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第083話「天秤ノ契」

「ノエル・フィオーリ……!」


 水色の髪と赤い瞳。二十代前半くらいに見える美貌の女性。


 フェスの参加者でもある世界的人気シンガーソングライター――"ノエル・フィオーリ"の顔がそこにあったのだ。


 ……どういうことだ? ノエルがマグマガー!?


 いや、ノエルの魔術が【幻体演奏法(ソロオーケストラ)】なのは有名な話だし、さっき俺も彼女が魔術を使う姿を目にしている。マグマガーの顔を奪う魔術とは明らかに系統が異なる。


 魔術は基本的に一人ひとつのはず! 何か特殊な条件を満たさなければ――


「――まさか!?」


「私のほうが一枚上手だったようね、仁和円樹……!」


 俺に完全に拘束されているというにもかかわらず、ノエルは勝ち誇った表情で不敵に笑う。


 とっさに周辺に魔力探知をかけると……後方にいる忍の傍に、目の前のノエルと全く同一量の魔力を持つ存在が確認できた。


 こいつ……そんなことまでできるのか!?



 ――二重マスク!!



 まず本体であるマグマガーが、自身の魔術でノエルの顔を被る。そしてノエルに変身したマグマガーは【幻体演奏法(ソロオーケストラ)】で二人に分裂すると、ノエルの顔の上に更にもう一つマスクを被ったのだ! 分身のほうには蝿野アナの顔を被せ、本体は別の人物の顔を被って忍の近くに潜伏する。こっちは俺を忍から遠ざけるための陽動! 他人の顔を被った状態でも元の魔術を行使するなどという芸当が可能だなんて、おそらく苦労して奪った顔をたった一度使うだけで失ってしまうという制約によってここまで強力な能力になり得たのだろうが、エターナルフレイムと組み合わさることで悪魔的な相乗効果を生んでしまっている!


 拘束していたノエルの身体が、光の粒子となって霧散していく。


 俺はそれを見届けることもせず、全速力で忍のいる場所へと駆け出した。


「忍ーーーーーーッ!! そこから離れてーーーーーーッ!!」


「え?」



「――――マイアがマグマガーよ!!」



 俺が大声で叫んだ瞬間――マイアの足元から植物の蔦が伸びていき、あっという間に忍の全身を拘束してしまう。


 同時に植物は巨大な豆の木のようにグングン成長すると、彼女たちを天高くへと持ち上げていく。


「ええっ!? な、なにこれ!?」


「ふふ……やっと捕まえたわぁ~♡」


 マイアは忍の首に掛かっているクロノクロックに触れると、慈しむように頬擦りしはじめた。


「これは当然頂くけれどぉ~、ついでに忍ちゃんの可愛い顔と便利な魔術も貰っちゃうわねぇ~」


 アスタの武器がマイアに向かって殺到して行くが、植物の盾に阻まれてなかなか彼女まで届かない。


 俺は髪の羽を広げると地面を蹴り飛ばし、一気に豆の木の上まで跳躍する。


 しかし俺が辿り着くよりも早く、マイアは唇に魔力を込めると、忍の唇を奪おうと顔を近づけていった。



「一手遅かったわねぇ~円樹ちゃん♪ 私のキスは相手の全てを奪いさる――――【強奪する淫蕩の口付け(プランダーキッス)】」



「忍!!」


「忍せんぱーーーーい!!」


 俺とアカリが同時に叫んだその瞬間――マイアと忍の唇が重なり合った。


 ……ように思えたが、突然マイアの動きがぴたりと停止し、信じられないといった表情で顔を離していく。


「な、なんで顔が奪えない――」


「んにゃぁぁぁーーーー!! 恐竜ワンパン男様に捧げるはずだった僕のファーストキスがマイアさんにぃぃーーーー!! いやマイアさんですらなくて正体不明の誰かでしたっけぇーーーー!? 僕のファーストキス返してくださぁぁーーーーい!!」


「――え? アカリちゃん!?」


 いつの間にか忍がいたはずの位置にはアカリがおり、蔦に拘束されて唇から一筋の涎を垂らしながらワンワンと泣きわめいていた。


 ……ふう、こんなこともあろうかとアカリを仲間に引き入れていたのが功を奏したみたいだな。



 アカリの魔術――――【天秤ノ契(アクシスシフト)】。


 対象を指さしながら名前を呼ぶことで、相手と自分の位置を瞬時に交換することができる能力。


 名前は本名でなくてもよいが、第三者からでも誰が呼ばれているか明確にわかる呼び名である必要がある。


 例えば男二人と女一人の三人組がいた場合、女性とは「そこの女の人!」でも位置を交換することができるが、「そこの男の人!」ではどっちの男かわからないので魔術の発動は失敗に終わる。


 ただし片方の男が黒髪でもう一人が金髪だった場合、「そこの金髪の男の人!」ならきちんと特定できているため魔術は発動可能だ。


 対象がモンスターでも同じで、例えばゴブリンが一体だった場合、「そこのゴブリン!」で位置を交換することができるが、複数体いる場合は、隻眼であるとか一体だけ剣を持っているなど、何か他と異なる特徴がない限り不可能となる。


 名前がある場合はそれが一番確実で、苗字でもいいし愛称でも問題はない。忍だったら「忍先輩」でも「そこのロリ巨乳美少女」とかでも大丈夫ってわけだ。


 また、これらの条件を満たしても、自分とあまりにも質量の違う相手や、連続で同じ相手とは位置を交換することができないという制約もある。


 先ほど全てを招くモノ(ストーミーペトレル)の前に突然出現したのも、この魔術によるものだ。


 そしてあの怪鳥の口に捕らえられていたときも、まだ近くに召喚されたモンスターがちらほら残っていたので、その気になれば脱出することもできたと思うが……なぜそれをしなかったのか。


 それは本人に聞いてみないとわからないが……ピンチを演出して視聴者の注目を集めるためだったら、たぶん命を削ってしまったと思われる種口くんになんらかの償いをすべきだと思う。


 ……とにかく至極シンプルであるものの、うまく立ち回ることができれば実に汎用性が高い能力だと言えるだろう。



「そこの大ガラス!」


『カァァーーーーッ!!』


 再びアカリは魔術を発動させ、俺の近くを飛んでいたモンスターと位置を入れ替えてマイアの拘束から脱出した。


 俺は髪の羽を大きく広げながら、空中でアカリをキャッチする。


「でかしたわよアカリ!」


「うわ~ん! でも僕のファーストキスがぁ~!」


「同性だからノーカンよ! もし種口といい関係になれたらそのとき改めて初チューすればいいじゃない!」


「はっ!? 確かにそうですね! 焦って損しました!」


 ……いや、待てよ?


 よく考えたらこいつは男の娘だから全然ノーカンじゃないのでは? むしろその理論でいけば種口くんとのキスこそノーカンになるのではなかろうか……?


 ま、まあいいか。これ以上深く考えるだけ無駄だしそんな暇もない。



「――――"切り裂く髪の鎖鋸(ヘアーチェーンソー)"!」



 ――ザンッ!!


 地上に舞い降りながらすぐさま豆の木を切り倒すと、落下してきたマイアの胴体を空中で思いっきり蹴りつける。


「ぐぅッ!!」


 勢いよく吹っ飛び、そのまま地面に叩きつけられるかと思ったが、マイアは身体を捻って五点着地行い致命傷を避けた。


 それでも相当なダメージがあったようで、腹部を押さえながら顔を歪ませている。


「年貢の納め時のようね、マイア――――いえ、マグマガー!」


 スタッと音を立てて華麗に着地すると、数メートル先でうずくまるマイアと向き合う。


 周囲を取り囲むのは、俺とアカリ、それにアスタの三名。今度はこちらが追い詰めた形となった。


「くっ……! やっぱり円樹ちゃんは危険ねぇ~。……こうなったらお姉さん、奥の手を出しちゃおうかしらぁ~」


 蹴られた腹をおさえつつ、ゆっくりと立ち上がるマイア。


 ……何をする気だ?


 だが、今この場には俺に加えてアスタとアカリもいる。


 忍は魔力を使い果たして満身創痍だし、花音ら他のU・B・Aのメンバーはまだ状況が理解できておらず、俺とマイアが争っていること自体に困惑しているようだけど、三人いれば十分すぎるほどの戦力だ。


「刮目なさい! 厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)すら凌駕する私の真の力を!」


 マイアのマスクを脱ぎ捨ててノエルの姿に戻ったマグマガーは、両手をパンッと強く叩くと――全身に大量の魔力を纏わせていく。


 俺とアスタとアカリは忍を庇うように立つと、互いに背中を預け合いながら警戒態勢に入った。



「喰らうがいい――【幻体演奏法(ソロオーケストラ)・フィナーレ】!!」



 ノエルの身体が七つに分裂したかと思うと、それぞれが懐から野球ボールほどの大きさの玉を取り出してそれを地面に投げつける。


 すると派手な爆発音と共に白煙が巻き起こり、そして――


 七人のノエルは俺たちに背を向けて四方八方へと駆け出した。


「ちょおおぉぉ!? あれだけ勿体つけたのに逃げるんですかぁーーーーッ!?」


「円樹! 手分けして追うのデス!」


「二人とも止まりなさい! 追わなくていいわ!」


「「ぐえっ!?」」


 走り出そうとしたアカリとアスタの首にツインテールを巻き付けて、動きを止める。


「なんで止めるんですか円樹先輩! エターナルフレイムが逃げちゃいますよ!?」


「先程してやられたのを忘れたの? 逃げたと見せかけて本体が近くで息を潜めているかもしれないじゃない。そうでなくても追った先に仲間が待っている可能性もあるわ。ばらけて追うのは得策じゃない」


「……そ、そう言われれば確かにデス。迂闊な行動でした。ごめんなさいなのデス」


「私も円樹に賛成……。これ以上の連戦はちょっと厳しいかも……」


 忍がぐったりしながら俺の肩にもたれ掛かったのを見て、二人は素直に同意してくれた。


 その間にも会場中に広げていた俺の魔力探知の範囲から、七人のマグマガーは次々と逃げ去っていく。


「どうやらこの会場にもうマグマガーはいないようね。今この場にいる人間は全員が本物で間違いないわ」


「え? なんでわかるんですか円樹先輩」


「ノエルの【幻体演奏法(ソロオーケストラ)】には本体と分身の全員の魔力が同一になるという特徴があるの。あたしはさっきから会場全体に魔力探知を張り巡らせていたけど、マグマガーと同じ魔力量を持った人物は誰一人として確認できなかったわ」


「え~……この会場全体って円樹の魔力探知の範囲どんだけ広いんデスか……。私も最近はそこそこ強くなったつもりだったデスが……なんだか一生3位から上がれない気がしてきたのデス……」


 大きく溜め息を吐きながら忍とは反対側の肩に頭を乗せてくるアスタの銀髪を、優しく撫でる。


 ……それにしてもマグマガーか。


 奴の能力は顔を奪って変身するだけのものはず。つまりはマイアやノエル、蝿野アナの演技は全て本人の技量ということになる。


 しかもフェス中に顔を奪ったのでは顔なしの本物が会場に存在することになってしまうため、おそらくフェスの前に彼女たちに成り代わっていたのだと推測される。


 ということは……だ、俺が今日一人二役で四苦八苦している間に、あいつは一人で三役をこなしていたわけだ。


 マイアのアイドルとしての力。ノエルのアーティストとしての力。蝿野アナのアナウンサーとしての力。……どれも文句なしに練度の高いものだ。


 格闘術も見事なものだし、追い詰められた場面で奥の手があるようなはったりをしてからの大胆な撤退劇を演じた手腕……あれほど多彩で完璧な演技力を兼ね備えた人物が世界にどれだけいる?


 もしかして彼女は俺の知っている人物なのでは……。


 かつて俺に演技指導をしてくれた著名人たちの顔が次々に脳裏に浮かび、その中でも最も才能に溢れた一人の女優のことを、ふと思い出す。


 ……まさか、ねぇ。


 いや、今は考えても結論が出ることじゃない。正体が誰にせよ、必ず奴を捕らえて奪った顔を全て取り返してみせる。


 そう心に誓いながら、俺は肩に預けられている二人の頭を優しく撫で続けるのだった。

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