第007話「佐東鈴香の初配信③」★
タイトルに『★』がついている回は他者視点なのでご注意ください。
今回はツノJKリノの視点で進行します。
『確かにあまり人に会いませんね……。でも、裏世界は表と同じ広さで人の数は遥かに少ないので、こういうこともありますよ』
戦女神の聖域の拠点である、都内某所にある豪邸。
そのリビングにて、私たちチームの四人は巨大モニターに映るスズの探索配信を鑑賞しながら、のんびり談笑していた。
「相変わらず凄まじい変貌ですわね。この変装技術は、もはや芸術の域ですわ」
「素顔を知っていて、かつスズの変装データを集めている僕ですら、前情報なしでは少し会話した程度じゃ気づけないからね」
「ふんっ! ふんっ! 変装しても筋肉を見れば普通は誰かわかるんだが、あいつは身体つきすら別人のように変えてくるからな。……ふんっ!」
「ちょっとマサル! こんなときまで筋トレするのはやめてよ!」
「……む、すまんなリノ。ふう……今日くらいは筋肉を休めるか」
私がじろりと睨んで注意すると、マサルは素直に筋トレをやめて、ソファーに座っていたアーサーの隣にドカっと腰掛けた。
汗がアーサーの眼鏡に飛んで彼は少し不快そうに顔をしかめるが、この二人はいつもこんな感じだし、この程度で喧嘩し合ったりはしない。
「歩く動作、髪をかきあげる仕草、座るとき自然に内股になっているところ、ペットボトルの水を飲むときの煽情的すぎる唇の動き……。どこをとっても女性そのものですわ。それも育ちのよいお嬢様といった雰囲気の」
画面を見ながらレイコが感心したように呟く。
彼女の言うように、画面の中のスズを見て男だと見抜ける視聴者はまず存在しないだろう。実際の性別を知っている私たちですら、スズが男だと忘れてしまうことがあるのだから。
「それに服のセンスも抜群ですわね。なんでいつもはあんなクソだっせぇ恰好してやがりますの? いつもああならファンももっと増えるはずですのに」
今日のスズは、チェックのスカートに黒のニーソックス、そして白のブラウスに紺のジップアップパーカーという、制服女子高生が運動をするためにちょっと上だけ羽織りました、みたいな格好だった。
シンプルで動きやすさを重視しつつも、その着こなしはとてもおしゃれでこなれて見え、まるでファッション雑誌から飛び出してきたかのようだ。
防御力は低めに思えるが、裏世界では重装備は別の物に変質してしまう可能性があるし、そもそも魔力使いにとって服は魔力の伝導率が高い物のほうが望ましく、素材の耐久性はそれほど重要ではない。
なので、見た目の可愛さを重視してこのようなコーデにしているのだろう。
「スズは女の子の恰好をすればめちゃくちゃおしゃれなのに、男の子の恰好だと壊滅的にダサくなるからね……」
まあ、これは育った環境も大きく関係しているので、スズの責任ではないのだけれど。
「てか、俺様まだ半信半疑なんだが……そもそもあいつ本当に男なのか?」
「本人はそう言ってるけど、僕も正直スズのような人間はデータにないから、ちょっと自信ないね」
マサルがペットボトルの水を飲みながらアーサーに問いかけるが、彼は肩を竦めながら首を左右に振った。
「スズは骨格やボディラインからして男の子っぽくはないからねー」
「男の子の格好をしても、美少女が頑張ってボーイッシュコーデに挑戦してる感が凄いですものね。身長だって女性の平均より低いですし、素の声も変声期前のお子様ボイスですわ」
「やっぱあいつ、自分のことを男だと思い込んでるだけの女だろ……」
「ふふふっ、どうだろうね~。裸を見たらわかるかもよ? 二人はスズとお風呂とか一緒に入ったことないの? 拠点には大浴場もあるのに」
「いやいや、入るわけねーだろ! あいつ未成年だし、万が一女だったら俺様たちやべー大人じゃねーか!」
「僕もないよ。スズは素顔があれだからね……。一度一緒に入ろうとは言われたことがあるけど、断ったよ」
私の質問に、パーティの男二人は揃って首を振った。
……本人が男だって言ってるんだから別に一緒に入ったって問題はないと思うんだけど、まあこの二人はこれでいてちゃんとした大人だから仕方ないか。
「わたくしは一緒に入ったことありますわよ~! ちゃんとかわいらしいのがついてましたわ!」
「リノはいいとしてお前は一緒に入ったらダメだろ……」
「僕のデータによると、成人女性が未成年の男子と入浴するのは不同意わいせつと判定されることもあるよ」
「あのときはわたくしもギリ未成年だったからセーフですわ!」
「……てかマジでついてたの? なぁ? 本当に?」
「あらま! 仲間の裸に興味津々のドスケベ筋肉ですわぁぁぁ~~! エロマッチョですわぁぁぁ~~!」
「なっ! おまっ! 誤解を招く言い方すんじゃねぇー!」
わいわいと騒ぐ三人を横目に、私は画面に映るスズに再び視線を戻す。
すると彼は廃墟のような建物の前に到着し、一瞬何か考えるような仕草をしたあと、特に警戒することもなく中へと入っていった。
「……ん? 今、かなり広範囲の魔力探知をしたね。今の感じだと、大体半径300メートルくらいかな。何か仕掛けるつもりかも」
私が呟くと、三人は会話をやめてこちらを見る。
「今の一瞬で300メートルも探知したんですの!? 相変わらず化け物じみた魔力操作ですわね……。わたくし、全力で数分間集中しても240メートルが限界ですわよ」
「俺様なんて100メートルも無理なんだが……」
「僕も本気でそれだけに集中しても500メートル前後が限界かな。……リノは1000以上探知できるんだっけ?」
「うん、頑張れば1500メートルは行けると思う。スズは1000ちょっとらしいけど、探知速度と正確性は私より上かな」
「……やっぱり"天然の魔核持ち"は違うね。僕は裏世界では最強クラスと自負してるけど、君たちを見ると自信を無くしてしまうよ」
魔力探知は人によって得意不得意がはっきりしている。
普通の魔力使いは数メートルの探知すらできないし、手練れでも精々10メートルや20メートルが関の山なので、マサルも十分凄いしアーサーに至っては間違いなく怪物級だ。
だけど、それでも私やスズには及ばない。
何故なら、私たちは"インネイト"と呼ばれる、生まれながらに天然の魔核を持つ希少な存在であるからだ。
裏世界には、魔素という魔力の素となる物質が大気中に多く存在しており、これを取り込むことによって人は魔力使いとなる。
しかし、どれだけ魔力使いとして優れた力を身につけても、魔素のない表世界に戻れば、魔力は使えなくなってしまう。
……が、例外として表の世界でも魔力を行使できる人間がいる。
それが魔核持ちだ。
魔力使いは肉体が裏世界の空気に馴染むほど体内に取り込むことのできる魔力の量が増加する。そして、取り込んだ魔素が一定値を超えると、魔力生成器官である魔核という臓器が体内に形成されるのだ。
魔核を持つ者は、空気中から魔素を取り込まなくても自身の体内で魔力を生成できるので、表世界でも魔力を行使できる。
まあ、さすがに魔素のある裏世界と同じとまではいかないけど、それでも超人といって差し支えないような力を表で使えるのだから、どれだけ有用かはわかるだろう。
これは本当に魔素の濃い危険なダンジョンの深層などに日常的に潜っているような人間にしか見られない現象であり、魔核持ちは魔術師よりも珍しい存在である。
……で、その中でも更に珍しいのが"インネイト"だ。
原因は様々だが、なんらかの理由により生まれつき魔核を持っているインネイトは、魔力量と魔力操作の精度が常人の比ではない。
私やスズが十代の半ばにしてトップ探索者チームの一員となっているのは、そういった理由があってのことなのだ。
「私たちにとって、魔力は生まれたときから使えるもので……なんていうか、空気みたいなものなんだよね。むしろ、魔力がないという感覚のほうがわからないっていうか。だから、後天的に魔力を身につけてそこまでできるアーサーのほうが凄いよ」
「空気……つまりは君たちは呼吸をするように魔力を行使するわけか。僕は魔力を使うのにいちいち意識して、体内で魔力を練ってから放出しているが……。そうか、そういう感覚か……これはいいデータが手に入ったよ」
「うん、一度その感覚を掴めば、魔力の探知はもっと楽にできるように……って、ああ! スズがゴブリンに囲まれてる!」
モニターに視線を戻すと、四体のゴブリンがスズを取り囲んでいた。
スズの顔は真っ青になっており、明らかに恐怖で身体が竦んでいるのがわかる。
その表情や仕草はとても嘘には見えないし、演技だと知っている私でも思わず息を呑んでしまうほど真に迫ったものだった。
コメント欄はスズが危険に晒されたことで大盛り上がりである。心配するコメもあるが、それよりもスズがこれからどうなってしまうのかを期待する声の方が多い。
……はぁ、これが狙いか。いきなり飛ばしてくるね、あの子。
長い付き合いだから、これからスズがやろうとしていることが手に取るようにわかってしまい、私は大きく溜め息を吐いた。




