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015 地の底の哄笑

 

 暗い坑道の中を、鮮血が舞う。

 血、肉、骨。カンテラの乏しい光が照らす風景は、瞬く間にグロテスクな色彩に染め上げられていく。

 これだけの酸鼻さにかかわらず、そこに悲鳴は無い。何故かって、それは殺戮があまりにも早過ぎるからだ。その代替を務めるように、蹂躙を行う側の哄笑が響き渡った。


「ククク……ハァーハハハっ!! 脆い! 脆い! 脆過ぎるっ! 何だよこれは手応えが無い! こんなんじゃあ僕の慣らしにも、てんで足りないってものじゃないかァ!」


 その声を上げる人影は、上下揃いの礼服に血のように赤いスカーフ、そして黒いマントを身に纏った、貴族風の青年だった。湿気った土の下の暗闇には似合わない瀟洒ななりだが、一つ異様に目を引く部分がある。

 手だ。その手は爪が異様に伸び、湾曲し、まるで残酷な拷問処刑器具の様相を呈している。

 彼の持つ残虐性を端的に示したようなその奇怪な爪。それがこの暗闇の本来の住人たちを虐殺する凶器である。


『プギィイイイイィィィ!?』


『ギャギャギャギャっ!?』


 あまりの驚愕に生存本能すら凍りついていたのか、呆れるほど遅れてから生き残りどもが悲鳴が上げ出す。

 声を聞いての通り、それはいずれも人間ではない。

 群れの統率者であるオークに、そのしもべであるゴブリンが数体。どちらも洞窟を主たる住処とするモンスターたちだ。

 頭数と子ども並の小狡さだけが取り柄のゴブリンは兎も角、オークともなると尋常の成人では歯が立たない程の身体能力を持つ。だが、それだけだ。多少人間離れした膂力がある程度では、殺戮の主演たる青年の相手は務まるまい。

 青年もそれを思ってか、笑いを収めると途端に陰鬱な表情に変わる。


「……つまらない。つまらないな。やっぱりこんなものじゃあつまらない」


 言いながら、血に濡れた異形の爪を口元にやり、ぺろりと舐めて――すぐに吐き捨てた。


「不味い。弱くて、つまらなくて、血も不味い。ああ、君たちはどうして生きているんだい? こんなにも存在に価値が無いって言うのに」


 不愉快げに顔を歪めながら、青年は軽く腕を振った。

 するとどうであろう。凶器そのものであった爪が見る間に縮み、その手は優雅な形を取り戻していくではないか。

 相手が武器を収めたことに、モンスターたちは安堵の息を吐く。

 だが、


「……君たちには僕の爪に掛かる価値も無い。よって、速やかに死ね。≪サドンデス・インサイト≫」


 繰り出されたのは、無情な死の宣告であった。

 それは視界に収めた相手全てを襲う即死の呪い。凍えるような死の腕の侵略が、速やかに魔物たちの心臓を掌握する。


『……!?』


 再度の大量殺戮にも、やはり悲鳴は上がらなかった。

 気が付けば、全てのモンスターは糸が切れた人形のように土の上に倒れ込んでいた。

 その様を満足げに見詰めて、青年は再び笑みを浮かべる。

 そして、それは時を置かずして狂った大笑に変じた。


「くっ、ふふふ……こんな高等呪文を、無詠唱で……あははははっ! やっぱり凄いぞ僕は! この新しい身体は! 素晴らし過ぎて笑いが止まらないよっ!!」


「無理にでも止めなさい。洞窟に反響して物凄くうるさいから」


 僕は堪らず後ろから声を掛ける。

 すると彼――シャール・フランツ・シュミットは、ピタリと声を止め電光石火で土下座した。


「あ、はい……すみません、マスター。調子に乗ってました、はい……申し訳ないです」


 先程まで絶好調だったとは思えない、この変わりよう。僕は思わずこめかみに手をやる

 ……テンションの落差が激し過ぎるな、シャールは。







 僕らは今、マルラン郡にあるダンジョンの一つ『旧ルーイル鉱山』に赴いている。

 シャールの肩慣らしと、廃された鉱脈の採算性の確認、それと折に触れて農民から要望が上がっていたモンスターの駆除を兼ねて出て来た訳だ。

 それで目的の一つであるシャールの腕試しだが、


「吸血鬼に向かって血に酔うなとは言わねェが、動きに遊びが多過ぎる」


 ――ドゥーエ談。


「あの程度の雑魚に即死魔法をぶっ放す馬鹿があるか。魔力の無駄遣いだ」


 ――ドライ談。


「……あの程度の知能、実力のモンスターに、言葉は不要でしょう」


 ――ユニ談。

 と、先達からの評価は散々であった。


「はい、はい……申し訳ないです先輩の皆様方、はい……」


 そして平謝りのヴァンパイアロード。

 鉱山の地べたに正座して謝罪し続ける高位吸血鬼なんて、有史以来彼が初めてじゃないんだろうか。ある意味、快挙だ。

 こうして縮こまって憐みを乞うている姿を見ると、先日にユニと話した対処が杞憂なんじゃないかとすら思えてくる。

 ……いやいや、油断は禁物だ。彼とて元はアカデミーの降霊学科で当時五指に入るくらいの秀才。そして今は邪悪な吸血鬼だ。この情けない姿も周囲からの侮りを買う為の演技である可能性も、ゼロではない。対策はしてあるとはいえ、彼が実際に背いたら相当の脅威である。前世の世界には臥薪嘗胆、韓信の股くぐりという故事もあるのだ。今日無様を晒しているからといって、明日に背く牙を捨てていなければ脅威度は変わらない。今後とも慎重に扱っていくとしよう。

 ひとまずは、無駄に反感を抱かせないよう、多少のフォローを入れておくか。

 そんな打算的な思考の下に、僕は口を開いた。


「シャール、そんなに恐縮しなくていいよ。今回出来なかった事は、次に出来るようになればいい。それに君の本質は僕の共同研究者だろう? 専門外の戦闘で駄目出しされたくらいで、へこむことはない。ほら、僕の『作品』らしくしゃんとしたまえ」


「おお、マスター! マスターは、オーブニルくんは寛大だなァ! 僕は感激のあまり涙すら出てくるよ!」


 と、慰めてやると勢い良く立ち上がり、続けざまに自分の肩を掻き抱いてクネクネしだす。どこまで本気でやっているのだろうか、彼は?

 まあ、いい。考えても無駄なことは考えないことにしよう。


「それより、第一の目的であるシャールの慣らしは済んだ。次に行くとしようか、ドライ」


「はっ」


 指示を受けて、早速ドライが準備に取り掛かる。第二の目的である、鉱脈の再精査の為だ。


「≪大地の精霊よ、我が問いに答えたまえ。汝が深奥に秘するは何か。汝が有す財貨は何処か――ワイド・ディテクト≫!」


 詠唱と共に、ドライの身体から秩序だった魔力が放出され、術式に変じて周囲へと走っていく。土属性の精霊の力を借りた、広域探査魔法だ。ダークエルフであるドライ特有の大魔力と精霊との親和性、その相乗効果によって探査範囲と精度は大幅に向上している。この廃鉱山内はもちろんのこと、周囲の地下にある資源も根こそぎ探し出すことが出来るはずだ。

 果たして、数十秒の沈黙の後、彼女は顔を上げた。


「……ここの鉱床は駄目ですね。掘り進められる辺りは既に採り尽くしています」


「だろうね。ちょっとでも採算性が残っていたら、あの強欲な元代官たちが放っておくはずがない」


 放置してモンスターの巣になるに任せていたのは、そうするだけの理由があった訳だ。まあ、そちらは元から大して期待はしていない。


「ですが――お喜びください、ご主人様。ここから北東15kmの地点に大規模な銅鉱脈の気配がありました」


「おお、それは凄い!」


 銅鉱山、それも大規模な物が作れるとなれば、マルランの財政も大いに潤う。錬金術師である僕としても、多様に加工可能な材質である銅が、大量に入手可能になるのは喜ばしかった。

 だが、


「……ここから北東15kmと言いますと、険阻な山岳地帯です。道中の森も深く、道を開くのにも適していません」


「あ゛」


 ユニの発言に、自分のぬか喜びに気付く。

 そうだよ、ここ、ただでさえ山奥だったじゃないか。そこから更に進むとなると、一体どんな秘境になるっていうんだ。

 どれだけ有望な鉱脈があろうと、鉱石を採掘し、運搬し、流通に乗せるには、まずそこに至る道が無かったら話にならない。そこまで道を伸ばすのにどれだけ金が掛かるものだろうか。僕もそんなに明るい分野じゃないが、それが途方も無い額になるってことは分かる。少なくとも現在の我が領の財政には、それだけの負担を可能にするだけの体力が、根本的に無い。


「……申し訳ありません、ご主人様。無益な情報でお心を騒がせてしまったようで」


「ああ、いや。いずれマルランが発展すれば、そこまで道を伸ばすことも可能になる時代も来るだろう。その時に備えて憶えておいて損は無い」


 良くて十年、二十年は先、悪ければ世紀を跨いだ頃の話になるかもしれないが。


「なあ、ご主人がデカいゴーレムでも拵えて向かえば、すぐにでも掘れるんじゃないか?」


 とドゥーエが口を挟む。

 それに対して答える前に、シャールが大袈裟に溜息を吐く。


「やれやれ、何を言っているんですか。森を薙ぎ倒し、山を掘り返し、採掘した銅を運ぶ……そんな大掛かり真似が出来るゴーレムは、最早国が許す範囲を超えた超兵器ですよ? 灌漑工事に使う程度のマッドゴーレムとは話が違います。目撃されたが最後、宮廷から査問の呼び出しが飛んできますって」


 彼はニタニタと笑っている。さっきの戦闘に対する駄目出しへの意趣返しだろう。それを受けたドゥーエは顔を引き攣らせる。


「ごもっともだけどよォ……お前に指摘されると何か腹立つなァ!?」


「ひっ!? ぼ、暴力反対っ!」


 反射的にドライの背後に隠れたシャールは、「尻に触るな」と蹴り飛ばされて坑道をごろごろと転がった。

 何か始まったコントは置いておいて、大体はシャールの言う通りだ。そんな物を作ったら、目撃した近隣の住民がパニックになり、誰かが冒険者ギルドに通報し、そこから国に話が回ってしまう。色々とこのマルランに錬金術で貢献してきた僕だが、そこまでの大事をしでかして許されるほど神格化されている訳じゃあない。

 それなら僕と『作品』たちのみの力業で採掘できないか、とも思われるだろうが、それも悪手である。以前やった土壌の改良や灌漑程度は、多少腕のある錬金術師を囲えればどこの領主だって出来ることだが、山奥の鉱山開発となると難易度の桁が違う。それをたかが数人で遂行できると知れたら、中央の連中や周囲の諸侯から盛大に警戒されてしまうだろう。ただでさえ僕は評判が悪い上に、兄上や中央集権派から睨まれている立場だ。これ以上余計な厄介事はごめんだ。


「まあ、鉱山は手近な場所を地道に堅実に探るしかないね。無きゃ無いでしょうがないことだし」


「はい。それにご主人様の本懐は、不老不死の研究ですから」


 とユニが言う。

 その通りで、僕にとって領地の経営は良く言って研究の資金源、悪く言えば余計な回り道に過ぎない。それに拘ってトラブルを招いては本末転倒だ。つまりこの間ラヴァレ侯爵に睨まれ、ヴィクトル達を送りこまれたのは、酷いミスと言うことでもある。要反省だ。


「じゃあ、ほとんどの用も済んだことだし、最後の仕上げをして帰ろうか。おーい、シャール! もう一働き頼むよ!」


「は、はいぃ……」


 呼ばれてよろよろ近づいてくるシャールは、あちこちを転がって泥だらけになっていた。ヴァンパイアロードと言うより、まるで土の下から蘇ったばかりのゾンビである。

 しかし、それでも死霊術師としての腕前は、アンデッド化したこともあって大陸屈指だ。恐らく三本の指には余裕で入るだろう。

 まあ、これからその才能を盛大に無駄遣いする作業をするのだが。


「それじゃあ、設置を始めてくれ」


「はーい。……確かハイスケルトンの人型が五体、でいいんだよね? それくらいなら、無詠唱でも余裕余裕」


 言って、マントから出した右手の指をパチンと鳴らす。

 ――瞬間、急激な変化が起こった。

 彼が道中殺しつくしてきたモンスターの死骸が、一つ所に寄り集まりだす。そしてそれらは超自然的な力によって圧縮、その過程で物質的な形を失い、真黒な粒子へと変じた。瘴気とも呼ばれる負のエネルギー体だ。通常の生命体には有害なものだが、暗黒系統の魔法に長じた術者や闇の怪物たちは、これを操って様々な現象を起こす。


「おお……闇の同胞、我が眷族よ! 美しく気高きこの身に侍り、健気に忠を尽くすがいいっ! ≪クリエイト・スケルトン≫っ!!」


 アンデッドとして瘴気に触れる恍惚からか、怪しい高揚の笑みを浮かべながら術を行使するシャール。その姿は、まさしく邪悪な不死者の王たるヴァンパイアロードと呼ぶに相応しい。

 ただ――


「なあ、無詠唱でいけるとか言ってなかったかコイツ?」


「……私の記憶する限り、≪クリエイト・スケルトン≫の詠唱はあのようなものではありません」


「おそらく即興詩であろうな。私からの評価は差し控えるが」


 ――などと、他の面子にツッコミを入れられていなければの話だけれど。

 そうこうするうちに、瘴気が晴れてシャールの施した術の成果が現れる。

 どことなく青みがかった骨格を無惨に晒し、どこからともなく出現させた粗末な剣と楯を携えた怪物。いわゆるスケルトン、それもハイスケルトンと呼ばれる上位種だ。それがちょうど五体、僕の注文通りに出現していた。


「不思議なものだな。ゴブリンやオークの死骸から作られたのに、どう見ても人骨にしか見えん」


「それは当然さァ! 死者に生前の魂を宿してアンデッドに変えたのではなく、死体を素材に仮初の命を与え、新たなアンデッドを作ったのだからね。僕ほどの術者になれば、骨の形を変えるくらいはカ・ン・タ・ン、なんだよっ!」


「本当にちょっとしたことで気分が浮き沈みする男だな、コイツ……」


 小躍りするシャールに呆れたような目を向ける『作品』たち。

 ここまでくると、これが本来の彼の性格では? とすら思えてくる。アカデミー時代はいつもビクビクしてたが、凄まれたり命令されたりすると縮こまるのは今も同じだ。以前は吃り気味だったから分からなかっただけで、実はテンションが上がってる時もあったのかもしれない。


「こらこら、最後まで気を抜かない。命令の設定もしっかり頼むよ?」


「あはははーっ! お安い御用さーっ!」


 ほんの余技とはいえ、自分の得意分野をひけらかすことが出来た所為か、彼はいやに機嫌が良かった。仕事をするなら愉快な気持ちの方が良いだろうから、放っておくが。


「いいかい、君たち? 『この洞窟に侵入する者は、奥まで引き込んでから殺せ』。『脱出する者は追わなくていい』。あと――」


「こうやって洞窟にハイスケルトンを仕掛けて、ゴブリンなんかの野良モンスターを駆除する訳か」


 そういうことだ。本来なら冒険者のやるべき仕事だが、生憎このマルランは交通の便が悪い上に旨みの少ない土地である。中堅以上はあえて寄り付く理由が無いし、駆け出しの冒険者はそもそも来る路銀が無い。

 一応ギルドの支所は置かれているが、人がいない割に広い郡内にただの一軒きりで、しかも閑古鳥が鳴いている。主な仕事は手紙などの受け取りや発送という、もう郵便局と名乗った方が良いくらいの体たらくである。無論、討伐の依頼を受ける冒険者はいない。なので、マルラン郡でモンスターを退治したければ、わざわざ隣の郡のギルドに依頼するか、領民が自分でやるか、領主――つまり僕だ――が手ずから討伐するしかない。

 が、一番目は余計な金が掛かる。二番目は自警団がそのまま反抗組織に発達して治安に関わる恐れがある。最後の三番目は僕らが面倒だ。いや、怠けている訳じゃあない。この辺りのモンスターは低級だから、あちこち回る手間の割に碌な素材が取れない。配下の武官たちも、下手に動かすと兵糧や秣の調達に武器の手入れなど、色々と面倒なコストが生じてしまう。

 そこでモンスターたちのコロニーであるダンジョンに、駆除用の使い魔を配置することにしたのだ。これなら一度設置すれば長期間、自動的に野良モンスターを狩ってくれる。また、使い魔をこの程度のレベルに抑えれば、万が一領民や(こんな田舎まで好きこのんで来るような)物好きな冒険者が発見しても、そう騒ぎにはならない。

 僕が錬金術で適当な使い魔を作っても良いのだが、それはやはりどこか錬金術師の匂いがするものばかりになる。それだと洞窟に湧くモンスターと僕を結び付ける誰かが、いずれ出てくるだろう。最有力なのは、名前は伏せるが弟相手に大人げない某伯爵だとか、いい年して隠し子作ってた某侯爵とかだ。

 そんな訳で、生粋の死霊術師にしてアンデッドそのものであるシャールにご出馬願い、自然発生するし制御出来もするハイスケルトンを作らせた訳である。無論、ユニやドライも≪クリエイト・スケルトン≫くらい出来るだろうし、僕もそれくらいなら可能だ。が、ゴブリンはともかくオークに勝てるスケルトンを作るのは難しい。また、やはり霊魂の扱いが不得手だから命令の確度も下がるし、材料に本物の人間の死体が必要にもなる。これは魔導師としての実力が問題なのではなく、死霊魔術への適性の問題だ。

 え? 死体の材料ならラボに幾らでもある? 冗談はやめてほしい。実験の痕跡を万が一にでも外部に漏らすわけにはいかないじゃあないか。今更手術の痕を残す無様はしないが、念には念を入れるのが僕の主義だ。王都に居た頃から、実験で出た死体は貴重なサンプル以外、ちゃんと火葬して骨まで砕くようにしているのである。……もっとも、マルランに引っ越す際には持ってこれないので、サンプルも焼く羽目になったんだけれど、

 と、そろそろシャールの仕事も終わりのようだ。


「――よし、これで終わり。命令設定完了だよ、オーブニルくん」


「お疲れ様。じゃあ帰るとしようか」


 僕が言うのと同時に、全員がドライの周囲に集まる。空間転移魔法≪グレーター・テレポート≫で瞬間移動し、一瞬のうちに住み慣れた屋敷に帰るのだ。


「便利なもんだよなあ、転移魔法ってのは。お陰でこの冬空の下でも拠点までひとっ飛びだ」


 そうしみじみとドゥーエが言う。その通りで、季節はまだ冬だ。シャールが完成したばかりなので、分かる人は分かっていたと思うが。


「その分、魔力は喰うし失敗すると壁の中へ直行だがな。離れるなよ? 私から遠いヤツほど転移事故に遭いやすいからな。……ご主人様、御手を」


 言葉に甘えて、彼女の手を取る。もう片方の手はドゥーエが握っていた。ユニとシャールは近くに寄るのみだ。この二人なら万一ズレが生じても、術式に干渉して自前で出る位置を再調節し事故を防げる。僕はと言うと、魔力の制御技術は兎も角絶対量の問題で転移への干渉は難しいのである。

 ドライは万全を期すための長々とした詠唱を終え、目を閉じると最後に魔法の名を唱える。


「……≪グレーター・テレポート≫!」


 摂理を捻じ曲げ、次元の壁を越えて、僕らは廃坑道を後にする。残されたスケルトンが仕事をこなしている限り、当分ここに来ることは無いだろう。







「成程……となると、現段階で採掘に取りかかれそうな鉱脈はかなり絞られますな」


 ドライの探査で得た情報を元に地図に朱を入れ終え、ヴィクトルが顔を上げた。彼は実力と家格から既に内政官の筆頭らしき地位を占めつつある。まあ、先任たちは完全な骨抜きにした上に、元からそう有能ではなかったのだ。案外、言うだけの実力はあった彼からすれば、この程度は造作も無いことだろう。


「予想以上に鉱量が豊富ではありますが、コストと技術の関係で実用に足るものは思いの外少ないのが残念ですな」


「全くだね。といっても、仮に全部掘れても、あちこちで鉱毒が出て大変なことになる。絞れたのが却って良かったと思った方がいい」


 僕も執務室の椅子で寛ぎながら言ってみたりする。大方の仕事は丸投げしているといっても、重要事項の決定や錬金術に関与しそうな分野だと口を出さざるを得ないのだ。特にこれは貴重な素材源でもある鉱山の話である。こんな時くらい真面目にしておかないと、後で色々うるさいことにもなる。脳改造で裏切りを防止しているとはいえ、小言くらいは言えるのだし。


「一理ありますな。まあ、財政状況から鑑みて、鉱山に投資できる余裕もそうありませんから」


「で、君から見て理想的なのはどれだい?」


「この銅、錫、鉛の鉱脈が重なっている地点ですな。金や銀まで採れる山もありますが、そうした物まで掘ってしまうと国がしゃしゃり出てくる恐れもあります故」


 うーむ、そうそう簡単にはいかないか。言われてみれば金山、銀山といえば封建君主が直轄化するものの代名詞でもある。


「残念だなあ……金や銀を自分で掘れれば、高位礼装も作り放題なのに」


「領主閣下」


「ああ、うん。分かってる分かってる、ちゃんと聞いてるって。その三重鉱脈がお勧めなんでしょ? 後で鉱毒対策施設の見積もりも作るから、担当と協議しておいて」


 思いの外鋭い反応に慌てて返事をする。ヴィクトルといいルベールといい、意外に僕を甘やかさない連中だ。その分働いてくれてもいるが、こういう時はもうちょっと聞き分けが良くなるようにすべきだった、なんて思わされてしまう。


「頼みますよ、本当に。鉱毒問題は深刻なんですから……では、次の案件です。ルベールらに任せていた正規の居館建築についてですが」


「やっぱり僕の希望した土地は駄目かい?」


 先回りして聞いてみる。

 折からの案件だった領主邸宅の建築予定地。僕としては錬金術のラボを置くのに適した、土地の霊力が強い場所を指定していた。

 だが、そこには幾つか問題があって……、


「駄目に決まっているでしょう。ご指定された土地の内、ほとんどは町から離れ過ぎています。到底、行政の拠点としては使えません。町の中にあるものは論外です。教会が建っている場所ではありませんか。居館の為に教会を壊すなど、ただでさえ低い評判が今度こそ底値になりますよ?」


 ヴィクトルの返事は予想通りのものだった。

 霊力が強くて町中にあるような土地は、大抵が教会に押さえられている。聖職者が大掛かりな神聖魔法を使う儀式場とする為だ。これを無理に奪ったら、ただでさえ多い敵に更に宗教まで加える羽目になる。その上、この世界での教会は回復魔法を使うことで病院としても機能しているのだ。もし領主の我儘の為に壊したりなんかしたら、領民からの支持もガタ落ち必至である。

 かといって辺鄙なところに居館を作って行政処理能力が低下すると、王都にいる連中から難癖が飛んでくる。困ったものだ。


「いっそのこと、居館とラボを分けることは出来ませんか?」


「出来たら苦労しないよ。けど、考えてもみなって。領主が毎日、町から外れた場所にある謎の施設に出入りしてる光景をさ。兄上や君のお父上が聞きつけたら、嬉々として調査の手を入れてくるよ。ただでさえここに来てから研究が過激化してるってのに」


「それは自業自得というものでは? ダークエルフの奴隷ならまだしも、ヴァンパイアまで引き入れているのです。私も洗脳されていなければ、教会か高等法院、さもなくば冒険者ギルドに駆け込んでいるでしょうよ」


 主君が悩みを吐露しているというのに、この家臣ときたら。

 僕は思わず天を仰いだ。


「ああ、まったく……薄暗い地下のダンジョンから帰ったと思ったら、今度はこれだ。まったく気の休まる暇が――」


 その時だ。僕の脳裏に閃くものがあった。


 ――いっそのこと、居館とラボを分けることは出来ませんか?――

 ――薄暗い地下のダンジョンから帰ったと思ったら――

 ――金や銀を自分で掘れれば、高位礼装も作り放題なのに――

 ――デカいゴーレムでも拵えて向かえば、すぐにでも――

 ――便利なもんだよなあ、転移魔法ってのは――


 幾つかの言葉が点となり、それが間に線を生じて繋がり、一つの絵図を組み上げて行く。

 これは……ひょっとしてイケるアイディアなのでは?

 というか、何でこんな簡単なことに気付かなかったんだ、僕は。


「閣下? どうしました、閣下?」


「――そうだよ、うん。こうすれば大丈夫じゃないか。万が一館に調査の手が入った時も、この手を使えば問題は無いはず……」


 ヴィクトルの声を聞き流して、僕はその案を纏めに掛かっていた。

 そして試算を済ませると椅子から立ち上がって彼女を呼ぶ。


「ユニ」


「はい、お傍に」


 音も無く現れたユニにヴィクトルが目を剥くが、無視。

 今はそれどころではないし、僕が呼んだら彼女が飛んでくるなんて、ここでは常識だ。


「新しいラボの建設計画、前倒しにするよ。悠長に雪解けなんて待ってられない。今から取り掛かろう」


「畏まりました」


「お、お待ち下さい、閣下。ラボの建設を、今からですと? 場所は? それに新居館はどうするのです?」


 ヴィクトルが何かうるさい。だがまあ、彼もこのアイディアを聞いたら黙って従うだろう。


「新居館の計画については、君とルベールに任す。好きな場所に好きなように建ててくれ。君らなら、貴族の目から見ても、そうおかしなものは作らないだろう?」


「それは勿論ですが……」


「だが、地下には広めの部屋を作ってもらう。名目は物置でもワインセラーでも何でもいい」


「ラボはよろしいので?」


「君の発案通り、居館と分けて造ることにしたよ。場所は……そうだな」


 一瞬考えてから、地図上の一点を指差す。


「ここにする。決めた」


 僕の指定した地点を見て、ヴィクトルは秀麗な貴公子らしくなくあんぐりと口を開ける。

 そこが僕の挙げた建設候補地ではないからだろう。町から離れ過ぎている上に、どう考えてもラボなど置ける立地には思えない。

 だが、そこがこのアイディアの味噌だ。


「な、何を考えておいでですか閣下!? 閣下!?」


 久しぶりに聞く彼の混乱しきった声を背に、僕とユニは執務室を出た。

 らしくもなく、ワクワクとする気持ちで足が浮き立つ。

 廊下で擦れ違った家臣の一人が不気味がっていたが、なに気にすることは無い。


「ご主人様がお楽しそうで何よりです。それで、どのようなご思案を?」


「うん、まあ聞いてくれよ」


 奥ゆかしく訊ねてきたユニに、僕は思いついたばかりのアイディアを打ち明ける。

 ないことに、それを聞いた彼女はパチパチと眼を瞬いていた。


「途方も無いことをお考えになられましたね……」


「反対かい?」


「いいえ――その理由がありません」


 ユニも驚いたようだが、すぐさま太鼓判を押して肯定する。

 シャールの時のように、僅かな危惧も看過しない彼女がそう言うのだ。僕はますますこのアイディアに自信を持った。

 

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