第080話「予期せぬ決着」★
「迅、またあのときの写真を見てるの?」
写真を見ながら当時のことを思い返していると、爾那が後ろから肩越しに顔を覗かせてきた。
「……ごめん、つい」
「いいよ。私もつい見ちゃうことあるもん。もう少し上手く立ち回れていたらあの状況を防げていたかもしれないのにって……今でも後悔してるから」
「やめてくれ……それを言われたら神戸の森に行こうって言いだしたのも俺だし、楼に利用されて姉さんがああなる原因を作っちゃったのも、全部俺なんだから……」
二人してあのときの記憶に引きずられてしまい、表情がどんどん沈んでいく。
しばらくの間お互いに落ち込みながら静かに佇んでいると、爾那が話題を変えるように質問を投げかけてきた。
「ねえ……ところでさ、迅はダン学であの人と話したことある?」
「い、いや……ないよ。俺とは全然接点がない人だし……それになんだか話しかけるのが怖いというか……」
「初めて見たときびっくりしたよね。だってあの人、どう見ても――」
「やあやあやあ! そこにいるのは恐竜ワンパン男さんじゃあないですか!? あってますよね? そこのあまり特徴のない顔した黒髪にちょっと白髪の入った男子のアナタですよー!!」
俺と爾那が話し込んでいると、突如ハイテンションな声を浴びせかけられたので驚いてそちらに顔を向ける。
すると視線の先には、ストロベリーピンクの派手な髪色が特徴的な女の子がニコニコしながら仁王立ちしていた。
「あっ! アカリちゃんだ! かわいい~!」
「おやおや、そちらのポニーテールのお嬢さんはどうやらとても正直者のようですね。ふっふっふ、どうぞご存分に僕の可愛いさを崇め奉ってくださいませ! そうだ、せっかくだしサインしてあげましょう!」
「やった! ありがとうございます! これで円樹さんに加えてアカリちゃんのサインまでゲットしちゃった! 今日は最高の日だな~♪」
……この子は配信者でU・B・Aの新メンバーでもあるアカリさんだよな?
俺も動画を見たことあるけど、佐東さんとはまた違ったタイプで……なんか凄く癖が強いんだが、どこか中毒性があって面白いんだよなぁ。
でも俺とは接点がないはずなのに、なぜ話しかけてきたんだろう?
「……えっと、確かに俺は恐竜ワンパン男とか呼ばれてますけど、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
「初対面ですよ? ただ僕は話題の配信者とか、ネットで流行ってるモノとか人は全部チェックしてるんですよ。僕より目立とうって輩は全員抹殺しなければならないので! シュッ! シュシュシュッ!」
「あはは! アカリちゃんおもしろーい!」
物騒なことを言いながらその場でシャドーボクシングをし始めた彼女を見て、爾那が腹を抱えて笑っている。
動画でも見たことがあるが、本当に独特なキャラをしてる人だなぁ……。
「それでは僕は忙しいのでこの辺で。……あ、恐竜ワンパン男さん。僕のYのアカウントフォローしておいてくださいね? あの佐東鈴香とコラボしたみたいですし、今度は僕ともコラボしましょう。そうしましょう。絶対しましょう。わかりましたね? ではサラバ!」
アカリさんは謎の念押しを行ったあと、「キーン」と言いながらアニメキャラのような走り方をして去って行った。
なんだか嵐のような人だったけど、おかげでさっきまでの陰鬱とした空気が晴れたような気がする。
「はー! 笑った笑った! あの子面白すぎる!」
「同感だな。なんか元気出たきたよ。……よし、今は過去のことより今できることを考えないと」
姉さんはきっと生きている。直感だけど何故か確信を持ってそう思えた。
だから、今俺がすべきことは過去を引きずることではなく強くなることだ。そしていずれ"全てを飲み込むモノ"を倒してみせる。
……それと、出来ればだが楼のやつにもこの拳をぶちこんでやりたい。普段はあまり怒らないって言われる俺だけど、あいつだけは許せない。
「うん。……見て、迅。いよいよ来たみたいだよ」
爾那が指差す方角に視線を移すと、そこにはどこか雉にも似たフォルムをした巨大な怪鳥がこちらに迫って来ている光景があった。
そして怪鳥が奇声を上げると同時に、真っ黒な渦がそこかしこで出現していき――中から無数のモンスターが飛び出してくるのが見える。
「う、うわぁーーーーッ!」
「な、なんだよこの数!!」
「ど、ドラゴンまでいるぞ! こんなの聞いてねぇよ!」
「はやく逃げないと殺されるぞぉ!!」
突如として目の前に現れた大量のモンスター集団を見て、先程まで呑気にしていた配信者やマスコミ、低ランク探索者たちが慌てて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
このまま逃げ切れれば良いが、何せ相手は膨大な数のモンスター軍団。むしろあんな風にバラバラに逃げてしまったほうが格好の餌食になってしまうだろう。
なんとかしないと……と思っていた矢先、俺たちの耳に心に響くような美しい歌声が届いてきた――。
「みんな慌てないで! 私たちが守るから――【七色の歌】!」
歌声の主は黒髪をサイドポニーにまとめた凛々しい美少女、U・B・Aの五傑の一人"姉石 花音"さんだ。
彼女が歌を紡ぎ出すと、周囲に音符状の魔力の塊が飛び交い、人々の身体に吸収されていくのが見える。俺の身体にも同じ現象が起きると、まるで【鬼眼】を使ったときに似た活力が湧き上がってきた。
「うわ~凄い! これが花音さんの【七色の歌】かぁ!」
「さすがU・B・Aの五傑だな……。支援系の魔術をこんな広範囲に展開できるなんて……」
「迅、花音さんは魔術の発動中は無防備になるから、私たちが守るよ!」
「お、おう!」
歌い続ける花音さんの前に立って、襲いかかってくるモンスターに備える。
俺たち以外にもU・B・Aメンバーが数名、同じように花音さんの護衛任務に就いており、その他の戦える人員は【七色の歌】のバフを最大限に活かして非戦闘員を逃がすために奮闘していた。
「あらぁ~、モンスターさぁ~ん。おいたはダメよぉ~」
逃げ惑う人々に襲いかかろうとしていたモンスターたちが、急激に成長した蔦のような植物に絡まれて拘束されてしまう。
見ると、大きな胸をゆさゆさと揺らしながら、ダークブロンドの髪をしたおっとり系美人さんが、地面から伸びた大きな葉っぱの上に乗ってニコニコ微笑んでいる姿があった。
花音さんと同じく、五傑の一人である"マイア・ブランシェット"さんだ。
「あれは植物を操るというマイアさんの【翠操賢母】ね。裏世界には特殊な成分を持った植物も多いから、汎用性が高くて便利な魔術なの」
「爾那、お前円樹さんやアカリさんにサイン貰ってめちゃくちゃ喜んでたり……結構ミーハーというか、U・B・Aにやたら詳しいよな」
「だって私……オーディション受けたこともあるくらいU・B・A好きだし……」
「え? そうだったの? それにオーディションっていつの間に……」
「ダン学に受かったあとでこっそりと……。でも最後の歌唱試験で落ちちゃったけど」
「あ~……」
U・B・Aに加入するには、探索者としての実力に加えて、容姿や歌やダンスなどを全て高いレベルで要求される。
爾那は容姿や戦闘能力は問題ないと思うが、正直言って歌はあまり上手くはない。音痴というほどではないが、U・B・Aが求めるレベルには足りなかったということだろう。
「みなさぁ~ん、はやく安全なところに避難してくださいねぇ~? アスタちゃん、あとはお願いしますね?」
「任せるデス」
銀髪の小柄な少女が、オーロラの様な幻想的な色合いをした魔力をその身に纏うと、次元収納袋の中から取り出した武器を空中に大量に投擲する。
すると武器はまるで生きているかのように動き出し、マイアの魔術で拘束されているモンスターたちを次々と切り裂いていった。
「でた! アスタちゃんの魔術――【極光念装】よ! あれを身に纏うと自分の体重と同じだけの重さの物体を念動力のように操作することが可能になるんだって! 操作する数が増えれば増えるほど制御が難しくなるらしいけど、U・B・Aの中でも魔力操作技術はトップクラスと言われてるアスタちゃんなら余裕なんだよ!」
「だからなんでそんなに詳しいんだよ……」
興奮する爾那に呆れつつも、五傑の最後の一人である"妹尾 アスタ"さんの動きを目で追う。
彼女はあのシャイリーンに次ぐ史上2番目の若さでAランクに昇格した天才なだけあって、その卓越した戦闘センスには目を見張るものがあった。
たった一人で複数のモンスターの群れを翻弄したかと思うと、召喚されたモンスターの中で最も厄介とされるドラゴンさえも、大量の武器で滅多刺しにしてあっさりと葬り去ってしまう。
「ブイ……なのです!」
「「「うおぉぉぉぉーーー!!」」」
逃げ惑っていた探索者や配信者たちから、割れんばかりの大歓声が上がる。
ドラゴンがいなくなったことで一気に場の士気が上がり、残った雑魚モンスターたちは続々と討伐されていく。
"全てを招くモノ"は忍さんとMOONさんとの戦闘に集中していて、こちらに向けて新たなモンスターを召喚する余裕はなさそうだ。
あとは彼女たちがあの怪鳥を倒してくれるのを待つだけなのだが――。
「見て、迅! 忍さんの身体に大量の魔力が集まってる!」
「ほ、本当だ……。凄い、あれならもしかして……」
爾那が上空に向けて指差した先には、二つの月をバックに宙を浮遊する忍さんの姿があった。彼女の全身からは大量の魔力が噴出し、その身を包み込んでいく様子が遠目にわかる。
その間にも大剣を持ったMOONさんは高速で"全てを招くモノ"を切りつけ、攻撃を受け止め、回避を繰り返しており、完全に両者の戦いが拮抗している状態だ。
そして俺たちが固唾を飲んで見守る中、忍さんは両腕を前に突き出すと、集めた全ての魔力を一気に解き放った。
「貫け――――"光遁・天照の矢"!!」
彼女の手のひらから放たれた光の奔流は、一筋の雷のように一直線に空を切り裂いて――寸分の狂いもなく怪鳥の胸部を撃ち抜いた。
『ギャァァァーーーースッ!!』
胸部に大穴を開けられた"全てを招くモノ"は、耳をつんざくような断末魔の叫びと共に落下していく。
そして……その巨体は俺たちの見守る前で轟音と共に盛大に地に叩き付けられ、やがてぴくりとも動かなくなった。
「え……? マジか?」
「こいつ……厄災魔王の一欠片の一角だろ!?」
「し、忍ちゃんが……厄災魔王の一欠片を倒したのか!?」
「う、うおぉぉーーーーッ!! スゲェ! 忍ちゃんスゲェ!!」
「いや、いやいやいや……! 俺たち、世紀の瞬間を目の当たりにしたんじゃねぇのか!?」
ざわざわと、驚愕と興奮の入り混じった声があちこちから漏れ聞こえてくる。
誰もが信じられないといった表情で、仰向けに横たわり動かない大怪鳥をスマホで撮影したり、力を使い果たしたのか、上空でMOONさんに抱きかかえられている忍さんに対して称賛の言葉を贈ったりしている様子が見受けられた。
しかしそんなときだった――。
誰かがぼそりと呟いたのだ。
「な、なあ……あの怪鳥まだ消えてなくね? ……今あれにトドメをさしたら、そいつが魔王の力を得られるんじゃないか?」
その言葉に反応した数名の探索者が、目の前の横たわる"全てを招くモノ"に向かって我先にと走り出す光景が目に入った。
「ちょっと待つのじゃ! そやつはまだ死んではおらん! 安易に近づくでないわ!!」
遥か上空からMOONさんの声が聞こえてきたが、彼らは止まるどころかさらに加速して怪物に向かっていく。
すると次の瞬間―――
『ガァァァーーーーーアッ!!』
虫の息だったはずの怪鳥が、突然目を見開いて雄叫びを上げた。
すると顔についている外魔核が共鳴するように脈動し始め、近寄った人々から生命力を奪い始める。
「げぇ!? こいつまだ意識があったのか!?」
「危険だ! 離れろ離れろッ!!」
「うわぁぁぁーーーッ!!」
「な、なんだ……身体から力が抜けていく……」
「うっ……身体が……動かな……あっ!」
バタバタと人々が倒れていく中、"全てを招くモノ"はその巨体を起こし、彼らを踏み潰そうと足を高く上げた。
「まずい……!」
「迅っ! 馬鹿なことはやめなって言ったでしょ!!」
反射的に駆け出した俺を追いかけて、爾那も一緒に走り出す。
わかってるけどしょうがないだろ! 目の前で人が殺されようとしているのを黙って見てられるほど俺は器用じゃないんだよ!
「くっ、間に合わないか!?」
忍さんとMOONさんはまだかなりの上空だし、アスタさんは俺よりも遥かに後ろにいる。戦える者の中で俺と爾那が一番近くにいるくらいの距離関係だ。
もう彼らを助けるのは不可能か……と諦めかけたそのとき、ストロベリーピンクの派手な髪色の女の子がどこからともなく現れて、人々を踏み潰そうとする怪鳥の顔面を蹴り飛ばした。
『グァァ……!?』
「まったく……何をやっているんですかあなたたちは! 僕がいてよかったですね! ほらほらほらほら! そこに寝そべってる皆さんさっさと避難を! ここは僕に任せてくださーい!!」
「アカリちゃん!! すまねぇ助かった!!」
「すみませんでしたぁ! もう馬鹿なこと考えたりしません!!」
そそくさと退散していく人々を守るように、アカリさんは単身で怪鳥に対峙する。
だが瀕死でも厄災魔王の一欠片は厄災魔王の一欠片。怪鳥はあっさりとアカリさんを吹き飛ばすと、その巨大な口で彼女を咥え込み、ギリギリと締め上げていく。
「――があッ!!」
「アカリちゃん!!」
「やばいぞ爾那!」
「くっ――――【万物の全ては私の剣】!」
爾那が走りながら持っていた木の枝を剣に変えて炎の斬撃を飛ばすが、怪鳥の身体の表面を焦がす程度の効果しかない。
「だめっ、もっと魔力を溜めないとあいつの肉体は貫けない!」
「くそッ!」
全力で疾走するがもう一刻の猶予もない! このままだとあと数秒で彼女が殺されてしまう!
……やるしかない。反動なんて気にしてる場合じゃない! 今の俺には力があるんだ!
もう誰も目の前で理不尽に死なせたりなんかしてたまるかよ!!
「――――【鬼眼】、80パーセント解放ッッッッ!!」
己の奥底から湧き上がる熱い感情に任せ、秘められた力を解放する。
その途端、体中に熱い血液が巡り、かつてないほどの活力が溢れ出してくると同時に、視界に入る全てのものがスローモーションのようにゆっくりと動いていく感覚を覚えた。
前回黒ティラノを倒したとき以上の、肉体の限界を大幅に超えた80パーセントの解放!
眼球からは滝のように血涙が流れ、歯を食いしばらないと全身の骨が内側から砕けそうになる激痛が走る。
だが、佐東さんとの特訓のおかげで以前よりも痛みは緩和されているし、あのときよりは無駄なく身体強化ができているのが自分でもわかる。
それに加えて今は花音さんの魔術のバフも乗っている状態!
これなら――いける!!
「迅!!」
隣にいた爾那が悲痛そうな声を上げるが、気にせず脚に力を込めると――弾丸のように前方へと飛び出した。
そのままの勢いで跳躍し、全ての魔力を右拳に集めて空中で振りかぶると、怪鳥の脳天目掛けてフルパワーの右ストレートを叩き込む。
『ギィァァァァーッ!!』
頭蓋骨が粉砕される嫌な感触と共に、怪鳥の首がボキリと不自然な角度に曲がり、その瞳から光が失われる。
衝撃で空中に投げ出されたアカリさんをキャッチして抱きかかえると、そのまま地上へと着陸した。
「はぁ……はぁ……」
「あ、あなたは……恐竜ワンパン男……さん?」
「はい……。だ、大丈夫ですか?」
「そんなボロボロになりながら……ぼ、僕を助けてくれたんですか……? ス、ステキです……。恐竜ワンパン男…………様」
「……ぐっ!?」
アカリさんを地面に降ろした瞬間――突如視界がぐにゃりと歪み、筋肉が引き裂かれるような激痛と共に全身の骨が砕け、そのまま地面に崩れ落ちてしまう。
「うっ……あぐッ……」
「恐竜ワンパン男様!! しっかりしてください!!」
ぼやける視界の中で必死に顔を上げてみると、怪鳥の身体が輝くような光の粒子となって消えていくのが見えた。
そして、その光は俺の方へと集まってくると……ゆっくりと体内に染み込むように入って来て―――




