第089話「メガフロート東京」★
「久々に来ましたが、相変わらず凄い人の数ですね……」
「毎日世界中の人たちが裏世界に行くためにここに集まるからねー。中継地点としても便利だし、一年中こんな感じだよー」
「ひ、人ごみ……苦手……。早く帰りたい……」
俺たちは東京湾に浮かぶ人口島――通称"メガフロート東京"にやってきていた。
この島は裏世界の魔道具をふんだんに使用して作られた世界最大の浮体式構造物で、普通のメガフロートと違い耐久性も抜群だし、島の上に通常では考えられないような巨大な建造物や施設を建築することが可能だ。
およそ20年ほど前に転移ポータルが発見されてから作られた島なので、その歴史は比較的浅い。しかし今や世界でも有数の重要都市となっており、日夜沢山の人々が世界各地から押し寄せている。
辺りを見渡すと島の中央にある東京国際転移門を中心に、ホテルや商業施設などが乱立して巨大な繁華街を形成しており、まさに未来都市といった風景だ。
道行く人々も日本人だけでなく様々な人種で溢れており、先程から多種多様な言語が耳に入ってくる。
人混みが苦手らしいフレデリカさんは早くも疲れ切ってしまったようで、ぐったりとしながら心美さんの肩にもたれかかっていた。
「フレちゃん。あーしが背負ってあげよーか?」
「い、いいよ。もう子供じゃないんだから……」
「遠慮すんなし! ほら、お姉さんに任せなさーい!」
「わわっ……!?」
無理やり彼女をおんぶした心美さんは、そのまま歩き始める。
フレデリカさんは少し恥ずかしそうにしていたが、本気で嫌がっている様子はなく、すぐに心地良さそうな表情を浮かべて心美さんの背中に顔を埋めた。
「ココちゃんありがとー……」
「ふふ、いいよー。こうしてフレちゃんとくっついてると昔を思い出すなぁ」
「お二人って随分仲良さそうですけど、組織に入る前からの知り合いなんですか?」
「そーだよー。あーしとフレちゃんは幼少期にロサンゼルスにあるギフテッドの子供たちが集まる学校で出会ってさ。あーしのほうが一個上だったから、妹みたいに可愛がってたんだよねー」
「へぇ~、幼馴染ってやつですか」
「まあ、エレメンタリースクールを卒業してからあーしは日本に帰ったから会う機会が殆どなくなっちゃったんだけど、その後もずっと連絡だけは取り合っててさ。そしたら二年前に八咫烏の一員として再会して驚いたよねー」
「う、うん……。ココちゃんすぐにボクのことに気付いてびっくりした。あ、あれから結構見た目も変わったのに……」
「それはほら……ずっと一緒に遊んでた妹みたいなもんだし? ちょっと変わってても間違えるわけないっしょ」
「ふひ……嬉しい……」
ぷにっと頬っぺたをくっつけ合う二人を、なんだか微笑ましい光景だな……と思いながら眺めていると、前方に巨大な建物が見えてきた。
入り口には『TOKYO INTERNATIONAL WARP GATE』と書かれた看板が掲げられており、沢山の人が出入りをしている様子が窺える。
俺たちも人混みに紛れて中に入ると、施設内は国際空港に似た造りになっていた。
転移といっても海外に飛ぶのだから、当然パスポートが必要だし税関やら出国審査やら色々あるわけで……そういった場所も併設されているので似通ったデザインになるのは必然なのだろう。
「警備も凄い厳重ですね。そこら中に監視カメラや魔力探知機が設置されてますし」
「そりゃねー。次元収納袋のせいで密輸もしやすいし、いきなり武器なんかも取り出せちゃうわけじゃん? 裏世界の魔道具が一般に流通し始めてから、ここだけじゃなく空港の警備とか税関はどこも大変らしいよー」
「い、今ではどこも魔力探知機が設置されてるけど……ま、魔術や魔道具を使った犯罪を完璧に防ぐのは、どうしても難しい……」
いつの間にか心美さんの背中から降りていたフレデリカさんが、ボソボソとした小さな声で呟くように言う。
魔道具は便利な反面、現在の科学技術では対処出来ないものも多い。故に犯罪に悪用されることも多くあり、取り締まりは非常に難しい問題となっているのだ。特にこういった国家を跨ぐ施設だと尚更だろう。
「さてと、じゃああーしらは裏世界に行くとしますか」
「施設内に扉があるんですか?」
「ないと転移ポータルの複製を裏世界に運べないじゃん。複製は本体から200メートル離れただけで消えちゃうんだから」
「そ、そうでした……」
「さ、最初からあったわけじゃないみたいだよ。裏世界の門やダンジョンは後天的に出現するタイプもあって……こ、ここもその一つらしい……。ちなみに海底神殿も東京国際転移門が世界的に有名になってから生まれたダンジョンなの……」
「へえ、そうなんですね」
そういや学園の授業でもそんなことを習った気がする。塔だの神社だの歴史的巨大建造物だのの裏には、必ず似たような空間が存在してるって。
比較的新しい建物でも、そこが有名になると同様に後付けのダンジョンや扉が出現する場合があるというわけか。
……やっぱ不思議な空間だよな、裏世界って本当に。
心美さんに先導されながら転移ポータルのある場所の近くにあった通路を進んでいくと、"STAFF ONLY"と書かれた扉の前まで辿り着いた。
入口にいる警備員に彼女が八咫烏のスマホを見せると、すぐに道を開けてくれる。
中には見慣れた裏世界への扉があり、俺たち三人はその前に立つ。
「じゃあ調査に行くけど、ワンパンくん気をつけてよ? ここの裏、危険度7の区域だからさ」
「き、危険度7ぁ!?」
そんなレベルの高い場所、神戸の森を除いて行ったことないぞ!?
「う、海はモンスターのレベルが高い。し、知らなかった?」
「あ……そういえば学園の授業で習いました」
裏世界の日本列島の外側は深い霧に包まれていて、視界も不良だし強力なモンスターが多数徘徊してるって。
ここは海の上に人工的に作られた島だから、周りは全部海。道理で危険度が高いはずだ。
「まー心配しなくていいよ。海はヤバいけど島内には殆どモンスターは出ないし、危なかったらあーしが"バリツ"で守ったげるから」
拳が見えないほどのスピードでジャブを打ったあと、その場でくるんっと器用に回転しながらサマーソルトキックを放つ心美さん。
短いスカートがめくれ上がり、レース付きの黒い紐パンツが見えてしまったので、慌てて目を逸らす。
「た、頼りにしてます」
情けないが、俺は魔王の力がなければ到底八咫烏に入れるような実力はない。
ここはSランク探索者である彼女に甘えさせてもらうしかないようだ。
……しかし"バリツ"って一体どんな武術なんだろう? 心美さんの動きを見てもさっぱりわからないのだが。
「じ、じゃあ行くよ……」
扉を開けたフレデリカさんに続いて、俺と心美さんも扉の向こうへ足を踏み入れていく。
裏世界に出ると、目の前には巨大な穴に海水が流れ込んで形成されたと思われる、円形の池のようなものが広がっていた。
深い水溜まりの中には優美な神殿が沈んでおり、とても幻想的な光景だ。
周囲にはそれ以外に何もなく、乾いた地面と荒れ果てた景色だけが続いていた。
島の外側には深い霧が立ちこめており、どこからともなく不快なモンスターの鳴き声が響いてくる。
「ここが海底神殿ですか……」
「そそ。年に二回、裏世界の月が両方とも満月になったタイミングでだけ浮上して開く、試練型のダンジョン。ワンパンくんはダン学の学生だから修練の塔は知ってるよね?」
「はい、ついこの間行ってきました」
「ここも似たようなもんでねー。アイテムドロップとかがない代わりに入った者全員に帰還の宝珠が配られるんだ」
「し、修練の塔との違いは、扉が開いてる48時間の間は何度でも挑戦できること。で、でも、モンスターのレベルが桁違いに強い」
「エリアが上層、中層、下層、最深部と四つに区分されててね。最深部に入ると帰還の宝珠が消滅して下層に戻れなくなるし、ボスを倒さない限り出られない鬼畜仕様だから注意してね?」
「帰還の宝珠が消えるとはまた随分いやらしい仕様ですね……」
「まーね。アイテムも殆ど何も落ちないし、力試しくらいにしか使えないダンジョンだけど……そのお陰で探索者もあまりこないから転移ポータルの複製を隠すにはもってこいの場所ってわけ」
上から海底神殿を覗き込んでみるが、入口の様なものは見当たらない。
おそらく二つの月が満月にならないと、水の中に飛び込んでもダンジョンに入ることは出来ないのだろう。
「う~ん、でも聞けば聞くほどに如何にメサイア教団でも複製を全部破壊するのは難しいと思うんですが……」
「そうだねー。じゃあ、あーしらが教団員になったつもりでちょっと思考実験してみよっか。フレちゃんがアームストロングだったらどんな手を使う?」
「ぼ、ボクなら人海戦術かな……。た、単純に大量の人数を集める」
「あーしもそれが一番可能性としてはあり得ると思うけど、ここのダンジョンはめちゃくちゃ広いしモンスターの危険度も5から8だから、相当な人数を要すると思うんだよねー。ぶっちゃけ聖王十字団の全員が参加しても二日で複製の全部を見つけるのは不可能じゃない?」
「な、なんらかの特典があれば、最深部以外は帰還の宝珠があって安全だから、一般の探索者たちも参加してくれる……かも」
「転移ポータルの複製を発見して破壊したら、教団が賞金でも出すと宣言するってことですか……?」
「いやいやー。メサイア教団は表向きにはテロとか認めない平和主義者的なポーズとってんじゃん。そんなことしたら教団が転移ポータル狙ってるってバラしてるようなもんでしょ」
「あ、そうか……」
「ぼ、ボクだったら教団が火元だとわからない何か抽象的な噂でも流して……探索者が勝手に複製を破壊するように仕向ける……と思う」
「それは面白いアイデアだけど、そんな大量の人が来るような噂なんて――」
会話の途中で、突如心美さんが人差し指を口元に当てて静かにするよう合図してきた。
俺たちは近くに寄って囁き声でやり取りを続ける。
「じゅ、十時の方角200メートルくらいの地点から……だ、誰かが島に上陸して来たね……」
「うん……。二人組だね。どっちもかなりの手練れっぽい。どーする?」
「に、200メートルって……二人共どんだけ魔力探知の範囲広いんですか……」
得意不得意はあるけど、俺の目標とする戦女神の聖域のマサルも、"筋肉ちゃんねる"の中で自分の魔力探知範囲は精々100メートルくらいだって言ってたぞ?
心美さんだけじゃなくて、もしかしてフレデリカさんもSランク級の実力者なのか……? 全然そうは見えないけど……。
「普通の一般探索者ってことは……ないですよね?」
「ないねー。東京国際転移門の中の扉は一般には解放してないし、ここに来るにはわざわざ海を越えて来ないといけないから、危険度7くらいまでのモンスターが倒せるレベルじゃないとまず無理」
「か、海底神殿の扉が開く満月の日になると、ここら一帯の海の霧が晴れて、モ、モンスターも殆ど湧かなくなるけど、こんな何でもない日にこの島に来る人はまずいない。ぼ、ボクの予想だと、九割方メサイア教団の構成員だと思う……」
「まー行ってみればわかるっしょ」
「え? 接触するんですか!?」
「教団のメンバーだったらあーしの【鑑定眼】で情報を盗むチャンスだし。あーしとフレちゃんの二人なら大概の事態はどうにかなるからさ」
「足手まといが一人いるんですが……」
「じ、迅くんは魔王の力を持ってるんだから……自衛くらいは出来るよね……?」
「ま、まあ……封印を解けば身を守るくらいはなんとか……」
「じゃー問題ナッシング! 決まり! 行ってみよー!」
俺たちは八咫烏のペンダントで気配を完全に消してから、音を立てないように二人組に向かって近づいていく。
接近すると、次第に相手の姿が見えてきた。
☆アイちゃんの豆知識コーナー☆
Q.筋肉ちゃんねるってなに?
A.正確には"マサルの筋肉と一緒に裏世界を攻略し隊"という名前のチャンネルなのですが、皆さん長いので筋肉ちゃんねると呼んでいます。
戦女神の聖域のメンバーであるマサル氏のニューチューブチャンネルで、筋トレを中心としたバラエティ色の強い動画を投稿しています。
主に思春期の男子学生を中心に人気があり、このチャンネルのファンは"筋肉隊"と呼ばれているようです。
あんな筋肉ダルマのスキンヘッドのおっさんが人気だなんて、男の子の気持ちってのはAIのワタシにも理解不能ですね……。
Q.バリツってどんな武術なの?
A.ワタシも知らねー。なんなんだよあれ?
適当にやってるかと思ったら型があるっぽいし、なんか独特の体捌きも使ってやがるし……全く意味ふめーですね。
心美のやつに聞いても教えてくれねーし、むしろてめーらが知ってんなら教えろください、です。




