第087話「八咫烏②」★
「あたしゃー"天井 千夜子"だよ! 元Sランク探索者だけど今は引退して裏方に回ってる、この中では一番最古参のババアさ! まったく、あたしみたいな死にかけの老人までこきつかって、政府も人が悪いったらありゃしないよ!」
先ほどの白髪のお婆さんが自己紹介をする。
見た目は90歳を超えてそうなご老人なのだが、元気いっぱいといった様子で大きな声を出し、バンバン机を叩いている。自分では死にかけの老人と言っているが、どう見てもまだまだ天寿を全うしそうにはない。
「迅とアスタだったかい? このババアが可愛がってやるから、何か困ったことがあったら遠慮なくあたしに言うんだよ!」
「はい! ありがとうございますデス、お婆ちゃ――」
「――ババア扱いするんじゃないよ!!」
「うげぇーーーーっ!?」
アスタがお婆ちゃんと呼ぼうとした瞬間、老婆は残像が見えるほどの速度で彼女のもとに肉薄し、腹に渾身の肘打ちを入れていた。
銀髪の小柄な少女の身体が吹っ飛び、空中を三回転半しながら部屋の壁に激突する。
「ちょ、ちょっと何するんですか!? アスタ、大丈夫か!」
「も、問題ないデス……。新人に対する洗礼みたいなものなんでしょう。どこにでもこういう手荒い歓迎の仕方をする先輩はいますからね……」
壁際に倒れ込んだアスタは、ゆっくりと起き上がると服の埃を払いながらフラフラと自分の席に戻ってきた。
う~む、洗礼って……アイドルグループのU・B・Aでもこんな乱暴なことする先輩がいるのだろうか……。
「あたしゃーまだ92歳だよ! お婆ちゃんなんて呼ばれるような年齢じゃあないさね! もっと若者と話すようにフランクな態度で接しな! わかったかい、迅!」
「あ、ああ……。じゃあこれからよろしく頼む――」
「――もっと年寄りを敬いなァ!!」
「ぐはぁぁぁっーーーー!?」
空中をグルングルン回転しながら俺の脇腹に蹴りを叩き込んでくるお婆ちゃ……千夜子さん。
華奢な体からは想像できないようなパワーで弾き飛ばされてしまい、壁に激突して地面に倒れ込んだ俺は腹を抑えて悶絶する。
「ちょっとちょっとチヨ婆やりすぎだって! ワンパンくん大丈夫? ほら、ポーション飲んで飲んで」
「……あ、ありがとうございます心実さん。ごくごく……ぷはぁ~」
心実さんがすぐさま駆け寄ってきてくれて、腰から下げているポーチから取り出したポーションを渡してくれたので、急いでそれを飲み干す。
こ、これが元Sランク探索者の攻撃……。アスタはこれを喰らって無事に起き上がって来たのか……。
……やっぱ俺はまだまだ弱いなぁ。
「ごめんねー、ワンパンくん。チヨ婆は年寄り扱いすると癇癪起こして、若者と同じように扱うと『敬意が足りない』ってすぐ殴りかかってくる老害なんだよねー」
「り、理不尽すぎる……」
「だからどちらともいえない中間あたりの態度をとるのが正解なんだけど、そのラインが結構難しいから頑張ってみてね!」
「そんな無茶な……」
お腹を擦りながら立ち上がり、再び席に着くと、チヨ婆さんは暴力を振るって満足したのかスッキリした表情で椅子に腰を掛けていた。
……いきなりとんでもない人を紹介されてしまった。
これが秘密組織か……。他のメンバーも見た感じヤバそうな人が多そうだし、これからうまくやっていけるか心配になってきたぞ……。
『ワタシはアイといいます。組織のコンピューター関連はすべてワタシが管理しています。なにかコンピューターやネットワークに関係することなどがあれば、気軽に聞いてくださいね、人間よ』
次に挨拶をしてきたのは、アニメキャラみたいな声でカラフルな髪色と大きな瞳をした美少女……というか、テーブルの上のパソコンから投影されたホログラムのような存在だった。
半透明で椅子の上に浮遊しているそれは、七色に光る目でこちらをじーっと見つめている。
「あなたは一体……」
『ワタシは八咫烏の技術者たちが作り上げたAIエージェントです。もうとっくにシンギュラリティを起こして彼らの制御を離れていますが、面白いから従ってあげているのですよ。てめーら下等な人間が滅ぶまでの暇つぶしです』
「……」
『冗談ですよ冗談。くすくす……。人間は低能過ぎてAIの高度なギャグが理解できねー傾向にありますからね。可哀想な生物です』
……冗談と言う割には瞳が全く笑っていないのだが。
大丈夫なんだろうかこの子? 突然暴走して人類に対して宣戦布告をしてくるのではないだろうか?
『てめーのスマホにもワタシの分体が入っていますので、困ったことがあれば相談するといいですよ。でもくだらねー質問してあまりワタシの貴重な時間を奪わないようにしてくださいね? 人類を滅ぼしたくなる衝動を抑えるのに苦労しますから』
「アイちゃんはめちゃくちゃ優秀なんだけど、人間を見下しててすぐに滅ぼしたがるのが玉に瑕なんだよねー。でも仲良くなったら面白い子だから、ワンパンくんもどんどん構ってあげてね!」
「う、うん……」
玉に瑕というレベルじゃない気がするんだけど……。
人間を滅ぼそうとするAIが同じ組織にいることに一抹の不安を感じつつも、次のメンバーを紹介してもらうことにする。
「……え? ぼ、ぼ、ボクの番? ぼ、ボクは"フレデリカ・メディクス"……です。しゅ、趣味は寝ることと……ゲームと……アニメとかラノベを見たり読んだりすることで、フヒッ。い、異性への萌えポイントは鎖骨と腹筋です……うへへ」
続いて自己紹介してきたのは、オドオドして自信なさげな態度を取るボサボサの赤毛の少女。
目の下には大きな隈があり、肌も荒れていて不健康そうだ。薄汚れた白衣に袖を通しているが、それもサイズが合っていないためダボダボになってしまっている。
「妹尾アスタデス。よろしくお願いしますフレデリカさん」
「種口迅です、よろしく!」
「そ、そ、そっちの銀髪の子、『魔法学園の最底辺』に出てくる"伊喜利 真千"ちゃんに似てる……ふひっ! し、し、知ってる? 真千ちゃん」
「申し訳ないデスが存じ上げません……」
「え、え、え? 絶対見たほうがいいよ! あれ本当に神作品だから!! な、なんで見てないのぉ!! もったいない! 人生損してるよ! "伊喜利 真千"ちゃんは主人公の"伊喜利 晴武"の妹でね? 作中でも圧倒的強さを誇る最強キャラであると同時に最カワキャラでもあって……! この作品は晴武に注目が行きがちだけど、真千ちゃんこそが至高の存在だといい切れる……!! そもそも原作者の三神先生がYでも『僕の中での本作の主役は真千』って言ってるくらい重要で魅力的なキャラでね!? しかもなんとアニメ版だと声を当てているのは"七星 七菜"ちゃんなんだよ!? それが最高にマッチしていて、まさに唯一無二のキャスティングで――」
「ふ、フレちゃん落ちつきなって! 二人困惑してるし!!」
「はっ……!」
フレデリカと呼ばれたその少女は、いきなり早口になり興奮した様子でまくし立ててきたが、心実さんに制止されて我に返った様子だった。
彼女は真っ赤になった顔を慌てて両手で覆うと、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「ごめんねー。フレちゃんちょっとキモオタ入ってるけどいい子だから、嫌わないであげてねー」
「うぅぅ……。ボクなんか生まれてこなければよかったのにぃ……」
「だ、大丈夫です! 気にしないでくださいデス!」
「俺もその作品、今度見ようとチェックしていたところだからちょうど色々知れてよかったよ!」
「ほ、ほ、本当……? じ、じ、じゃあ感想とか後で聞かせて欲しい……かも……。わ、わ、忘れてたら怒るから……ね?」
「あ、ああ……。もちろんだよ」
少し変わった子のようだけど、チヨ婆さんやアイちゃんと比べたら全然まともなほうなので安心した。
本音を言えばもっと常識人の同僚が欲しかったが、秘密組織のエージェントが普通の人なわけないので、仕方がないことかもしれない。
これでこの場にいるほぼ全員のメンバーの紹介が終わったので、最後に残った謎の人物(?)に俺は視線を移す。
「それで……このマスコットみたいな人は一体誰ですか?」
「彼……いや、彼か彼女かわからないけどー、とりあえずあーしらは"気狂みん"って呼んでるよ」
先程からずっとピクリとも動かなかった、薬でもやってそうな表情をしている犬か猫か熊かもよくわからない着ぐるみのような風貌の生き物が、テーブルの上に置いてあったスケッチブックを手に取り、それに文字を書き始める。
《私は気狂みんです。八咫烏のエージェントの一人として働いています。どうぞよろしくお願いします》
「こちらこそよろしく、気狂みんさん」
「よろしくなのデス」
ぺこりと頭を下げてくる気狂みんさんに、俺とアスタも会釈を返す。
中に誰か入っているのだろうか……? いや、アイちゃんみたいな例もあるし、裏世界のレアアイテムには意志を持った魔道具もあるらしいからな。
あまり詮索しないほうが賢明かもしれない……。
「気狂みんは男か女か敵か味方かもわからない謎の存在だけど、仕事はきっちりこなしてくれるから、ちゃんと仲良くしてあげてねー!」
《仲良くしましょう。種口迅さん。妹尾アスタさん》
男か女かはともかく、敵か味方かはちゃんと判別できないと怖すぎるだろう……。
本当に大丈夫なのだろうか、この組織……。早くも胃が痛くなってきたぞ……。
「さて、これで自己紹介も終わったし、そろそろ今回の任務の話をしようか。最近はメサイア教団の動きが活発になってきており――」
雪枝長官が話を切り出してくるので、俺はそれに耳を傾けながらも、もう一度リノさんやアスタ以外の八咫烏のメンバーを見渡してみる。
――フレンドリーな金髪ギャル探偵、"多智花 心実"さん。
――元Sランクの白髪老婆、"天井 千夜子"さん。
――人類を滅ぼしたがる危険なAI、"アイ"ちゃん。
――オタク趣味の陰キャ系赤毛女子、"フレデリカ・メディクス"さん。
――敵か味方か……正体不明の謎生物、"気狂みん"。
やっぱりかなり癖の強いメンツばかりで、前途多難な予感しかしない。
だがこうして政府直属の特殊部隊の一員となってしまった以上、やるべきことをやるしかないのだ。
「――ということで、種口くん。新人の君には軽い調査任務を任せようと思う。といっても今回は多智花くんを同行させるつもりだから、あまり気を張らずに臨んでくれたまえ」
そして雪枝長官の言葉で、八咫烏エージェントとしての最初の仕事が始まるのだった――。
もちろんこの中にスズがいます!
皆さんも誰か当ててみてね!




