第093話「帰って来た男」
「むす~っ!」
俺は草原地帯の真ん中あたりにある大岩の上で、大の字に寝っ転がってふて腐れていた。
このエリアはウマシカを筆頭に動物型のモンスターが多く、飛行タイプが一切出現しないので、裏世界ではあるがこうして高いところに陣取れば安全に休憩ができるのだ。
:ほっぺたぷくぅ~って膨れててかわいいw
:つんつんしたい
:機嫌直してくだしあ!
:この可愛さで男のフリは無理だってw
:せっかく男装してきたのにやる気なくなっちゃったかな……
:ロリコングJr.がどうなったか気になるんだが
:でもスズちゃんが近づくと逃げちゃうし、諦めるしかないんじゃね?
「う~ん……じゃあふわスラだけ森の方に飛ばして、今日は私はここから実況だけする感じにします?」
上体だけ起こして帽子を脱ぐと、長い黒髪を靡かせながらカメラに向かってそう告げる。
:あ、私に戻ったw
:ボーイッシュスタイルもいいけどやっぱスズちゃんはこれが一番だわ
:オラァ! なら早くサラシも取って巨乳も見せろ!!
:声だけか、それもいいかもな
:スズたその顔が映らないのは残念だけど、声だけ聞こえるのもそれはそれで趣があっていいね
:確かにせっかくだしロリコングJr.が討伐されるところは見たい
:でもふわスラそんな遠くまで飛ばせるの?
:スズちゃんの魔力操作精度ならいけるんちゃう?
:ふわスラの性能にもよるな
「最近奮発して高性能のふわスラ買ったんですよ! それに皆さんが言うように、私魔力操作はかなり得意なので、ここからあっちの森林エリアくらいまでなら余裕で操れますよ!」
ふわスラは基本的には登録者の後を自動で付いてくるだけのアイテムだが、自分の魔力を注ぎ続けて強く紐付けすることで、離れた場所からでもある程度操作することが可能となる。
もちろん限界はあるし、操作可能な距離や移動速度もふわスラの性能によってバラバラだ。
低レアのものはどれだけ魔力を注いでもふわふわと近くをゆっくり漂うだけだが、高性能のふわスラであれば凄まじい機動力を発揮して使い手から数百メートル離れた地点まで高速移動できたりする。
俺の現在使っているふわスラは、ワカラセマンが持っていたかなりのレアモノなので、ここから周辺の森林エリアくらいまでなら十分射程内だ。
:おお、すごい!
:じゃあそれで!
:決定!
:今日はスズたそのウィスパーボイスを存分に堪能するかぁ
:カメラに映る絵面は汚くなりそうだけどなw
視聴者たちの了承を得たところで、俺はふわスラに魔力を流して一気に森林地帯に向かわせる。
そしてスマホを取り出して配信画面を眺めつつ、鈴香の姿が完全にカメラからフレームアウトしたことを確認すると、俺はすぐさま大岩の上から飛び降りた。
声だけの配信に切り替えることによって、鈴香がずっと大岩の上にいると見せかけながら、別人に変装して現場をうろつくことができるというわけだ。
「おっと、どうやら彼らは再びロリコングJr.と交戦中のようですよ? 一体どんな展開になっているのでしょうか~?」
ふわスラのカメラが捉えたのは、ボブたち五人がそれぞれ異なる方向から攻撃を加え、それをロリコングJr.が器用に避け続けているシーンだった。
彼らは普段から一緒に訓練しているだけあってさすがのコンビネーションを見せているが、やはりA級相当の難敵を相手にするには少々力不足のようだ。
このままではやがて綻びが生じ、いずれ誰かがヤバイ目に遭うことになるだろう。
俺は森の中に突入すると、周りに人影が無いことを確認してから、次元収納袋の中に手を突っ込んで黒狐の面を取り出す。
そしてマイクの電源を切ると、鈴香の偽装を解除して体中から女性的な丸みを削ぎ落とし、素の俺に近いシルエットへと変えていく。
同時に服も脱ぎ去って下着姿になると、上下ともに真っ黒なトップスとボトムス、さらに靴下と靴も取り出して身に纏い、同じく黒いマントとカッコいい穴あきグローブを装着して――最後に黒狐の面を顔に被せた。
「フゥ~~~~ッ! へんっしん!!」
全身黒ずくめの衣装に着替えた俺は、体の内側から湧き上がる熱いパッションをそのまま声に出して叫ぶ。
……もはや先程までの可憐で清楚な黒髪ロングJKの姿は何処にもない。
そこに居るのは、クールでスタイリッシュなコスチュームに身を包んだ……漢の中の漢であった――。
『ウホ! ウホホホーー♥』
「オーマイガァァァァーーーーッ!?」
「ぼ、ボブ殿ぉーーーーっ!」
「やべぇ! ボブが捕まっちまったぞ!」
:ぼ、ボブーーーー!
:やべーぞ!
:これはマズいですよ!?
:うえぇ! 一瞬にして服を剥ぎ取って全裸にしたぞ!?
:なんだあの俊敏かつ精密な動きはwww
:スズたその配信を見に来たのになぜ俺たちはこんなゲテモノショーを見せられているんだ……
変身を終えた俺が森の奥へと進んでいくと、ちょうどロリコングJr.がボブを掴まえて全裸にひん剥いているところだった。
ボブはそのまま地面に押し倒され、ヤバい映像がカメラに映ってしまうかと思った瞬間――
「はぁぁぁぁーーっ!」
『ウ、ウッホホーーッ!?』
種口くんが颯爽と現れ、魔王の封印を解いた右手でロリコングJr.を殴り飛ばす。
「おお! ワンパン男さんが現れましたよ!」
マイクをオンにして声だけ鈴香のままで実況しつつ、俺は戦いの全貌を俯瞰できる大木の上に跳躍すると、真っ黒なマントを風に靡かせながら枝の上に立って眼下の光景を眺めた。
種口くんの拳で吹き飛ばされたロリコングJr.だったが、A級相当の強靭な肉体には殆どダメージが通っていないようで、平然と起き上がって再び戦闘態勢に入る。
奴はいいところを邪魔されたのが気に食わなかったのか、先程までの獲物を弄ぶような態度は鳴りを潜めて、大きく咆哮して苛立ちを露わにしていた。
「種口サン! 助けに来てくれたんデスね! 感謝しマース! さすがワタシの親友デス!!」
「お礼は後だボブ! 今は力を合わせてこいつを倒すことに集中しよう!」
種口くんが自分の上着をボブ渡して彼の肌を隠すと、ロリコングJr.は怒りが頂点に達したのか、その巨体からは考えられないようなスピードで二人に向かって突進していく。
『ウホォォーーーーッ!!』
「――くっ!?」
右腕に小さな竜巻を纏わせ、渾身の一撃を放つ種口くんに対し、ロリコングJr.もまた大きな拳を振るって両者の力がぶつかり合う。
だかやはりまだ魔王の力を殆ど使いこなせていないのか、種口くんの方がパワー負けしてしまい、地面を削りながら後方へと吹き飛ばされてしまった。
「ぐあぁーーっ!?」
:ワンパン男でも駄目か!?
:そりゃあんな変態モンスターでもA級相当だからな
:あいつの親父なんて円樹ちゃんに倒されるまで十年以上も逃げ切ってたくらいだし、その息子が弱いわけがない
:こりゃ全滅確定か……
:おいおい、このままだと話題のボブとワンパン男の薄い本が現実になっちまうぞ
:↑なんだよそれw
:ボブのインタビューを見たワンパン男のファンが書いた同人誌。詳しくは各自調べてくれ
:スズちゃん、救援出したほうがいいか?
「ちょっと待ってください。もう少し様子を見ましょう」
他の探索者に介入されては、彼らの手柄にならなくなってしまうからな。
……しかしこのままでは駄目そうだ。
英一たちも後ろから攻撃を加えているが、本気になったロリコングJr.の速度についていけず、完全に翻弄されている。
ふむ……そろそろ俺の出番かもしれんな。
う~む、どんな感じでカッコよく登場しよう。ポーズはどうするか……。決め台詞も考えておかねば――
「オーノォォォォーーーーーーッ!?」
:やべーぞ! またボブが捕まった!
:なんで奴は執拗にボブだけを狙うんだよw
:ロリコングJr.にも好みがあるんだろw
:あああぁ! ボブの尻が狙われているぅーーーっ!?
:やめろぉぉ! これ以上ボブを辱めるなぁぁーーっ!
:もう「限界」だッ! 俺は救援ボタンを押すぜぇぇ!!
マズい、まだ決め台詞を思いつかないが仕方がない……!
「ああっ!? 皆さんあそこを見てください! 木の上に誰かいますよ!」
俺は鈴香の声で叫びながらふわスラのカメラをこちらに向かせると、マイクをオフにして大木から飛び降りた。
全身黒ずくめの姿で、マントを風にはためかせながら種口くんたちの前に宙返りで華麗に着地すると、穴あきグローブを嵌めた右手を天高く掲げてカッコいいポーズを取ってみせる。
「調子に乗るのはそこまでだ、愚劣なるモンスターよ。この俺が来たからには好き勝手にはさせんぞ! 観念するんだな(ボソボソ声)」
……か、完璧に決まった!
種口くんらこの場にいる誰もが呆然とした様子で俺を見つめているが、おそらくあまりにもイケてる登場シーンに感動で言葉も出ないのだろう。
ふわスラのカメラもばっちり俺を正面から捉えており、今の全てをしっかりと撮ってくれているはずだ。
:こ、こいつは……!
:この黒い服装に黒狐の面!
:まさか……!?
:す、スズキやんけぇぇぇぇーーーーッ!
:生きとっったんかワレェ!!
:相変わらずだせぇぇぇーーっwww
:聞き取れねーよ、もっと腹から声出せw
:俺Yでスズキの生存報告してくるわw
「君たち、離れていろ。ここは危険だ(ボソボソ声)」
「え……? なんですか? もっとハッキリ喋ってください!」
「それとズボンのチャックが開いてるぜ? たぶん佐東のやつだと思うが……あそこにカメラが飛んでんだから恰好くらいちゃんとしとけよ」
「……」
英一に指摘されて慌てて股間のジッパーを締める。
最近は女の格好ばかりしてた影響で、男物のズボンとかを穿く機会があまり無くて忘れていた。スカートは大抵サイドにファスナーがあるからな……。
『ウホォォォーーーーーーーーーッ!!』
「Help meーーーーっ!!」
おっと、こんなことをしている間にボブが今にもヤられる寸前だ。
俺はすぐさま飛び上がり、空中で三回転半してから着地すると、細かいステップを踏みつつ穴開きグローブを装着した両手に魔力を込める。
喰らうがいい! 戦女神の聖域の黒き閃光――"涼木 鈴輝"の華麗にしてクールな魔術――




