第25話 再会
その日の夜、担任のプラリネがステアの家を尋ねてきた。
キースが姫から無理難題を押し付けられている事を、母レフールに伝えにきたのだった。
姫は、キースにはリーダーとして人を率いる才能が眠っていると言い、それを呼び覚ますための試練なのだと語った。
なので教員も手を貸すな、と。
姫は新しく作る騎士団に、取り立てる用意があるとまで言った。
なので、あの後校長と話して、姫の出した条件はそのままという事になった。
しかしそれではあんまりなので、それとなく「落第の件は心配するな」と伝えて、心理的負担を軽くしてやろうとしていたのだった。
そして、プラリネも校長も学園がなくなるとは微塵も思っていなかった。
いざという時でも、色々できることはある、そう思っていた。
母レフールが、キースの部屋のドアをノックした。
「キース、プラリネ先生が来てくれたわ。出てきてくれないかしら」
「……」
反応がない。
「もう寝ているのかもしれませんね。明日学校で話すことにします」
そう言うとプラリネは帰っていった。
まだ、20時だが、もう寝ているのだろうか。
(明日の朝、登校前に伝えよう)
そう思い、レフールはドアの前を離れた。
◇
その日の夜中。
何だか寝付けず、食堂でココアを飲むレフール。
娘が姫に言われた内容を思い出して、心配になっていた。
(クラス全員が藁斬りできないと落第……。姫さまはなんでそんな事を?)
娘だけは藁斬りに成功した。
そのせいで、姫さまに期待されているとの事だった。
(クラスメイトとは、うまくいっているのだろうか)
プラリネ先生によれば、学年で一番成績が良く、友達もいるとの事だったが……。
昔は明るく優しい子だったが、今は怒りっぽくて、いつも不機嫌な雰囲気を身に纏うようになっていた。
(学校では、友達の前では、昔のままなのだろうか?)
などと、考えていると、
ガチャ
食堂と廊下を隔てるドアが、開かれた。
その影は、ドアを20センチぐらい開けて、そこから動こうとしなかった。
なんだ!? っと思ってよく見るとそれはキースだった。
(また寝ぼけてる?)
そう思ったが、こっちを見ている視線はハッキリしていた。
(起きてる。どういうこと?)
キースの視線は母を見た後、うつむいてしまう。
そして、ドアがジリジリと閉まっていこうとしていた。
(えーっと、どうしましょう……。あ、そういえば!)
母は慌てて立ち上がる。
それに反応して、キースの視線はもう一度母を捉えた。
明らかに警戒している。
今にも、ドアを閉めて行ってしまいそうだった。
(待って、逃げないで!)
臆病な小動物を驚かさないような動きで、ゆっくり椅子の横に立ったレフール。
中腰になると、見えない紐を手繰り寄せるジェスチャーをした。
昔、キースが4才ぐらいの頃、まだ手のかかるディタの方ばかり相手をしていると、すねてしまうことがあった。
あやそうと近づくと、へそを曲げたまま逃げてしまう。
逃げた先でうつむき立ち止まるキースにこれをやると、次第に笑顔になりこっちへやって来てくれるのだった。
しかし、相手は4才ではなく11才。
いや、そんなことはどうでもいい、姫の授業の事で何か話があるのかもしれないし、こちらは受け入れる用意があることを示したかった。
逆に怒らせてしまうだろうか? でも他によい方法が思いつかない。
すると
(あ、来た!)
キースがドアを開け、うつむき気味に入ってきた。
そのまま母につかまる。
つかまったまま何も言わない。
レフールは、優しく抱きしめた。
「もう大丈夫よ」
なぜかそんな言葉が出た。
「プラリネ先生から聞いたわ。姫さまに、無理難題を押し付けられたんですって?」
体を少し震わせるキース。
「でも、姫さまは聡明な方と聞いているわ。できないことは言わないと思うの」
母の胸に顔を埋めたまま話を聞く。
「それに、プラリネ先生も落第の件は心配するなと、わざわざ今日言いに来てくれたのよ」
落ち着かせるように、頭を撫でるレフール。
「でも、もし失敗して落第になったとしたら、他の魔法学園に転校でもすればいいわ」
娘が掴んでいた手の力が少し強くなった気がした。
「だから、やれるだけ挑戦してみたらいいと思うの」
優しく抱きしめ返す。
「キースあなたはどうしたい?」
◇
「……」
母に掴まりながら、話を聞く傍ら、少女の頭の中ではある言葉が渦巻いていた。
(どうしてあの時、何も言ってくれなかったの?)
その言葉がこぼれそうになる。
しかし、同時に別の光景を思い出し、それが口をつぐませる。
親戚たちに囲まれ嘲笑されながら、頭を地面につけて謝罪させられる母の姿。
(私が聖騎士になれなかったせいで……)
キースは母に謝罪してほしいわけではなかった。ただ……。
「……」
相変わらず黙ったままの娘。
そんな娘の心境を知ってか知らずか、母は続けた。
「魔女にはね、新しい魔法が作れるのよ」
掴んでいた手を解いて、母から離れようとしていたキースは、動きを止めた。
「これは、聖騎士にはできないことなの」
天井を見上げながらレフールは言った。
「聖騎士にできる事は魔法を効率的に扱うこと。魔女より何倍も高い威力で同じ魔法が使える。あとは剣術でも魔女は相手にならない」
聖騎士でなければ、人として扱われない一族で魔女でいることは、人格を歪めるほど辛かっただろう。
なんとかその傷を、少しでも癒してあげたいと母レフールは思っていた。
誤った思い込みをほぐして、世界にはもっと広がりがあるということを教えてやりたかった。
「でも、聖騎士がどんなに魔女より優れていても、新しい魔法は作れないの。500年前、聖騎士たちは魔女たちの協力もあって、魔女以上に魔法をうまく扱えるようになった。そして魔法を無効化できるようになった。でもそれは既存の魔法だけ、新しい魔法には対応できないの」
キースには新しい魔法という言葉がとても鮮やかに響いた。
「この500年、新しい魔法は作られていないわ。でも挑戦してみる価値のあることだと思うの」
キースの鼓動が早まる。
『魔女にしかできない事』
単純にやってみたいと思った。
キースは顔を上げた。
「もう……、いいです」
母の目を見て言った。母は少し驚いたような顔をした後、ハグを解いて笑顔を返した。
「明日もここで待ってるわね」
母の言葉に頷くと、キースは自室へ向かった。
今までの、暗闇の中を進むような感覚に、小さな明かりが灯った気がした。
◇
翌日。
学校へ行く途中、いちご畑の中で子猫がミーミー鳴いているのを見つけた。
近くに親猫の姿はない。
(親と逸れたのか?)
子猫に近づき、しゃがみ込む。
腰からショートケーキ型のロッドを取り出し、猫じゃらしのように振ってみた。
「ミー!」
逃げ出す子猫。
しかし、距離を取ると振り返り、興味津々といった表情で振られるロッドを見ていた。
そうこうしているうちに、親猫が現れた。もう一匹の子猫と一緒に。
「シャー!」
キースを威嚇する。
子猫は親猫目掛けて走って行く。
三匹が合流するとそのまま行ってしまった。
キースはその後ろ姿をしばらく見ていた。
いちご畑から出ると妹のディタが立っていた。
「姉様……」
うつむきながら話しかけてくる。
「なに?」
返事を返す。
いつものように、無視されると思っていたディタは驚いた。
昨夜、母に包まれた後から、キースの体はあるもので満たされていた。
それは、かつて母が与えてくれていたもので、キースがずっと求めていたものだった。
「遅刻するから、急ぐよ」
そのままそそくさと歩き出す。
「はいっ」
妹は明るい声色で答えた。




