第084話「魔王の欠片ワンパン男」
「ただいま~」
「ちょっとスズ! 週に一回は帰って来るって言ったのに、なんで先週帰ってこなかったの!?」
いつものように隠し通路から涼木家に入り、着替えを済ませてからリビングに顔を出した途端、リノがぷりぷりと文句を言いながら詰め寄ってきた。
パリパリと放電している髪の毛が、怒りの凄まじさを物語っている。
「し、仕方ねぇだろ? クロノクロックのインターバル期間に忍がマグマガーに狙われたらマズいから、用心のためにU・B・Aの拠点に泊まり込んでたんだから。お前にもその辺りの事情はちゃんと説明したろ?」
「そうだけどさぁ……毎週帰って来るって約束したじゃん……! 私ずっと一人で寂しかったんだよ!?」
「いたたたっ! ビリビリさせるな電気! ……落ち着けって、悪かったから」
珍しく取り乱した様子をみせた後、俯いてしょんぼりするリノ。
……なんだか久しぶりの光景だ。昔はよくこんな風に情緒不安定になることがあったけど、最近はすっかりそういった面を見せなくなっていたから。
小さな頃、リノは一人ぼっちになると動機や息切れを起こしたり、パニック状態に陥って泣き出してしまうことが多々あった。
医者はおそらくPTSDだろうと言っていたが、生まれてすぐ親父に拾われ、それから優しい両親や俺という家族と一緒に何一つ不自由のない暮らしをしてきたリノが、一体どうしてそんなトラウマを抱えることになったのか……。
本人にも全くわからないらしいが、何故か一人だととてつもない不安感に襲われることがあるのだそうだ。
時と共に自然と症状は薄れていって、今となっては完全に治ったと思っていたのだが……俺がこんなにも長い間家を空けたのは久々だったので、不安が募って一時的にぶり返してしまったのかもしれない。
「ごめんな、寂しい思いさせて。今日はずっと一緒だから安心してくれよ」
「うん……」
ぎゅっと抱きしめて頭と角を優しく撫でてあげると、リノは徐々に落ち着きを取り戻していった。
そのままソファーに座らせて、部屋の隅に置いてあった小さな宝石箱の中から、あるものを取り出し、渡してやる。
ほのかに魔力を感じる、まるでブラックダイヤモンドのような光沢を持つそれは、親父曰くリノの本当の母親が右手に握りしめていたものらしく、いわゆる形見の品というやつだ。
それをそっと手のひらに握らせると、リノは安らいだ表情になっていき、やがて穏やかな寝息を立て始めた。
「ふぅ……やれやれ……。世話の焼ける妹だぜ……」
スヤスヤ眠るリノの寝顔を見ながら、小さく溜め息を吐く。
こういうときは、形見のアクセサリーを渡せばすぐにおさまる。これは親父が発見した方法で、何故こうなるのかはよくわかっていないが、とにかく今となっては慣れたものだった。
「さて……じゃあ今夜は寂しがり屋の妹様のために、久々に俺が夕飯を作ってあげるとしますかね」
俺はリノが起きないように注意しながらそっとタオルケットを掛けてあげると、腕まくりをしながらキッチンに向かった。
◇
「美味しぃ~! スズ、また料理の腕が上がったんじゃない!?」
「ふふふ……。我の料理に存分に舌鼓を打つがよいぞ、妹よ」
「ところでなんでMOONの恰好してるの?」
「お主にこの姿をお披露目するのは初めてだったと思ってのぅ。せっかくなので着替えてみたというわけじゃ。どうじゃろうか? 似合っておるか?」
「スズの変装の中でもひと際神秘的で綺麗だと思うよ? でも私は素のスズが一番好きだけどねー」
ゴスロリ衣装に身を包んでビシッと決めポーズをする俺に、リノが率直な感想を述べてくる。
……まったく、全世界で再生数100億回を超える動画の歌姫MOONとサシで食事、しかも手作りのご飯までご馳走になっているっていうのに、なんという塩対応だ。これだから家族ってやつは……。
「もぐもぐ……ところでさ、U・B・Aの拠点で寝泊まりしてたって言ってたけど、あの子――黒鵜忍ちゃんと一緒にお風呂入ったりとか、同じ布団で寝たりとかしてないでしょうね?」
「…………しとらんが?」
してたけど。
だって、いつマグマガーや教団の連中がクロノクロックを奪いに来るかわからなかったんだから仕方ないだろう。
忍も添い寝してあげたら喜んでくれたし、悪いことなんて何もないと思うが。
「なんか怪しいなぁ~」
「仮にそうだったとしても、何の問題もないじゃろうが。我はレイコとも一緒に風呂に入ったことがあるし、お主とは今日も同じ布団で寝てやるつもりじゃしの」
「私やレイコはいいけどあの子は駄目なんだって……。もしスズが目覚めたら絶対マズいことになりそうだし」
「目覚めるって……、何にじゃ?」
「……はぁ、スズはいつまでもそのままで居続けてね?」
呆れたような視線を向けてくるリノを見て、俺は首を傾げた。
何故なのかよくわからないが、リノは忍に対してかなり厳しいようだ。忍は俺のアレに興味津々な以外はすごく良い子だと思うんだけどなぁ。
《皆さま、今日は話題の"魔王の欠片ワンパン男"さんが通う、ダンジョン学園へとやってきました。それでは早速彼のお友達にお話を聞いてみたいと思います》
二人で他愛無い会話を繰り広げつつ食事を進めていると、テレビから聞き覚えのあるフレーズが耳に飛び込んできて、俺たちはそちらに視線を向ける。
そこには女子大生くらいの若くて美人なアナウンサーと、彼女より頭一つ以上背の高いガチムチの黒人男性が映し出されていた。
《こんにちは、ワンパン男さんについて詳しく教えていただきたいのですが》
《Oh~、彼も有名になっちゃいましたネ! 彼はとても真面目で努力家で、本当に素晴らしい人ですヨ。今回の件はワタシも友人として誇らしい限りデス》
《真面目で努力家な生徒……と。ではかの切封斬玖氏のように、魔王の力で好き勝手暴れるような心配はしなくてよいと?》
《当然デス! 彼は困っている人を放っておけない熱いハートを持ったナイスガイデス! 魔王の力を犯罪に使うようなことはありえませんヨ!》
《それは私たち日本国民としては安心ですね》
《ただ、動画を見た皆サンもご存じの通り、全てを招くモノを討伐寸前まで追いつめたのはMOONサンと黒鵜忍サンデス。彼は本当に最後のトドメを刺したダケ……》
《はい、世間では"漁夫の利"だとか、"功績泥棒"だと揶揄するような方もいますね》
《デスが、彼にそんな卑怯で姑息な一面があったりはしまセン。人助けをするために必死になった結果、あのようなことになってしまった……とだけハ理解してあげてほしいデス》
《映像を見直してみれば、U・B・Aのアカリさんがあわやというところを、ギリギリのタイミングでワンパン男さんが助けていますものね。難癖をつけたい人々はそれでも納得しないかもしれませんが、多くの民衆はきっとわかっているでしょう》
《Hmm……。彼は自分でも、きっと自身の実力がまだ魔王の力を使う者として足りていないことを痛感しているはずデス。ですから皆サンも、彼に期待し過ぎるコトもなく、あまりプレッシャーを与えない程度に静かに温かく見守ってあげてくださイ》
《わかりました。彼が立派な探索者として成長していくのを、みんなで応援しましょう! ということで、現場からは以上になります!》
インタビューが終わり、カメラが切り替わってスタジオに戻ると、すぐに次のニュースが読み上げられていく。
俺とリノは、止めていた箸を再び動かして料理を口に運び始めた。
「噂には聞いてたけど……一年Dクラスの委員長のボブくん、めちゃくちゃ人格者だよね」
「うむ、今のインタビューも見事じゃったわ。小僧が今後トラブルに巻き込まれぬよう、しっかりとフォローしておったしのぅ」
厄災魔王の一欠片の一角である全てを招くモノを倒した種口くんは、今や時の人になっていた。
日本人では二人目であるが、前回の切封斬玖のときは彼が凶悪な犯罪者ということもあって、マスコミも大っぴらに持ち上げたりすることはなかったのだが、今回は違う。
彼は善良な一般市民なうえに、つい最近までプロですらなかった普通の高校生だ。そんな彼が一気にサクセスロードを駆け上がるという夢物語のような展開に、人々は沸き立っていた。
マスコミからは日本の新時代を代表するヒーローとして、若者からは自分たちでも頑張れば彼のようになれるかもしれないと希望の象徴として扱われ、連日メディアを騒がせており、SNSでは"ワンパン男"がずっとトレンドの一位となっている。
どこぞのスキンヘッドのヒーローは全く関係ない。あくまで"ワンパン男"だぞ。
ちなみに今までの"恐竜ワンパン男"ではなくただの"ワンパン男"が一位となっているのは、新たに"魔王の欠片ワンパン男"という異名が増え、その両方がカウントされているためだそうだ。
先ほどのボブのインタビューが拡散されることで、少しは彼の周辺も落ち着きを取り戻してくれるだろうが……それでもしばらくの間、騒動が続くことは避けられないだろう。
「実は……私、長官から彼をスカウトしてくるように言われてるんだよね……」
「まあ、そうなるじゃろうな。小僧は今や日本にとって重要な人物じゃ。手元に置いて様子を見ておきたいのは当然じゃろ」
リノの言う長官とは、ダンジョン大臣兼特務機関八咫烏のトップである――"雪枝 刀祢"氏のことだ。
彼は時期総理大臣候補とも噂されるやり手の若手政治家であり、俺たちの父親――涼木想玄とは高校時代からの旧友なのだという。
俺とリノにとってもカッコよくて気さくな親戚のおじさんって感じの人で、小さい頃から何かと気にかけてくれており、俺たちはその縁で八咫烏のエージェントとして働いているのだ。
「……どうしたのじゃ? 浮かない顔をしておるが」
「うん……。なんだか種口くん、どんどん危険な方向に進んでいる気がして……」
「お主が仲間や家族以外の他人の将来を案ずるなんて珍しいのぅ」
「そうかな? 彼、ただでさえ危なっかしい感じがするのに、私が八咫烏に勧誘したことで何かあったら責任感じるじゃん……」
「たかが勧誘するだけじゃろ~? 少し敏感になりすぎではないか?」
「そもそも彼が今こうなってる最初のきっかけはスズなんだから、あんたはもっと責任を感じなさいよ!」
「うぐっ……! 返す言葉もないのぅ……」
そんな話をしているうちに料理を食べ終えた俺は、デザートのプリンを食べるべくスプーンを手に取る。
「くふふ……。今日はこれを食するのをずっと楽しみにしておったのじゃ~」
「スズって本当にプリン好きだよね。子供舌だなぁ」
「プリンの素晴らしさをわからぬとは……リノはまだまだ人生経験が足らぬのぅ。どれ、早速一口――」
「オ~ッホッホッホ~! 今日も遊びに来ましたわよ~~!」
俺がプリンを口に運ぼうとしたまさにその瞬間――天井から半透明の金髪ドリルお嬢様が降ってくる。
そして俺の頭上で実体化すると、そのまま俺の頭をむぎゅっと踏み潰してきた。
「ぐぇっ!?」
「あら失礼、いましたの? 小さすぎて見えませんでしたわ~!」
「いだだだ! やめんかレイコ!」
テーブルに突っ伏した俺の頭をグリグリと踏みつけながら、扇子で口元を隠して笑うレイコ。
どうやら前回の一件を根に持っているらしい。まったく……執念深い女だ。
「ぷはっ……! レイコ、貴様……我にもう一度殴られたいようじゃのう?」
「あら? わたくしの身体にはいくら攻撃しても無意味ですわよ? なんなら試してみてはいかがかしら?」
起き上がった俺の周りをフワフワ飛びながら煽ってくるレイコ。
「鳥頭ならぬ幽霊頭のようじゃの! 我が剛腕はあらゆる事象を捻じ伏せる――――【幻想を撲つ拳】!」
魔力を込めた拳が、目の前にいるレイコの胴体を貫いた――――刹那、彼女の全身は陽炎のように揺らいで消滅する。
「残像ですわぁ~~~!」
「な、なんじゃと!?」
……こ、こいつ! 進化してやがる!
幽体と見せかけて魔力の残滓を使って虚像を作り出すとは!
「あら、美味しそうなプリンがあるじゃないですの。頂きですわぁ~!」
後ろから伸びてきた白く細い手が、テーブルの上に置いてあった俺のプリンを攫っていった。
「わ、我のプリンがぁーー!? か、返すのじゃぁぁーー!!」
逃げるレイコの後を追って、リビングを走り回る俺。
レイコは棚から醤油瓶を取り出すと、高笑いしながら俺のプリンの上にそれを垂らそうと構えた。
「プリンに醤油をかけるとウニの味になるらしいですわね。試してみますわぁ~!」
「や、やめるのじゃぁぁーーーー!!」
俺はそういう食べ物を混ぜ合わせて味覚を騙す系の奇食ネタはこの世で7番目に嫌いなんだよ!
「ちょっと~……。二人ともごはん中にじゃれ合うのは止めなさいって何度も言ってるでしょ~?」
後ろからリノの咎めるような声が聞こえてくるが、俺とレイコは争い続ける。
……だが、結局プリンは醤油の海に沈んでしまい、俺は悲しみの涙を流すこととなった。
一応食べてはみたものの……まともなプリンの味など微塵もせず、ウニというか苦くてマズいだけだった。皆は決して真似することのないように……と、ここに記しておこうと思う。しくしく……。




