出会い その1
『お前らなんかがこの世に居なけりゃ、俺たち"人"は平和に暮らせるんだ!』
奴らは叩きつけるように叫んだ。
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最初に目に入ったのは天井だった。
ここは、どこだろう?
目が覚めた時、俺は見知らぬ長屋で布団に寝かされていた。確か昨夜、木にもたれかかったまま眠ってしまって———
考え込んでいると、味噌汁の匂いがふわりと漂ってきた。
辺りを見回すと、料理をする者が一人。若い女の人のようだ。
警戒は解かない。人というのは俺たちに何をしてくるか分からないから。
というか、あの人が俺をここまで運んでくれたのだろうか。
ここからでは後ろ姿しか見えないが、背は五尺程で髪は長く、後ろで束ねている。
起き上がろうとしたところ、腕がずきっと痛んだ。
「いてっ」
目を向けると、包帯が巻かれている。そういえば、昨日あの時斬られて———
「おっ。起きたね」
女の人は視線だけをこちらに向け、料理をしながらも話を続ける。
「お前さん、体は大丈夫かい? 手当てさせてもらったよ。……刀傷だよね、それ。そんなに深くは斬られてないけど」
「………多分、大丈夫だと思います」
「まあ、無理しないでね」
それ以上、何も尋ねてはこなかった。
まあ正直、訊かないでくれたほうがありがたい。色々と隠しておきたいこともあるし。
そうしてしばらく考え事をしていた。
「朝餉ができたけど、食べるかい? 遠慮しなくて良いよ」
この人に敵意は無さそうだ。
それに、せっかく用意してくれたものを断るのも悪いと思い、ありがたく頂くことにする。
「………いただきます」
食べ終えた頃、女の人はお莎枝だと名乗った。この人が俺をここまで運んでくれたそうだ。
そして、お莎枝は一人でこの長屋に住んでいるという。
「俺は芽吉です」
「……芽吉は今幾つなんだい?」
あまり訊かれたくなかったなあ、その質問は。しかも唐突だな。
芽吉は心の中で思ったが、とりあえず答えておく。
「………十六です」
芽吉の年齢は十六だが、外見からすると三つ四つほど幼く見える。違和感を感じられるのは仕方ないと思っていた。
しかし、お莎枝はまるで読み通りだったかのような反応だった。
「ま、いいや。とにかく、お前さんはまだ怪我もあるし……そういや、家は?」
「……………ない」
出た声は一段と低い。そこには少し、寂しさや悲しさが滲んでいた。
お莎枝はそれ以上何も訊かなかった(訊けなかった、と言うほうが正しいかもしれない)。その代わりに一つ言う。
「だったらずっとここに居て良いよ」
「いや、でもそういう訳には……」
「良いんだよ、遠慮しないで。実際困っているんだろう?」
……それを言われると何も言えないのが辛い。芽吉は苦々しく思う。
芽吉には今、帰る家が無かった。ついでに言えば、両親すら居ない。
だから、本当にこれからどうしようか困っていた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「うんうん。あ、敬語は無しでね」
「………分かった」
「じゃ、よろしくね。芽吉」
「こちらこそ、よろしくお願いします。迷惑かけてしまうかもしれないけど」
「そんな事気にしなくて良いよ?」
こうして芽吉とお莎枝は共に生活することになった。
芽吉は大きな隠し事をしたまま。そしてお莎枝も隠し事をしたままで。
あれから数日。
芽吉はお莎枝との生活に慣れ、されど隠し事をしながら暮らすのには慣れず。
だんだん肌寒くなってきたなあ。
そんなことを考えながら特にやることもなく、ぼんやりしていた。
するとお莎枝が口を開く。
「そういや芽吉は何であそこに居たんだい?」
あそこ、というのは三日ほど前に芽吉が眠ってしまっていた森の中のこと。
何で、か。
芽吉は話すのを躊躇した。本当はあまり話したくない内容だから。
でも、お莎枝さんになら少しくらい話しても良いかもしれない。
とりあえず、少し隠し事はする程度(少しという訳でもないが)話してみよう。
そうして芽吉は腹を括り、話し始める。
「……俺、ある人達に追われているんだ」
お莎枝は眉を顰める。
「………誰、に?」
「分からない。どうしてか、も。……あと、俺が怪我した理由もそれが関係してる」
「そいつらにやられたんだね」
「うん………。あと、さ」
そこで一旦言葉を切る。だが、お莎枝は何も言わずにただ見守っていた。
「母様は俺を庇って、それで…………生きてるか分からない」
芽吉は俯いて、今にも泣き出しそうな声で言った。なんとか言った。
対してお莎枝は何も言葉が出ず、それでも何か言ってやらねばと思い、素直に話す。
「……私にはさ、何があったか分からないけど、芽吉のせいじゃない、絶対に。それだけは言えるよ」
「そう、なのかな」
芽吉には、それを言って貰えただけでどれだけ救いになったか。ここ数日、ずっと抱えていたものをすっきりさせられた。全部、ではないが少しばかり心が軽くなり、気持ちが楽になった。
それでもやはり、母の死が自分のせいじゃないとは思えなかった。
「あ、もう一つ訊いても良いかい?」
そして、ふと思いついたようにお莎枝は尋ねる。真剣な様子はなく、何処となく軽い。
なんだろう、と思いながらも頷く。
そしてお莎枝が放った言葉は、思いもよらないものだった。
「お前さん、人じゃあないんだろう?」
「………っ」
芽吉は、驚愕から一瞬思考が止まる。
実際、お莎枝の言う通り芽吉は人ではなかった。その正体は"鬼"。人に恐れられる存在であった。
人に見つかれば、どうなってしまうか分からない。最悪の場合、殺されてしまう可能性もある。だから、正体を隠して人に紛れて暮らすつもりだった。
そして芽吉自身も人に化けて、鬼だと悟られないようにしていた。
だというのに、何故、お莎枝はこうも平然とした様子で芽吉の正体を見破るのか。
「なんで分かったんだ、って顔してるね」
「……まあ、そりゃあ」
気にならない訳がない。いつかはきっと正体がばれてしまうことを覚悟していたものの、こんなに早く正体がばれるとは完全に予想外だった。
しかも、何故かお莎枝さんは鬼である俺を前にしても恐怖はない。
色々な疑問はあったが、どうしてばれたのかが一番気になっていた。
「ふふ。私ね、気配で分かるんだよ。鬼か人か」
「………!」
「でも、芽吉は少し鬼とも人とも気配が違う。いや、どちらでもあるっていう感じかな」
気配だけでそれだけの事が分かるのものなのか。芽吉は純粋に驚き、感心した。
ここまでばれているなら、もう話してしまっても良いかもしれない。
幸い、お莎枝さんは俺の事をどうするつもりも無さそうだし………。
そうして芽吉は観念し、話し始める。
これまで、俺の身に起きた事について。そして、昨日あったことについてを。




