第4話 ショートケーキの魔女③
パルフェ魔法女学園初等科の校舎は、上空から見ると一辺がない五角形のような形をしていた。
五角形の内側がグラウンドとなっている。
校舎は生クリームを思わせる白いディテールが施された、3階建てのメタボリズム建築だった。
屋根の上に光沢のある赤い苺のオブジェが、クリームと共にバランスよく並べられている。
校舎の一番はしにある美術室。
「今日は木の絵を描いてもらいまーす」
美術の教師であるエル・ラブラージュは、校庭に生えてる木ではなく、自分が描きたい、自分の思う木を描くようにと生徒たちに言った。
「よーし、やるぞー」
画材は魔法のクレヨンと、魔法の筆。
これらの道具は魔力に反応して色がでる。
魔法の基礎訓練にもなっていてランセにも扱えた。
ランセはワクワクしながら魔法のクレヨンを握りしめた。
魔力を込め、カツカツと線を引いて、スイーと色を塗った。
画用紙いっぱいの大きさの、さまざまな果物やお菓子やおもちゃがいっぱい実ったカラフルな木ができた。
ピノは、画面の三分の一ぐらいの大きさの、青リンゴが実った木をやや右側に描いた。
木の影を描くことによって何も描かれていない空間に広がりが生まれていた。
ズコットは、やたら幹がモコモコ太くてガッチリした木を描いた。画用紙を5枚も追加で繋げて、クラスで一番大きな木が出来た。
エレルは、丸みのある木を温かみのある色合いで描いた。そして、その木のてっぺんにカッコいいトゲトゲを描いた。
授業の終わりに、みんなの絵が並べて壁に張り出された。
ビートの絵は——。
◇
魔法実技の授業。
ほとんどの生徒が炎や氷魔法の練習に移っているが、ランセとビートだけは飛行魔法の練習をしていた。
ボスンッ!
「うーん、もう少しなような気がする」
「はっはー、全然魔力を感じないぞヴァレリアンヌ」
「もー、先生は先生ならちゃんと飛び方を教えてくださいよー」
「なー私もそう思う」
「思うじゃなくてー!」
「次ー、クリスタリーゼ」
ランセの訴えは聞き入れられなかった。
ランセは、飛行魔法練習台を見上げた。
ビートが震えているのが見えた。
以前、ビートと同郷のクラスメイトが、ビートは昔飛行魔法が得意だった事をランセに話した。
今は浮くこともできないビートだが、何回失敗しても、震えたり嘔吐しそうになりながらも飛行魔法練習台の上に立つその姿を見て、ランセは応援したいと思うようになっていた。
そして声をかけた。
「ビートちゃんがんばれー!」
◇
ビートは昔を思い出していた。
魔法で傷つけられてから2年後。
7歳になったビートは、魂に傷を負った人たちのグループがあるという事を知り、その集まりに参加してみる事にした。
自分の事を話し、人の話を聞く、それだけの集まりだった。
自分の話す番が回って来て、当時を振り返ったビートは、
「私は親の言いつけを守らない悪い子だったので、ひどい目にあって当然だったと思ってる」
と話した。
グループの人たちは、子どものビートの話を真剣に聞いた。
ビートは仲間ができたように感じ、そのグループに安心感を覚えた。
以降、毎週その集まりに参加した。
グループの人たちの心の中の話しを何度も聞いているうちに、ビートは自分の中の、『親の言いつけを守らなかった小さな子』 が別のことを言っているのに気づいた。
自分の話す番が回って来たので、ビートはそのままその子に話をさせた。
話しているあいだ、ビートは涙が止まらなかった。
グループの誰かが、そんなビートの背中に手を添えた。
「誰であれ、5歳の子どもがあんな事をされて良いわけがない」
ビートの中の小さなその子は、ずっと前からそう言っていた。
ビートはこの時初めてその事に気づいたのだった。
そのグループの人たちは自分に起こった事を受け入れて、もう一度人を信頼できるように、もう一度自分を好きになれるように、いい意味でおおらかに活動していた。
グループの中にいても、ビートは時に孤独を感じたり、上手くいかないと思うこともあった。
しかし、何だかんだで触発され、自分も色々やってみようと思うのだった。
(もう一度空を飛べるようになりたい)
ビートは、医師とも相談しつつ、魔法女学園への入学を決めた。
◇
ビートは銀のフォーク型の長杖に力を込めた。
恐ろしい記憶が蘇り、それに呑み込まれそうになった。
「ビートちゃんがんばれー!」
クラスメイトの声が聞こえる。
そのクラスメイトが、身を挺して魔法から自身を守ろうとしてくれた時の事を思い出した。
そのおかげか、ふたたび意識を現在に向ける事ができた。
(私は、本を読むのが好き。木登りとかも好きだし、空を飛ぶのも好き。クラスメイトとだって仲良くなりたいし、遊びにだって行きたいと思ってる。私は過去に起こったひどい事の記憶に、振り回される為だけに生きてるんじゃない)
ビートの髪や服がゆらいだ。
体が少し軽くなるのを感じる。
目を瞑り更に意識を集中する。
膝から重さが抜けていき、ザワザワと髪や服がハタめく。
かかとが浮き、つま先から地面の感覚が消えた。
ビートは目を開けた。
(いける)
ゆらゆらと苺のレアチーズケーキの上から離れた銀のフォークが、校舎一つ分ほど先の距離にある、ショートケーキ型の着地台に向かって進み出した。
衝撃吸収マットを、先生が魔法で移動させるのに付いていくランセ。
飛べない二人のうちの一人が飛んだというのを見て、他のクラスメイトも集まる。
銀のフォークが苺のショートケーキに迫った。
美術の時間にビートが描いた絵を見たクラスメイトたちは、——魔法使いは感覚が鋭いという事もあって——なんとなくだがその心情を察していた。
「木の絵を描くと、自分の無意識の内面がそこに現れてくるの」
授業の終わりに美術教師のラブラージュが言った。
ビートの絵は黒い切り株の絵だった。
切り株の真ん中から緑の新芽がぴょこんと生えていた。
ビートは、大勢が見つめる中ついに着地台に到着する。
クラスメイトたちから歓声が上がった。
いつもはクールで表情の読めないビートだが、この時だけは、くしゃくしゃの顔で笑った。
◇
ビートが飛んだ日の翌日。
「おはようクリスタリーゼさん」
「あ、クリスタリーゼちゃんおはよう!」
「お、おはよう」
あいさつなんてした事ないクラスメイトが、声をかけてきて戸惑うビート。
いつもならどうしていいか分からず無視してしまうのだが、今日はぎこちないながらも返事を返す。
(昨日みんなの前で変な顔で笑ってしまったせいで、話しかけないでオーラが効かない?)
などとビートが考えていると、
「ビートちゃんおはようございます」
ランセがビートの机の前に立ち、紙を差し出した。
「な、なに?」
戸惑いながら差し出された紙を見る。
「今度、寮のわたしの部屋でみんなで勉強会するんだけど、ビートちゃんも参加しますか?」
紙には『参加希望の方は、参加の欄にサインをしてください』 と書いてあった。
ビートは口に手を当て、少し考えてから、
「しません」
断った。
「えー、なんでー! みんなでお菓子作ったり、カードゲームしたりして遊ぼうよー!」
ランセが本音を漏らすと、
「こらこら、勉強はどこいった」
ランセの後ろから現れたピノがツッコミを入れた。
口を尖らせて拗ねるランセ。
「絶対楽しいのになー」
「いかないって言ってんのに無理に誘わないの」
たしなめるようにピノが言う。
何か思う事があったのかビートが顔を上げた。
「ランセちゃんと2人きりなら行ってもいいけど?」
「え?」
「は?」
不意を突かれたピノとランセ。
「いやいや、それはなんかダメ」
我にかえったピノが言った。
「じゃあ、行かない」
ビートが本を広げて、目を落とした。
なぜかオロオロし出すランセと、眉間にシワを寄せてビートを見るピノ。
「おもろいねーお前ら」
隣の席で笑いながらエレルが言った。
笑い事じゃないと思うランセだった。




