第081話「五人目」
「貫け――――"光遁・天照の矢"!!」
『ギャァァァーーーースッ!!』
忍の手から放たれた必殺の一撃が、"全てを招くモノ"の背中に突き刺さっている"破邪大剣ガラティーン"ごと奴の肉体を貫き、胸部に綺麗な大穴を開けた。
怪鳥は断末魔の叫びと共に墜落していく。
「忍、でかしたのじゃ!」
確実に致命傷だ。これで忍が厄災魔王の力を得ることができるのはもう間違いない……!
今の一撃で完全に力を使い果たしてしまったのか、忍の六魔装束は解除されて元の服に戻り、頭上の天使の輪も消えてしまう。
俺は空から落下しそうになった忍を慌ててキャッチした。
「ふぅ……よく頑張ったのう忍。後はゆっくり休んで――」
「MOON見て! あの人たち何かしようとしてる!」
忍の言葉を聞いて地上を見下ろすと、数人の探索者とみられる連中が、それぞれ武器を構えて怪鳥に走り寄っていく姿が目に映った。
……あいつらは! まさか"全てを招くモノ"が完全に消える前に自分がトドメを刺して魔王の力を横取りしようとしているのか!?
「ちょっと待つのじゃ! そやつはまだ死んではおらん! 安易に近づくでないわ!!」
地上へ向かって大声で警告をするが、皆まるで聞く耳を持たない。
彼らはあっという間に怪鳥を取り囲み、そして案の定奴の外魔核に生命力を吸われて倒れてしまった。
そして――彼らから吸収した魔力で僅かながら回復した怪鳥は、再び息を吹き返すと、目の前にいる瀕死の者たちにトドメを刺すべく動き出す。
「まずいのじゃ! 急いで下りるぞ忍!」
「うん!」
放っておけば倒せたのに! まったく人間というのはどうしてこんなにも愚かなのか!
しかし、あのような者たちでも目の前で人が死ぬのを黙って見過せない俺や忍も、また違ったベクトルで愚かと言えるかもしれないが……。
このままでは間に合わないか――と思った瞬間、どこからともなく現れたアカリが怪鳥の頭部を蹴り飛ばし、場を荒らした連中を救った。
だが今度はアカリが狙われてしまい、怪鳥の巨大な口で捕食されそうになっている。
「MOON! アカリちゃんが! 早く早く!」
「いたたたっ、叩くでないわ! お主が重くて速度がでないんじゃ!」
「お、重くないよ!? 重くないからね!」
「痛い痛いっ! だから叩くなと言っておろう! それにアカリなら大丈夫じゃ。ピンチそうに見えるがあれはたぶんバズらせるためのポーズじゃな。あやつが本気を出せば自力で脱出も――」
「――――【鬼眼】、80パーセント解放ッッ!!」
そんな会話をしながらようやく地上に辿り着こうかというとき、一人の少年が超スピードで現れて、アカリを助けるために怪鳥を殴り飛ばしてワンパンで沈黙させてしまった。
「「え?」」
ぽかんとする俺と忍の目の前で、"全てを招くモノ"は光の粒子へと変わり……その力の残滓は少年へと吸い込まれていく。
……忍ではなく、全て少年の体内へと。
「「え~……」」
完全に漁夫の利……というか横槍を入れられた形で、地上に降り立った俺たち二人はその場に立ち尽くしてしまった。
放っておけばアカリはたぶん自力で脱出できたし、俺もタイミング的に間に合ったのに……。
それに、実はアスタの武器も後方から飛んできていて、種口くんより少し先に怪鳥の命を刈り取ろうとしていたのだが、彼女は「自分がトドメを刺しちゃってもいいのか?」と思ったようで、寸でのところで武器を引き戻していたのだ。
それら全部に気づかなかった種口くんは、必死にアカリを助けようとして……その結果こういう結末になってしまった……というわけか。
なんというかまぁ……。完全に善意による行動だし、文句の言いようがないのだが……。
「うぐぁッ!! ゲホッ!」
種口くんは口から大量の鮮血を吐き出すと、苦悶の表情で地面に這いつくばっていた。
黒ティラノのときと同様に、限界を超えて【鬼眼】を使ったのだろう。魔術の練度が上がった影響で前回よりは反動が少ないようだが、それでも瀕死の重傷を負っている様子だ。
「そうだ、僕マキシポーションを一個持ってたんだった! 恐竜ワンパン男様、これを飲んでください!」
「あ……りがとう……ごくっ、ごくっ……」
アカリから受け取ったマキシポーションを飲み干すと、種口くんの肉体はみるみるうちに治癒されていく。
肉体は完全に回復したようだが、前髪の白い部分が少し増えている気がする。もしかしたらまた寿命が縮んでしまったのかもしれない……。
「はぁ……はぁ……。助かりましたアカリさん。……あ、あれ? 全てを招くモノは?」
「貴方が倒しましたよ! えへへっ、恐竜ワンパン男様かっこよかった! これから僕のことはアカリと呼んでくださいっ。きゃ♡」
「え、えっと、アカリさん?」
「だから呼び捨てでいいですってば! 敬語も要りません!」
……アカリの奴、どうやら種口くんに惚れてしまったみたいだな。
種口くんのことを好きになるのは一向に構わないのだが、せめてTS草を手に入れてからにしないと彼の脳をバグらせてしまう危険があるからあまり距離を詰めすぎない方が良いと思うぞ?
目をハートにしながら種口くんに抱きつくアカリに、彼は困惑したような表情を見せていた。
俺たちが彼のすぐ傍までやってくると、遅れて爾那も到着する。
「迅!! 馬鹿! まだ50パーセント以上の【鬼眼】の解放は寿命を縮める可能性があるから使わないようにって、鈴香に言われてたじゃない!」
「悪い……。アカリさんを助けるのに夢中でつい……」
「もし……もしも亜音さんに続いて迅にまで何かあったら私は……!」
種口くんに縋り付いて泣きじゃくる爾那を、彼は優しく宥めている。
アカリもどうやらシリアスな空気を感じ取ったらしく、大人しく種口くんから離れてその様子を見守っていた。
「でも、皆こうして無事だったんだから良か――――うぐぁ!?」
安心したように微笑んでいた種口くんの身体が硬直し、全身を震わせながら再び膝をついてしまう。
彼は大きく目を見開くと、両手で頭を押さえながら苦しそうな呻き声を上げた。
「迅!? どうしたの迅!?」
「……ぐっ、ううっ! あ、頭の中で声が……ッ! 『我が力を欲するならば今ここで選択せよ』って……うぐぁぁ!!」
「魔王の声じゃな。厄災魔王の一欠片を倒した者の身体に入り込んだ魔王の意思は、その者に力を求めるかどうか問いかけてくるという話じゃ」
「ま、魔王の力……!? それって放棄することはできるんですか?」
「可能じゃが……拒否すればせっかく倒した厄災魔王の力が、裏世界にいる別のモンスターの肉体にまた宿ってしまうのじゃ」
「それでも今の迅に魔王の力は早すぎると思います! 制御できなくて暴走とかしたら取り返しがつかないことになります!」
「ふむ……確かにその懸念もあるが……。小僧、お主が決めるのじゃ。お主は力が必要か? 魔王の力を使ってでも成し遂げたい目的はあるかの?」
「ち、力……」
種口くんは虚空を見つめ、額から大量の汗を流しながら考え込んでいる様子だ。
彼には姉を吞み込んだ"全てを飲み込むモノ"を倒すという目的がある。
今回"全てを招くモノ"を倒すことができたのは完全に偶然と運によるものだが、ここで魔王の力を授かることが出来るのなら、彼の願いが叶うのも夢ではなくなるかもしれない。
彼は逡巡している様子だったが、やがて覚悟を決めたようにこう答えた。
「……あります。俺には力が必要なんです。大切な家族を救うための力が」
「迅!」
「でも、俺の目的は他の厄災魔王の一欠片を倒すことです。ここで別の魔王の力を手に入れてしまっても大丈夫なのでしょうか……」
「確かに、魔王の力は一人につきひとつと言われておるが、放棄することもできるという話じゃ。新たな魔王の力を獲得するときに前の魔王の力を捨てるようなことも可能じゃろ」
「そうですか……それなら迷うことありません。俺は――魔王の力を望みます」
その瞬間――
種口くんの身体から禍々しい赤紫色の魔力が噴き出し、それが彼の頭上で渦を巻き始めた。
それは上空で巨大な雉のようなフォルムを作り出すと、旋風を起こしながら再び彼の体内へと吸い込まれていく。
「う……! ががががッ……!」
「小僧! 右腕じゃ! 魔王の力を全て右腕に収束させるイメージを思い描くのじゃ!」
「……み、右腕?」
鈴香との約束で最近はずっと右腕に魔力を集中させる訓練ばかりしている彼なら、きっとできる筈だ。
今の種口くんの全身に魔王の力を馴染ませるのは荷が重過ぎるからな。最悪右腕を犠牲にする覚悟で臨むしかないだろう。
「うぐぅ……ぐぐぐ……!! うおぉぉーーーーッ!!」
彼が雄叫びを上げると、膨大な魔力が徐々に右腕へと集まりはじめ、上腕から手首にかけて、"全てを招くモノ"の特徴でもある外魔核がボコボコと生えていく。
やがて右手の甲に小さく……しかし最も魔力が凝縮された魔核が出現すると、周囲を覆っていた瘴気は霧散した。
「はぁ……はぁ……。お、終わったのか……?」
「よく頑張ったの。これでお主は――人間で五人目の厄災魔王の一欠片となった!」
俺がそう告げると、遠巻きにこちらの様子を窺っていたマスコミや野次馬たちが一斉に歓声を上げた。
カメラのフラッシュが焚かれ、種口くんの周りを埋め尽くす勢いで人々が一斉に押し寄せてくる。
――が、次の瞬間。種口くんの右腕が狂ったように暴れ始め、辺りに突風を巻き起こすと、群衆をまとめて吹き飛ばしてしまった。
「う、腕が勝手に! くそッ、言うことを聞けぇ!」
「お主が心の底で思った『疲れているのに邪魔だ』という気持ちに魔王の力が反応してしまったのじゃ! もっと強く自分を律するのじゃ!」
「ぐぐぐ……! だ、駄目です! 今の俺じゃ抑えきれそうに――」
脂汗を流しながら必死に暴走する右腕を押さえつけようとする種口くんだが、彼の言葉通り右腕からは魔力が膨れ上がっていき、収まりがつかなくなる一方だ。
やはり今の彼に魔王の力は強大すぎたのか……。
……仕方ない。ひじょ~~~に残念だが、俺が自分で装備しようと思っていたあのアイテムを彼に譲ることにするか……。
本当はこれだけは譲りたくなかったんだけどなぁ……。
「小僧、これを使って魔王の力を封印するのじゃ! 受け取れぃ!」
俺は懐の次元収納袋からめちゃくちゃカッコいい黒色の包帯みたいなやつを取り出して、種口くんに投げ渡す。
すると包帯は勝手に彼の右腕に勢いよく絡みつき、全ての外魔核を覆い隠しながらグルグルと巻き付いていった。
途端に魔王の力が弱まっていき、右腕の暴走も落ち着いてくる。
「はぁ……はぁ……。ありがとうございますMOONさん。これはいったい……?」
「"封魔繃帯"といっての、我が家系に代々伝わる由緒正しき封印の魔道具よ」
「そ、そんな凄い物を俺なんかのために?」
「よいよい。民草を守護するのが王族たる我の義務じゃからの。ほれ、そのまま装備していけい」
「ありがたく頂戴します! 大切にします!」
「うむ。くれぐれも巻き方を忘れるでないぞ?」
……本当はさっき魔道具の出店で買ったばかりの物なんだけどな。100万円したけど。
しかし黒い包帯に刻まれた赤い紋様がほのかに発光していてめちゃくちゃかっちょいいなぁ~……。ああ……俺が装備したかった……。
でもここで渡さないと種口くんが魔王の力を暴走させてヤバいことになってしまう可能性もあるからなぁ……。ここは諦めるしかなさそうだ。
「迅、大丈夫?」
「うん、MOONさんのお陰で何とか」
「ふぅ……良かった。でもまだほんのり魔力が漏れてるよね?」
「封魔繃帯ですら完全に封じ込められんとは……。魔王の力というのは想像以上じゃの」
「あの……俺って今、どういう状況になっているんですか?」
「魔王の力はほぼ封印されておるが、少しだけ漏れておる。なので魔核を持っている者と同じように表でも魔力を使えるようになってしまったという感じじゃな。封魔繃帯は魔王の力を封印するので手一杯で、包帯を巻いたままでも自分自身の魔力を使う分には特に問題はない筈じゃ」
「うわ、それってメリットしかないじゃないですか! 迅……一気に覚醒しちゃったね……」
「なんだか不思議な感覚だけど、確かに以前よりずっと強くなった気はする」
「じゃが、油断は禁物じゃ。今は封魔繃帯ありきの状態じゃということを努々忘れるでないぞ? 魔王の力を完全に制御できるようになるまでは安易に使うでない。お主の大切な者たちが傷つくことになるかもしれんからの」
「……はい、肝に銘じます」
黒い包帯の巻かれた右手を掲げて、神妙な面持ちで頷く種口くん。
包帯の隙間から覗く手首の部分には、円樹のサインと似顔絵の書かれた銀色のブレスレットが輝いている。
「ふむ……センスの良い腕輪をしておるの」
「ああ、これは俺の命の恩人から貰ったもので――」
「せっかくじゃから封魔繃帯にも我のサインを書いてやろうぞ」
俺は封魔繃帯の空いているスペースに、白ペンでさらさらとMOONのサインと似顔絵を書いてやる。
もちろん円樹と筆跡も絵柄も変えておいたから、同一人物だとバレる心配はないだろう。
これでただでさえカッコいい装備がさらに輝きを増したぞ!
「あ……ありがとうございます」
「あーーー! ズルいズルい!! 僕も恐竜ワンパン男様の装備にサイン書く!!」
種口くんに抱き着いて、彼が左の手に装備している手甲に自分のサインと似顔絵を書き始めるアカリ。
……それはお前があげた物じゃないだろ。せめて自分が贈った物に書けよ。
「むぅ~……。鈴香に円樹さんにMOONさんにアカリちゃん。なんだか最近、迅の周りには可愛い女の子が増えたなぁ……」
女の子は最初からずっとお前しかいないんだが……。
俺はぷくぅ~っと頬を膨らませている爾那に苦笑しつつ、もうしばらくは種口くんを傍で見守る必要があるかもしれないな、と考えるのであった。




