第094話「黒糸黒子」
「――――【黒糸黒子】」
踊るようになめらかな動作で両手を交差させると、黒い極細の糸が何本も俺の両手から発射され、まるで意思を持ったかのようにロリコングJr.の体に絡みついた。
『ウ、ウホ……ッ!?』
奴は必死に抵抗しようとしているが、俺の能力による拘束を破ることはできない。
むしろ暴れるほどにどんどん糸が皮膚に食い込み、苦悶の表情を浮かべて呻き声を漏らすと、遂に痛みで掴んでいたボブを手放してしまう。
それを見た四位と美衣兎がすぐさまボブを回収したのを確認すると、俺は糸を更に操って奴の全身を雁字搦めに縛り上げていく。
:あ、あれ……? スズキ結構強くね?
:そりゃ強いよ。Aランクで裏世界最強パーティの戦女神の聖域のメンバーなんだから
:他の4人が凄すぎて彼らと並ぶと平凡に見えるけどな
:さすがにこんな危険度3~4区域だとレベチでしょ
:でた、意味のないちょろちょろした動きw
:魔術発動する前の空中で回転する動作もやる必要ないよなw
:ネットの評判だとダサくて弱いって聞いてたが、ダサいけど結構強いな
:動きと恰好がダサいのは事実だけど、戦闘力はかなり過小評価されてると思う
:あとさっきから台詞が全部蚊の鳴くような声で聞き取れねーんだわ
:なんか同接が爆上がりしてるんだが?
:意外とスズキ難民が多かったみたいだなwww
:ネタキャラとしての人気はあるからねw
鈴香の配信なのでなかなか辛辣なコメントが多いが、それでも視聴者は鈴輝の帰還に喜んでいる様子で、同接数がどんどん増えていっているようだ。
よし、このまま一気に畳みかけて決めさせてもらうぞ……!
「君たち、俺が奴を抑えておくから全員で総攻撃するんだ。力を合わせてあいつを倒したまえ(ボソボソ)」
「え? なんですって?」
「君たち! 俺が奴を抑えておくから全員で総攻撃するんだッ!! 力を合わせてあいつを倒したまえッッ!!」
「最初っからそれくらいの声量で喋れよ」
うるさいな! 小声でクールに話す方がカッコいいんだよ!
やれやれ……英一は髪型や恰好はイケてるが、この辺りのセンスはまだまだだな。
……まあいい。とにかく今はロリコングJr.を速やかに倒してしまうとしよう。
「さあ、一斉攻撃だ!」
「「「おう!」」」
俺の【黒糸黒子】で完全に拘束されたロリコングJr.に向かって、種口くんたちが四方八方から一斉に飛び掛かる。
如何にAランク相当のネームドモンスターといえど、四肢を抑えられて身動きの取れない状況下で攻撃を一身に受ければ耐え続けるのは難しい。
『ウ、ウホォ……ッ!? ウホホホーーーーーーッ!!』
しばらくの間必死に暴れて拘束から抜け出そうとしていたロリコングJr.だったが、やがて力尽きて悲鳴と共に消滅していった。
奴が消えて行った場所には、黄金に輝くイカのような何かがドサッと音を立てて落ちる。
「はぁ……はぁ……。な、なんとか勝てたか……」
「Yes! We did itーーーー!! これがTeam種口のチカラデス!!」
「うおっしゃー! これで俺たちもCクラス入りだぜ!」
「やったでござるーーーー!」
「はぁ……俺っちもうへとへとだぜ」
「僕ももう倒れそうだよ。でもなんだかやり遂げたって感じがするな!」
彼らは満身創痍で肩を寄せ合いながら笑い合っている。
その様子を見て俺はうんうんと頷くと、黒いマントを靡かせながら颯爽とその場から立ち去った。
そして大木の後ろに隠れてカメラから完全に死角になったところで、再びマイクをオンにして鈴香の声で驚きのリアクションを取る。
「おお、凄い! 彼らA級相当のネームドモンスターを倒しましたよ! 見るのに夢中になって実況するの忘れてました! 視聴者の皆さんごめんなさい!」
:あ、スズたそちゃんと見てたのねw
:途中から喋らなくなったから寝てんのかと思ってたわw
:ふぅ……男ばかりでウンザリしてたところだ。スズたそのお声が聞けて嬉しい……
:耳に優しい清涼剤
:ボブの悲鳴も悪くなかったけどな
:↑へ、変態だーーーっ!?
:ところであの黄金のイカみたいのなんだろう
:見たことないしたぶん相当のレアアイテムとみた
「あれ? スズキさんは? お礼を言おうと思ってたのに……」
「さあな、カッコつけてクールに去っていったんじゃねーか? それより今はイカだぜ、イカ」
「そうでござるよ! これ絶対激レアアイテムに違いないでござる!」
「ぼ、僕が食べてもいいかな?」
「ずりーぞ美衣兎! 俺っちだって食べてーよ! 誰が食べるのかジャンケンで決めよーぜ!」
「ちょ~っと待ってくだサイ。まずは先に鑑定しまショウ」
食べ物系のレアアイテムは、食べた者に何か特別な能力を授けてくれたり、身体能力を向上させたりと、永続的なプラス効果を与えるものが多い。
ただし中には厄介な呪いがかかっていたり、マイナスの効果を与えるアイテムもあるので、鑑定をせずに食べるのは非常に危険だ。
それを利用してわざと鑑定しないまま謎の裏世界食材を食べて再生数を稼ごうとする配信者もいるが、肉体に取り返しのつかない致命的な影響が出たり、最悪死亡してしまうケースもあるので、絶対に真似をしてはいけない。
再び大木の上に座り込んで種口くんたちを覗き見ていた俺だったが、みんながイカのところに集まってきゃっきゃっとはしゃいでいる間に、急いで着替えて鈴香モードへと戻り、彼らの前に姿を現す。
「お疲れ様です皆さん! 無事にロリコングJr.を討伐できたようでよかったです!」
「OH! 佐東サン。いいところに来ましたネ。今ロリコングJr.のドロップアイテムの鑑定結果が出るところなんデスよ!」
「おっ、見ろよ! 浮かび上がって来たぜ!」
黄金イカの乗せられた鑑定の巻物が輝き、そこに詳細情報が浮かび上がる。
俺たち全員は、一体どんなアイテムなのか期待に胸を膨らませながら食い入るように巻物を見つめた。
【名称】:やらなイカ
【詳細】:ウホホッ! いい男ウホ。食べると男性に対して性的興奮を与える匂いが体から出るようになり、特に雄モンスターから激しく求愛されるようになる。ただし逆に女性には非常に不快な臭いに感じられ、蛇蝎のごとく嫌われる。また、体が非常に柔らかくなると同時に高い再生能力も獲得でき、モンスターとのどんな激しい交尾にも耐えられる肉体へと変化する。しかし、フェロモンの放出と肉体の再生に自動で魔力が消費されるようになるため、一度でも食べると以後は一切魔力による肉体強化や魔術が使えなくなる。これらの効果は永続であり、一度食べたら死ぬまで続く。なお、女性が食べても効果はない模様。
「「「「「…………」」」」」
鑑定結果を読み終えた俺たちは、しばしの沈黙に包まれた。
やがて英一が苦笑しながら黄金イカを拾い上げ、種口くんの肩をポンと叩いてそれを手渡す。
「種口、今日のMVPはお前だ。これはお前が食っていいぜ?」
「いるわけないんだけどっ!?」
まるで汚いものを扱うかのように、指で摘まんで必死に英一に押しつけようとする種口くん。
さっきまで誰が食べるかで盛り上がっていた面々だったが、今度は誰もが全力で自分の手元から遠ざけようと躍起になっていた。
「まあまあ、何かの役に立つかもしれないじゃないですか。とりあえず貰っておきましょうよ」
俺は次元収納袋の中から白銀に輝く容器を取り出し、黄金イカをその中にしまうと、種口くんに手渡した。
これは食べ物の鮮度を一切損なうことなく保管できる魔道具で、見た目も高級感があって『如何にも貴重な素材が入ってます』といった雰囲気が出ており、このアイテムを保存しておくにはぴったりだ。
「え~……俺が保管するの?」
「さすがに捨てるのはもったいないですよ。世の中には色々な人がいますし、もしかしたらこんなアイテムでもオークションで高値で売れたりするかもしれませんよ?」
例えば茂浦くんなんかは嬉々として食べそうだしな。
オークションに出されたら、もしかしたら全財産を投げ打ってでも購入するかもしれない。
「じゃあまあ……一応もらっておくよ。容器、ありがとう佐東さん」
種口くんは顔を引き攣らせながら黄金のイカの入った容器を受け取り、そのまま自分の次元収納袋の中へとしまった。
そして俺はくるりと振り返り、カメラに向かって満面の笑みで挨拶をする。
「それでは皆さん、今日はクラスのお友達がロリコングJr.を討伐する姿をお届けしました! 次回もまた見てくださいねー! ばいばーい!」
:お疲れー!
:今日も面白かった!
:あの容器冷蔵庫入れてたら間違って誰か食べちゃいそうだなw
:なんで女が食べたら何も効果ないんだよ! スズたそが食べてモンスターとぐちょぬれバトルしたら再生能力で何匹相手しても負けなしっていう、視聴者にとてもありがたいコンテンツになるのに……!
:↑おしっこやゲロも沢山見れそう……
:スズちゃんは女の子なんだから同盟の奴らは諦めろや!
:変態には困ったもんですねw スズちゃんおやすみなさい
ふむ、しかし俺は女の子じゃないので食べたらたぶんヤバいんことになるんだろうなぁ……。
万が一にもうっかり口に入れたりすることがないよう、俺自身も細心の注意をしておかなければならないだろう。
そんなことを思いつつ、俺は笑顔で本日の配信を終了させるのだった。




