第079話「全てを飲み込むモノ」★
「この先に黄金の竜が出現するはずなんだけど……今日はいるかなぁ?」
神戸の森の一番奥――"神界への扉"と呼ばれている大穴がある開けた場所に到着した俺たちは、キョロキョロと辺りを見渡す。
ここには"皇龍ウルリカナリヴァ"という最強のドラゴンが住んでおり、普段はこの大穴の向こう側にあるという異世界で暮らしているのだが、ときどきこちら側の世界へと姿を現すことがあるという噂があった。
実際は穴の中に入っても異世界への扉などどこにも見つからないのだが、あの巨体を森の中に隠せるような場所はないため、やはり皇龍はなんらかの方法で異空間から現れているのではないかと考察されている。
「あ! いたいた! 迅、あれ見てよ!!」
爾那の指差す方向に視線を向けると、少し離れた場所にある大岩の前に黄金に輝く美しいドラゴンが佇んでいた。
体長は50メートルほどあり、身体中から黄金のオーラが噴き出しており、そのあまりにも圧倒的な神々しさに俺たちは思わず息を呑む。
「すげぇ……。なんだアレ……こんな綺麗な生き物初めて見た」
「……うん。こんなに神々しい生き物がこの世に存在してるなんて……」
「あれが皇龍ウルリカナリヴァ……」
俺と爾那だけでなく、姉さんも子供のように目をキラキラと輝かせながら眺めている。
しばらくそうしていると、皇龍は俺たちに気づいたようで、静かに頭を擡げてこちらを見据えながら小さく鳴き声を上げた。
「なんだかこっちに来いって言われてるような気がしないか?」
「う、うん。行ってみようよ」
「ちょっと二人共! さすがにこれ以上は近づくのは――」
「皇龍が本気で俺たちを害そうと思ったら距離なんて関係なくとっくに殺されてるよ。それにあの瞳には敵意を感じないし大丈夫だって! ほら行くよ、姉さん」
俺は制止しようとする姉さんの手を引いて、黄金の竜のすぐ目の前まで近づいていく。
間近で見るとその大きさと貫禄に圧倒されるが、やはり俺たちに対する敵意や害意のようなものは全く感じられなかった。
「かっこいい……。触ってもいいのかな?」
「それはさすがに怒られちゃうんじゃないか?」
爾那と二人でそんな話をしていると、皇龍は首を地面まで垂らし、『撫でてもいいよ』と言わんばかりに俺たちを見つめてきた。
「お許しが出たみたいだぞ? ほら、姉さんも一緒に触ろうよ?」
「え……私も? う~ん、本当に大丈夫かなぁ……」
「いいからいいから! こんな機会滅多にないんだからさ!」
そう言って俺は躊躇している姉さんの背中を押し出して撫でるように促す。
姉さんは少しだけ逡巡した様子を見せていたものの、好奇心のほうが勝ったのか俺たちと一緒にドラゴンの首元をゆっくりと撫でた。
黄金色の鱗はサラサラで指通りが良く、まるで高級なシルクを撫でているかのような心地よい感触を伴いながら、手のひらに吸い付くように馴染んでくる。
「――――あっ!?」
だが次の瞬間、ちょうど姉さんが撫でていた部分の鱗がぽろりと剥がれて地面へと落ちてしまった。
さすがにこれには俺たちの全身から冷汗が吹き出し、思わず顔を見合わせて硬直してしまう。
しかし皇龍は特に気にする様子もなく、むしろどこか楽しそうに『グルゥ』と喉を鳴らしながら、落ちた鱗を口に咥えて姉さんへと差し出した。
「えっと……いいの?」
「おお! 皇龍は気に入った人間に鱗をくれるって噂があったけどホントだったんだ! よかったじゃん、姉さん!」
「亜音さんいいなぁ~。私も貰いたかった~」
黄金の鱗を受け取った姉さんに、爾那は羨望の眼差しを向けている。
「しかもなんだかその鱗、ハートの形してません? 可愛い~!」
「本当だ! なんだかレアっぽくてカッコいいな」
「あはは……。大切にするね。ありがとう、ウルリカナリヴァ」
爾那の言う通り、姉さんの手のひらに乗っている黄金の鱗は、見事なハート型の形状をしている。
表面はキラキラと眩い輝きを放っていてとても綺麗だ。
「ねえ、迅、亜音さん! せっかくだしこの竜をバックに記念撮影でもしない?」
「ああ、いい考えだな。姉さん、ふわスラ持ってたよね?」
「もう……仕方ないなぁ」
そんなことを言いながらも満更ではない表情をしている姉さんは、鞄から取り出した小さなふわスラの中にスマホを納めて、それを少し離れた位置へと飛ばした。
黄金の鱗を持った姉さんを真ん中に、俺と爾那がその両サイドに並んで竜の前に立つ。
「じゃあ撮るよ~。3、2、1……はい、チーズ!」
――パシャ!
シャッター音と共に一枚の写真が撮影された。
黄金の竜の前で満面の笑みでピースをする俺と爾那、そして中央で優しく微笑んでいる姉さんの姿。みんなが笑顔で、幸せそうな至福の時間が切り取られた一枚だ。
そんな俺たちの様子を見て、皇龍は『グルゥ』と嬉しそうに一声鳴くと、ゆったりとした動作で立ち上がり、翼から金色の粉のようなものを撒き散らしながら羽ばたき始める。
そして煌めく粉末が風に乗って霧散していくと同時に――黄金の竜は何処ともなく姿を消してしまうのだった。
◇
「あ~、来てよかった! 本当に黄金の竜を見れるなんて感激だよ!」
「しかも亜音さんなんて鱗まで貰っちゃったしね。これは一生大事にしないとですね!」
「ちょっと二人共! まだ危険度9の森の中なんだから気を緩めすぎないようにね?」
「「は~い」」
帰り道はテンションが上がってスキップをしたりキャーキャー騒ぎながら歩いていたので、俺たちは姉さんに叱られてしまう。
だけどこの森のモンスターたちは先程会ったペガサスの様に温厚だし、特に心配することなんて――
『ヒヒヒヒヒィーーーーンッ!?』
そのときだった。突如として森の中に甲高い悲鳴のような嘶き声が響き渡る。
……これは、もしかしてさっきのペガサスの鳴き声では?
俺たちは互いに顔を見合わせて頷き合い、すぐに声の発生源へと急行した。
「な、なんだよ……これ……」
辿り着いた先で最初に目に入ったのは――真っ白な身体を血で真っ赤に染め上げ、仰向けになり四肢を投げ出した状態で横たわっているペガサスの姿だった。
その周りでは楼率いる聖王十字団の団員たちが集まっており、傷だらけの白馬を見下ろしている。
「……あ、消えた。ドロップアイテムは……またでませんでしたね、楼さん」
「くそっ! ペガサスは激レアなアイテムを落とすらしいから期待してたのに……またハズレかよ!」
光の粒子となって消えたペガサスに、楼が苛立ち混じりに悪態を吐く。
それを見た姉さんが慌てて駆け寄りながら止めに入った。
「ちょっと楼くん! あなたなにやってるの!?」
「あー、亜音か。なにって神獣狩りだよ。こいつらはレアなアイテムを大量にドロップするからな。狩りまくれば俺の団での評価もうなぎのぼりさ」
「この森のモンスターを狩るのは御法度だって知らないの!?」
「知ってるよ。でもそれはこいつらを倒せない雑魚たちが返り討ちに遭うって話だろう? 俺はこの森のモンスターにあっさりやられたり、ビビり散らかして観光だけして帰っていくカスどもとは訳が違うんだよ」
「ペガサスの様な人を傷つけようとしない優しい存在を一方的に狩るなんて間違ってる!」
「おいおいおいおい! モンスターはモンスターだろ。お前だってゴブリンをぶっ殺したりするだろう? 俺のやってる事と何が違うってんだ?」
「神戸の森のモンスターは特別なの! 神罰が下るって噂があるのよ!?」
「ああ……そういうのも聞いたな。だからなんだ? 神の鉄槌なんてもんがあるなら一度見てみたいくらいさ。あいにく俺はアームストロング団長がメサイアレリックで起こす奇跡は見たことあるが、世界中の他の宗教団体が信仰している神様が起こす奇跡なんてのはついぞ見たことがない。つまり神なんざ居もしない架空の存在ってことだ。そんなインチキ野郎にビビってレアアイテムを落とす神獣を狩らないなんて阿呆らしいと思わないか?」
楼の主張は一見筋が通っているように聞こえるが――そうであればこの裏世界や魔術、メサイアレリックなどといった科学で説明できない未知の存在や現象に一体どう説明をつけるつもりなのか。
たとえ神と呼ばれる存在はいなかったとしても、実際に俺たちからすれば、それとほぼ変わらないような超越した力をもつモンスターだっているのだ。
例えばかの聖王グラン・メサイアであったり、魔王アビス・ディザスターであったり、先程会った皇龍ウルリカナリヴァのような――
――ドサッ!
それは突然のことだった。
口論をする姉さんと楼の真後ろに、突如として成人男性くらいの大きさの人型の何かが落下してきたのである。
「なんだお前? 俺たちは今取り込み中――」
そう言って後ろを振り向いた楼は、瞬時に言葉を失い固まった。
俺も彼の視線の先に目を向けてみると――そこにはあまりにも異様な存在が佇んでいたのだ。
大きさは楼と同じくらいだろう。姿形も成人男性に近い。だが服は着ておらず全裸で、体毛もなければ股間部分に性器の様なものも付いていない。
そして決定的におかしいところといえば――
その存在は頭部が直径一メートルくらいの球体で、髪も目も鼻も耳も無い代わりに……巨大な口だけが中央に付いていたのである。
「こ、こ……こいつは!?」
楼は後退りしながら恐怖に慄く。
彼は目の前にいる化け物の正体を知っているようで、信じられないといった様子で目を見開きながら叫ぶように口を開いた。
「厄災魔王の一欠片《No.09》――"全てを飲み込むモノ"!!」
その声が響いたと同時に――化け物は巨大な口をカッと広げると、猛烈な吸引力を発揮して周辺のあらゆるもの吸い込み始めた。
近くにいた姉さんと楼は慌てて飛びのくが、油断していた聖王十字団の団員たちの数人は反応するのが遅れてしまい、化け物の口の中へと吸い込まれていく。
「きゃーーー!?」
「うわァァァーーーッ!!」
「た、楼さん助けてくれーーーーッ!」
吸引が終わると同時に化け物は口を閉じると、大きなゲップをしてから長い舌をベローンと伸ばして、残りの獲物を品定めし始めた。
「迅! 爾那ちゃん! 逃げるよ!!」
俺たちは姉さんに促され、迷うことなく化け物に背を向けて走り出す。
しかし"全てを飲み込むモノ"は俺が見たこともないような膨大な魔力をその身に宿しており、凄まじい身体能力と人間を遥かに凌駕する脚力によって軽々と距離を詰めてきた。
「お、お前ら俺を守れ! 俺は聖王ナンバーズでお前らは下っ端だろ!!」
「ちょ、ちょっと楼さん!!」
「う、うわぁ! 何をするんですか!?」
俺たちと一緒に走っていた楼は、追いつかれそうになったところで他の団員に自分を庇うように指示を出して突き飛ばすと、一人で逆方向に逃げ出した。
見捨てられた聖王十字団の団員たちは次々と捕食されていき、あっという間に全滅してしまう。
「な、なんでこっちに来やがるんだ! 亜音たちもいるだろうが!!」
全員を捕食し終わった"全てを飲み込むモノ"は、逃げる楼を標的にしたようで、俺たちを完全に無視して追いかけていく。
だが次の瞬間――俺と目が合った楼は、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべながらこっちに向きを変えて突進してきた。
「わ、悪いな亜音! 俺には多くの友人や女の子、家族や親戚たちが待ってるんだ! お前は弟と二人っきりらしいし、普通のお前と天才の俺、どっちが助かるべきか考えるまでもねぇよな? これは緊急避難ってやつだ! 恨むなよ!」
「う、うわぁぁぁーーー!」
楼は俺の襟首を掴むと、"全てを飲み込むモノ"に向かって放り投げた。
風を切って宙を舞う感覚のあと、俺の身体はドシンッという衝撃と共に化け物の柔らかい胴体に直撃する。
『…………』
それまでは楼だけをターゲットにしていた化け物だったが、今ので俺を敵と認識したようでゆっくりとこちらを振り向いた。
その様子を見た楼は、してやったりといった表情で一目散に駆け出し、あっという間に見えなくなってしまう。
「迅ッ!!」
化け物が巨大な口を広げるのと同時に、姉さんが腰に着けていた剣を抜いて斬りかかる。
それは俺から見ればまさしく電光石火のごとき早業だったが――膨大な魔力に包まれた"全てを飲み込むモノ"の身体には僅かな傷さえ付けられず弾き返されてしまう。
「爾那ちゃん! 迅を連れて逃げて!!」
「で、でも!」
「いいから早く行きなさいッッ!!」
姉さんの本気の怒鳴り声を聞いて我に返った爾那は、怯えて腰を抜かしている俺の腕を引っ張り起こすと担ぐようにして逃げ出した。
「に、爾那! 姉さんがまだ――」
「うるさいっ! 黙って!!」
爾那は泣き腫らした顔で俺の口を塞ぐと、振り返ることなく全速力で走り続ける。
俺の視界からどんどん小さくなっていく姉さんの後ろ姿。
そして、姉さんは最期にこちらを振り向いてなにかを呟いたあと……化け物の巨大な口の中に消えてしまったのだった――。




