第088話「増殖小槌」★
「な、な、なんでボクまで一緒に付いて行かなきゃいけないのぉ……。頼まれたのココちゃんだけだよね……?」
「ワンパンくんは初めての任務っしょー? だから人数は多い方がいいかなーと思ってさー。それに一緒に行動すればお互いのことを知れて仲良くなれるじゃん! だからフレちゃんも行こうよー」
「こ、ココちゃんがそう言うなら……つ、付き合ってもいいけど……」
「すみませんフレデリカさん、まだまだ若輩の身で迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします!」
「う、うん……。くふっ……。き、君……よく見たら『聖剣の鞘師』に出て来る主人公の弟子の"鍛冶屋見習いトワくん"に似てるかも……。フヒッ……。し、知ってる? トワくんのこと」
「ごめんなさい、わからないです……」
「えぇ!? し、知っておくべき作品だと思うよ? ぜ、ゼッタイ損するって! まずこの作品は――」
「はいはい、どうどうフレちゃん! 落ち着いて落ち着いて~」
おどおどした様子から一気に饒舌になるフレデリカさんを、心実さんが宥める。
どうやら彼女はアニメ等のオタクコンテンツが好きなようで、ちょっと話題が出ただけで暴走してしまうタイプのようだ。あまりそういった話にならないように注意したほうがいいかもしれないな……。
「うぅ……。ほ、ほんとにトワくんそっくりなのに。あの……トワくんって呼んでもいい……?」
「いえ、普通に迅って呼んでください……」
「じゃ、じゃあ……迅くんって呼ぶ。うへへ……お、男の子を下の名前で呼ぶとか、これもう付き合ってると言っても過言ではないのでは? くっふふ……」
「はいは~い、じゃあそろそろ任務の話に戻ろうか?」
「あ、ああ……」
俺たちは現在、八咫烏のアジト内部にある休憩室で作戦会議を行っていた。
メンバーは俺と心美さんとフレデリカさんの三人。初めての任務に二人も同行してくれるなんて、ありがたい限りである。
心美さんは距離が近くてスキンシップが多いので少し困るけれど、メンバーの中では一番まともだし、フレデリカさんはちょっと変わった子だけど、他の面子と比べると普通に会話が成立するのは助かるところだ。
「メサイア教団が東京国際転移門にある転移ポータルを狙っているって情報があってさー。これホントにヤバイから、もし盗られたら洒落にならないんだよねー。だから今回はあーしらでおかしな動きがないかパトロールするって感じ」
「に、日本というか、今では世界でも重要かつ超貴重なお宝だもんね……。め、メサイアレリックの中でも一番っていうくらいの壊れ性能だし……」
「俺も中学校の修学旅行でロンドンに行ったときに一回だけ使ったことありますけど、凄いですよね。隣県に行くよりあっさり海外に行けるんですから」
転移ポータル――それはメサイアレリックの《No.02》であり、裏世界において最も有名なレアアイテムの一つだ。
一見するとどこにでもありそうな、アンティーク品として売られているような形状をした銀色の円柱。しかしそれが持つ能力は絶大で、一瞬で離れた場所と場所を行き来することを可能としている。
原理としてはまず、本体の上部についている杭状の物体を目的地に突き刺して、転移ポイントを作る。するとその場所と本体の周辺に直径一メートルほどの転移陣が出現し、それに乗るだけで設定した転移ポイントと瞬時に行き来できるようになる、というものだ。
作れる転移ポイントの数は最大五つまでで、それ以上杭を刺すと最初に作ったポイントが自動的に消滅する。
また、一度に転移できるのは転移陣の範囲に収まる大きさかつ200キロまでという特性があるため、人間であれば大体3、4人程度ならまとめて転送できる計算だ。
人が乗らないと起動しないので、荷物を送りたい場合は誰かを運び人にする必要がある。ちなみに次元収納袋の中身も重さにカウントされるようで、それを利用して大量の物資を運搬するのは不可能らしい。
現在は"ロサンゼルス"、"ロンドン"、"ドバイ"、"シドニー"、"月"の五つの転移ポイントが登録されており、特に月面開発においてはこの転移ポータルの存在が凄まじい影響力を持っていた。
今では既にかなり大規模な基地も建造されており、将来的には火星に杭を刺してテラフォーミング計画に乗り出そうという噂すらある。
とにかくそれほどまでに重要なアイテムを失うことになれば、日本だけでなく世界中の国々にとって大きな損失となりかねない。
「でもよく今まで狙われませんでしたね? 確か俺が見たときもめちゃくちゃ厳重な柵で囲まれてて警備員も大量にいましたけど、毎日数え切れない人たちが近くの転移ポイントを使ってますし、その中に混じって一斉に襲撃したら結構簡単に盗めそうな気がするんですけど……」
「そう思うっしょー? 実際に何回かそういう事件は起きてるんだけど、その度に全部未遂で終わってるんだよねー」
「なんでまた……?」
「て、転移ポータルはとある理由で……ぜ、絶対にその場から動かせない仕組みになっている……の」
「動かせない……? どういうことですか?」
「まあ百聞は一見に如かず、っていうわけでさ。ちょっと付いて来てよ」
鹿撃ち帽をクイっと直した心実さんは、そう言って立ち上がる。
そして俺たちもそれに続くようにして席を立ち、先導する彼女に付いて行った。
休憩室を出てそのまましばらく廊下を歩くと、やがて目の前に鉄製の扉が見えてくる。辺りには赤外線センサーやなんだかよくわからない装置が設置されており、かなり厳重な警備体制が敷かれているようだ。
「凄い警戒態勢ですね」
「レアな魔道具やメサイアレリックが保管されている倉庫だからねー。魔術によるトラップも沢山仕掛けてあるから、たとえあの黒い虫や幽霊ですら入るのは不可能だと思うよ」
「ふ、ふひ……。あの戦女神の聖域のレイコでもここには侵入できないはず……」
心美さんとフレデリカさんが、扉に付いている窪みにスマホをセットしていく。
それを横目で見ていると、天井に取り付けられた監視カメラが俺の方にピタッとレンズを向け、そこからアイちゃんの声が聞こえてきた。
『種口、てめーもスマホをはめ込みやがれ。この扉の中に入るには八咫烏のスマホが三人分必要なんです。窪みが三つあるのを見れば、普通の知能があればわかるはずなんですけどね?』
「あ、ああ……わるい」
……いちいち口が悪いなぁ、アイちゃんは。
まあ、悪態を吐きながらもしっかり教えてはくれるあたり、案外面倒見はいいのかもしれないけれど。
言われた通りに自分のスマホをセットすると、電子音と共に扉がゆっくりと開き始めた。
中に入ると、そこにはたくさんのショーケースや棚などが並べられていて、まるで博物館のように綺麗に陳列された大量のアイテムが目に映る。
そのどれもこれもが凄まじい魔力とオーラを放っていて、伝説の剣のような武器もあって男の子としては胸が躍る光景だが、あまりはしゃぐのもかっこ悪いので平静を装いつつ辺りを見渡した。
「あ、これこれー」
と、そこで心実さんがショーケースの中に入っていた小槌のようなアイテムを指差す。
大きさは15センチほどで、とてもシンプルなデザインをしているが、目に見えてわかるほど強烈な魔力を放っている。おそらくメサイアレリックだろう。
「これは【メサイアレリック《No.55》――"増殖小槌"】っていってね。叩いた物を最大で七つ増やすことができる効果があるんだー」
「ふ、複製は外観だけしか真似られないから、魔道具とかの特殊な能力は再現されないし、食べ物や飲み物は味も栄養もない偽物になっちゃうけどね。そ、それに生物やあまりに巨大なものなんかは増やせなかったりする。で、でも色々と汎用性が高いんだよ。あ、あの……。迅くん……お札持ってる?」
「ええ、これでいいですか?」
財布から一万円札を取り出してフレデリカさんに渡すと、彼女はそれを近くのテーブルの上に広げ、ショーケースから小槌を手に取って紙幣に向かって振り下ろした。
するとポンッと音が鳴り、置いてあった一万円札が二枚に分裂する。
「す、すげぇ……」
「ふ、ふひひ……。こ、これで大金持ちになれるね。迅くん」
「ちょいちょ~い、そこ! ナチュラルに犯罪行為するなし」
「わ、わかってるよ……。冗談だってば……」
「えっと……それでこれが転移ポータルを盗めない理由となんの関係が……?」
「ワンパンくん、本物のほうのお札持ってみてよ」
「はい……あ、あれ? 動かない!」
テーブルの上のお札を掴もうとしても、まるで接着剤で固定されているかのようにビクともしない。
いくら引っ張っても動く気配はなく、爪を立てるなどして何とか剥がそうとしてみたが、全く意味はなかった。
「に、偽物のほうを破いちゃうね」
「あっ、動かせた」
フレデリカさんが複製した一万円札を破いた途端、なぜか今まで一切動かせなかった本物をあっさりと持ち上げることができた。
「この小槌の制約でねー。増殖させると複製が全部消えるまで本体のほうはその場から一切動かせなくなるんだよね。本来は不便なだけの効果なんだけど……あとはわかるっしょ?」
「そうか! この小槌で転移ポータルを増殖させて絶対に動かせないようにしてるんですね!」
「ピンポ~ン! だいせいかーい。既に転移ポータルは七つ増殖されてるから、それを全部消さない限り本物のほうは移動不可能ってわけ!」
なるほど、確かにこれならどんな敵が攻めてきても盗られる恐れはないな。
さすがは政府直属の秘密組織、八咫烏だ。完璧な対策をしてくれている。
「でもそれなら安心じゃないですか? メサイア教団が何十人集まってこようが転移ポータルを奪われる心配はないわけですし」
「ところがどっこい、そう簡単には行かないのが世の中ってやつでねー」
「というと……?」
「ふ、複製は案外脆いから簡単に破壊できちゃうし、本体から200メートル以上離れても消失しちゃうから……」
「え……? 本体から200メートル以上って、それじゃあ複製は東京国際転移門の内部に全部置いてあるってことですか? バレたら終わりじゃないですか!」
「ふふ~ん、あーしらはそんなヘマしないってば! 複製はね~、なんと裏世界に設置してあるんだよね~」
「あ、そうか!? 裏世界は位置的に表と全く同じと場所と座標になってるから、魔道具にも200メートル以上離れたと認識されずに済むんですね!」
「し、しかもダンジョンの中に設置してある。ダンジョンは中がどれだけ広くても、入口のあった場所と同じ位置として扱われるから……。い、一番奥に設置しても200メートル以上離れてないと判定されるんだよ……」
「この方法はあーしがまだ子供だった頃に思いついた画期的なアイデアなの! 天才でしょ? ねー?」
「いや……マジで凄いですよ。よくこんな裏技を見つけましたね」
つまり東京国際転移門の裏側にあるダンジョンの奥深くに隠された転移ポータルの複製を全部破壊しない限り、本物は絶対に持ち逃げできないということだ。
「更に……だよ? このダンジョン――"海底神殿"は裏世界の月が両方とも満月になったタイミングでしか入口が開かないんだよねー」
「ひ、開くのは年に二回だけ。それに中はめちゃくちゃ広くて、未だ三割程度しかマッピングできてない。で、出てくるモンスターも超強力。その中にエージェントたちが頑張って七つの複製を分散させて設置したの。み、見つけ出すのだけでも至難の業……」
「もはや難攻不落じゃないですか……。そこまで対策を重ねたら、さすがにメサイア教団も何もできないでしょう」
「だけど彼らの動きが活発になってることは確かだし、油断は禁物でしょー? 丁度今から一ヶ月後……年が明けた一月の中旬くらいに最初の両満月の日が来るから、あーしらはそれまでに異常がないかしっかりチェックするってわけ」
「なるほど、だから調査任務なんですね」
「そゆこと! じゃ~早速、東京国際転移門のあるメガフロート東京に向けてレッツゴー!」
チェックのインバネスコートを翻して駆け出した心実さんを、俺とフレデリカさんは急いで追いかけるのだった。
☆アイちゃんの豆知識コーナー☆
Q.次元収納袋があれば密輸とかし放題じゃね?
A.はい、しほーだいですね。
なので次元収納袋の存在が公になってからというもの、各国はその対応に頭を悩ませているようです。
今では空港などで厳重な魔力検査が行われるようになり、袋を所有している人物は中身を全て開示し、確認されることになっています。
中には次元収納袋の所持自体を禁止している国もあるとか……。
しかし先進国では様々な対策に取り組んでいますが、途上国になるとそれが行き届かないことも多く、そこを利用して麻薬や銃器、魔道具などの密輸を行う犯罪組織も少なくないとのこと。
裏世界は日本をクレイジージャパンにしただけでなく、世界全体を混沌の渦に巻き込んでいるのです。
魔道具は非常に便利ですが、それを使うのも結局は人間ですからね。
愚かな人類が行きつく先は決まっているということですか……。




