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第075話「クロノクロック」

 忍の顔は青ざめており、その額には大粒の汗が浮かんでいる。


 さっきまで楽しそうに笑っていたとは思えないほどの豹変ぶり……。


 これは――


「あんた……"クロノクロック"を発動させたわね」


 彼女は無言で頷く。


 クロノクロックによる時間遡行。つまりここにいる忍はさっきまでの忍ではなく、数時間後の未来からやってきた忍ということだ。


「詳しい説明をお願い」


「……今から三時間後のMOONさんのステージの途中で……厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)の一体が会場内に乱入してくる……。それも――"全てを招くモノ(ストーミーペトレル)"が!」


「なんですって!?」


 よりにもよって"全てを招くモノ(ストーミーペトレル)"かよ!


 厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)の中でも、こんな人が集まった場所に現れたら一番厄介な奴だ。



 ――【厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)《No.05》――"全てを招くモノ(ストーミーペトレル)"】


 巨大な怪鳥のような姿をしたモンスターで、大空を自在に飛翔しながらあらゆる厄災を撒き散らす。


 こいつの能力は"全てを招く"という名の通り……竜巻や落雷、地震や津波などの自然災害を引き寄せたり、どこからともなく凶悪なモンスターたちを呼び寄せるというものだ。


 そして顔に"外魔核"と呼ばれる複数の魔力生成器官を有しており、周りにいるあらゆる存在の生命エネルギーを吸収し、自身の魔力に変換してしまうという特徴も持っている。


 まさに人が多ければ多いほど力を増し、周囲への被害を拡大させるタイプのモンスターなのだ。



「私とMOONさんで戦って……なんとか追い返せそうなところまではいったんだけど……その過程で逃げ遅れた人たちが大勢死んでしまった……」


 いくら俺や忍がいたとしても、何の前触れもなく"全てを招くモノ(ストーミーペトレル)"が現れ、いきなり自然災害やモンスターたちを引き寄せられたら全員を守り切るのは不可能だ。


 現在この会場には数万人もの観客たちが密集しているのだから。


「はぁ……はぁ……」


「――忍!」


 真っ青な顔をした忍がぐらりと体勢を崩して倒れかけたので、慌てて抱き留める。


 どうやらクロノクロックを発動した反動でかなり消耗しているようだ。


「忍……あんたわざと死ぬようなことしたでしょう」


「……」


 さっき忍は「私とMOONさんで戦ってなんとか追い返せそうだった」と言った。クロノクロックは持ち主が危機的状況に陥らないと発動しないので、この流れではまず時間遡行は起こらないはずなのだ。


 つまり、こいつは大勢の人間が死ぬ未来を回避するために、意図的に致命的な攻撃を受けるなどして強引に時間を戻したのだろう。


 俺は所有者でないので、どのようなタイミングでクロノクロックが発動するのかわからない。


 もしかしたら、想像を絶するほど恐ろしい痛みや恐怖を味わった後の、本当に死ぬ寸前でようやく時間が戻るという可能性すらある。肉体は傷ついていないのにこれだけ精神的に消耗しているというのは、きっとそういうことなのだ。


「本当に馬鹿なんだから……」


「ごめん……でも円樹がクロノクロックを持っていたら、きっと私と同じことをしたと思う……」


 忍のふわふわの髪の毛を優しく撫でながら背中をさすってやると、少しずつ落ち着いてきたのか呼吸が整い始めた。


「それで、どうするわけ? 運営の"バーストプロダクション"に中止の要請でもしてみる?」


「U・B・Aの出番は終わったけど、まだ何万人もの人たちがMOONさんが目当てで残ってるわけだし、『未来を知ってる』なんていう不確かな情報じゃ運営もお客さんも納得してくれないと思う……」


「……でしょうね。ならあたしたちでなんとかするしかないわね」


「あのね……。未来のMOONさんが、『過去に戻るなら円樹が我の秘密を知っているからそれを聞きだせ』って言ってたの」


「……本当にMOONがそう言ったの?」


「うん、致し方ないって。円樹もちゃんと私に打ち明けないと問題を解決するのは難しいって……」


 ……う~ん、実際にその状況に直面した未来の俺がそう判断したのなら、きっとそれが最善策なんだろう。


 円樹とMOONを交互にやりながら、観客に全く被害を出さずに全てを招くモノ(ストーミーペトレル)を撃退するのは、確かにかなり厳しい。


 忍に事情を打ち明けて協力してもらうのが一番効率がいい……か。


 もちろん、今はまだ全てを説明するつもりはないが、もうそろそろこいつとも結構長い付き合いで、信頼できる友人の一人になってるし……少しばかり秘密を共有してもいい頃合いだろう。


 それにこいつはクロノクロックを持ってる関係で、いつどのタイミングで時間を遡るかわからないから、どの道俺がどんなに気を付けても全ての秘密を隠し通すのが難しい相手でもあるしな。


「はぁ……しょうがないわね。ただし今から言うことは誰にも言わないようにしてちょうだい」


「もちろん! 約束する」


「実はね……あたしとMOONは同一人物なのよ」


「――ッ!?」


 忍は信じられないという表情を浮かべながら目を見開く。


「じょ、冗談……だよね?」


「冗談でこんなこと言うわけないでしょう」


「で、でもMOONさんって70年近く前から活動してる吸血鬼疑惑のある女性だよ? 円樹はどう見ても私と同年代だし……」


「オフレコだけどあたしは二代目なのよ。もうおばあちゃんの初代に代わって最近は弟子のあたしがMOONを務めてるってわけ」


「そ、そうなんだ……。……いや、でも円樹って本当はおち――ごほんっ! アレがついてるんだよね? 円樹はカッコいいからまだわかるけど、MOONさんってどう見てもお姫様みたいな美少女で……アレがついてる子が変装できる範疇を超えてると思うんだけど!?」


「ふっ……それを可能にするのが――天才であるあたしの実力よ」


「え~、さすがにそれは無理があるんじゃないかなぁ……」


「やれやれ、視覚でわからせるのが一番手っ取り早いわね。ちゃんと見てなさい」


 俺は自信たっぷりに言い切ると、そのまま誰もいない通路の奥にある自販機の影に隠れ、手早く円樹の衣装を脱ぎ捨ててMOON用のゴスロリ衣装へと着替え始める。


 続けて髪の毛や身体全体に魔力を流して偽装も円樹のものからMOONへと切り替えていき……最後に軽く化粧を施す。


 そして自販機の陰からゆっくりと忍のもとへと姿を現すと、彼女はあんぐりと口を開けて唖然としていた。


「どうじゃ……黒鵜忍よ! 我こそが吸血鬼の姫にして歌姫――MOONその人であるぞ!」


「はわわ……本当にMOONさんと円樹が同じ人だったなんて……!? こ、声まで違うとかどういう原理なの……!?」


「それはまだ秘密であるな。まあ、お主と我の仲じゃし、時が来れば教えてやろうぞ」


「お、おっぱいも小さくなってる……。いつものって本当に偽乳だったの!?」


 忍は俺の全身をぺたぺたと触ったり、銀色の髪をすくってみたりしながら興奮した様子でまじまじと見つめてくる。


 その視線はやがて徐々に下の方へと移動し始め、最終的に俺のスカートの部分でピタリと止まった。


「あ、あのさ? MOONさん……こんな美少女なのに、やっぱアレ……ついてるの?」


「……それ、重要な問題かのぅ?」


「モ、モチロンダヨ!!」


「お主、前々から思っておったが、かなりのむっつり助平じゃのう……」


「そ、そんなことないよ!? これは純粋な疑問であって! 変な意味はないから!」


 嘘つけよ……。


 リノやレイコなど俺の本当の性別を知っている女は何人かいるが、大体「スズはスズだしアレの有無なんて些細な問題だよね」って感じで皆あまり深く突っ込んでこない。


 なのにこいつは「本当かどうか見せて貰ってもいい?」とか、挙句の果てに「本当に本物? ちょっと触ってみてもいい?」とかやたらアレに興味を示してくるのだ。


 どう考えてもむっつりとしか思えない。


 現在日本一の美少女アイドルとか呼ばれてる癖に、こんなむっつりすけべを拗らせたままだと将来なにか大きな失敗をするんじゃないかと不安になるレベルだ。


「とにかくじゃ。我とお主とで力を合わせて、来るべき時に備える必要がある」


「あっ! そうだよね! 作戦会議しなきゃ!」


 忍はようやく当初の目的を思い出したようで、真剣な表情になった。


「"全てを招くモノ(ストーミーペトレル)"が現れるのは我の舞台が始まってからどれくらいじゃ?」


「え~とね、三曲目の『月光のミステリア』の終盤辺りだったかな」


「ふむ……。なら単純に我の出番を早めて観客たちに帰ってもらうのが最善じゃろうな」


「そう上手くいくかな……? 運営も納得しないだろうし、お客さんたちもライブの余韻に浸ったりして中々帰ってくれないと思うけど……」


「運営相手には単純に駄々をこねる。もう待ちきれないから早めてくれないなら帰ると言えば嫌でも対応してくれるじゃろうて」


「なるほど、それでお客さんのほうはどうするの?」


「我の歌には魔力が宿っておる。まだ師匠の域には達しておらぬが……画面越しではなくこうしたライブ会場で直接披露する場合は、本気で歌えば観客たちを酩酊状態に近い感覚に導くことも可能じゃ。そこで彼らにこの後危険が迫ることを伝えれば、おそらく大半の者たちは退避してくれることじゃろう」


「お、おお~! なるほど! それで私とMOONさんが協力して全てを招くモノ(ストーミーペトレル)を追い返せば一件落着だね!」


「……おっと、待つのじゃ忍。お主、肝心なことを忘れておるぞ」


「え?」


「マグマガーじゃ。クロノクロックは今インターバル期間で使えない状態。この機会を奴が逃すとは思えぬぞ」


「あ、確かに……。でもマグマガーは私がクロノクロックを使ったってまだ知らないんじゃない?」


「いや、奴がメサイア教団の幹部であることはすでにわかっておる。アームストロングの【全てを知るモノ(ビブリオン)】は完全にではないが未来をも見通せる力を持っておるからのう。知ってるという前提で動くべきじゃろう」


「そっか……。なら全てを招くモノ(ストーミーペトレル)だけじゃなくマグマガーも警戒しなきゃダメだね」


「うむ。後ほどアカリにも我の正体以外は包み隠さず情報を共有して警戒に当たらせるのじゃ」


 アカリの魔術はシンプルだが、対マグマガーには抜群の相性を誇る。


 あいつを常に忍の傍に張りつかせておけば、襲われても最悪の事体になることは避けられるはずだ。


 俺たちは頭を突き合わせて今後の作戦内容について話し合うと、まずは運営を丸め込むためにバーストプロダクションの代表が居る楽屋に向かうことにした。

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