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カタストロフィの色  作者: 半忘半覚
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02 真夜中の会合

 紫呉は自室で迷っていた。約束の時まで、あと少しだ。

 ベッドの上でつっぷし、帰ってきてからずっと頭を悩ませていた。


「深く悩むのは俺の性には合わないんだよな」


 だが、悩まなければならない。行けば、この押さえられない激情の意味が分かるだろう。まるで荒れ狂う波のように心の中で暴れる感情の。


「でも、行ったら何かが終わる……気がする」


 それが怖いのだ。何かが終わるのが、その何かが分からなくて。深い溜息を吐いて目を閉じる、行かないで眠ってしまおうかと考えた瞬間誰かの笑い声が聞こえた。

 そして懐かしい(・・・・)声も。


『お前は本当に怖がりだな。だが、それもいいことの一つだ。怖がるということはそれだけで慎重になれるのだから。でも、時には一歩を踏み出すことも重要なことだ』


 深い慈愛のこもった優しい声が響いてくる、どこからかはわからない。でもその優しさが懐かしくて涙がこぼれる。


『出なければ、本当に得たいものを手に入れられなくなってしまう』

「でも……―――。俺は」

『待ってるよ。ずっとずっとお前の傷が癒えるまで』


 反射的にがばりと身体を起こして視線をめぐらせる。誰かの名前を呼ぼうとして、思い出せないことに気づく。どうしても呼べなくて苦しくてぼろぼろと涙をこぼす。

 少しの間涙を流しそれをぬぐうと、毅然とした面持ちで立ち上がり両親に少し出かけてくるという旨を伝えると夜闇の中を走った。


 夜闇の中で、漆黒だった紫呉の瞳は深い紫色に輝いていた。


「全力疾走なんて久しぶりだ」


 運動不足かなと独り言を呟きながら、荒い息のまま公園内に入る。撮影機材などをすべてなくなっており人は一人もおらず、遊具が静かに鎮座しているだけである。

 まるで無音の世界に入り込んでしまった感覚に、ほんの少しだけ恐怖心を覚えた。


「きたか」


 威圧的な冷たい声が園内に響いた。はっとして視線をめぐらせるが見つからない。呆れたようなため息が聞こえた。


「こっちだ、こっち」


 ゆっくりと視線を上にあげれば、ブランコの上に器用に立つ宝香がいた。髪の色は金ではなく、月光を受けて紅く輝いている。さらりと背中の中程まで伸ばされた髪が風にそよいだ。

 なぜかその姿のほうがしっくりきて、軽く首をかしげる。


「来たということは、知りたいということなんだな?」

「声がしたんだ。時には一歩を踏み出すことも重要だと。懐かしい声で、俺を促した。待っているといっていた、その人の名前が呼びたくてでも呼べない。だから来た」


 宝香は静かに優しい微笑を浮かべた。まるで大切な仲間に向けるかのような陽だまりのような笑みだった。スタンと目の前に着地すると、紫呉の視界に入るようにカードを取り出す。


「お前もこれと同じものを持っているだろう?」

「うん」

「これは記憶の鍵だ。封じられた」

「どういうこと?」

「その前に、お前のこの世界(いま)の名前は?」


 今とはどういうことなのかと不思議そうな顔をしたが、とりあえず名乗る。答えてくれるよなという威圧的なオーラがにじみ出てからではない、絶対ない。それが怖いなんて思ってもいない。


「破魔紫呉」

「紫呉か。俺の名前は知っているか?」

「宝香雫」

「読みはあっているが、漢字が違うだろうな」


 ちょっとかがめと言ってしゃがみこむと、適当な枝を拾って地面にガリガリと本来の名を刻んでいく。暗い色の地面と月光しかないので、判別しずらい。

 それを紫呉の表情から読んだのか、オイルライターをとりだして火をつけた。


 ぽうっというように灯る小さな朱色の明かり。触れれば熱く、手をかざせば暖かいその光の力を借りて地面に刻まれた名を読み上げる。


「崩賀静紅」

「こっちが本名」

「芸名? 宝の香は雫の形?」

「お前はなんつー読み方をしてるんだ。まぁ、そういうことだな」


 ぱちんという音を立てて蓋を閉じると立ち上がり見下ろしてくる。そして気づき、真っ直ぐに見降ろしてくるその瞳が、吸い込まれそうな深紅の色をしていることに。


「その目」

「あ? あぁ、これか。記憶を取り戻した証拠だ。それよりもお前の瞳だって紫だぞ?」

「うそ!?」


 鏡、鏡とあたふたしていれば仕方ないというように小さな手鏡を渡してくれる。鏡を覗き込めば、確かに紫になっている。俺の瞳は漆黒だったのにとへこんでいると、ぽたりと鏡面に雫が落ちる。

 鏡に映る紫と、夢や幻影として現れる白髪の男の紫が重なる。


「―――」


 呼びたくても呼べない名前が喉を通り声を空気を震わせる。


 知ることは怖い、でも知らないほうがもっと怖い。だから封じられているというならば、その戒めを解く方法を知りたい。

 鏡に映る紫を無言で見つめる。自分の瞳だが、重なる紫苑が答えてくれそうな気がして見つめ続ける。


 そこに、鍵となる言葉が、音が、名前が響いた。


「思い出せ。カタストロフィの名のもとに」


 のろのろと静紅をみあげる。刃のような光を宿した深紅の瞳が二つの名前を落とした。


「ヴァイスに会いたいだろう。シュバルツ」


 ドクンと鼓動が大きく響き、すべての音を掻き消した。


 目の前で懐かしい雪の白と、優しい紫苑が微笑んだ。

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