第092話「佐東鈴香の男装配信」
翌日――俺は府中市にある東京競馬場の裏側へとやって来ていた。
ここは広大な草原に様々な動物型モンスターが出現する場所で、危険度は3から4といったところだ。
難易度もそこそこだし、ここのモンスターたちは各種ポーション等の便利な消費アイテムをよく落とすということで、高尾山で武器を入手した探索者たちが次に訪れることが多いエリアとなっている。
ロリコングJr.は他のエリアにもちょくちょく現れることもあるようだが、主な活動区域はここで、ここのところ毎日のように出現しているらしい。
草原は見通しが良いのだが、所々に森林エリアがあり、奴はそこにターゲットを引きずり込んで襲撃しているようだ。
「結構人がいますね……。皆ロリコングJr.を討伐しにきたのでしょうか?」
どうやらボブたちだけでなく、同じようなことを考えている探索者は他にもたくさんいるようだ。
ネームドモンスターは大抵凶悪な個体が多いので、負ければそのときは文字通り死が待っているから敬遠されがちなのだが、ロリコングJr.はA級相当でありながら襲った相手を絶対に殺さないと話題になっているので、比較的安全に名誉と実績を手に入れられると思っている人が多いんだろう。
……しかし、性癖を捻じ曲げられるということを甘く見すぎていないだろうか?
今まで女の子に囲まれて楽しそうにしてたのに、急に種口くんのお尻を触ってにやにやしてた茂浦くんの狂気的な雰囲気は今思い出しても鳥肌が立つ。
ボブたちが彼みたいにならないように、今日はしっかり保護者として目を光らせておかないといけないな。
遠目にボブやキモタク、英一たち不良三連星の姿を確認しつつ、配信の準備を始める。
俺が討伐してしまっては彼らの手柄にならないので、今回はカメラマン兼お助けマン的な役割で後方に控えておくつもりだ。
見ると、どうやら種口くんも心配で付いて来たようで、先程から五人の近くをウロチョロしている。
まあ、今の彼なら最悪魔王の力を開放すれば一人でもなんとかなると思うので、彼に関しては放置で良かろう。
……さあ、それでは視聴者も首を長くして待ってるだろうし、そろそろ配信開始だ!
「皆さんこんにちはー! 佐東鈴香です! 今日は東京競馬場の裏側で探索配信をやりますよ~!」
:スズたそきたぁぁぁぁぁ!
:生き甲斐
:最近は配信頻度減っちゃったから一回一回が楽しみすぎる
:待ってた!
:相変わらずエロくて可愛い
:あれ? なんか今日いつもと雰囲気違くねw
:それにおっぱいがない! サラシでも巻いてる?
:これはまさか……
「ふっふっふ、気がつきましたか? 今日は話題のロリコングJr.を討伐するために男の子の格好をして来たんですよ!!」
今日の俺の格好だが……まず長い黒髪を隠すためにキャップを被って髪の毛を全部中に押し込んでいる。
そしておっぱいはサラシを巻いているという設定で偽装を解いて通常の大きさにしており、ちょっとダボっとした男物サイズのTシャツと前開きパーカーを着用。
下は裾をくるぶしまで折ったデニムパンツとハイカットスニーカー。それにメンズのシンプルなショルダーバッグを斜めがけしたボーイッシュなスタイルだ。
俺のセンスだと男の格好は全部スズキっぽくなってしまうので、今回はリノにコーディネートしてもらったぞ。
鈴香でありながら完全に男にしか見えないという超難題をポンとクリアしてきた辺り、さすがは我が妹と言わざるを得ない。
声もいつもより少し低めで喋るように工夫しているので、相当近づかない限りは女の子(?)と気づかれることはないだろう。
さあ、視聴者諸君! 鈴香の男装を思う存分堪能してくれ!
「どうですか? 私の――いえ、僕の恰好、似合ってるかな?」
:僕wwwww
:めちゃくちゃ似合ってる!
:けど残念ながら男の子には見えねえ……
:元が美少女過ぎてどう頑張っても女の子にしか見えないw
:ただのボーイッシュな恰好した女子やww
:これでもかっていうぐらい全身から女性ホルモン出てて草
:ていうか胸ねえと思ったらサラシ巻いてたのか! 早く取れオラッ!
:サラシに隠された巨乳を想像すると興奮してきた
:俺は普通に好きだわ
:たまにはこういうのも新鮮でいいな
「…………」
どうやらファンの皆は鈴香を見慣れ過ぎているせいで、騙されにくくなっているようだ。
いくら俺がリアルなボーイズスタイルをしていても、脳味噌が勝手に女子だと判断してしまっているのだろう。
……とはいえ、初見の人やロリコングJr.は俺から溢れ出る男性ホルモンを感じ取ってくれるはずだし、何も問題はないか。
「おっと、そうこうしてるうちに僕のクラスメイトたちが動き始めたので、彼らを追いかけますね~。今日は彼らがロリコングJr.の討伐に挑むのを後方から応援しながら配信していく予定なので、皆さんも一緒に見守ってあげてください」
:今日は一人称『僕』で固定なのかw
:頑張って男の子を演じてる感じが逆にエロい
:周辺に男しか映ってなくてむさくるしいなぁ~
:ロリコングJr.は女がいると逃げるらしいからしゃーない
:てか今カメラの隅にワンパン男が映ってたやん!
:マジだw 最近どこにでもいるなあいつw
歩き出したボブたちを見失わない程度に距離を取りつつ、彼らの背後にぴったりと食いついていく。
だがしばらく進むと、俺と彼らの間に立ち塞がるようにして一体のモンスターが姿を現した。
『ブルルルルッ!』
現れたのは、サラブレッドの様な美しいフォルムをした馬だ。
しかしその頭部には立派な二本角が生えており、獰猛な表情を浮かべながら荒々しく地面を掻いてこちらを威嚇している。
「ウマシカですね。このエリアで最も出現率の高いモンスターで、俊敏な上に角による攻撃の威力も高い厄介な相手です。アマチュアが運悪く遭遇してしまったら、そのままあの世行きになってしまうことも少なくありません。ですが――」
『ヒヒィィーーーーンッ!』
嘶きと共に猛烈な勢いで一直線に突進してくるウマシカ。
だが、俺は慌てることなく腰元からテンタクルウィップを引き抜くと、前方左右にある二本の木に向かって鞭を振るう。
すると鞭は流れるような軌跡で左右の木へ絡み、根元同士を結ぶロープとなった。
足元に張られた鞭のロープに気づかぬまま全速力で直進してきたウマシカは、そのまま派手に引っ掛かって大きく身体を宙に投げ出し――
『ヒ、ヒヒンッ!?』
スピードに乗ったまま顔面から盛大に地面へとダイブする羽目になった。
額の角が二本とも根元からぽっきりと折れ、びくんびくんと痙攣したあと、ウマシカは光の粒子となって消えていく。
「こんな感じで、頭はあまり良くないので単純な罠によく引っ掛かります。なのでアマチュアでも工夫次第でなんとかなるモンスターなんです。でも複数体になると途端に難易度が跳ね上がるので、やはりプロになってから挑んだほうが無難かもしれませんね」
:すげー
:鞭さばきに更に磨きがかかってるな
:馬と鹿とはよく言ったもんだw
:さすがスズたそだぜ
:そろそろCランクに上がれるんじゃね?
:お、なんかドロップした
:ポーションっぽいね
:ウマシカはポーションも鑑定の巻物も結構落とすから脱初心者にとってはありがたい存在なんだよなー
ウマシカの消えた場所には、小瓶に入った青色の液体が落ちていた。
これはノーマルポーションだな。一番レア度の低いやつだけど、これでも軽い骨折程度なら瞬時に回復できるだけの効果がある。
ポーションというとゲームとかでは最初の街で格安で売っているアイテムだが、この裏世界のそれは効果が高い分、そこそこ入手難易度が高く、お値段も安くない。
例えば欠損すら治す最高級のマキシポーションなんかは、普通のサラリーマンの生涯年収でも買えないぐらいの値段だったりする。
種口くんはここ数ヶ月でガブガブと何杯も飲んでたりするが……実はあれ、めちゃくちゃ貴重なアイテムなのだ。
「うぎゃぁぁぁぁーーーー!?」
そのとき――突如近くにある森林地帯の方から野太い悲鳴が響き渡ってきた。
「おおっと! 男性の悲鳴ですよ! 早速ロリコングJr.でしょうか? ちょっと行ってみましょう!」
俺はボブたちに先回りするように森林エリアに突入すると、木々の間を縫って音源の方へと疾走していく。
するとさほど遠くない場所から、もう一度「んほぉぉぉーーーーッ!」という情けない絶叫が聞こえてくる。
声を追って少し開けたスペースへ飛び出ると、ちょうどゴリラの様な風貌をしたモンスターが森の奥へと走り去っていくところだった。
おそらくあれがロリコングJr.だろう。背中しか見えなかったが父親そっくりの姿形をしていたし間違いない。
そして奴が去り際にぽいっと地面に投げ捨てていった人物を見て、俺はすぐさまふわスラに命令を飛ばしてカメラをフレームアウトさせた。
:うげぇ!? 一瞬汚いモノが見えちまった!
:全裸の禿げたおっさんの尻wwww
:しかも謎の白い液体まみれwww
:ジュニアって少年しか襲わないんじゃないの?
:↑特に少年が好きなだけで不細工なおっさんでも構わず食っちまうらしいぞ
:俺も討伐に参加しようと考えてたけどやめるわ……
地面に横たわるおっさんは命には別状なさそうだが、恍惚とした表情で「最高だった……」とうわ言のように呟いており、既に性癖を捻じ曲げられてしまっているようだった。
……どうやらまた犠牲者が増えてしまったようだな。
「美衣兎! そっちに行ったぞ!」
「任せろ英一! ボブとキモタクは奴の逃げ道を塞ぐんだ!」
「承知したでござる!」
「OKデース! leave it to me!」
森の中から聞き慣れた声が響いてくる。どうやらボブたちがロリコングJr.と接触したようだ。
俺は全裸のおっさんをその場に残して、彼らの戦いを見届けるべく現場へと急行する。
するとロリコングJr.をボブ、英一、美衣兎、四位、キモタクの五人が囲み、その様子を少し離れた位置から隠れるようにして見守っている種口くんの姿が確認できた。
『ウホホホホーーーーッ!』
「と、飛んだでござる!」
「なんてジャンプ力だ!」
「くそっ! 逃げられるぞっ!」
さすがに多勢に無勢だと思ったのか、それともロリコングJr.は一対一のプレイが好きなのか、奴は上空に向けて高くジャンプして包囲網を突破すると、そのまま逃げるように全速力で走りだした。
……あ、マズい。こっちに来る。
俺から溢れ出る男性ホルモンにあてられてこのまま襲いかかってこられたら全て台無しだ。
とりあえず今は姿を隠さねば――
『ウホ……?』
しかし奴は俺の前まで迫ってくると、そのまま突然ピタッと止まって少し考え込むような仕草をする。
そして――
『ウホォ……』
心底ガッカリしたかのような唸り声を漏らすと、俺に背を向けてそのまま走り去ってしまった。
……あ、あれれ~? おかしいぞ~?
「ちょっと佐東サン! なんで来てるんデスか! ロリコングJr.は女性を見ると逃げちゃうって言ったじゃないデスか!」
「あ、あの……だから男装して――」
「おいおい佐東、頑張ったのは認めるが、おめぇじゃどう考えても男のフリは無理があるって」
「鈴香殿、申し訳ありませぬがここは我々男子に任せて、女子は帰ってくれないでござるか?」
「…………」
:怒られてて草www
:まあ男子には見えないししょうがないよw
:俺は男装したスズちゃんを見れて嬉しいけどな
:迷惑にならないように草原の探索配信にでも切り替えようぜ
:スズたそガチで凹んでるwww
:本気で男の子に成り切れてると信じてたんだな……
:笑うなよ! 本人は真面目なんだからっ!
:可哀想になあ……
ボブ、英一、キモタク、そして視聴者からもダメ出しを受けてがくりと肩を落とす俺。
あんなに自信満々に男装を披露しておいて、ここまで呆れられるのはさすがに心に刺さる。
やはり正統派美少女がコンセプトの鈴香がベースでは、どうしても男に見えるようになることは難しいのか……?
――ならば!
ここはもう、あの男を復活させるしかあるまい……っ!!
肩を竦めながら去っていくボブたちの背中を見送りつつ、俺は己の中で眠りについていたアイツを表舞台に引っ張り出すべく、一つ深呼吸を行うのだった。




