使い道を考えて、少し趣味的な研究を始めたら、思いがけず没頭しちゃってさ。つい無茶苦茶にのめり込んだ。今は反省してる」


「……それでご主人様、一体どのような物をお造りになられるのです?」


 気を遣ってサラリと話題を進めてくれるユニ。今回一番迷惑を掛けたって言うのに、出来た奴隷だ。その辺りがヴィクトルらには僕を甘やかしているように見えるのかもしれない。

 こっちとしては有り難いので、恥ずかしながら便乗させて貰おう。


「新型のゴーレムだよ。土木作業や採掘に使っている使い捨て同然のヤツとは違う。高級な素材をふんだんに使い、構造を一から設計し、恒久的に使用することを目的としたものさ。主にガーディアンとしてね。……完成した暁には、このゴーレムがオーパス05となるだろう」


「おお……」


「私たちの様な素体をベースとしたものでは無く、完全に無から生まれた文字通りの『作品』ですね」


 ユニの目線が熱を帯びる。そんな『ご主人様凄い!』なオーラを出されると、その、なんだ、照れる。

 ドライも魔導の輩だけあって、このゴーレム作成には興味津々のようだ。

 一方、男衆はというと、


「ゴーレムかァ……血は吸えないんだろうね……元から仲間の血はご法度だけど……ハァ……」


 おい、シャール。何で女性型で作るって前提で話しているのかな、君は。


「本当にブレねェな、この蝙蝠男は……にしても、随分と奮った話じゃあないかご主人。金と銀で出来たゴーレムなんてよ」


「? 誰が金銀で作るって言ったんだい?」


 ドゥーエの発言に小首を傾げる。

 彼も僕の発言にキョトンとした。


「は? いやいや、アンタが自分で言ったんだろうが。ここの鉱床で採れる素材の使い道にするって」


「ああ、そういうことか……ここの金銀はね、ゴーレム本体を作るのに使うんじゃない。ゴーレムを構成する新素材の更に素材だよ。錬金術で合金を作成して、それを使うってことさ」


「どちらにしても贅沢な話だな……で、その金銀を鋳潰してまで作る合金ってなァ何だい?」


「私としても気になります。あの時、アトリエにあった試料の中に、見慣れない金属がありましたが……」


 そう言うのはユニだ。長年助手をやっているだけはある。通常の魔法だけでなく、錬金術関連に関しても目敏いものだ。


「あれかい? 君も一度見たことはあるものだと思うけれど」


「私も、ですか?」


「ああ、ザンクトガレンに留学していた頃に、アカデミーの資料館でインゴットを一緒に見たことがあるはずだ」


 そう彼女に指摘する。アレは僕としてもそうそう簡単には作れない代物だ。作成に成功したのは、一度とはいえ見たことがある経験あってのことである。まあ、実を言うとユニに頼んで一緒に忍び込み、じっくりと触ったり微かなサンプルを採取したことが効いているのだが。


「……なんであろうな? 分かるか、吸血鬼?」


「うーん、アカデミーには僕もいたけど……資料館にインゴットが飾られるような希少な合金? ここで採れる物を使うってことは、銀からミスリルでも作ったのかな?」


「分からんな、俺には専門外だ……」


 他の『作品』たちが正解に辿り着けない中、やはり答えに近いところに居たユニはいち早く気付いた。


「……ご主人様」


「何だい?」


「まさか、あの虹色の光沢を帯びた朱金色の金属試料は……『オリハルコン』……なのですか?」


 その発言に、空気が凍った。

 ついで、ギギギ、っと軋む音がしそうなぎこちなさでドライがこちらを向く。


「オリ、ハル……コン? それはもしや、あのオリハルコンですか?」


「あ、あははははっ! め、メイドさんも意外と冗談が上手いや! そんなこと、ある訳無いじゃないか!」


「癪だが同意だ。オリハルコンって言ったら、高名な伝説の金属じゃねェか。門外漢の俺だって知ってるぜ。それを、なんだ、ゴーレムの素材にするために作った? 冗談も良いところだ」


 そしてこの一斉攻撃である。この反応には流石に傷つく。

 まあ、仕方ないと言えば仕方ない。オリハルコンとはそれ程の金属だ。その輝きは金にも優り、銀よりもしなやかで、銅よりも加工しやすい。そしてこの世の何よりも強固とされる伝説級の素材である。この時代では全く採れず、僅かに先史文明時代の遺跡から武具や僅かなインゴットとして出土するのみであるという超々希少遺産。それがオリハルコンだ。

 僕もどこかの錬金術師が作製に成功したと聞いたら、情報そのものと発言者の頭を疑うレベルの代物である。


「そうは言うけど、出来ちゃったものは仕方ないじゃないか」


 拗ねたように言うと、また三人が動きを止める。落ち着いているのは、誰より僕の腕前を理解しているユニくらいのものだ。


「……本当に出来たんですか?」


「そう言っているだろう?」


「マジで?」


「マジで」


「そんな馬鹿な……信じられない……ハッ!? まさかメイドさんを派遣して学院から盗んで来たり、どこぞの王家の宝物庫から強奪したのでは!?」


「脳味噌弄り直されたいのかい、シャール?」


 改めて言われても半信半疑の様子の皆。若干一名なんかは混乱の余りあらぬ事を口走って……ああいや、いつもの事だった。

 いい加減、この漫才にも飽きてきたので話を進めよう。


「気持ちは分かるけど、落ち着いて聞いてくれ。『オリハルコン』……この言葉の元々の意味を知っている人はいる?」


「確か遥か以前に滅びた文明の言葉で『山の銅』でしたか。……え? まさか――」


 流石にドライは魔法が本業だ。こういうことには詳しい上、理解が早い。


「そ。そのまさか。例の事業の為に試掘した銅のサンプルが手元にあったからさ、試しに色々弄ってみた訳。そうしたら出来たんだよ」


「そりゃつまり……こういうことか? 銅に金を混ぜたら、オリハルコンが出来るのか?」


「そんなに単純に出来るんだったら、とっくの昔に出来てるよ。大体、それだけで出来るのは赤銅だ。見た目も性質も全く別だし、金は五パーセントくらいしか含有されない」


 錬金術において金は最重要である物質の一つだ。当然、最高級の合金であるオリハルコンを作るのにも大量に使う。なのにそれを一割にも満たない量で作れる訳が無い。


「ただ、発想は近いね。万物融解液(アルカエスト)で銅の気質を取り出し、これを金と合わせて錬成する。そうするとね、金に銅に近い性質を付与出来ることが分かったんだ。更に銀とも混ぜ合わせてみると、この性質も付与されたじゃあないか。この三つの金属を魔術的に混合した物質。これを調べてみたらなんと、かつてアカデミーで見たオリハルコンと、ほぼ同一のものだった訳さ」


「ちょっと待って下さい。アルカエスト? 今、アルカエストとかサラリと言いませんでした?」


「ああ、言ったね。金から気質を取り出す為の霊薬だ。……まあ、完全な物は出来ていないから、まだそこまでの代物は作れていないんだけど」


 ちなみに物凄い劇物である。万物融解の名は伊達では無く、どんなものでも文字通り融ける。使用の際にはアルカエストを合成する素材をあらかじめ融かす対象の上に置き、必要量だけを錬成しなくてはいけない。そうでないと、取り出したものを保存する容器類まで一発でお釈迦だ。

 王水と混同されることもあるが、無論のこと別物である。あれは僕が使える不完全なアルカエストとは逆に、金には効いても銀は溶かせないし。アルカエストが起こすのは酸化による腐食ではなく、文字通りの意味で物質が融けて無くなる不思議な現象だ。物的な要素を排し、そこに宿る霊的な本質を取り出す為に使われる代物である。同質量の物を融解させると消滅するその様は、薬品と言うより反物質に近い。いや、対消滅反応なんか起こされたら、この僕どころかイトゥセラ大陸が跡形も無く吹っ飛ぶんだから、勿論それとも別物だが。

 ドライはわなわな震えながら口を開いた。


「それ、錬金術の秘奥の一つではありませんでしたか?」


「まあね。それが?」


「いえ、それがって……」


「ドライ先輩、これが誰だか分かってる? 僕らのマスター、オーブニルくんだよ? ダークエルフの頭まで弄ったり、僕みたいなヴァンパイアロードを人為的に作っちゃったりする人だよ?」


「悔しいが、凄い説得力だ……!」


 で、シャールに言われてガックリ膝を突いた。そんなにショックだろうか?


「別に驚くほどの事は無いだろう? アルカエストっていうのは、不老不死の実現に必要とされる『賢者の石』を作るのに、金を溶かす為に使われるものじゃないか」


 『賢者の石』は古来より錬金術の最秘奥に辿り着くのに必須とされてきた道具だ。何でも、黄金を生み出したり不老不死の霊薬を作るのに用いたりするのだとか。当然、僕だってそれを作ることを目標の一つにしている。

 もっとも、実物を見たことが無い以上どれだけ効果を発揮するかは分からない。苦労して作っても実は評判倒れの役立たずだった、なんて結果になられては困る。また名だたる錬金術の先達たちも辿り着けなかったとされる伝説上の存在だ。もしかしたら、僕が寿命を迎えるような歳になっても作れない、ということもあり得る。

 なので、他の方面からも延命の為のアプローチは欠かせない。シャールを改造した時のような高位のヴァンパイア化実験もその一環だ。


「金の融解に使う完成品なら兎も角、その手前の出来損ないくらいなら、作れても不思議じゃないと思うんだけれど」


「そういう問題じゃねェと思うんだが……ったく、俺はつくづくとんでもない主人に拾われたもんだぜ」


 ガシガシと頭を掻きながら言うドゥーエ。

 更にシャールは何やらウットリとした表情を浮かべていた。


「それにしても、マスターは凄いねェ。アルカエストを扱えるのはともかく、何てたってオリハルコンだよ、オリハルコン! こんな物まで作れちゃうなんて! で、そのオリハルコンのゴーレムが量産された暁には、この大陸だって征服出来ちゃったりして! ねえねえ、マスター! 大陸征服の暁には、僕にも一国くらい頂戴? いいでしょう?」


 何やら彼の頭の中ではとんでもない未来予想図が繰り広げられているらしい。見ろ、ドゥーエ達も「またコイツは……」とでも言いたげじゃないか。

 放って置くととんでもない方向に向かっていきそうなので、ひとまず間違いを正しておく。


「馬鹿言うんじゃないよ。さっきも言った通り、オリハルコンの製造にはアルカエストが不可欠なんだから。それだって希少な素材を幾つか使うし、扱いが難しいんだ。そうそう量産なんて出来ないよ」


「えー」


「えー、じゃありません。無理な物は無理。ハイエンドモデルのオーパス05はともかく、量産型には銀からミスリルを作ってそれを素材にします」


「いや、それにしたって大概なものでは?」


「……俺ァもう、ツッコミ切れねェよ」


「それに、だ――」


 僕は一旦、言葉を区切る。肝心な部分は、ここからだ。


「第一、そのオリハルコンを潤沢に使用出来ていた、あの古代文明はどうなった? 滅んで跡形も無くなったじゃないか。進み過ぎた技術を用いた内紛による同士討ち? それとも何百年か前の危機と同じ、魔王の襲来かな? その顛末には諸説あるけど、原因は何にしろ僕らの前に残された結果はただ一つ。古びた遺跡だけを残した滅亡だよ。死に絶えて、消えたんだ。……冗談じゃないよ」


 ああ、本当に冗談じゃない。

 どんなに栄華を誇ろうとも、死ねば無意味だ。

 あの熱くも冷たくも楽しくも苦しくもない、文字通り何も無い境涯。

 そんなものが末路だなんて、真っ平ごめんだ。


「――だからね、足りないんだよ」


「……ひっ!?」


「オリハルコン? その程度じゃ全然足りない。だってこれは、何千年何万年前の先人達が、永遠を手にすることが出来なかった証じゃないか。彼らがそれを実現していたのなら、今日までその栄華が続いている筈だろう? だから、そんな物なんかで浮かれるのはまだ早い。希少な金属一つ手に入れた程度じゃ、僕らはまだまだ死ねてしまうんだからね。……どうしたんだい、シャール? 顔色が悪いよ?」


 気が付けば、らしくもない長口上をぶってしまったが、シャールの様子がおかしい。元から青白い顔から更に血の気が引いて、まるで土気色じゃあないか。

 ……ひょっとして血が足りないのかな? 与えている培養血液は十分な量の筈なんだが。もしかすると彼が度々要求している通り、本当に処女の生き血が必要なのか?


「あ、あは、あははは! ぼ、僕としてことが、う、うっかり、し、してたね? そう、そうだとも。マスターの目的は不老不死、だったんだもんね」


「そうそう。それを忘れちゃいけないよ。僕がやってる事は、あくまでも死なない為の方策と……後は、まあ、生きていることを楽しむ為の趣味くらいさ。世界征服とか、やっている暇は無いよ。それで目的が果たせるんなら別だけど」


 そう言い置いて、視線を外す。シャールは何が原因なのか、まるで改造前の頃の様に吃り出したりまでした。どうやら本格的に不調なようだ。何だか、見ていて可哀そうになってくる。

 うーむ、他の『作品』より反逆の可能性が大きいことを気にし過ぎて、彼に過大なストレスでも与えるようなことをしてしまったのだろうか? いくら背かれると困るといっても、彼が僕の研究に必要な人材であることは確かだ。やっぱり多少のケアは必要だろう。

 仕方ない。彼にあてがう奴隷は、多少奮発してやろうか。口に出すとまた調子に乗るから、渡すまでは黙っているとして、だ。

 そんな事を考えていると、ユニが唐突にぺこりと一礼する


「ご主人様が初心をお忘れでいないようで何よりです」


「急に何を言い出すんだい、ユニ? 僕がそれを忘れることなんてありえないだろう?」


「でしたら、研究にかまけてお身体を損なわぬよう、ご自愛の程を」


 ……それを言われると痛いなあ。

 シャールにはああ言ったが、最初にオリハルコン製作に熱を入れて、徹夜で倒れるまで行ったのは僕な訳だし。

 折角、出来た従者がこう言ってくれているんだ。今後とも気を付けることにしよう。

 

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