第086話「八咫烏①」★
四章は最初数話ほど種口くん視点で話が進みますが、スズもちゃんとどこかにいますのでご安心下さい(どこにいるのかはまだ秘密)
「あれ……? 八咫烏のアジトってこの中にあるんですか?」
翌日――リノさんと二人でやってきたのは、見慣れた探索者協会本部であった。
八咫烏は探索者協会の職員ですら知らない秘密機関だと聞いていたので、もっと人目につかない場所にでもあるのかと想像していたのだが……。
「迅、こんな人通りの多いところで大きな声でその名前を口にしない。ちゃんと秘密組織のエージェントであることの自覚を持つこと、いいね?」
「す、すみません」
「それとメンバーに知り合いがいても、公の場で同僚であることを示唆するような会話は絶対ダメ。基本的に連絡はこれを介して行うこと」
そう言ってリノさんは人のいない隅っこに移動すると、俺にスマホくらいの大きさの黒い物体を渡してきた。
端っこに三本足のカラスのマークが刻まれているが、それ以外にはボタンらしきものもディスプレイも何もついていないただの板だ。
「これって何ですか?」
「そのカラスのマークを触ってみて」
「……うわっ! 画面が出てきました」
言われた通りに指先でマークをタップすると、表面全体が淡く光って液晶画面が出現した。
ちょっといじってみたらUIやデザインはスマホとほぼ同じで、ネットにも繋がっているし電話機能も搭載されているようだ。
「八咫烏専用のデバイスだよ。組織の魔術師が特殊な効果を付与したスマホでね、最初に登録した人物にしか使えないし、ただの板にしか見えないようになってるから、他人に奪われても問題はないようになってるの。しかも無くしたらいつの間にか使い手の元に戻ってくる機能付き」
「それはめちゃくちゃ便利ですね……」
「迅、表でも魔力使えるんだっけ?」
「はい、魔王の力を得てから使えるようになりました」
MOONさんに貰った"封魔繃帯"によって魔王の力は殆ど封印されているが、それでも完全ではないらしく、右腕の外魔核が周辺のあらゆるものから僅かずつだがエネルギーを吸収し、魔力に変換しているのだ。
そのおかげで、今の俺は裏世界だけでなく表世界でも魔力を使えるようになっていた。
「それじゃあこれも渡しておくね」
今度は三本足のカラスを模した、小さい金属製のペンダントを渡してくるリノさん。
「これは魔力を込めると存在感を薄めて人から注目されにくくする効果が付与されたもので、本来は仕事をするときとかに使うアイテムなんだけど……。今の迅は普段から人の注目を集めすぎてると思うから、常にこれに魔力を流しておくことをオススメするよ。これ、マスコミ避けにもなるし」
「それは助かります! ありがとうございます!」
ここ数日、俺は色んな人に追いかけ回されてマジで疲れ切っていたのだ。
頑張って撒いてたので紅茶荘にまではまだマスコミは押しかけてきていないが、このままでは佐東さんや他の住人にも迷惑がかかってしまうのではと心配していたところだったので、とてもありがたい。
さっそく受け取ったペンダントを首にかけ、存在感を消すように意識しながら魔力を込めてみる。
「これで良いですか?」
「うん、バッチリ。普段はそれくらいでいるといいよ。魔力の多寡によって効果の度合いが変えられるから、上手く調整して使ってね」
「わかりました」
「最大まで魔力を注ぐと男が女湯に入ってもスルーされるレベルになるから、絶対悪用したらダメだからね?」
「し、しませんよっ!!」
「ふふっ……冗談だよ。じゃあそろそろ行こうか」
歩き出したリノさんの後についていく。
そのまま探索者協会の中に入るのかと予想していたのだが、どうやら違ったようで、建物の三軒ほど隣にあるちょっと高級な感じのするレストランへと入っていった。
「……ご飯食べるんですか?」
「違うって、さっき渡したスマホを用意して」
受付のカウンターまで来ると、リノさんは店員のおじさんにスマホを見せる。
俺も真似してスマホ型の板を取り出してみると、おじさんは三本足のカラスのマークを見てコクリと頷き、奥にある個室へと案内してくれた。
個室の中はまさに高級料亭のVIPルームといった雰囲気で、壁には高そうな掛け軸が飾られており、床は畳敷きで中央には漆塗りの立派なテーブルとふかふかの座布団が置かれている。
「壁の掛け軸をめくってみて」
「はい。……ん? なんか窪みがありますね」
「そこに八咫烏のスマホをはめ込んで」
「こうですか――――うおっ!?」
掛け軸の裏側にあった窪みにスマホをはめ込んだ途端、壁がガチャリと音を立てて自動的に横にスライドし始めた。
そして壁の向こう側には地下へと続く階段が姿を現す。
「ほら、行くよ」
「なんか……本当に秘密組織っぽいですね。正直めっちゃワクワクしてます!」
「ふふ、男の子ってこういうの好きだよね~。ここ以外にもいくつか入口はあるから、あとで全部教えてあげるね」
俺たちが中に入ると、壁は自動的に元の状態に戻った。
はめ込んだスマホもいつの間にか手元に戻ってきており、これがないとアジトの扉を開くことができない仕組みになっているらしい。
階段を降りきって大きな扉を開けると、そこはまるでSF映画に出てくる宇宙船の内部のような白一色の空間だった。
壁には等間隔でいくつもの扉が並んでおり、広めの廊下は奥の方まで続いている。
「な、なんだか凄い場所ですね」
「うん、日本一と言われてるU・B・Aの施設より色々な設備が充実してるかもね。魔呼器が完備された戦闘訓練場も最新鋭のトレーニングマシンが揃ってるジムもあるし、大浴場は広くて温泉も引いてるからめっちゃ気持ちいいよ」
「マジですか……ここに住みたくなってきましたよ」
「まあ施設の中は後で案内するとして、もうエージェントたちは揃ってるみたいだからまずは会議室に行くよ」
「はい、八咫烏のエージェントって何人くらいいるんですか?」
「科学班や情報班、医療班みたいな非戦闘要員と施設管理のスタッフも含めればそれなりの数になるけど、現場に出て動く戦闘員となると、私や迅を含めても今は10人くらいだね」
「意外と少ないんですね」
「任務の都合上、表でも魔力を使えるっていうのが必須条件だし、魔核持ちの魔術師自体が超貴重だからね。それに加えてエージェントとしての資質や適正のある人材ってなると、どうしても人数が限られちゃうの」
「でも、そんな少人数で日本の治安維持ができるんですか?」
「八咫烏は警察じゃなくて、あくまで特殊な案件のみを秘密裏に処理するための組織だからね。国内で起こる裏世界関連の問題全部を私たちが片付けなくちゃいけないっていうわけじゃないの。特殊案件以外は基本的には警察や探索者協会に丸投げでいいんだよ」
「なるほど……」
「それに少数精鋭の方が動きやすいしね。人数が多いとどうしても内部での情報漏洩の可能性も出てくるし」
そんな話をしながらしばらく歩いて辿り着いたのは、円卓のある広々とした部屋だった。
椅子には既に6名の男女(男か女かよくわからない存在もいるが……)が腰かけており、入り口付近には見たことがある銀髪の小柄な少女が立っている。
俺たちが中に入ると、円卓の一番奥に座っていたダンディな男性が立ち上がり、こちらに近づいてきた。
「やあ、初めまして種口迅くん。私は八咫烏の司令官を務める"雪枝 刀祢"だ。今回はスカウトに応じてくれてありがとう。君の活躍には我々も注目していたので、会えるのを楽しみに待っていたよ」
「は、初めましてっ! こちらこそよろしくお願いします!!」
威厳のある低い声で挨拶されたので、思わず緊張してしまう。
この人はダンジョン大臣の雪枝刀祢さんじゃないか!
次期総理大臣候補筆頭と言われている超大物政治家で、イケメンなだけじゃなく気さくで明るい性格でトーク力もあり、幅広い世代から絶大な支持を得ている人物だ。
「こちらは君と同じ新人エージェントの"妹尾 アスタ"くんだ。同期同士、仲良くしてくれると嬉しいよ」
部屋の入口に立っていた銀髪の少女の肩をポンッと叩いて、雪枝さんが紹介してくれる。
「よろしくお願いするのデス。種口さん」
「あ……君もここに入ることになったんですね。こちらこそよろしくお願いします、妹尾さん」
「敬語もいらないしアスタでいいのデス。私のほうが年下なので」
「あ……うん、じゃあよろしくねアスタ」
握手を求められたので手を伸ばすと、アスタは無表情でぎゅっと握ってきた。
円樹さんに次ぐU・B・Aのランキング3位で、俺よりも遥かに強くて人気も高いのに、凄く礼儀正しくていい子だな。俺も同期として負けてられないぞ!
「あの……長官、質問良いデスか?」
「なんだね?」
「私を推薦したあの人って……この中にいるのデスか?」
「いるよ。ただし本人から正体を明かすなと言われているので、教えてはあげられないがね」
「え~……。本当にこの中に? 全然わからないのデス……」
アスタは困惑したように椅子に座っている5名の顔を見渡している。
どうやらアスタを推薦したのはここにいる誰からしいのだが、彼女の知っている人物の顔が見当たらないようだ。特務機関のエージェントなだけあって、変装が得意な人なのかもしれない。
リノさんとアスタも軽く自己紹介を済ませると、雪枝さんがパンパンっと手を叩いた。
「それじゃあ全員揃ったことだし、会議を始めようか。迅、リノ、アスタ、空いている席に座ってくれ」
「え~と……どこに座ろうかな」
「はいはーい! ワンパンくんあーしの隣に座りなよ!」
名探偵のようなチェックのインバネスコートと鹿撃ち帽を身につけた、金髪のギャルっぽい少女が嬉しそうに声を上げて手招きをしてくるので、言われた通りに彼女の隣に座る。
するとギャル少女は満面の笑みを浮かべながら、ずいっと俺に身体を寄せて肩をバシバシ叩いてきた。
「ワンパンくん最近めっちゃ話題になってんじゃん! あ、一緒に写真撮ってもいい? あとでYにあげるからさ! ほら、ピースピース♪」
「あ、あの……。俺たち秘密組織のエージェントだから、そういうのをSNSにあげたりするのはマズいんじゃ……」
「あははっ! そうじゃん! マジウケる!」
けらけら笑って俺にグイグイくっついてくるギャル少女。
着崩してボタンをはずした胸元からは大きな胸の谷間が丸見えで、それを遠慮なく押し当ててくるものだから、むにゅんとした柔らかい感触が伝わってきて、落ち着かなくなってしまう。
「そういや自己紹介まだだったわ! あーしのこと知ってる?」
「はい……美少女探偵の"多智花 心実"さんですよね?」
テレビとかにもたま出演している有名な人だから、俺も顔は知っていた。
彼女は世界に24人しかいないSランク探索者の一人であり、【鑑定眼】という真実を見抜く特殊な魔眼を持っている。
このような振る舞いをしているがIQは200を超えると言われており、世界の様々な難事件を解決してきた天才だ。
更にはバリツという謎の格闘技も習得しており、銃を持った軍隊数十人を相手に無傷で勝利できる戦闘能力も兼ね備えているスーパー美少女なのである。
まさか彼女も八咫烏のエージェントだったとは……。この場にいる人たちのスペックの高さに、思わず尻込みしてしまう。
「そーそー! 知っててくれてウレシー♪ 気軽にココちゃんって呼んでね☆ あーしも君のことはワンパンくんって呼ぶからさ!」
「はぁ……」
「同じ魔眼タイプの魔術持ちだし、これからよろしくね~。ちなみにあーしの魔眼は相手の心の奥底にある自分も気づいていない性癖だって見抜いちゃうから、興味があるならあとで検査してあげようか?」
「ちょ、やめてくださいよ!」
心実さんが横ピースしながら右目を赤く光らせて顔を覗き込んでくるので、慌てて距離を取る。
「あははっ! マジ焦ってんの草! 冗談だって! 仲間のプライベートなんて覗かないから安心しなってば」
そう言って右目に眼帯をつけ、魔眼を隠す心実さん。
……本当だろうか? ちょっと不安になってしまう。
自分ではおかしな性癖は持っていないつもりだけど、実はどこかで歪んでしまってる可能性がなくもないからな。もし万が一彼女の魔眼で性癖の異常が判明したらと思うと……めちゃくちゃ怖いぞ……。
「あーしは右目に眼帯でワンパンくんは右手に黒い包帯。なんだか似た者同士みたいでいいコンビに――」
「心実! いつまで喋ってんだい! いい加減にして黙りな!!」
そのとき、雷のように鋭い怒鳴り声が飛んできた。
雪枝長官の隣に座っているお婆さんからだ。
杖を持って白髪を綺麗に束ねた小柄なお婆さんだったが、その眼光は猛禽類のように鋭く、強烈な威圧感を放っている。
「げっ! チヨ婆がメチャギレてる……。ワンパンくん、また後で話そうね~」
「あたしゃ暇じゃないんだからね! 刀祢、とっとと会議を始めるよ!」
「うむ、それでは新人が2名いるので、まずは各自の自己紹介から始めようか。任務に就いていて不在のエージェントがいるためこの場にいるのは全員ではないが、彼らはあとでまた改めて紹介させてもらうとしよう」
そう前置きをしたあと、雪枝長官は残りのメンバーを順番に紹介していった。




