第077話「六魔装束」
大空高く飛翔した俺は、"全てを招くモノ"を眼前に捉えると、背中の羽を大きくはためかせてその場に浮遊しながら身構える。
近くで見ると全長50メートル以上はありそうだ。ジャンボジェット機並みの大きさだろうか。
少し遅れて俺の隣まで跳躍してきた忍は、全身に魔力を纏い、顔の前で二本の指を立ててポーズを決めながら魔術を発動させた。
『――――【六魔装束・光!】』
次の瞬間――忍の着ていた服が眩い光に包まれて消失し、裸が見えるかと思われた刹那、新たに白銀の輝きを放つ忍者のような衣装が現れる。
これが忍の魔術――――【六魔装束】だ。
火・水・風・土・闇・光に対応する色の忍装束を纏うことで、その属性の忍術が使えるようになるらしい。
リノの【万鈞雷花】やザンクの【風神の加護】のように属性特化した魔術に比べると威力は劣るもの、非常に汎用性が高くどんなシチュエーションにも対応可能な便利な能力だ。
「――"光遁・天使の輪"!」
忍の頭上に光輝く金色の環が出現すると、彼女の身体がふわりと宙に浮かび上がり俺と同じ高度に並んだ。
これは六魔装束の中で唯一空を飛ぶことが出来る技で、天使の輪を展開している間は常に魔力を消費し続ける代わりに、地上ほどではないがある程度の機動力で空中移動することが可能となるらしい。
「相変わらず魔法少女みたいな能力じゃのう」
「魔法少女じゃなくて忍者だから! そこは間違えないでね!!」
……と、本人は言っているが、一瞬裸になる演出といい、使ってる能力といい、どうみても魔法少女なんだよなぁ。衣装だけは忍者っぽいけどさ。
少なくとも俺が知る探索者の中で、こいつが一番THE魔法使いと言った感じの能力者だと思う。
忍とそんな軽口を交わすうちに下の方でも戦闘が始まったようで、「うわあ! ドラゴンだ!」「ひ、避難する準備だぁ!」「誰かたすけてええぇぇぇ!!」などという叫び声が聞こえてくる。
同時に聴く者の心を鼓舞するような力強い歌声が響き渡って来たかと思うと、音符を模した魔力の塊が飛んできて俺と忍の身体の中に溶け込んでいく。
「おっ……良いのぉ♪ 力が漲ってくるわい!」
「花音の"戦いの歌"だね! これで魔力と身体能力がアップだよ!」
姉石 花音の魔術――――【七色の歌】。
魔力によって具現化した特殊なマイクを使用することで、様々なバフやデバフ効果のある歌を奏でることができる能力だ。
花音の歌声が届く範囲に先程の音符状の魔力の塊が大量に生成され、それを浴びることで対象に歌っている歌に応じた任意の効果を付与することができる。
敵味方は彼女の主観で無意識に判別しているらしく、基本的にバフは味方に、デバフは敵にしか乗らないという優れモノだ。
ただし、歌を歌っているときの花音の身体は完全に無防備。魔力による身体強化すらままならなくなる。
なので仲間が守ることが前提条件の能力だが、集団で戦う際にはこれ以上ないといっていいほどの強力な支援系の魔術と言えるだろう。
眼下の戦況がどうなっているのかは気になるものの、アスタや花音やマイアを中心としたU・B・Aの主力メンバーがいれば当面は問題ないはずだ。
俺たちはこっちに集中しなくては。
『クケェェーッ! ギャァァーーーーグワァーーー!!』
怪鳥は俺たちを敵と認識したらしく、喉の奥から甲高い雄叫びを上げると同時に、身体から大量の魔力を放出させる。
すると一瞬にして空に真っ黒な雲が広がり始めて、天候が急激に悪化したかと思うと、辺り一面に大雨が降り始めた。
そして――黒雲の中心から、一本の稲妻が忍に向かって一直線に落ちてくる。
「きゃあっ!?」
「やらせぬ――――【幻想を撲つ拳】!」
忍に当たる寸前で俺が割り込み、振り上げた右拳で電撃を薙ぎ払う。
軌道を逸らされた稲妻は、誰もいない地面へと落着すると派手な爆発音を轟かせてその場を焦土に変えた。
「ビックリしたぁ……円――MOONさんありがと!」
「今はMOONと呼び捨てでよい! 油断するでないぞ、奴――きゃつはあらゆる自然現象を支配する怪物じゃからな!」
「……いまわざわざ『奴』を『きゃつ』って言いなおした?」
「細かいことを気にするでない! 行くぞ!」
いちいち突っ込むな! 『奴』より『きゃつ』のほうがMOONっぽいだろ!!
今度は口から火炎放射を放ってきた怪鳥の攻撃を回避しつつ接近すると、俺はポケットに入れてある次元収納袋の中から一振りの大剣を引き抜いて手に持つ。
「うわっ、それ凄い魔力を感じる武器だね……それになんかどこかで見たことがあるような気がするんだけど……」
「これは"魔剣バルムンク"じゃ。竜に特効がある武器らしいのできゃつにはあまり有効ではないかもしれぬが、単純に切れ味の良い大業物じゃからの」
この大剣はスクランブル交差点の戦いでザンクが俺に投げてきたやつだ。あいつはそのまま帰ってしまったので借りパクさせてもらった。
ちなみに次元収納袋もワカラセマンが持ってたやつで、収納量も多くて丈夫だし開閉口も伸縮自在な代物でなかなか高性能なのでこちらも頂戴して使わせてもらっている。
「せいや!」
『ギャァーーーース!』
バルムンクを振り下ろして怪鳥の翼に切りかかると、奴は激痛に喘ぐような悲鳴を上げながら黒い渦巻きを周囲にいくつも発生させてきた。
黒渦の中からは飛行型のモンスターが次々と這い出てくる。
「――"光遁・天使の矢"!」
忍の両手から放たれた光の矢に、次々と貫かれていく小型の鳥獣や虫などのモンスターたち。
「せい! やぁ! はぁッ!!」
俺はその隙にバルムンクで"全てを招くモノ"の巨体を斬りつけていくと、血飛沫を撒き散らしながら怪鳥は苦悶の咆哮を上げる。
『グルゥゥゥアアーーーッ!!』
奴は怒り狂ったように羽ばたきを更に激しくしていくと、今度は雹混じりの猛烈な豪雨が降り注いできた。
尖った氷弾が容赦なく俺たちの肌に打ちつけられ、痛みとともに少しずつ体力が削られていく。
「いたたたた!」
「――"光遁・光の防壁"! ……MOON、大丈夫?」
「ああ、助かったぞ忍!」
「ふふ、私の忍術役に立つでしょ?」
俺たちの頭上に展開された光の膜が氷の弾丸を防いでくれる。
……いや~、めちゃくちゃ便利だなこいつの能力。でもやっぱり忍者じゃなくて魔法少女だけど。
前々から思ってたけど魔法の前に付いてるその『光遁』ってやつ、絶対いらないだろ。
もちろんそんなこと言ったら忍はプンスカ怒るので言うわけがないのだが……。
『クォェェーッ! ガァァーーーッ!!』
それからも"全てを招くモノ"は落雷や竜巻を巻き起こして攻撃してきたが、俺の【幻想を撲つ拳】で軌道を逸らしたりして致命傷は避けながら反撃していく。
召喚したモンスターも忍の魔術で即座に地上へと叩き落されていき、徐々に奴の体力が減少していっているのが感じられた。
「はぁ……はぁ……。しぶとい鳥さんだなぁ……」
「さすがは厄災魔王の一欠片の一体というところじゃな……。しかし――」
ふうむ……。どうも解せぬな。
確かに普通のモンスターとは比べ物にならないくらい強いのだが……。
「あやつ……厄災魔王の一欠片にしてはちょっと弱すぎんかの?」
「……実は私も最初から思ってた。なんか前の世界線で戦ったときより全体的に動きが遅いというか……魔力の圧も小さい気がするんだよね」
「ううん? それは妙じゃのう……」
さっきから俺たちはほぼノーダメージで向こうはどんどん消耗していっている。
本来厄災魔王の一欠片とは、こんなものじゃないはずなのだ。
あの裏世界最強候補のザンクでさえ、一歩間違えれば命を落としかねないほどの死闘の末に、瀕死の重傷を負ってようやく打ち勝つことができたような強敵。
アーサーも「僕が勝てたのは運の要素も大きかった」と、後にそう述懐していたくらいだ。
それがいくらSランク探索者である俺と忍の二人がかりで挑んでいるとはいえ、一体なぜこんなにも簡単に押されっぱなしになっているんだろうか?
花音のバフの効果を考慮しても、ここまで一方的なのはさすがにおかしい。
「……あれ? MOON、ちょっとあいつの背中見てみて。なんか刺さってない?」
「なんじゃと……?」
二人で空中を旋回して、召喚されたモンスターを殲滅しながら全てを招くモノの背面側へと回り込む。
すると奴の背中に一本の大剣が深々と突き刺さっており、そこから絶え間なくどす黒い液体が流れ出ていた。
「前回はあんなものなかった気がするんだけど……」
「……我らの行動で未来が変わったということか? ……む? 剣の柄になにか付いておるぞ?」
「え? どれどれ……。――って、ひぃっ!?」
もう少し距離を詰めて見てみると、大剣の柄部分には……千切れた人間の腕が絶対に離さんとばかりに食い込んでいるではないか。
「……あ、あの剣、私見たことある」
「我もじゃ。それにあの褐色の腕……あれは――"スカーレット・ベイリー"の"破邪大剣ガラティーン"に相違ない!」
U・B・Aの姉貴分であるパーティ【アマゾンガーデン】の副リーダー、長身で赤髪のアメリカ人女性――Sランク探索者・"スカーレット・ベイリー"。
見間違えるはずもない。あの剣は間違いなく彼女の愛剣だ。つまりあの腕は……。
「な、なんでスカーレットさんの剣が……それにあの腕……」
「わからん……彼女は確か"ダンジョン荒らし"の討伐に向かったはずじゃが……」
忍が体を震わせながら、ギュッと俺のゴスロリ服の袖を掴んでくる。
無理もない。自分と同じSランク探索者……しかもU・B・Aと関わりも深いスカーレットが、もう既にこの世にいない可能性も否めないのだ。
「とにかく……じゃ。この状況から予想するに、スカーレットは"ダンジョン荒らし"の討伐に行ったが、そこで何かが起きて……"全てを招くモノ"と戦うことになったのであろう」
「何かって一体……」
「それはまだわからん。じゃがそのときの攻防により……スカーレットの生死は定かではないが、お互いに大ダメージを負った。そして千切れた彼女の腕と共に"破邪大剣ガラティーン"が刺さったままこやつが逃走を図った。おそらくそれが原因でこの鳥は本来よりも大幅に弱っているのではないか?」
「そうか! だからこんな危険度1の区域に逃げてきたんだね! ここでフェスが行われていたから!」
「うむ、外魔核から大勢の人間の魔力を吸収して回復を図ろうとしたのじゃろう」
様々な要因が絡み合って、このような状況が生まれてしまったのかもしれない。
――だが、これはまたとない絶好の機会だ。
おそらく忍がクロノクロックを使う前の世界線だと、こいつは不意打ちにより大勢の観客を虐殺し、魔力を吸収して全回復したのだろう。その際に突き刺さっていたガラティーンも抜けてしまったのだと考えられる。
しかし今回は俺が観客を帰らせてしまった影響で、こいつは弱ったままの状態。
つまり今ならば――
「忍よ! この化け物――――追い返すのではなく我らで倒してしまうぞ!」
「ええ!? 厄災魔王の一欠片を倒す!?」
「我が注意を引き付ける! お主はその隙に全魔力を込めた一撃であの大剣ごと奴の心臓部を射抜け! ……できるな!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 心の準備がまだ――」
「問答無用じゃ! 行くぞっ!!」
ここで忍が魔王の力を得られれば、この先メサイア教団ら彼女のクロノクロックを狙う連中との戦いをもっと有利に進めていけるし、何よりU・B・Aメンバーの安全にも繋がるはず。
俺はまだあたふたしてる忍を残してバルムンクを構え直すと、雄叫びを上げる怪鳥に向かって飛び込んでいった。




