第085話「勧誘」
次の日――久々に学園に登校した俺は、教室内をきょろきょろと見回していた。
だが、種口くんの姿は見当たらない。そろそろ退院すると聞いていたから、今日は来ていると思っていたのだが……。
「おはようございます佐東サン。なんだか久しぶりデスね。インフルエンザと聞いていましたガ、もう大丈夫なんデスか?」
「ボブくん、おはようございます。はい、もう大丈夫ですよ。ご心配をお掛けしました」
席に着くとボブが声を掛けてきたので、俺は笑顔で挨拶を返す。
こうして鈴香の恰好をするのも、なんだか久しぶりな気がする。
鈴香は配信活動もあるので学園には毎日通えないという設定ではあるが、それにしたって今回は休みが長すぎるので、インフルエンザということにしておいた。
実際、ダン学内でもインフルが大流行しているようで、英一たち不良三連星をはじめ、クラスメイトの3割ほどが欠席しているようだ。
俺は本当は病気なんて罹らないのだが、ポーズとしてしっかりマスクをしているぞ。黒髪ロングのマスク美少女ってのも、たまには乙なものだろう?
「テレビ見ましたよ。ボブくん、ナイスインタビューでした」
「Oh~、ありがとうございマス。自分の思っていることを正直に喋っただけなのデスが……」
「迅くんが世間からバッシングを受けないようにするための、ボブくんなりの配慮だったんですよね? 素晴らしかったと思います」
「いや~……佐東サンに褒められると照れてしまいますネ~!」
「それにしても迅くん……一気に有名になってしまいましたね」
「もはや佐東サンに匹敵するほどの有名人ですヨネ……。あんな形で急激に注目を集めてしまって、ワタシは心配でなりませんヨ……」
種口くんは家族もいない天涯孤独の身だからなぁ。
後ろ盾がないぶん、余計にトラブルに巻き込まれる可能性が高い。
恐竜ワンパン事件ですらあれほど色々な騒動が起こったんだから、それより規模が大きい今回の件については、今後の展開が全く予想できない。ボブが心配する気持ちもよくわかる。
そういう意味では、やはり雪枝のおじさんが逸早く彼を引き込む判断を下したのは正解だろう。時期総理大臣候補筆頭とも言われているあの人がバックにつければ、マスコミやなにか良からぬことを企む輩も迂闊には手が出せなくなるはずだ。
ボブとそんなことを話していると、急に教室がざわつき始める。
皆の視線を辿っていくと、今まさに教室に入って来たばかりの人物が目に映った。
「……みんな、おはよう」
「うぉーーッ!! 種口だーー!!」
「マジで右腕に黒い包帯巻いてんじゃん! かっけーっ!」
「前髪の白い部分もちょっと増えてね? なんだかあいつ、雰囲気出てきたなぁ~……」
「種口くーん! あとでサインちょうだーい!」
「よっ! 一躍時の人! 現役JKアイドルも振り向く学校一のモテ男!」
「あ~ん……。こんなことならもっと早くアプローチしておけばよかったぁ~」
「今やAクラスの長南さんに、ダン学一の美少女鈴香、歌姫MOONにアイドルの仁和円樹とアカリちゃん……。周り超絶美少女だらけだもんね……。今更参戦しても入り込む隙なんてないよねー」
「くっそー! 俺も種口みたいにハーレム作りてぇー!」
一歩歩く度に女子からは黄色い歓声が上がり、男子からは怨嗟のような、それでいてどこか憧憬が混じったような声援が送られている。
種口くんは皆の歓迎の声に苦笑いを浮かべながら、俺たちのいる窓際の一番後ろの席へと歩いてきた。
「やあ、佐東さん、ボブ。おはよう」
「おはようございます、迅くん」
「おはようございマス、種口サン! 体調はどうデスか?」
「うん、もうすっかり完治したよ。リハビリも済んで、今ではむしろ前より力が漲ってるくらいさ」
真っ黒な包帯の巻かれた右腕を見せながら答える種口くん。
赤い紋様が時折ほんのりと発光しており、めちゃくちゃカッコいい。
ちくしょー! 本来なら鈴輝がそれを巻いていたはずなのに……!
「迅くん、凄い人気ですね。廊下からももの凄い数の視線を感じますよ」
「学園に来るときも知らない人から勝手に写真を撮られたりしたし、正直ちょっと居心地が悪いけどね……。それに俺は本当に最後の一撃を入れただけで、MOONさんと忍さんのおかげで勝てたようなものなのに、俺ばっかり褒められて申し訳ないというかなんというか……」
「フフフ、それはワタシがテレビで言っておきましたカラ。今は未熟だとしても、いずれ本当にその力を持つに相応しい人物になればよいのデス」
「ありがとう、ボブ。そう言ってもらえると助かるよ。頑張って早くこの力を扱えるように――」
「――――種口迅くんって来てる?」
突如廊下側から聞こえた少女の声に、俺たちは揃ってそちらへと顔を向ける。
するとそこには、セミロングの黒髪にヘアバンドをつけた女子生徒が立っていた。制服にはSクラスのバッジが光っており、教室内は再びざわつき始める。
「戦女神の聖域のリノちゃんだ……!」
「本当だ……。なんでここに?」
「なんか種口に用事があるっぽいぞ……」
「もしかして戦女神の聖域にスカウトか!? あの人気投票からスズキの姿が見えないから誰かが代わりに加入するんじゃないかってずっと噂になってたが……魔王の力を得た種口に白羽の矢が立ったってわけか!」
「【スズキの代わりに誰を入れたら戦女神の聖域はもっと最強パーティになるかスレ】のパート77では、円樹様に続いて種口が2位になってたし、あり得るぞ!?」
そのスレまだ続いてたの!? しかもパート77ってどんだけ伸びてんだよ……!
マズいな……最近は円樹に鈴香にMOONにと色々活動するのに忙しくて、視聴者の皆様にカッコいい鈴輝の姿をお見せ出来ていなかったが、そろそろ表舞台に戻さないとスズキ難民が暴動を起こしてしまうかもしれん。
近いうちに適当なスズキ活躍イベントを見つけなくては……。
俺がうんうんと唸っているうちに、リノはつかつかと教室に入ってくると、そのまま真っ直ぐに種口くんのところへとやってきた。
「初めまして、私は裏世界探索者パーティ戦女神の聖域に所属している涼木璃乃と言います。少しお話がしたいのですが、よろしいですか?」
「は、はいっ! 大丈夫です!!」
種口くんはビクリとしながら立ち上がると、両足をピッと閉じて姿勢を正した。
……ん? なんだろう。
彼はあまり女子にも臆することがないタイプだと思っていたのだが、妙に緊張してるな? もしかして実は戦女神の聖域のファンだったとか?
「それじゃあついて来て下さい」
「は、はい。分かりました」
二人は教室を出て行ってしまったので、俺はトイレに行くふりをしてカメレオンリングで透明になると、その後をつけていく。
魔力探知技術に長けているリノは当然気付いているようで、ちらりと一瞬こちらを見て来たが、すぐに視線を前に向けて歩き出した。
しばらくそのまま廊下を進み、人のいない空き教室に入ると、リノは鍵をかけて種口くんの方へと向き直る。
「これから私が話す内容には守秘義務が伴います。他言無用でお願いしますね」
「わ、分かりました」
「ではこちらの"魔法契約書"にお名前をご記入頂けますか?」
「え!? そこまで重要な話なんですか!?」
八咫烏は探索者協会内でもごく一部の人間しか知らない秘密機関なので、勧誘を断られた際に外部に情報が漏れないように、こうして念のために契約しておく必要があるのだ。
さすがに魔法契約書まで出してくるとは思わなかったのか、少したじろいた様子を見せる種口くん。
しかしSランクのリノが何故このタイミングで自分に接触してきたのかを十分に理解しているであろう彼は、内容をサラッと確認したあと、促されるまま黙ってペンを走らせた。
「ありがとうございます。では単刀直入に言いますが――あなたにはダンジョン省直下の特務機関"八咫烏"に所属していただきたいのです」
「ダンジョン省直下の特務機関! ……噂には聞いたことがありましたが……本当にあったんですね」
「はい。表で起こった裏世界関連の事件の捜査及び解決が八咫烏の主な任務となります」
「……お、俺なんかがそんな凄いところに加入してもいいんですか?」
本来であれば、今の種口くんが加入できるような組織ではない。
八咫烏はその活動の特性上、国内でもトップクラスの人材を集めた超精鋭集団なのだから。
具体的には……情報処理班やサポート係、戦闘以外で役に立つ特殊な能力を持つ者を除けば、全員が魔核持ちの魔術師であり、探索者ランクで言えばAランク以上の実力者しかいない。
それに加えて日本政府直属の機関であるので、日本人であること(一部で例外もある)や、良心や道徳心を持ち合わせていること、機転が利いて応用力に優れているなどの頭脳や性格面での条件も満たす必要がある。
例えば戦女神の聖域のメンバーなんかは、アーサーは外国人なので条件に合わず、レイコやマサルは実力は十分だがアホだったり脳筋だったりするので、こちらも勧誘には至っていない。
ちなみに忍は合格ラインだったのだが、アイドルやチームリーダーとしての仕事が忙しいと言って辞退していた。
「本来であれば、今のあなたの実力ではまだまだその資格はありません。ですが、何故私がこのタイミングで話を持ちかけてきたかについては、わざわざ説明しなくてもわかりますよね?」
「はい、俺が魔王の力を継承してしまったからですよね」
「そうですね。このままあなたを放置しておくと、様々な組織が次々に接触してくるでしょう。それはあなた自身にとっても非常に危険ですし、国としても歓迎できるような状況ではありません。なのでそうなる前に、我々の手で保護をさせてほしいのです」
「……拒否権はあるんですか?」
「もちろんあります。ですがそうなると、今まで通りの生活を送るのは非常に難しくなると思います。メサイア教団のような過激な思想を持っている団体に突然拉致される可能性だって十分考えられますからね」
「……」
「私たちの提案に乗ってくれるのであれば、国の裏からの庇護を得ることが出来ます。あなたの自由を制限することなく、ちゃんと学園生活を送ることも可能です。その上で、我々と協力して私たちが抱えている案件に関わっていただきたいと思っています。どうでしょうか? 悪いお話ではないと思いますが」
種口くんはしばし逡巡した後、静かに首を縦に振った。
「……是非参加させて下さい。俺もこのまま一人で魔王の力を管理することは難しいと思っていました。誰かの助けが必要だって。ですが、頼れる先もない現状ではどうすることもできず、困り果てていましたから」
「では決まりですね。ようこそ、ダンジョン省直下の特務機関"八咫烏"へ!」
決意の表情を浮かべた種口くんと、ガッチリ握手を交わすリノ。
そして手を離したリノは、ふぅ~……と深い溜め息を吐いた後、満面の笑みを浮かべながら種口くんを見る。
「堅苦しいお仕事の話は疲れるね! ちょっと緊迫感出しすぎちゃったかな? 怖がらせてたらごめんね!」
「……めちゃくちゃ緊張しましたよ。でもこんな漫画みたいな秘密組織に勧誘されるとか、内心ワクワクもしてました」
二人は顔を合わせてクスクスと笑い合う。
「それにしても驚きました。まさか涼木さんが戦女神の聖域だけじゃなくて政府の特務機関にも所属していたなんて」
「リノでいいよ。これから同僚になるんだし。それに戦女神の聖域にはスズキっていうダサい恰好した奴がいるから、涼木じゃややこしいしね」
「ああ、そういえばいましたね。では先輩なのでリノさんと呼ばせていただきます」
「うん。私は堅苦しいのは苦手だから、迅って呼び捨てで呼ぶね」
「……は、はい」
スズキはいるがダサい恰好した奴はいないぞ!? 撤回しろ!!
種口くんもそこは「そうですか? 彼は俺とどこか近しいものを感じるのですが」と言って、黒い包帯を巻いた右手を掲げながらニヒルに微笑む場面だろう。
そうしたらリノも「やだ、カッコいい……」と頬を赤く染めていただろうに。この辺りが彼が女子にモテきれない要因なのかもしれないな。
「ところで涼木といえば……リノさんってあの"涼木 想玄"さんの娘さんなんですよね?」
「そうだよ。まあ有名な話だから皆知ってると思うけど」
「あの……お母さんってどんな方なんですか? 実は俺、想玄さんの大ファンなんですけど、彼の奥さんの情報って全く出てないじゃないですか。だからどんな人なのかずっと気になってて……」
「ああ、パパのファンだったんだ。……でもママについて話すのは禁止されてるんだ。ごめんね」
「そうなんですか……。申し訳ありません、いきなり不躾な質問をしてしまって」
残念そうに俯く種口くん。
なんだ、戦女神の聖域ではなく親父のファンだったのか。さっきリノに話しかけられたとき緊張していたのは、それが原因だったのかもな。
「じゃあ早速明日、八咫烏のアジトに案内するから準備しておいてね」
「はい! 了解です」
「明日は会議があって殆どのエージェントが揃っていると思うから、楽しみにしててね。もしかしたら迅の知ってる人もいるかもよ?」
「うわぁ~……なんだか緊張するなぁ……」
ふむ、そういえば明日は会議だったな。なら俺も久々のあの恰好に着替えないといけないな。
教室を出て行く二人の後ろ姿を眺めながら、俺は久しく封印していた衣装を引っ張り出すべく、自宅へと急ぐのだった。
これにて三章は終了です。
三章は短かったのでこの後に幕章はありません。
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たぶんあと二章くらいで完結すると思いますので、このまま最後までお付き合いいただけると幸いです。
それでは引き続き、第四章をお楽しみ下さい。




