第078話「神戸の森」★
「迅、本当に残るの? MOONさんの予言が確かなら、"全てを招くモノ"がここに現れるんだよ?」
「……ああ、いずれ倒さなきゃいけない"全てを飲み込むモノ"との戦いのために、彼女たちがどうやって戦うのかを見ておきたい」
「あのねぇ……厄災魔王の一欠片の恐ろしさを忘れたわけ? あそこにいる人たちと違って、私たちは奴らの本当の脅威を知ってるはずでしょう?」
爾那が呆れたように溜め息を吐きながら、呑気にカメラを回してバカ騒ぎしている配信者や探索者、マスコミを見遣る。
彼らは口々に「これぜってーバズるだろ!」とか、「ウチの局で独占配信よ! 視聴率が爆上げだわ!」とか、「へへ……この俺が厄災魔王の一欠片を倒して一躍有名人になってやるぜ」などと話しており、誰一人としてこれから訪れる危機に対して警戒をしている者はいなかった。
「大丈夫……俺は今の自分の実力をちゃんと把握してるつもりだよ。あのときと違って、今なら本気を出せばまず逃げることはできると思う」
「私もそれはわかってる。ただね、迅が彼らを見捨てて逃げられるとは到底思えないって心配してるんだけど?」
「……うぐっ。それに関しては……まぁ……善処します……」
「はぁ……。まったくもう……バカやりそうになったら後ろから殴りつけて気絶させてでも逃げるからね?」
「あはは……頼りにしてます」
「……まあ、まだ運営スタッフも残ってるし、U・B・Aの女の子たちも彼らを守るためにここに居てくれるみたいだから、私もできる限りお手伝いはするけどさ」
U・B・Aの少女たちが、危機感ゼロの野次馬たちを囲うように警戒態勢に入ってくれている。
そして少し離れたところでは、大勢の運営スタッフが忙しなく動き回って機材や設備を必死に片づけているのが確認できた。
このフェス会場には、多額の資金を掛けて用意したものがたくさんあるのだろう。中には結界石のように探索者協会から借りて来たものだってあるので、それらを全て失ってしまっては莫大な損失が出てしまうのは想像に難くない。
「……姉さん、俺がいつか必ず"全てを飲み込むモノ"を倒して見せるから」
そんな彼らを横目に、俺は決意を込めた言葉と共にスマホの画面に映る一枚の写真を凝視する。
そこには美しく巨大な黄金の竜の前で、満面の笑みを浮かべながらピースをする、中学生の俺と爾那。そしてそんな俺たちを優し気な瞳で見つめる一人の女性が写っていた――。
◇◆◇
東京都の西の外れに、豊かな大自然に囲まれ、天然記念物にも指定されている神秘的な岩や美しい滝が存在する、都内唯一の村(※島しょ部を除く)がある。
表世界のパワースポットと呼ばれるような場所の裏には、同じく幻想的かつ荘厳な雰囲気を纏う神域のような空間が存在していることが多い。
当然この地も例外ではなく、この場所の裏は"神戸の森"と呼ばれる危険度9の区域になっており、非常に濃密な魔素が周辺一体に滞留し、膨大な魔力を持つ神獣型の上位モンスターが生息していることで知られていた。
ただ、この森のモンスターたちはあの聖王グラン・メサイアと同じく、無暗に人間を襲うようなことはせず、基本的には温厚かつ大人しい性格をしており、こちらから手を出さない限りは安全だったため、探索者たちに人気のある裏世界観光地であったのだ。
あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
あれは今から三年前――俺が中学一年の夏休みだった。
俺はクラスメイトがこの場所で黄金の竜を見たという自慢話に興味を持ち、姉である"種口 亜音"に無理を言って引率を頼み、俺と爾那と姉さんの三人で神戸の森を訪れたのだった。
……
…………
………………
「いい? 迅、爾那ちゃん。ここのモンスターは温厚で人を襲ったりしないけれど、万が一戦うなんて事態になったら、私たちじゃ絶対に勝てないからね? だからこの森では決して騒いだりしちゃダメだし、近づいてきたモンスターに驚いて殴ったりしたら大変だから注意してね? わかった?」
「「は~い!!」」
少し屈んで人差し指をピッと立てながら真剣な表情で釘を刺す姉さんに、俺と爾那は元気よく返事をする。
森に入る前から散々注意されてきたことなので、もう耳にタコが出来てしまいそうだったが、やはり心配なのだろう。なにせここは"大魔境グンマ"に次ぐ危険度9の区域だ。本来なら俺たちが立ち入れるレベルの場所ではない。
こちらから攻撃さえしなければ大丈夫なのだが……それでもドロップアイテム目的で神獣たちを襲い、返り討ちに遭って命を失ってしまう犠牲者が後を絶たないのである。
そんな無法者の中には神獣たちを倒せるような実力者が居合わせることもあるらしいが、この森で神獣を攻撃すると神罰が下ると言われており、どれだけの強者でも大抵は天災の様な出来事に見舞われて死亡してしまうそうだ。
だが、人とは愚かなもので……自分が実際に痛い目に遭わないと教訓は活かされないらしい。今までに何人も死んでいるにも関わらず、毎年一定数の人間がこの神戸の森で神獣を襲撃し、命を落としていた。
「本当に大丈夫?」
「いつまでも子供扱いしないでよ。俺たちはもう中学生でちゃんと探索者のライセンスだって持ってるんだから、さすがにそれくらいわかってるってば。なあ爾那?」
「うん、迅はまだアマチュアのEランクだけどねー」
「う、うるさいな! たった半年でプロになったお前のほうがおかしいんだって!」
「ふふ……爾那ちゃんは天才だもんね」
「私なんて全然ですよ。聞きました? シャイリーンが史上最年少の12歳でSランクになったって話。あの子、私たちと同い年なんですよ? 12歳でプロだー! って浮かれてた自分が恥ずかしくなっちゃいましたよ」
「……あの子はちょっと誰とも比べられない規格外の存在でしょう。平凡な私からすれば爾那ちゃんも十分天才だよ」
姉さんはぽんぽんと爾那の頭を撫でながら、目を細めて優しく微笑んだ。
自分で言ったように、姉さんは普通の人の部類に入ると思う。ただ、天才ではないというだけで凡庸というわけではない。
身長もスタイルも女子としては平均的で、容姿もアイドルというほどではないが、それでもクラスにいたら確実に三本の指に入る可愛さだし、勉強も運動も平均以上にできて、料理も上手いし性格も優しくて面倒見が良い。
世間で話題になるような存在ではないが、大学一年生の18歳で探索者ランクもC。プロとして既に安定して大金を稼いでいる。
数年前に両親を事故で亡くしてから、まだ自分も学生なのにずっと俺の面倒を見て育ててくれた6つ年上の姉を、俺は心から尊敬していた。
「俺も……いつか姉さんみたいに強くなりたいな」
「大丈夫だよ。我が種口家は鬼の血を引いてる一族だからね。きっと迅は凄い探索者になれるよ」
「え~? 前にも聞いたことありますけど、それ本当なんですか? 亜音さんはともかく迅が鬼っていうのは……ちょっとピンと来ませんけど」
「私はともかくって……爾那ちゃんは私が鬼だって言いたいの?」
「ち、違いますよ! そういう意味ではなくてですねー」
姉さんが両手の人差し指を額に当ててツノを作りながら悪そうな顔をすると、爾那はケラケラと声を上げて楽しそうに笑った。
そんな二人のやり取りを微笑ましく見ながら歩いていると――突如として背後から不思議な気配を察知する。
振り向いて確認すると、なんと俺たちの後ろを羽の生えた真っ白な馬がついてきているではないか。
「うわ! びっくりしたー……。あれ、ペガサスだよね?」
「すごい……初めて見た。とても綺麗」
「ペガサスは心の綺麗な人にしか近寄らないらしいよ? こんな近くまで来るなんて……迅、気に入られたんじゃない? もしかしたら乗せてもらえるかも」
「本当!?」
「刺激しないようにゆっくりあの子の側に行ってごらん?」
俺は姉さんの言う通りゆっくりと近づいていく。
するとペガサスは、俺の足元にお座りをするかのように伏せてその場に腰を下ろした。
「の、乗ってもいいってことかな?」
『ヒヒィーン!!』
ペガサスは嬉しそうに嘶くと、尻尾をパタパタさせ始める。どうやら本当に乗せてくれるつもりのようだ。
恐る恐る跨ると、ペガサスは羽をバサバサと大きく羽ばたかせ空中へと飛び上がった。
「おぉ……飛んでるよ! すごい高さ! 気持ちいい!!」
『ブルルッ! ヒヒヒーン!』
そのまま森の上空を一回りしたペガサスは、再び地上に戻ってきた。
興奮も冷め止まぬまま白馬から降りた俺に、爾那は羨ましそうな視線を向けながら迫ってくる。
「迅いいなぁ~。私も乗りたいよぉ~」
『ヒヒーン!』
「いいってさ。でも刺激しないようにゆっくり乗るんだぞ?」
「それさっき亜音さんが言ったセリフじゃん! 一回乗っただけで先輩ヅラされてもな~」
楽しそうに笑いながら爾那はペガサスに跨っていく。
羽の生えた白馬は、またしても羽を広げて空へと舞い上がった。
「あ~、楽しかった!」
しばらくの間、森を縦横無尽に飛び回っていたペガサスは、静かに高度を下げて地面へと着陸した。
爾那は白馬の背から勢いよく飛び降りると、腕を上に伸ばしながら満足そうにはしゃいでいる。
「そうだ、亜音さんも乗らせてもらったら?」
「ええ~? 子供はともかく私が乗ってもいいのかな?」
『ヒヒーン♪』
「乗れってさ、神獣からしたら大学生だって子供だよ。ほら、姉さん」
「そうね、じゃあせっかくだし――」
『ブルルルルッ!!』
姉さんが近づこうとした瞬間、白馬は甲高く嘶くと森の奥へと逃げていってしまった。
人の気配を感じて俺たちが後ろを振り返ると、そこには数人の男女が立っているのが見えた。彼らは全員が同じマントとエンブレムを身につけている。
真っ白な鯨に金の十字をあしらったデザインのエンブレム――"聖王十字団"だ。
「……ん? そこにいるのは亜音じゃないか。お前もこの森に来てたのか」
「楼くん……」
先頭にいた黒髪の爽やかなイケメン男子が、笑顔を向けながら姉さんへと歩み寄っていく。
後に続くように他のメンバーもゾロゾロと集まってきて、俺たちを取り囲むように陣取った。
「……誰? 姉さんの知り合い?」
「うん、大学で同じ学部の"楼 桃汰"くん」
「姉さんってことは、君が亜音の弟くんか。俺は楼桃汰だ、よろしくな」
「種口迅です、よろしくお願いします……」
イケメンはそう言って握手を求めてきたので、俺はその手を握り返して挨拶を交わす。
……見た感じ爽やかで優しそうな印象を受けるが、何故だか俺は彼に対してあまり良い感情を抱くことが出来なかった。
「それにしても夏休みに偶然こんな場所で会うなんてなんか運命を感じちゃうよな。亜音……やっぱ俺たち付き合わないか?」
「付き合うって……あなたには彼女がいるでしょう?」
「萌乃のことか……? それとも胡桃のことかな? もうどっちとも別れたよ。彼女たちは美人だけど性格がちょっときつくてさ。やっぱ俺には亜音みたいな普通の女が一番合ってるって最近気がついたんだよ」
「悪いけど、普通の私じゃああなたの彼女は務まらないと思うの。これからも友達でいましょう?」
「つれないなぁ~。見てくれよ、俺、聖王ナンバーズに選ばれたんだぜ? まだ一番下のNo.77だけど、アームストロング団長は俺なら数年で一桁台になれる才能があるって太鼓判を押してくれたんだ。将来有望だぜ? 普通のお前からしたら周りに自慢できる最高の彼氏だと思うんだけどな」
男は服の右袖に彫られているエンブレムを誇らしげに指差しながら自慢気に語る。
他の団員とは違い、彼のエンブレムには真ん中に銀色で『77』という番号が刻まれていた。
「とにかく私は今、子供たちを引率中なの。そういう生々しい話はまた今度にしてくれる?」
「……おっと、そりゃ確かに軽率だったな。引き留めて悪かったよ。じゃあまた学校でな」
楼はそう言って踵を返すと、聖王十字団のメンバーを引き連れて森の奥へと消えていった。
彼らの姿が見えなくなったところで、それまで黙っていた爾那が溜め息を吐きながら口を開く。
「イケメンだけどなんか感じの悪い人でしたね……。亜音さんのこと『普通』『普通』って、あれ無意識で言ってましたよね? ナチュラルに格下に見てる感じで私イラっとしちゃいましたよ」
「……探索者としての実力は確かだし、友達も多いし女の子にもモテるんだけどね。私も彼のことはちょっと苦手かな」
「な~んだ、俺だけじゃなかったのか。俺もあの人何か嫌な感じがしたんだよな」
「迅は大好きなお姉ちゃんが取られそうだから嫉妬してただけでしょ?」
「ち、ちげぇよ! 楼って人からちょっと圧を感じただけで……別にそんなんじゃないから!」
「え~? 必死な反応が余計怪しいなぁ~?」
爾那がニヤニヤしながら肘で俺の脇腹を突いてくるので、必死になって否定する。
そんな俺たちを見てクスクスと笑っていた姉さんは、「ほら、黄金の竜を捜しに行くんでしょう?」と言って、俺と爾那の頭をポンと叩きながら前に進み始めたのだった。




