第070話「マグマガー」
「やっぱりU・B・Aの大浴場は広くていいわねー!」
大浴場に入ると、俺は腰にだけタオルを巻いた状態で仁王立ちして辺りを見回す。
ここの大浴場はそんじょそこらのホテルや銭湯よりも広くて立派な湯船はもちろんのこと、奥にはサウナ室も併設されているという超豪華っぷりだ。
そんな空間に今は俺たち三人しかいないので、余計に開放感があって気持ちいい。
「円樹って相変わらずきれいな身体してるよねー」
忍がバスチェアに座ってシャワーを浴びながら、首だけこちらに向けて微笑む。
円樹の身体はそこまで多くの偽装を施していないので、素の俺の状態に近いものになっている。
胸は巨乳というほどではない形の良い美乳にしてあるが、それ以外はちょっとした丸みや柔らかさなどの微調整程度で済ませているので、全体的には引き締まったアスリートみたいな体つきだ。
「あんたには負けるけどね。忍の身体は女としてパーフェクトでしょ」
「ええ~? 最近また胸が大きくなっちゃってちょっと邪魔なんだよね~。円樹みたいな引き締まった身体のほうが羨ましいよ。ほら、見てよこの無駄な胸のお肉」
「……ま、ないものねだりってやつね」
バスチェアをくるりと回してこちらを振り向く忍。
タオルも何も身につけていない全裸なので、俺はすぐに目をそらしてぶっきらぼうに答えた。
俺的には忍とお風呂に入るのは全然平気なんだが、リノがやれ「女と一緒に着替えるな!」とか「女の裸を平然と見るな!」とかいちいち口うるさいから、最近はあまり見ないように心掛けているのだ。
「アカリ、あんたなんでそんな隅っこにいるのよ。ほら、もっとこっち来なさいよ」
「ぼ、僕はこうやって離れたところで一人でお湯を楽しむのが趣味でして……」
「は? なに意味わかんないこと言ってんのよ。いいから来なさい。先輩命令よ」
アカリは全身にタオルをぐるぐる巻きにした状態で壁際から動こうとしないので、俺は再びツインテールを使って強引に引っ張ってくる。
必死に抵抗しようとするも敵わず、ついには中央まで引きずり出されたアカリは涙目になりながら震える声で叫ぶ。
「か、勘弁してくださぃぃ!」
「あらー、アカリちゃんって恥ずかしがり屋なんだね」
「そんな全身にタオル巻いてないで早く脱ぎなさいよ。先輩と裸の付き合いができないっていうの?」
「僕はお二人と違って貧相な身体をしているので人前で肌を晒すのは恥ずかしいんです!」
「円樹、そんな無理強いするのはよくないよ。人それぞれ事情があるんだから」
「う~ん……忍がそういうなら仕方ないわね」
「ほっ……」
「と見せかけてぇーーー!」
「ふにゃーーーーーー!!」
俺は咄嗟にツインテールでタオルを奪い取り、アカリはその衝撃で地面に尻もちをついて悲鳴を上げた。
そしてタオルを失ったアカリの身体は露わになり、その様子を目にした忍は口をあんぐりと開けて驚愕に染まる。
「え……嘘……」
アカリは咄嗟に両手で股間を隠したが、その前に一瞬だけ見えていたものがあった。
……そう、本来女性には存在しないはずのモノが。
「あ、アカリちゃん……男の子……だったの……?」
「こ、こ、こ、これはあのですね! あれがそれで、あの……えっと……」
だらだらと大量の脂汗を流し、視線を泳がせてしどろもどろになるアカリ。
顔面蒼白になりながら、必死に弁明しようとするも言葉が出てこない様子だ。
身振り手振りでどうにか誤魔化そうとしているが、そのせいで再び股間のモノがちらちらと見え隠れしている。
忍は顔を真っ赤にして両手で目を覆いながらも、指の隙間からしっかりそれを凝視していた。
「正体を現したわね! 忍、この不審者を警備に突き出すわよ!」
まったく! 女の園に女装して紛れ込むとはふてぇ野郎だぜ!
こんな変態は即刻追放してやるべきだろう!
「いやいやいや!? それはちょっと待ってくださいよ! 勘弁してください! ちゃんと事情を聞いてください!!」
「事情? 変態女装野郎の事情なんて聞く必要ないでしょ」
「ま、まあまあ円樹。とりあえずお風呂に入ってアカリちゃんの話を聞いてあげようよ」
「……はぁ、仕方ないわね。今回は特別よ」
「ほっ……」
こうして俺たちは一旦浴槽に浸かり、ホカホカとした温かいお湯に包まれてゆったりする。
三人の間にしばしの沈黙が流れるも、気まずそうな表情を浮かべていたアカリが口火を切った。
「え、ええとですね……実は僕、身体は男の子ですが生まれつき心は女の子でして、幼少期からずっと女の子になりたいと思っていたんです」
「あ、ごめん。結構ガチな理由だったのね。変態とか言って悪かったわね」
「いいんです。最初は誰だって疑うと思いますし……」
「う~ん! やっぱお風呂気持ちいい~!」
「……」
「あっ! 今伸びして露わになった忍のおっぱいちらりと見たでしょ! やっぱただのエロ女装野郎じゃない!」
「いや、違いますって!? 不可抗力ですってば! 反射的に視線が行ってしまっただけです! 忍先輩のは女の子だって普通に見ちゃいますよ!」
「円樹、大丈夫だって。アカリちゃんからはそういったやましい気配は感じないから」
「ふぅん……まあ、忍がそういうなら信じるけど……」
忍は普段から色々な男に言い寄られたり、身体をジロジロと見られたりしているので、そういった相手の本性を見る目に関しては異常なくらい敏感なのだ。
そんな彼女が問題ないと判断したなら、こいつはひとまずは安全と言えるだろう。
ザバっとお風呂の中に浸かってブクブクと息を吐きながら、アカリは俯いてぽつぽつと語り出す。
「僕は"TS草"を手に入れてたくて探索者になったんです。あれがあれば本物の女の子になれますから」
TS草――それは裏世界の奥地で稀に発見される植物であり、これを煎じて飲めば異性に性別を変えることができるという貴重な代物だ。
ただかなりのレアアイテムであるため、入手難易度は恐ろしく高い。
しかもTS草には純度があり、純度の低いものは稀にオークションで出品されたりするのだが、そういったものはせいぜい数日ほどしか効果が持続しないという欠点がある。
効果が永続の最高純度のTS草は伝説級のアイテムと言われており、市場にはまず出回ることがないので、もし狙うのであれば自力で見つけ出すしかない。
「ねえ、円樹。アカリちゃんなら私たちの仲間にちょうどいいんじゃないかな?」
「確かにこいつなら"マグマガー"であることも、これからあいつに成り代わられることもないし安全かもね」
「……仲間? それに"マグマガー"って誰ですか?」
「えっとね、ここだけの話なんだけど……実は私たちU・B・Aのメンバーの中に裏世界犯罪者の"マグマガー"って人が潜んでるっぽいの。だから私と円樹がこっそり調査してるんだけど……まだ誰がその人なのかわからないんだよね」
――S級裏世界犯罪者、"マグマガー"。
顔面を意味するスラングの『mug』と、強盗を意味する『mugger』を組み合わせた名前で呼ばれているその人物は、相手の顔を奪う魔術を操る危険極まりない存在である。
奪った顔を被ることで、顔だけではなく声や体型まで完全にコピーすることが可能で、別人になりすまして犯罪行為を繰り返す極悪人だ。
俺の変装とは違って完璧な変身能力であり、遺伝子情報などもコピーしてしまうため、DNA鑑定や指紋認証などの警察による捜査網を容易くすり抜けることができる厄介さを持っている。
加えてマグマガーは戦闘においても鬼のように強く、探索者ランクでいうところのSランクに比肩する実力を持つと言われているのだ。
しかも変身相手が魔術師の場合、その魔術まで使えるようになってしまうとか。
そして顔を奪われた人間は、死にはしないものの能面のように全く特徴のない顔に変えられてしまうという悲惨な末路を辿る。
マグマガーが忍の持つメサイアレリックを狙っていて、U・B・Aに潜んでいるというのは確かな筋からの情報であり、俺がこのチームに入った目的はこいつを捕まえることだ。
忍も心当たりがあるようで俺に全面的に協力してくれているのだが、なかなか尻尾を掴むことができずに苦戦している状況だ。
「え~……。その魔術、いくらなんでも強力すぎません? 何人もの顔を奪って効果も永続で使えるんですよね? しかも変身した人の魔術まで使えるとかさすがに反則技すぎると思うんですけど……」
「マグマガーはメサイアレリックの"エターナルフレイム"っていうアイテムを持ってるらしくて、それが能力を永続化させてるみたい」
「通常マグマガーの魔術は一度使用すると顔は奪った相手に自動的に返却されてしまう。だけど"エターナルフレイム"は本来一度しか使えなかったり効果時間に制限のあるものなどを永続化させる能力があるのよ」
「やります! "マグマガー"を捕まえるの僕も手伝います!」
俺と忍がエターナルフレイムの情報を伝えると、アカリの目の色が変わった。
そして興奮した様子で勢いよく立ち上がり、右手を突き出して宣言する。
その拍子にまた股間部分が見えてしまい、忍は手で目を塞ぎつつも指の隙間からまたそれを覗いていた。
「ああ、エターナルフレイムがあれば純度の低いTS草でも効果を永続化できるものね」
「そうです! 僕が捕まえたらエターナルフレイムは譲ってほしいんですが!」
「まあ、それくらいはいいよね? 円樹」
「ええ。アカリ、あんたの活躍次第では報酬として譲ってあげてもいいわ」
「ありがとうございます! これで念願の女の子の身体が手に入ります!」
嬉々として飛び跳ねるアカリの動きに合わせて股間が激しく揺れる。
忍は手で目を塞ぎつつも指を大きく広げてガン見していた。
「……あれ? でもなんで僕はマグマガーに成り代わられる心配がないんですか?」
「マグマガーは女で、こいつの魔術は女の顔しか奪えないし女にしか変身できないのよ。だから男の娘であるあんたはU・B・Aの中で唯一の安牌ってわけ」
「なるほど! ではお二人はどうしてお互いを信用してるんですか?」
アカリの問いかけに、俺と忍は顔を見合わせると、立ち上がって一気に魔力を開放する。
すると、俺の髪の毛は大浴場中にブワっと広がり、忍はいつの間にかくノ一のような赤い忍装束を纏って、湯舟をぐつぐつと沸騰させた。
「あづっ!? あづづづづ!? 熱い熱い!」
「マグマガーは顔を奪った相手に完璧に変身できるけど、魔術や魔力量は五割程度しか再現できないらしいの。だから私たちくらい魔力量が多くて魔術も強力ならば、お互いが本物で間違いないって簡単にわかるんだ」
「それにマグマガーのそもそもの目的が忍が今も首にかけている懐中時計型のメサイアレリックだからね。忍が偽物の可能性はゼロよ」
……そして、実は忍は円樹が本当は男であると知っている数少ない人物なのだ。
チームに加入する際に、俺がマグマガーでないことを証明するため、そして女の園で活動するにあたりトラブルの原因にならないようにと自らその秘密を告白した。
忍は信じられないといった表情を浮かべていたが、偽装の一部を解いて見せたら納得してくれた。めっちゃガン見されたけど……。
何故かその後も普通の女の子同士のようにスキンシップを取って来るし、お風呂にも平然と一緒に入ったりするが……とにかくそういう理由でお互いに怪しまず信頼できているのだ。
「わ、わかりましたからこの熱いのを止めてください! 火傷しちゃいますよ!?」
「あーごめんごめん」
忍が今度は青い忍装束を纏うと、大浴場の温度が一気に下がってお湯はいきなり冷水となった。
「ひぃぃぃぃっ!? 冷たぁッ! へぎゃぁぁっ!?」
黒ひげのおもちゃのようにポーンと湯舟から飛び上がって、ゴロゴロと床を転がるアカリ。
「あ、ごめん。ちょっと出力間違えちゃった……。もう一回温めるね?」
「あっつ! さむっ! あっつっ! さむっっ!」
う~ん、こいつ本当にリアクション芸人の素質あるな。なんか忍もわざとやってるんじゃないかとさえ思えてくるぞ?
こうしてひとしきりアカリをおもちゃにして満足した俺たちは、正式に彼女(♂)をマグマガー対策本部の一員として迎え入れたのであった。




