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第067話「スクランブル交差点の戦い」

 心底楽しそうに笑い出したザンクは、持っていた大剣を俺に向かって勢いよく投擲してきた。


 俺は右手の人差し指と中指を立ててそれを挟むようにピタッと受け止めると、くるりと回転させて柄を掴み取る。


「ふむ、我にプレゼントかの? 悪い気はせぬが……少々趣味の悪い剣じゃのう」


「車といい、電柱といい、俺の投げた大剣すらいとも容易く受け止めやがるとか……てめぇどんな筋力してんだ? ……いや、筋力じゃなくてなんかの能力か?」


 ザンクは再びピアスを弄ると、今度は片手剣を二本取り出して左右それぞれの手に構えた。


 次の瞬間、奴の身体だけでなく剣の刀身にまで風が纏わり付くようなエフェクトが発生し、周囲の空気が激しく揺れ動く。



『――――【風神の加護(テンペストルーラー)】』



 俺との距離はまだ十メートル以上あるにも関わらず、ザンクはその場で二本の剣を左右同時に斬り払った。


 すると剣先からまるでカマイタチのような風の刃が高速で放たれ、俺に向かって襲い掛かる。



 これが有名な切封斬玖の魔術――【風神の加護(テンペストルーラー)】だ。


 自らの肉体や身につけている道具などに風属性の力を付与して、自由自在に操ることができるというもの。


 とてもシンプルな能力だが、彼ほどの魔力量と魔力操作の技術があればそれは非常に強力なものになる。


 体に纏った風は先程の警察官の銃弾を弾くほどの防御力を持ち、攻撃面でも風の刃を飛ばして遠距離にいる相手を切り刻むことも可能だし、単純に武器の切れ味や速度を強化して物理攻撃を高めることも出来る。


 さらには空中を足場にしたり旋回したりして三次元的な戦闘を行ったりすることさえ可能になるのだ。


 また、周囲に風を巡らせることで状況把握や索敵を行うこともできるらしく、抜群の応用力を誇る万能型の魔術と言えるだろう。



 俺は自分に向かって迫ってくる風の刃を避けることもなくジッと待ち受けると――


 ――目の前まで来た瞬間に、刃の横っ腹を拳で殴りつけた。



『我が剛腕はあらゆる事象を捻じ伏せる――――【幻想を撲つ拳(ファンタズムブロー)】!』



 俺の拳に殴打された風の刃は、明後日の方向に吹き飛んでいき、遥か彼方のビルの壁をガリガリ削って消失した。


 離れた場所から俺たちの戦いを見守っていた野次馬たちからは、大きな歓声が上がる。



「すっげぇ!」


「さっきから何が起きてるかわかんねー!」


「今あの銀髪の子、ザンクの飛ぶ斬撃殴らなかった!?」


「あの子マジで吸血鬼なんじゃね!?」


「もしかして"吸血姫MOON" vs "首斬りザンク"!?」


「やべー! これ撮影した動画絶対バズるやつじゃん!」



 ざわざわと盛り上がっている一般人をバックに、ザンクは一瞬だけ少し驚いた表情を見せたが、すぐに満面の笑みを浮かべて叫ぶ。


「お前さっきからどうなってんだよ!? マジで面白れぇな!」


「これぞ我が魔術――【幻想を撲つ拳(ファンタズムブロー)】じゃ。我の拳は風も火も雷も幽霊もなんでも殴り飛ばせるぞ」


「こりゃ久々にテンション上がって来たぜ! いくぜぇーーーーッ!!」


 ザンクはさらに両手の剣に纏わせている風を強くすると、一瞬で距離を詰めてきた。


 凄まじいスピードで突っ込んできたザンクは風で加速した双剣を振るい、連続で斬撃を叩き込んでくる。


「オラオラオラオラァッ!!」


 俺はザンクから奪った大剣を軽々と振り回し、両手剣の乱舞を正面から受け止めた。


 剣が衝突する度に強烈な風圧が撒き散らされ、俺たちの身体は激しい剣戟の余波で宙に浮き始める。


 靴にも風の魔力を纏わせているのか、ザンクはなにもない空中を蹴って縦横無尽に動き回り、俺も対抗するように背中の羽を広げて飛行し応戦する。


 スクランブル交差点の上空で激しい空中戦が展開され、下からは更なる歓声が沸き立った。


「ヒャハハハハハッ! なんだよコレ! 最高過ぎるぜぇ! 厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)と戦ったとき以来の興奮だぜぇ!」


「我もここまで全力で遊んだのは久しぶりじゃ!」


 地上から俺たちの戦いを見守っている野次馬たちの悲鳴と歓声がどんどん大きくなっていき、遂には報道のヘリコプターまでもが飛来してきた。



《皆さま! ご覧ください! 今まさに渋谷のスクランブル交差点の上空でSランク探索者の首斬りザンク氏と謎の銀髪美少女が激しい戦闘を繰り広げています! まるで特撮映画のような光景ですが、これは現実ですよ!! 我々ウニテレビのカメラが現在進行形で収めている生の映像なのです!! それにあの銀髪の美少女……現在話題沸騰中の吸血鬼VTuber "吸血姫MOON"の姿と瓜二つなんです! 圧倒的なスピードで交わされる剣戟をご覧いただけますでしょうか!? これは彼女が本物の吸血鬼説が俄然濃厚になってきましたよぉーーーーッ!! この映像はウニテレビが独占生中継で、わたくし"蝿野(はいの) 五月(さつき )"がお届けしております!》



 ヘリからテンション高めの女性アナウンサーが身を乗り出して実況をしているのが見える。


 戦いに水を刺されたと思ったのか、ザンクはあからさまに不快そうな顔になって舌打ちを漏らした。


 ……このままではまずいな。そろそろ人が多くなりすぎて、戦いの余波で誰かが怪我をしてしまうかもしれない。


 だけど十分時間は稼いだし、俺の予想では、そろそろあいつら(・・・・)が来ると思うんだが……。


 俺は一旦空中戦を中断して地上に降りると、ザンクもそれに続くように着地した。


 すると、奴にニヤリと不敵な笑みを向けながら呟く。


「お前マジで面白れぇわ。今のでもまだ本気だしてねーだろ?」


「……」


「なあ……そろそろガチで殺し合いしようぜ?」


「――――ッ!?」


 直後、ザンクの全身から途轍もない魔力が溢れ出し、俺は慌てて距離を取る。


 ……こいつ! まさかこんな場所で魔王の力を使う気か!? さすがにそこまでされるといくら"吸血姫MOON"でも抑え込むのは難しい!


「いくぜ! 魔王アビス・ディザスター――第四の能力! "全てを断ち切る――」



「おらあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」



 ザンクが大技を繰り出そうとしたところで、突然上空から降って来た筋骨隆々のスキンヘッドの大男が奴目掛けてパンチを繰り出した。


 ギリギリで回避したザンクだったが、コンクリートの地面に直撃したその男の拳は大地を粉砕し、巨大なクレーターを作り出す。


 そして、大男に続くように彼の傍に眼鏡のイケメン、ドリルへアのお嬢様……あとなんか平凡なJKが降り立ち、鋭い視線をザンクに向けて警戒態勢に入る。


 ふぅ……ようやく来たか。


 見慣れたメンバーを見て、俺は思わず安堵の息を吐いていた。


「……てめぇらは"戦女神の聖域(ヴァルハラ)"か! ……くそが、いいとこで邪魔してんじゃねーぞ!」


「残念ですがザンクさん。貴方はここで逮捕ですわ~! 刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいて下さいませ! オ~ッホッホッホ~!」


「レイコ、挑発するんじゃない。ここには大勢の一般人がいるんだ。戦いは回避したほうがいい」


「それより私はあっちの銀髪の子のほうが気になってるんだけど……」


 俺の方を見て目を細めているリノを除いて、三人はザンクに向き直るとその魔力を高めて臨戦態勢に入った。


 ……さてと、じゃあ俺はこの辺で退散しますかねぇ。


「おっと、どこに行く気ですの? あなたにも事情をお聞きしたいんですけど?」


 そそくさと立ち去ろうとする俺だったが、いつの間にか半透明のレイコが俺の進路を塞いでいた。


「我は巻き込まれただけじゃ。用事は既に終わった故、帰らせてもらうのじゃ」


「な!? その恰好にその口調!? わ、わたくしよりキャラが濃いですわ! 許せませんわ! あなたも逮捕――」


「――――【幻想を撲つ拳(ファンタズムブロー)】!」


「ぶげぇぇぇッ!?」


 レイコの腹に掌底を叩き込むと、アホは腹を抱えてその場に崩れ落ちて悶絶した。


 やべ、つい……。


「おい! あの女……幽体のレイコを殴ったぞ!?」


「……いや待て! あんなことができるのは、僕のデータによると……」


「うん……。……くらいしかいないよね」


 マサルが俺に向かって突進してこようと構えたが、それを遮るようにアーサーとリノが前に出る。


 吸血姫MOONは俺とセレネが二人で考えたキャラクターであり、まだ仲間たちにも伝えていなかったが、察しの良い二人は今のやり取りで既に俺だと気づいたようだ。


「マサル、レイコ、あの少女は放っておいていい。それより切封斬玖、このまま僕たちと戦う気かい?」


「ちっ、アーサー・ロックハート。てめぇレベルの奴なら戦いはサシが基本だろーが! 四対一とかつまんねー真似してんじゃねーよ!」


「あいにく僕はそういうこだわりはない。……どうする? このまま裏世界へと帰るなら追わないし、この場に留まって暴れるなら僕たちが容赦なく拘束させてもらうけど?」


 おそらく、四対一なら戦女神の聖域(ヴァルハラ)が勝つだろう。


 ただしこんな場所でザンクとガチで戦ってしまっては、間違いなく周囲に甚大な被害が出てしまうし、仲間たちに死傷者が出てもおかしくない。だからアーサーは奴に対して引くよう促しているのだ。


 ザンクは舌打ちを漏らすと、ぼそりと呟いた。


「……俺はただ牛丼を食いに来ただけなんだよ」


「テイクアウトでも構わないか?」


「ああ、すきの家の牛丼でつゆだく特盛だ」


「すぐに買ってきて渋谷第三門の入り口まで届けさせる」


「……仕方ねぇ。今日は大人しく帰ってやるよ」


 アーサーと簡単な話を終えると、ザンクは渋谷に三つある裏世界の入り口のうちの一つ"渋谷第三門"がある方角に歩き出した。


 ……ふぅ、これでひとまずは一件落着かな。


 当初の予定とは少し違ってしまったが、おそらく今頃ネットではめちゃくちゃバズってるだろうし、俺の目的は達せられた。


 後処理とかはあいつらに任せるとして……そろそろ帰りますか。


 パトカーや救急車が来て騒然となっている渋谷の街並みを眺めながら、俺はまだ地面に転がっているレイコをむぎゅっと踏みつけて、帰宅の途についたのだった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 >つゆだく大盛りだ …あれ?興が削がれたってのもあるんでしょうけど、元々の目的を果たせるならわりかしすんなり退いてくれるんですね。 ちょっとバトルに対する欲求がキ○ガイレベルなだ…
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