第082話「マスクの下」
しばらくすると……種口くんは力を使い果たしたのか、眠るように気絶してしまった。
魔王の力を宿した者は、精神に多大な負担がかかるという。
あのアーサーですら一週間も寝込んでしまったらしいし、彼も当分の間は安静にしておく必要があるだろう。
「……私もちょっと疲れちゃったかも」
「ふむ、時間遡行で精神的に疲弊していたところに、全魔力を消費するほどの一撃を放ったのじゃ。無理もなかろう」
種口くんに続いて忍もその場にぺたんと座り込んでしまったので、俺は彼らを会場内に設営されている医務室まで運ぶことにした。
医務室のベッドに彼らを寝かせると、種口くんを爾那に預け、忍の傍にはアカリを配置して、誰も部屋に入れないように言い付けてから退室する。
外ではマスコミや野次馬たちがまだ未練がましくカメラを構えて待っていたが、俺は連中に今日はもう解散するように一喝すると、人混みから離れて人気のないエリアまで移動した。
いくらなんでも円樹がいつまでも姿を見せないのはおかしいので、MOONから円樹に変装しなおすためだ。
きょろきょろと辺りを見回して、周囲に誰もいないことを確認する。近くに人やモンスターの気配は一切感じられない。
しかし――
「はぁ……。いつまで付いてくる気じゃ? そろそろ出てこぬか」
俺がそう言うと、少し離れた場所にある木陰から銀髪の小柄な少女が姿を現す。
彼女は真っ直ぐにこちらへやって来ると、ぴったりと俺の前に立ち止まってじっと見上げてきた。
「……私の尾行、下手でしたか? 完璧に魔力と気配を消したつもりだったんデスけど」
「たわけ。完璧すぎるから却って不自然だったのじゃ。お主はこの会場で上から数えて3、4番目くらいの魔力があるからの。我が人混みを離れた瞬間、急に魔力が消えたから違和感バリバリじゃったわ」
「ああ、そういうことデスか。うっかりしてしまいました……。今後の参考にさせていただくのデス」
こいつやっぱとんでもないセンスしてるなぁ……。
マグマガーを警戒して終始魔力探知をしてなかったら、気配だけじゃたぶん俺でも気づかなかったぞ。
「それで、お主は確かアスタとかいう名前じゃったな。我に一体なんの用じゃ?」
「単刀直入に聞きますけど、MOONさんって円樹デスよね?」
「……」
マジかこいつ。
なんでバレたんだ? 今まで俺の変装は自分で告白する以外では、相当親しい人間以外には見抜かれたことがないっていうのに。
少なくとも俺が変装をするやつだっていう前情報を知っている者でなければ、気づくことなんて不可能だと思うのだが……。
「否定しないと言うことは図星ってことデスよね」
「一体何を言っているのかわからんのじゃが……一応そう思った理由を聞くだけ聞いてやるかの。言ってみよ」
「まず円樹があんな状況で戦闘に現れないというのがおかしいデス。忍は辺りを警戒してくれているって言ってましたが、厄災魔王の一欠片相手に彼女の力を宛てにしないなんて忍らしくないデス」
「……我の力があれば十分だと思ったのであろう。実際に小娘と我で対処できたわけじゃからな」
「そういうことにしておきますか。でも私が一番怪しいと思ったのは、そこではないのデス」
「ほう……。続けてみよ」
「私は円樹と忍の歌をリスペクトしていて、彼女たちに追い付き追い越せるように日々研究しています。……そしてその際に気づきました。円樹は歌を歌うとき、サビの部分で必ずある特徴的な癖が出るのデス」
……え? そんなのあるか?
いや、師匠であるセレネにも歌の癖なんて指摘されたことはない。たぶんカマをかけてるだけではったりだ。
「彼女はサビの部分を歌うとき、身体を覆っている魔力が0.5から1パーセントほど上昇します。たぶん感情の高ぶりで力が溢れてしまうのでしょう。ライブのときは更に顕著で、大体2パーセントくらい上がるのデス。今日MOONさんの歌を聴いていたとき、同じようにサビで魔力が上昇するところを目撃しました。しかも量も円樹とぴったり一致していたのデス。……これがただの偶然だと思うデスか?」
「…………」
え~……。なにこいつ……。
そんな癖、自分でも気がつかなかったぞ。確かに俺はサビの部分でちょっとテンション上がっちゃうところがあるし、たぶん本当っぽい。
しかし1パーセントってそんなん普通判別できるレベルじゃねぇだろ。どんな洞察力と魔力探知の精度してんだよ……。Sランクの連中だってそんな芸当できる奴は殆どいないぞ。
こいつがマグマガーだったら最悪なんだが……。
「アスタよ、魔術を使ってその場に浮いてみるのじゃ」
「……? わかりました」
アスタは疑問符を浮かべつつも、その場にふわりと浮遊する。
……ふむ、まあ前々からこいつはマグマガーではないと思っていたが、やはり違うようだ。
もしマグマガーだったら、成り代わった相手の魔力と魔術は半分の出力でしか扱えないからな。
アスタの魔術は『自分の体重と同じ重量のものを操作できる』というものだが、半分の出力では自らの身体を宙に浮かせることができなくなってしまう。
仮に既に成り代わられている場合、元が『自分の体重の二倍の重量を操作できる』能力であったら可能だろうが、この『自分の体重と同じ』という制約は魔術として絶妙なのだ。
二倍も操作できてしまったら、空中を飛び回りながら無数の武器を操ることが可能となるし、自分の倍の大きさの生物を直接念動力でぶん回したりと、かなりチート臭い能力になってくる。
なので『自分の体重と同じ』という能力設定は、まず間違いなく元々の魔術であると推察できるのだ。
それにこいつは魔力量もかなり多い方であるし、人を見る目がある忍が自ら勧誘してきた人物なので、最初から本物であると俺は踏んでいたのだが、念には念を入れてマグマガー対策チームに加えるのは控えていた。
アカリみたいな男の娘じゃないと、そのときは大丈夫でも途中で成り代わられる可能性もあるからな。
「大したものね~。アンタ将来大物になるわよ」
「うぇ!? やっぱ円樹だったんデスね! その声どっから出してるんデス! ゴスロリ銀髪美少女のMOONさんから円樹の声が出てて違和感がすごいデス!」
もう誤魔化すのは無理そうだと判断した俺は、スイッチを切り替えて円樹の声で喋りはじめる。
「とりあえず着替えるからちょっとあっち向いててくれる?」
「あ……はいデス」
今日は何度もこの作業をしているので、もう慣れたものだ。
素早く着替えと偽装の変更を終え、円樹の姿に戻った俺は……改めてアスタに向き直った。
「凄いデスね……。一体どうなってるんデスかそれ?」
「そのうち教えてあげるわよ。あ、でも他言禁止よ? 破ったらただじゃおかないから」
「勿論わかってます! 私と円樹と忍の秘密にするのデス!」
そう言って目を輝かせるアスタは、いつもより随分幼く見えた。
きっと俺や忍と秘密を共有できたのが嬉しいのだろう。
ふふふ……愛い奴め。俺より小っちゃいし素直だしで、俺の周りにはあまり居ないタイプだからやっぱりこいつは可愛げがあるぜ。
よし、わしゃわしゃしてやる。
「わしゃわしゃわしゃ~!」
「ちょ、ちょっとやめるのデス!」
「いいじゃない減るもんでもないし。それより早く忍のところに戻るわよ。アカリは残してきたけどあの子だけじゃ不安だからね」
「忍が誰かに狙われているからデスか?」
「あんたそんなことまで気づいてたわけ?」
「はい、忍と円樹がチーム内で誰かを探しているのには気がついていました。私を仲間に入れてくれないことは不満でしたが……きっと何か考えがあってのことなんだろうと思って黙っていたんデス」
「……アスタ。あんた近いうちにスカウトがくると思うから覚悟しときなさいよ?」
「スカウト? 一体どこの組織デスか?」
「それは来たときにわかるわよ。まあ、悪いようにはならないから安心しなさい。ほら、急ぐわよ!」
「あっ、待つのデスー!」
◇
アスタを伴って足早に医務室へと舞い戻る。
……するとそこには、部屋の前で仁王立ちをしているアカリと、彼女を押しのけて無理やりドアを開けようとするウニテレビのスタッフたちの姿があった。
「ウニテレビの"蝿野 五月"でございます! 黒鵜忍さんと恐竜ワンパン男さんにインタビューをお願いしたいのですが……!」
「ですから忍先輩へのインタビューは事務所を通してくださいって何度言えばわかるんですか!? それに恐竜ワンパン男様はまだ意識を取り戻してないんですよ! 今日はもう諦めて帰ってください!」
「厄災魔王の一欠片が倒されたんですよ!? この歴史的偉業を報道する義務が我々にはあります! あなたこそそこをどいてください!」
「あのですね! インタビューがダメだって言ってるんじゃないんですよ! 今忍先輩は疲労困憊で休まれてるので邪魔しないで欲しいんです! 明日以降に事務所を介して正式に申請をしてくだされば――」
「そんな悠長なこと言っていては他のメディアに出し抜かれ――いえ、今か今かと情報を待ち侘びている国民の皆様に申し訳が立たないでしょう!?」
二人の言い争いは医務室の中まで届いていたらしく、扉の中から声が響いてきた。
「……アカリちゃん、さっきから何事?」
ドアが開かれ、中から忍がひょっこりと顔を覗かせる。
それを見た蝿野アナがこれ幸いとばかりに彼女に迫ろうとしたので、俺は素早く二人の間に割って入った。
「はいは~い。うちのリーダーに近づかないでくれる?」
だがそんな俺の牽制など気にせず、蝿野アナはマイクを片手に忍へと詰め寄っていく。
「黒鵜忍さん! 今のお気持ちを一言いただけませんか!? 本来はあなたが厄災魔王の力を得るはずだったのに、恐竜ワンパン男さんに横取りされた形になってしまったわけですが思うところはないのでしょうか!? あなたを差し置いて、成り上がりのワンパン男さんが切封斬玖やアーサー・ロックハートさんたちと肩を並べてしまったわけですよね!? 悔しくはありませんか!? Sランクであるあなたとしては心中穏やかでは――」
「近づくなって言ったはずよねぇ~~? 二度もさぁ~~」
――ドゴォッ!!
俺のツインテールの先端が拳の形になり、蝿野アナの鳩尾へ深々と突き刺さる。
そのまま勢いよく髪の腕を振りぬくと、骨が砕けるような音を立てて蝿野アナの身体は勢いよく吹き飛んだ。
「ぶげぇぇぇーーーーッ!」
「ちょ、ちょっと円樹!?」
「な、なにやってるんデスか!?」
「円樹先輩!? いくら蝿野アナがうざいからって一般人にそれはさすがにやりすぎですよ!」
血反吐を吐きながら宙を舞う蝿野アナを見て、忍たちがぎょっとした声をあげる。
だが、そのまま地面に叩きつけられると思われた蝿野アナは――
空中でくるりと回転しながら体勢を整えると、軽業師の如く華麗に着地を決めて、地面を這うように素早く俺から距離を取った。
「「「え?」」」
一般人のはずの蝿野アナのあまりにも身軽すぎる動きに、忍たちだけでなく同僚のウニテレビの社員たちも驚愕の表情を浮かべている。
そんな彼女たちを尻目に、蝿野アナは脇腹を押さえながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、俺を睨みつけてきた。
「……なぜわかったの?」
「ああ、やっぱりあんたがマグマガーだったのね」
「ええーーーー!? 蝿野アナがマグマガーだったんですかぁーーーー!? 先輩先輩! なんでなんで!? なんでわかったんですかぁーーー!?」
アカリが耳元でギャーギャーと叫びながら俺の肩を掴んで揺さぶってくるので、うるさいとばかりにその頬をツインテールでペシッと引っぱたく。
「痛ァい!」
「……円樹、なんで蝿野アナが怪しいって思ったの?」
「別にぃ~? 全然怪しいなんて思ってなかったけどね。今の忍に近寄ろうって輩は全員ぶちのめそうって最初から決めてただけよ」
「それでも骨が砕けるほど殴るのはやり過ぎだと思うんデスけど……」
「蝿野アナは殴りやすかったからちょっと力が入り過ぎたのは否めないわね。……でもまあ、二度も忠告したわけだし、この世界にはポーションって便利な物があるんだから、間違ってたら治してごめんなさいすれば済む話よ」
騒ぎを聞きつけたのか、フェスの運営スタッフやまだ帰っていなかった一部の探索者、それに花音やマイアたちU・B・Aのメンバーが続々と集まってくる。
その様子を確認して、蝿野アナ――いや、マグマガーは苛立ったように舌打ちすると、全速力で逃走を開始した。
「――ちっ!」
「待ちなさい!」
蝿野アナの見た目からは想像できない程の凄まじい速度で遠ざかるマグマガーの背中を、俺はすぐさま追いかける。
奴は懐から取り出したナイフを投擲して妨害してくるが、俺はそれを全て髪の鞭で弾き飛ばすと、逆に地面に落ちている石をツインテールの先端で拾い上げて投げつけていった。
さすがS級裏世界犯罪者というべきか……石は全て紙一重で回避されたが、避けた際のスピードの緩みによって、徐々に距離を縮めていくことに成功する。
そしてついに射程圏内に捉えると、俺はマグマガーの顔面に向けて全力で髪の腕を振るった。
「せいっ!」
「くっ……!」
寸でのところで反応したマグマガーは、地面に這いつくばるようにしてそれを回避するが、次の瞬間には下から掬い上げるような俺のサマーソルトキックが奴の顎に炸裂していた。
「あがっ!?」
そのまま宙高く舞い上がったマグマガーの無防備な身体に、円樹の"四本の腕"による拳のラッシュが襲い掛かる。
「はあぁぁぁぁぁーー!!」
「がっ!? ぎっ!? ぶがッ!? ぐぼぉッ!?」
反撃も防御もままならず、ただひたすらに一方的に打たれ続けるマグマガー。
ワカラセマンと戦ったときは投石による遠距離攻撃しか使わなかったが、本来円樹は近接戦闘の方が得意なのだ。
幼少期から親父に仕込まれた格闘術に加えて、変幻自在のツインテールを使った四本腕による徒手空拳は、あのマサルでさえ容易に受け止められないと太鼓判を押すほどなのだから。
連打の全てがクリーンヒットしたことで、マグマガーは呻き声と共に鮮血を吐き出し、糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちていった。
「……あら?」
地面に倒れた蝿野アナの顔がマスクのように緩み、首筋に継ぎ目のようなものが見え始める。
どうやら大きなダメージを負ったことで、魔術による変身が維持できなくなってきているようだ。
「ふぅん……それじゃあツラ拝ませてもらうわよ!」
俺はツインテールでマグマガーの身体を完全に拘束すると……首筋の繋ぎ目を掴んで蝿野アナのマスクを勢いよく引っ剥がした。
「――――え?」
露になったマグマガーの素顔を見て、俺は思わず目を見開く。
マスクの下から現れたのは――――




