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第25話 再会



 その日の夜、担任のプラリネがステアの家を尋ねてきた。


 キースが姫から無理難題を押し付けられている事を、母レフールに伝えにきたのだった。

 姫は、キースにはリーダーとして人を率いる才能が眠っていると言い、それを呼び覚ますための試練なのだと語った。

 なので教員も手を貸すな、と。


 姫は新しく作る騎士団に、取り立てる用意があるとまで言った。


 なので、あの後校長と話して、姫の出した条件はそのままという事になった。

 しかしそれではあんまりなので、それとなく「落第の件は心配するな」と伝えて、心理的負担を軽くしてやろうとしていたのだった。


 そして、プラリネも校長も学園がなくなるとは微塵も思っていなかった。

 いざという時でも、色々できることはある、そう思っていた。


 母レフールが、キースの部屋のドアをノックした。


「キース、プラリネ先生が来てくれたわ。出てきてくれないかしら」

「……」


 反応がない。


「もう寝ているのかもしれませんね。明日学校で話すことにします」


 そう言うとプラリネは帰っていった。

 まだ、20時だが、もう寝ているのだろうか。


(明日の朝、登校前に伝えよう)


 そう思い、レフールはドアの前を離れた。





 その日の夜中。


 何だか寝付けず、食堂でココアを飲むレフール。

 娘が姫に言われた内容を思い出して、心配になっていた。


(クラス全員が藁斬りできないと落第……。姫さまはなんでそんな事を?)


 娘だけは藁斬りに成功した。

 そのせいで、姫さまに期待されているとの事だった。


(クラスメイトとは、うまくいっているのだろうか)


 プラリネ先生によれば、学年で一番成績が良く、友達もいるとの事だったが……。

 昔は明るく優しい子だったが、今は怒りっぽくて、いつも不機嫌な雰囲気を身に纏うようになっていた。


(学校では、友達の前では、昔のままなのだろうか?)


 などと、考えていると、


ガチャ


 食堂と廊下を隔てるドアが、開かれた。


 その影は、ドアを20センチぐらい開けて、そこから動こうとしなかった。

 なんだ!? っと思ってよく見るとそれはキースだった。


(また寝ぼけてる?)


 そう思ったが、こっちを見ている視線はハッキリしていた。


(起きてる。どういうこと?)


 キースの視線は母を見た後、うつむいてしまう。

 そして、ドアがジリジリと閉まっていこうとしていた。


(えーっと、どうしましょう……。あ、そういえば!)


 母は慌てて立ち上がる。

 それに反応して、キースの視線はもう一度母を捉えた。

 明らかに警戒している。

 今にも、ドアを閉めて行ってしまいそうだった。


(待って、逃げないで!)


 臆病な小動物を驚かさないような動きで、ゆっくり椅子の横に立ったレフール。


 中腰になると、見えない紐を手繰り寄せるジェスチャーをした。


 昔、キースが4才ぐらいの頃、まだ手のかかるディタの方ばかり相手をしていると、すねてしまうことがあった。

 あやそうと近づくと、へそを曲げたまま逃げてしまう。

 逃げた先でうつむき立ち止まるキースにこれをやると、次第に笑顔になりこっちへやって来てくれるのだった。


 しかし、相手は4才ではなく11才。

 いや、そんなことはどうでもいい、姫の授業の事で何か話があるのかもしれないし、こちらは受け入れる用意があることを示したかった。


 逆に怒らせてしまうだろうか? でも他によい方法が思いつかない。


すると


(あ、来た!)


 キースがドアを開け、うつむき気味に入ってきた。

 そのまま母につかまる。


 つかまったまま何も言わない。


 レフールは、優しく抱きしめた。


「もう大丈夫よ」


 なぜかそんな言葉が出た。


「プラリネ先生から聞いたわ。姫さまに、無理難題を押し付けられたんですって?」


 体を少し震わせるキース。


「でも、姫さまは聡明な方と聞いているわ。できないことは言わないと思うの」


 母の胸に顔を埋めたまま話を聞く。


「それに、プラリネ先生も落第の件は心配するなと、わざわざ今日言いに来てくれたのよ」


 落ち着かせるように、頭を撫でるレフール。


「でも、もし失敗して落第になったとしたら、他の魔法学園に転校でもすればいいわ」


 娘が掴んでいた手の力が少し強くなった気がした。


「だから、やれるだけ挑戦してみたらいいと思うの」


 優しく抱きしめ返す。


「キースあなたはどうしたい?」





「……」


 母に掴まりながら、話を聞く傍ら、少女の頭の中ではある言葉が渦巻いていた。


(どうしてあの時、何も言ってくれなかったの?)


 その言葉がこぼれそうになる。

 しかし、同時に別の光景を思い出し、それが口をつぐませる。


 親戚たちに囲まれ嘲笑されながら、頭を地面につけて謝罪させられる母の姿。


(私が聖騎士になれなかったせいで……)


 キースは母に謝罪してほしいわけではなかった。ただ……。


「……」


 相変わらず黙ったままの娘。

 そんな娘の心境を知ってか知らずか、母は続けた。


「魔女にはね、新しい魔法が作れるのよ」


 掴んでいた手を解いて、母から離れようとしていたキースは、動きを止めた。



「これは、聖騎士にはできないことなの」


 天井を見上げながらレフールは言った。


「聖騎士にできる事は魔法を効率的に扱うこと。魔女より何倍も高い威力で同じ魔法が使える。あとは剣術でも魔女は相手にならない」


 聖騎士でなければ、人として扱われない一族で魔女でいることは、人格を歪めるほど辛かっただろう。

 なんとかその傷を、少しでも癒してあげたいと母レフールは思っていた。


 誤った思い込みをほぐして、世界にはもっと広がりがあるということを教えてやりたかった。


「でも、聖騎士がどんなに魔女より優れていても、新しい魔法は作れないの。500年前、聖騎士たちは魔女たちの協力もあって、魔女以上に魔法をうまく扱えるようになった。そして魔法を無効化できるようになった。でもそれは既存の魔法だけ、新しい魔法には対応できないの」


 キースには新しい魔法という言葉がとても鮮やかに響いた。


「この500年、新しい魔法は作られていないわ。でも挑戦してみる価値のあることだと思うの」


 キースの鼓動が早まる。


『魔女にしかできない事』


 単純にやってみたいと思った。

 キースは顔を上げた。


「もう……、いいです」


 母の目を見て言った。母は少し驚いたような顔をした後、ハグを解いて笑顔を返した。


「明日もここで待ってるわね」


 母の言葉に頷くと、キースは自室へ向かった。

 今までの、暗闇の中を進むような感覚に、小さな明かりが灯った気がした。





 翌日。


 学校へ行く途中、いちご畑の中で子猫がミーミー鳴いているのを見つけた。

 近くに親猫の姿はない。


(親と逸れたのか?)


 子猫に近づき、しゃがみ込む。

 腰からショートケーキ型のロッドを取り出し、猫じゃらしのように振ってみた。


「ミー!」


 逃げ出す子猫。

 しかし、距離を取ると振り返り、興味津々といった表情で振られるロッドを見ていた。


 そうこうしているうちに、親猫が現れた。もう一匹の子猫と一緒に。


「シャー!」


 キースを威嚇する。

 子猫は親猫目掛けて走って行く。


 三匹が合流するとそのまま行ってしまった。

 キースはその後ろ姿をしばらく見ていた。


 いちご畑から出ると妹のディタが立っていた。


「姉様……」


 うつむきながら話しかけてくる。


「なに?」


 返事を返す。

 いつものように、無視されると思っていたディタは驚いた。


 昨夜、母に包まれた後から、キースの体はあるもので満たされていた。

 それは、かつて母が与えてくれていたもので、キースがずっと求めていたものだった。


「遅刻するから、急ぐよ」


 そのままそそくさと歩き出す。


「はいっ」


 妹は明るい声色で答えた。





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