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カタストロフィの色  作者: 半忘半覚
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01 出会う時

 また明日ーという声をぼんやりと聞きながら、紫呉はじっと沈みゆく太陽を見つめていた。まるで熟した橙色の果実が落ちるかのように、吸い込まれていく陽を見つめる。


 夢を見たのだ、紫呉は。カードを手にしたまま帰宅し日常を過ごし、また同じ日常がやってくるものだと考えていた彼は夢を見た。

 悲しくも懐かしい夢を。なぜ懐かしいと思ったのかはいまだよくわかっていないが。


「暗い部屋の中、大きな大きな大剣に寄り添うように一人の男がいた」


 忘れないように夢の内容を口に出しながら、ノートに書き記していく。目を閉じれば今も鮮烈に思い出せる雪のような真っ白な癖のない髪。長すぎて床に広がっていた。

 こちらをじっと見つめていた硝子玉のような瞳はどこまでも深い紫苑。なぜかその色を知っている気がいた。

 

「男の体には太い鎖があった。がんじがらめで動けなくなっていた」


 ただ虚空を見つめていた男は、何かを呟いた名前のような気がしたが音は聞こえずそこで目は覚めた。目覚める直前にかすかに笑った気がした。無機質な紫苑がこちらを向き、柔らかい光をともしたのだ。

 

 パタンとノートを閉じて、鞄にしまい込むと立ち上がる。もう一度外を見れば、陽の光がなくなり始めた空が紺に染められ始めていた。


「いくか」


 小さくつぶやいて、すでに誰もいない教室から立ち去る。彼が教室から出ると同時に揺らぐ幻影が一つその場に降り立つ。

 それはおぼろげな輪郭により、人だということが分かった。その幻影は何か言葉を発した、それは空気を震わせることはなかった。


『待っている』


 その言葉だけは空気を震わせて、教室内を淡く染め上げる橙の光に吸い込まれていった。


「なんか、さわがしい?」


 自分の家に向かっていると、やけに人通りが激しいことに気づく。さらに空気もざわついており、何かあったということはわかるが悪いことではなさそうだ。

 耳を澄ませてみれば撮影、有名人、という言葉がかすかに聞こえてきた。


 興味をそそられた紫呉は人の波に乗り、撮影が行われているらしい公園へと向かう。さらさらと癖のある黒髪が揺れ、うっとうしそうに払う。襟足くらいの長さにしているにもかかわらずまとまりがないため、たまに視界に入るのだ。


 そんなことをしているうちに人がごった返している公園にたどり着いた。だが、紫呉は残念ながら男にしては少々身長が低めなので背伸びをしても中が見れない。


「どうするか」


 ブスッとした表情をしていると、だれかの苦笑が聞こえてきた。誰だ笑っているやつと不機嫌そうに眉間にしわを刻めば、弱い風が背をたたき頬を撫でた。

 まるで誰かがなだてくるような感覚のやさしい風が吹き抜ける。


「あっちにいったら見えるかな」


 どうしようとゆっくりと歩いていれば、不意にポケットの中に入れてあったカードが熱を持つ。驚きながら取り出せば、金色の光が角の一つに宿り、まるで一本の線のようにその光は伸びる。それは中へと伸びていた。


「これをたどれと?」


 誰にともなくつぶやけば、また風が背を押す。ぐずぐずするなというように、そっと背中を押す力に任せ光をたどっていく。 

 光は途中で遠回りしたり複雑に曲がったりしたが、だれにも迷惑がかかることなく最前列に到達することができた。


「しかし、それは間違っている」


 どうやらシリアスなシーンの撮影だったらしく、真剣な声音が耳を打った。主役と思われる俳優が背を向けている金髪の男に食って掛かる。


「お前の選択は間違っているんだ、なぜ気づかない!」

「貴様にいくら言われようとも、私の信念は変わらない」


 金髪の男の静かな声が響く、紫呉にはその男のほうがよく聞こえた。まるで乾いた大地にしみこむ水のようにすっと鼓膜を通して全身を揺さぶる。

 ゆったりとした動作で男は振り返り主役をみた、セリフを口にしようとした瞬間。


 紫呉と目が合った。


 それはほんの一刹那だけだったが時が止まった。だが、確かに男の視線と紫呉の視線が絡み合った。手にしているカードが柔らかい温もりを宿す。


「お前の正義こそ押しつけだ」


 一度瞬くと男はセリフを吐き出す。だが、視線は紫呉に固定されている。紫呉の視線も男に固定されている。


 男はセリフをまたつづけた。紫呉の耳にはそのセリフは入ってこない、ただただ見つめ続ける。頬を熱い滴が一つ滑り落ちた。

 不思議そうな顔をしながら、滴をぬぐえばそれが涙だということが分かった。なんでと思うと同時に、カットとよく通る声が響いた。


 場の空気が緩む。公園の周囲をかこっていた見物人も騒ぎ始め、演じていた俳優たちも何か談笑している。

 だが、金髪の男の視線はそらされない。苦笑めいたものを浮かべるとこちらへ向けて歩いてくる。



 お ま え も ?



 と彼の唇が動いた気がした。そして彼は来ている上着の内側から、紫呉の持つものと同じカードを取り出した。金文字で「catastrophe」と記された漆黒のカードを。


 はらはらと涙がこぼれ始める。男の眼からも二つの涙がこぼれ落ちる。それはキラキラと水晶のように地面に零れ落ちた。美形は何をしても映えるからうらやましいと場違いのことを思う。


 なぜか鼓動が大きく響き、男の隣に夢で見た大剣が見えた。そしてその隣で微笑む白髪の男も。優しく微笑むその幻影の男を見つめるだけで苦しくなった。

 まるで、隣にいて当たり前(・・・・)のものがなくなったようなすさまじい喪失感を思い出す。


 思い出すと自分の考えに疑問を持ちながら、涙をぬぐう。幻影はすぐに消えてしまったが、金髪の男は消えない。


「宝香君よ」

「え、なにかしら?」


 ほうがという名前を記憶の底から引っ張り出す。宝香雫、今軌道に乗り始めたタレントだということを思い出す。だが、それだけだ。そういう関係は全く知らない紫呉の記憶内にあっただけ奇跡である。


「少年」


 いつの間にか目の前に宝香雫がいて、何度か瞬きをする。ゆっくりと歩き時間を稼ぎながら、独り言(でんごん)を落とす。


「今日の20時、ここにきてくれ。来るか来ないかはお前しだい」


 紫呉は何も言わず、ただ視線を向けた。ある程度距離がとられたところで振り返れば、簡易トイレに向かったということが分かった。


「俺しだい」


 それはこの苦しみと懐かしさの答えを得るかどうか己で決めろと言っている気がした。


 紫呉は少し思考をめぐらせた結果、帰宅することにした。


 雫、否静紅が戻ってきたときに紫呉はすでにいなかった。だが、何かを確信しているかのような不敵な笑みを刻むと撮影にもどった。

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