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第076話「全てを招くモノ」

『さあさあ! 観客の皆さま長らくお待たせしました! 私たちは遂に画面越しではなく初めて生でその歌声を聞くことが叶うのです!! それでは登場して頂きましょう! 伝説の歌姫――――MOON!!!!』



「おおおおお!!」


「キャーーーーーッ!」


「ほ、本物だあああ!!」


「すげぇ! Vtuberのアバターそのままだ!?」


「か、かわいぃぃ!!」


 MCのアナウンスとともに割れんばかりの大歓声があがり、俺はスポットライトを浴びながらステージ中央へと歩を進める。


 予定されていた時刻よりも大幅に早い出演となり、運営としては本来なら断固拒否したい申し出だったであろう。


 けれどもMOONとして振舞う俺の我が儘っぷりに根負けしてしまい、結局はこっちの要望を受け入れてくれることとなったのだ。



『あ~、あ~……民草どもよ。今宵はよく我の歌を聴きに馳せ参じてくれたのう! 皆が期待に応えて吸血姫MOONが魂を込めて歌を届けようぞ! いくぞ……まずは一曲目――"星屑の恋泥棒"!』



 ステージに置いてあったギターを掴み上げて抱えると、早速一曲目の演奏を開始した。


 最初のフレーズを奏でただけでも会場が沸騰したかのような熱気に満ち溢れていき、俺はギターを激しく鳴らしながら歌を口ずさむ。


 MOONの曲はポップで軽快な恋愛ソングから始まり、ロック調のパワフルな曲、バラード調のしっとりとした歌……と多彩なジャンルで構成されているのが特徴だ。


 楽器もギターにピアノにバイオリンまで様々な種類を扱いこなし、あらゆる年代や性別の人間に受け入れられるような魅力的な楽曲を提供している。


 俺の師匠であるセレネ・カントールという女性は、本当に音楽に関しては何でもできる凄い人だ。


 あの人は表に出たがらなかったが、それでもこうして沢山の人に愛される歌手となれたのはセレネ自身の類まれなる才能と、努力に努力を重ねてきた結果なのである。


『星降る夜にキミを見つけた♪ 赤い糸で運命結ぼう♪ 愛が届かないならせめて盗みたい~♪』


 ジャカジャカと弦を掻き鳴らしながら会場のボルテージをどんどん高めていき、一曲目の終わり際には観客たちが総立ちになり熱狂の渦が生まれていた。



『皆の者! 楽しんでおるかのう? まだまだ続くぞ! 二曲目じゃ――"青き太陽の子"!!』



 今度はステージの隅に置かれていたピアノの前に座り込み、鍵盤の上で指先を踊らせながら透き通るような声で歌い始める。


 すると先ほどまでの熱気が収まり静寂が訪れるが、そこに漂っているのは決して冷たい沈黙ではなく、まるで大自然の中に身を委ねているかのような安らぎを感じる澄んだ雰囲気。


 MOONの歌は聴衆を一瞬でどこか遠くの異世界へといざなってしまうような、不思議な力を持っているのだ。


 セレネであれば録音された曲や画面越しの映像を通じてさえもその境地に達することができるのだが、まだまだ彼女に遠く及ばない俺の場合だと、今のところライブ会場で直接生演奏をしてこそという制限があった。


 それでも今回の場合には十分すぎる効果を発揮してくれるはずだ。


『青き太陽が全てを照らすとき♪ 涙の雨に濡れた大地に花が咲き乱れる♪ その花弁に秘めた勇気が世界を救うだろう~♪』


 最後のフレーズを丁寧に歌い終えると、再び会場が大きな拍手と喝采に包まれた。


 多くの者が呆けたような表情を浮かべており、どこか夢心地といった感じの様子だ。


 俺は椅子から立ち上がると、今度は背中の羽を広げて宙に浮かび上がりながら次の曲へと繋いでいく。



『お主ら……心して聞け! これから歌うは月の姫君が紡ぎし幻想譚! そして運命に翻弄される少女の物語――"月光のミステリア"!!』



 翼を使って軽やかに空中を滑るように飛び回りながら歌唱を開始した途端、観客たちからはうっとりした吐息のような声が漏れ始めた。


 全員が恍惚とした表情でこちらを見上げており、まるで天界から舞い降りた天使を崇拝するかのごとき態度で俺の姿を目で追いながら、その歌に聞き入っている。


 口をぽかんと開けたまま涎が垂れている事にも気づいていない輩も多数存在しており、中には意識が朦朧として立つことすらままならない状態になっている者もちらほらいるようだ。


「あぁ……心地いい」


「なんて美しいんだ……」


「まるで天国にいるようだわ……」


 完全に術中に嵌っている彼らの様子を見回しながら満足気に微笑むと、俺はさらに熱の籠った歌声でその世界観へと引き摺り込んでいった。


『月明かりが創りし奇跡の出会い♪ 虚構と現実が交錯し惹かれあう♪ 幻惑の夜が幕を開ける~♪ 月光のミステリア~♪』


 最後のフレーズと共に俺が空中でピタリと動きを止めると、まるで時間が停止したかのような静寂が訪れた。


 誰も言葉を発しようとはせず、ただ陶酔の眼差しで俺を見つめ続けている。


 ……頃合いだな。今ならば観客たちもきっと素直に俺の話を聞いてくれることだろう。



『民草どもよ……。我の言葉に耳を傾けよ! 我は未来の夢を見た! 数刻後……この会場に忌まわしき厄災を振りまく悪魔が現れる! それはお主たちの命を奪いかねない程に恐ろしい魔物! この言葉に偽りはない。我の歌を聞き終えたのならばすぐにここを去るがよい!』



 俺の声は会場の隅々まで響き渡り、全員がしっかりと耳を傾けているように思えた。


 しばらくの間沈黙が続いた後、観客たちは「MOONが言うなら……」「MOON様の予言ならきっと間違いないだろう」「この後は屋台巡りをするだけの予定だったし終わったらすぐ帰るか」などと口々に呟いている。


 どうやら殆どの者が素直に忠告を受け入れてくれたようだ。


 ……よし、あとは最後まで俺がステージを盛り上げ続け、ラストにもう一回しっかり「帰れ」と命令すれば彼らは速やかにこの会場から撤退してくれるはずだ。


『では厄災が訪れる前に……今一度我の歌を胸に刻み込め! 四曲目――』









「ふわ~……。MOONさんの生ライブ本当にすごかったよぉ~。私、終わるまで口元から涎が垂れてるの気付かなかったもん」


「我の師匠はもっと凄いぞ。生で聞くと涎どころか股間から噴水が出る者もおるらしいからのう」


「ほんとに!? 噴水は出したくないけどそれは一回聞いてみたいなあ……」


「いずれ機会があれば紹介してやろう。今はそれよりも目の前の脅威に集中せよ」


 MOONのステージが終わったあと、俺は忍と合流して会場の外周を取り囲む塀の上から観客たちの撤退具合を監視していた。


 既に日は沈み、辺りは暗闇に覆われ始めているものの、空に浮かぶ二つの月と会場に設置された照明器具のお陰でそれなりに視界は確保できている。


 ぐるりと見渡してみると、俺の生歌による陶酔状態での忠告の甲斐あってか、既に殆ど観客は会場を去ったようだ。


 しかし、未だに一部の者たちが残っているのが確認できる。



 会場を放棄したくないと渋る運営の"バーストプロダクション"の者たち――。


 俺や忍が厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)と戦っているところを見たい、配信したいという野次馬たち――。


 単純に自分が厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)を倒して名を上げたいという探索者たち――。


 そしてそれらを全てカメラに収めようと躍起になっているマスコミ連中――。



 厄災が訪れることを知っていても尚、様々な理由から会場にとどまり続ける者たちが一定数いるのだ。


 厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)は通常、危険度8以上の魔素濃度の濃い区域にしか出現しない。


 なので殆どの探索者はその姿を生で見たことがなく、危なかったら逃げることくらいは可能だろうとか、あわよくば自分でも倒せるんじゃないかなどと勘違いしてしまう輩が出てきてしまうというわけだ。


「しかし忠告はしたんじゃから、もうこの場に残っとる連中は自己責任じゃろ。我らが気にかけてやる必要はないのではないかの? 連中を見捨てて帰ればマグマガーの脅威もないんじゃし……」


「駄目に決まってるでしょ! さすがに死ぬかもしれない危険性があるのに放っておくなんて出来ないよ! 私とMOONさんなら追い返せるのは確実なんだから!」


「わ、わかっておる! 冗談に決まっておるじゃろ!」


 忍がぷんすか頬を膨らませてポカポカ叩いてくるので、俺は慌てて両手をあげて降参のポーズを取る。


 まったく……こいつはお人好しの極みだな。


 まあ、マスコミ連中や配信者だけだったら俺だって放っておくつもりだったんだけど、会場を頑張って設置してくれた運営の連中や、よく見たら種口くんやニナもまだ残っているようだし、元より帰るつもりなんて毛頭なかったけど。


「じゃが、優先順位を間違えるでないぞ。今はクロノクロックは使えんのじゃ。相手は厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)の一体。周りの全てを助けてなんておれん。我はいざとなったらマスコミや忠告を聞かんで残った探索者連中より知り合いを助けることを優先する。お主もその覚悟だけはしておくのじゃぞ?」


「それは、わかってる……つもりだけどもし冷静さを失ってたらビンタしてでも止めてね」


「フッ……任せておけ。我はお主の優しさは嫌いではないが、それはときに弱点ともなり得るからのぉ。そこを補うのが仲間の役目というものよ」


 厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)を相手にする以上、欲を言えばもっと戦力が欲しいところだが、戦女神の聖域(ヴァルハラ)の仲間たちは現在"奈落"の調査のため大魔境グンマに出かけているので、救援を頼むことは難しいのだ。


 なのでここは俺やU・B・Aの主要メンバーで何とか乗り切るしかないだろう。


 といっても……未来を体験してきた忍によると、不意を突かれた状態でも俺たち二人で追い返せそうなところまで行ったらしいので、万全の体制で挑む今回はもっと有利に戦えるはずだ。


 何か不測の事態が起こらなければ、の話だが……。


 俺と忍がそんなやり取りをしていると、五傑の花音、マイア、アスタの三人、それにアカリがこちらへと駆け寄ってきた。


「忍、U・L・Aの子たちは帰らせたわよ。U・B・Aも私たち五傑と腕に覚えがあって残ってくれるって言ってくれてる子だけになってるわ」


「ありがとう花音、運営やマスコミの人たちとか無力な人もまだ残ってるから、彼らを守れる人たちがいてくれるのは本当に助かるよ」


「まっ、MOONさんの予言は知らないけど、私たちは忍の言うことだったら信じるからね」


 マグマガーがこんなチャンスに帰るはずがないので、今も残っている五傑や実力上位の連中の中に奴がいるというわけか。


 ……いや、そう見せかけて普段は実力下位の目立たないメンバーの誰かに変身しており、帰ったふりして今は野次馬やマスコミに紛れている可能性もある。


 いずれにせよ警戒は怠らないようにしなければ……。


「ところで忍、円樹がさっきから見当たらないのデスが……どこに行ったか知りませんか?」


「円樹は会場の外を見回って警戒してもらってるよ。どこからモンスターが湧いてくるのかわからないし。もしも何かあっても彼女なら一人でも対処できると思うから」


「……ふうむ、そうなのデスか」


 アスタは少し腑に落ちないような様子を見せているが、忍がそう言う以上は納得するしかないといった感じでそれ以上問い詰めるようなことはしなかった。


 こいつは能力が高いだけじゃなくて頭もいいし勘も鋭いからな。ちょっと素の俺に似ているところがあるので、あまり勘繰られたくはないんだよな。


「ところで厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)と戦うのは忍ちゃんとMOONちゃんだけってことでいいのかしらぁ~?」


「うむ、我とこやつ以外は空を飛ぶことができんからな。残りの連中は召喚されたモンスターの対処を頼むのじゃ」


 正確に言えばアスタも空を飛べるが、彼女は空を飛んでしまえばそれだけで魔術のキャパシティを使い切ってしまうという欠点がある。


 逆に地上であればこの場では俺と忍に次ぐ戦力だし、複数の敵をまとめて相手にするのも得意なので、やはりモンスターの掃討に徹してもらったほうがいいだろう。


「……ああっ!? 皆さん見てください見てください! もしかしてあれじゃないですかあっ!? あのでっかい鳥さんがそうなんじゃないですか!?」


 突如大声を張り上げたアカリが指差す方向には、確かに巨大な鳥型のモンスターが羽ばたいているのが見える。


 鮮やかな金属光沢のある緑色の体毛に覆われている、どこか雉にも似たフォルムの怪鳥だ。


 しかしその美しいフォルムに似合わぬ禍々しい二本の角と牙を持ち合わせており、顔には複眼のような外魔核がいくつも埋め込まれていて、そのせいでまるで悪魔のような風貌になってしまっている。


 ……あれが、【厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)《No.05》――"全てを招くモノ(ストーミーペトレル)"】か!



『クケェェェーッ! ギャーーーッ!!』



 雄叫びをあげたそいつを中心に急速に強風が吹き荒れてきて、建物や木々がぐらぐらと揺れる。


 その膨大な魔力の奔流は、周辺に張られていた結界石の加護をいともたやすく消し飛ばし、奴は会場内へと侵入してきた。


 そして大小の真っ黒な渦潮のような空間があちこちに出現し始めると、そこから無数のモンスターたちが続々と湧き出してくる。


 本来なら危険度1の東小金井にはまず出現しないレベルのものが殆どで、中にはドラゴンすらも混ざっているようだ。


 自分でもなんとかなるんじゃないかと高を括っていたような様子の低ランク探索者たちや、軽い気持ちで残った配信者、マスコミなどの連中は恐怖におののき右往左往している。


「うわあっ! すんごい数のモンスターが沸いてきたんですけどぉぉっ!?」


「こらアカリ! 文句言わずに早く戦うわよ! 忍! MOONさん! あいつは頼んだわよ!!」


「うむ!」


「任せといて!」


 奇声をあげながら上空を旋回する怪鳥に向かって、俺と忍はそれぞれ飛び上がって迎撃態勢に入った。

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