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第072話「ビブリオン」★

「ほら見たってや。こいつを持ってきましたで」


「おお……! これは【メサイアレリック《No.19》――"ミニマムドール"】ではないか! よくやったぞターンコート」


 この人形は背中に付いているボタンを押されると、押した相手と大きさを交換してくる能力を持つ。


 誰かが再度ボタンを押すか、一時間経たないと効果が切れないので使い勝手は悪いが……用途によっては非常に有用なアイテムだ。


「よく入手できたわね。これって犬瀬家が所有してて厳重に管理してたやつでしょう?」


「いやぁ~、犬瀬家が運よく失脚したおかげですわ。それまでは厳重な地下金庫に保管されとって奪おうにも難儀やったけど、資金難で競売にかけられるっちゅーんでそこから運び出されたところをちょいと拝借してきましたんや」


 仮面の男は私に手のひらサイズほどの不気味な人形を手渡すと、謙遜しながら頭を掻いた。


 この男はメサイア教団の幹部の一人――"ターンコート"。特殊工作員として諜報活動などを主に行っている者だ。


 現在はダンジョン学園に生徒として潜入している他、裏世界人気トップ5パーティの一つ"ダン学Sクラス"にも入り込んでおり、学園関連の情報を逐一私に提供してくれている。


「ただ、学園から"星輪(せいりん)"を奪うのは今は無理やと思いますわ。ダン学は警備が厳重なうえに、あの【留年王】"学谷(がくたに) 久遠(くおん)"も学園内で寝泊りしとるさかい」


「ふむ……そうか。引き続き目を光らせておくように。いずれ隙ができるかもしれん」


「了解しましたわ~」


 ターンコートは親の代から我が教団に仕えている忠実な信者なので非常に頼りになる。


 なるのだが――


「ターンコート、どうでもいいけどあんた……ダン学で過ごすうちに生徒たちに感化されたりとかして、教団を裏切ったりしないでしょうね?」


「うむ……。その辺は大丈夫か? ターンコートよ」


「なんでや!? ワイ、たった今もメサイアレリックを一個持って帰ってきたばかりやろ!? それにオトンの代からずっと教団の信者やっとるのに信用なさすぎやしまへんか!?」


 いや、なんというかどうしてもこの男は心の底から信用できないというか……。


 実際に今まで大きなミスなどもなく貢献しているし、裏切っている様子もないんだが……やはりこの胡散臭さは拭えないのだ。


「ワイが一体なにしたっちゅーんや……」


「それよりグレイの姿が見えないんだけど、彼はどうしたの? ターンコート、あんたと一緒に戻って来るって話じゃなかったっけ?」


「ああ……それなんやけど、グレイの旦那とここ数日連絡が取れへんのですわ」


 グレイはメサイア教団の幹部の一人であり、"白蛇"の二つ名を持つ凄腕の殺し屋だ。


 戦闘能力だけならSランク探索者にも引けを取らず、それ以外に毒の扱いや諜報活動も長けている万能戦士である。


 彼には"涼木(すずき) 想玄(そうげん)"の監視と、隙あらば抹殺の任務を命じていたのだが……。


「……もしかしたらやられたのかもしれんな」


「ほんまでっか? ワイよりも遥かに腕っぷしが強いグレイの旦那が負けるとか、涼木想玄ってやっぱ相当ヤバいんちゃいます? 下手に手を出さんほうがええんとちゃいまっか?」


「奴と我が教団は既に何年も前から完全に敵対状態にある。戦いは避けられん」


「たしかあの男には娘がいたはずよね? その子を人質に取るのも手じゃないかしら?」


「それは無理だ。あの男の娘――"涼木(すずき) 璃乃(りの)"はインネイトで、魔力探知の範囲と魔術の射程距離が世界最高レベルなのだ。裏世界では常に戦女神の聖域(ヴァルハラ)の誰かと行動しているし、表世界で少しでも敵意を抱いたまま近寄ろうものなら瞬く間に返り討ちに遭ってしまうだろう」


「まあ、リノちゃん自身がSランク探索者やからなぁ……。そもそも人質にするような相手やないと思うわ」


 実際は、一度裏で拉致を試みたことがある。


 一年ほど前、涼木璃乃がインフルエンザに罹って自宅で一人寝込んでいるという確かな情報が入ったことがあり、そこに狙いを定めてグレイを送り込んだのだ。


 グレイは見事に弱っていた璃乃の魔術包囲網を抜け、彼女と一対一の戦闘に持ち込むことに成功した。


 だが戦闘中――突如戦女神の聖域(ヴァルハラ)の"田中(たなか) 霊子(れいこ)"が瞬間移動で現れ、二対一の状況となったことで形勢逆転。


 なんとか撤退したグレイだったが、その際に左手を切断され、貴重なメサイアレリック――"ダビデの宝物庫"を奪われてしまった。


 どうやら璃乃には護衛として常に霊子が付いているらしく、拉致するのは不可能だと判断して以降は狙っていない。


「ワイが前にグレイの旦那に聞ぃた話によると、涼木想玄は裏世界中を旅しもって探検してるだけで、表には滅多に帰ってきてへんみたいやし、しばらくはほっといても問題ないんやありまへんか?」


 涼木想玄……奴の目的はいまいち掴めていない。


 最近は裏世界中に散らばっている厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)のもとに時折現れているようだが、戦うといった様子もなく、ただ距離を保ちながら奴らの姿を観察したり、スケッチしたりして去っていくらしい。


 奴なら倒すことも不可能ではないはずなのだが……なぜチャレンジすらしようとしないのか?


 もしかすると……どの厄災魔王の力を得るのかを吟味しているのかもしれない。


 私の討伐した《No.01》の他に、既に《No.02》、《No.04》、《No.08》の三体が倒されていることが確認できており――



・《No.01》――【全てを知るモノ(ビブリオン)】 ※(討伐者:コンラッド・アームストロング)

・《No.02》――【???】 ※(討伐者:???)

・《No.03》――【全てを見据えるモノ(ゴッドアイ)

・《No.04》――【全てを断ち切るモノ(シザーハンズ)】 ※(討伐者:切封斬玖)

・《No.05》――【全てを招くモノ(ストーミーペトレル)

・《No.06》――【全てを聞き取るモノ(ハチノスイヤー)

・《No.07》――【全てを砕くモノ(デストロイヤー)

・《No.08》――【???】 ※(討伐者:アーサー・ロックハート)

・《No.09》――【全てを飲み込むモノ(ヒュージオリフィス)

・《No.10》――【全てを打ち消すモノ(ディヴァインパージ)

・《No.11》――【全てを嗅ぎ取るモノ(ミラクルスメラー)

・《No.12》――【全てを復元するモノ(フェニックスヴェイン)

・《No.13》――【全てを掴むモノ(サクションハンド)



 残りの九体が裏世界のどこかに潜んでいるとされている。


 この中で、どれが奴にとって一番都合が良い能力なのかを精査している可能性が高い。魔王の力はどれも強力だが……一人につき一つが限界のはずだからな。


 実際に力を得た私にはそれがわかる。一つ継承しただけでも脳を焼かれて精神崩壊を起こし掛けたのだ。


 もしもう一つ厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)の能力を得ようとしたら……間違いなく廃人になるだろう。


 これに耐えられる人間がいるとしたら……それはモンスター並みの魔素適応能力を持つ者だ。そんな者がいるならば、それは人類と呼べるのかも怪しいものだが……。


「まあいい。グレイの安否や涼木想玄の動向は気がかりではあるが……今は目の前の問題に集中しよう。メサイアレリックさえ手中に収めることができれば、どのような相手でも恐るるに足らんのだから」


 私は話を切り上げると、二人に向けて指示を飛ばす。


「マグマガーは引き続きクロノクロックの奪取を優先しろ。ターンコートは学園で目を光らせつつ他のメサイアレリックを狙え。ただ、ジョセフやグリフレットが"転移ポータル"の奪取作戦の準備中だから、そちらの進行状況も把握しておいて欲しい。場合によっては二人の支援に入ってくれ」


「了解や」


「わかりました」







 二人が立ち去り、再び静寂に包まれた大聖堂で私は胸に手を当て瞑目する。


 目を閉じてしばらくすると、脳内に本棚のような景色が映り出し、幾多の本が並ぶその空間へと意識が飛んだ。


 これは【全てを知るモノ(ビブリオン)】の能力を発動したときに見るビジョンである。 


 ここにはこの世界に存在する全ての書物が保管されており、例えば既にこの世に残っていない古代の文献や、各国が機密に指定している資料なども、一度でも本という形を成したものならばここから閲覧することが可能なのだ。


 そして、この能力の真髄は――現在だけでなく未来に存在し得る可能性のある本までここに収納されているという点だろう。


 もっとも、未来というのは常に不安定なものであり、この本棚に陳列されているのは現時点で一番確率が高い世界線の書物であって、ちょっとしたことでラインナップは変わってしまう。そのため決して確定したものではないのだが……。


 それに本という形でなければここには保管されないので、あるのは小説のようなフィクション作品が多く、実際に起きそうな出来事を示唆してくれるものは少ない。


 だがそれでも情報としては十分貴重だし、歴史書などがあれば今後起きるであろう出来事が予測できるので非常に便利だ。


「さて、時間も惜しい。さっさと未来の情報が書かれた本を見つけねばな」


 この空間にいる間は常に大量の魔力を消費するので、あまり長く滞在することができない。


 私ほどの魔力をもってしても、時間にして約一時間、そして一日に一回アクセスするのが限度だ。


 端末のようなものでタイトルを検索するといった便利な機能もないので、無限とも思えるほどの本の海から、毎日地道になにか役に立ちそうなものがないか探し続けるしかない。


 "全てを知る"と銘打っていながら、万能とは程遠い能力で、足ばかり使わなければならないのは歯痒いものである。


 現在より未来の本が並んでいるエリアへと移動し、しばらく彷徨っていると――不意に一つのタイトルが目に飛び込んできた。 



【裏世界音楽フェスティバルの歴史】



「……これは!」


 私の最も欲しているノンフィクション系の内容であり、しかもマグマガーのターゲットである黒鵜忍も参加するであろうイベントに関するものだ。


 急いでその本を手に取ってページを捲る。


 するとそこには……今年の裏世界音楽フェスティバルでとある大事件が起こり、千人規模の死者が出るといった記述があった。


 この事件がきっかけで、音楽フェスはこの年以降開催されることなく廃止となるようだ。


「これは……使えるかもしれんな」


 あくまで可能性の未来を示した本ではあるが、時期が本を見た時点より近ければ近いほどその精度は高くなる。そしてこの内容であれば、マグマガーが上手く介入すれば黒鵜忍がクロノクロックを発動する可能性は高い。


 私の経験上、クロノクロックのような強力な力が使用されると、未来が変わってしまうことが多い。


 しかしそれでも十分だ。数千人もの民間人の死者がでなくなるならそれに越したことはないし、この事件の混乱の最中ならば、クロノクロックを奪うチャンスも訪れやすいだろう。


 私はニヤリと笑みを浮かべると、この内容をマグマガーに伝えるべく本棚の迷宮から脱出した。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 謎の関西弁キャラ・しかもお父さんも存命……名は体を表すと言いますが、やっぱり浦霧さんは(主人公側から見たら)「オンドゥルルラギッタンディスカー!?」な存在だったんですね。やっぱり…
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