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第059話「真相」

 光に包まれた俺が到着した先は、修練の塔の外――ではなく、先程までいた闘技場とそっくりな円形の空間であった。


 ただし、闘技場のリングの代わりに真ん中に直系十メートルほどの大穴が空いている。


 大穴は底が見えないほど深く、なにやら中で濁った魔素が渦巻いているのが感じ取れる。下からは亡者たちの呻き声のような禍々しい音が絶え間なく聞こえてくるのが非常に不気味だ。


 壁にはいくつものモニターが設置されており、ダンジョン内の至る所の映像がリアルタイムで流れているのが見えた。


 そして、出入り口は一切見当たらなかった。何らかの条件を満たさないと出られないタイプの部屋なのかもしれない。


 テンタクルウィップを伸ばして壁の一部を破壊してみる。どうやら壊せるようではあるが、一瞬にして再生してしまう。壁に穴を空けて脱出することは難しそうだ。


 ちらりとスマホに目を落とすと、電波が圏外になっているのがわかる。おそらくここは不感地域である30階のどこかにある隠し部屋なのだろう。


「こんにちは、やはり失踪事件の犯人はあなたでしたか」


「…………」


 一通りの確認が済んだので、大穴を挟んで反対側にいる人物へと声をかけると、その人は驚愕の表情を浮かべていた。


「あなたはおそらくダンジョンのシステムを掌握するタイプの魔術を持っているのでしょう。そしてターゲットにあのレアな帰還の宝珠を握らせた。あの宝珠に仕掛けられていた能力は、催眠でも精神操作でもなく、ただ単純に外ではなくこの部屋に転移させるだけのものだったのですね」


 ダンジョンのシステム掌握だけでなく、宝珠に催眠やら精神操作まで仕込めるのでは、あまりにも強力すぎて一人の魔術の範疇を超えていると思っていたのだ。


 だから、俺は最初からレアな宝珠にはもっと単純な効果しかないと思っていた。


 もっとも、たとえどんな効果が秘められていようが、俺にはなんら問題のないことだったのだけど。


「では、実習の後にダンジョンの外にいた被害者は一体誰だったのか。それは――彼女たちのドッペルゲンガー(・・・・・・・・)ですね?」


「……」


「ダンジョンマスターであるあなたは、20階のボスの一体であるゴブリンサモナーを操り、ミラースライムを召喚した。そしてターゲットの姿をコピーさせたのです。コピーのタイミングはソロで10階に向かうまでのどこかでしょう。あなたはおそらくダンジョン内を自由に移動できるのでしょうね。死角からミラースライムの身体にターゲットの姿をちょいと映すことくらいは容易くできることと思います」


 カツ……カツ……と靴音を鳴らしながら、俺は大穴の縁を沿ってゆっくりと犯人の元へ歩いていく。


「そして、彼女たちがダンジョンを脱出するまでドッペルゲンガーに魔力を注ぎ続け、本人に近づけるように強化する。その上で、彼女たちがレアな帰還の宝珠を使ってこの部屋に転送されてきたタイミングで、同時にコピーを外に放出したのです。これで傍から見れば本人がダンジョンの外に出たように見えるわけです」


 通常、非消滅型のダンジョンのモンスターはダンジョンの外には出られない。


 しかし、件のドッペルゲンガー事件で、人間にあまりにも近づいたモンスターはダンジョンどころか裏世界の門すらも超えられることが証明された。


「つまり、被害者はダンジョン実習の数日後に失踪したのではなく、本当はレアな宝珠を使った瞬間に失踪していたのです。被害者たちの全員が疲れたような様子でボケ~っとしていたのは、さすがにドッペルゲンガー事件の"花咲里(かざり) 姫奈(ひめな)"ほどには魔力を注ぐ時間がなかったので、思考まで完全に本人そのままというわけにはいかなかったからでしょうね。……ですが、それで十分だった。大事なのは彼女たちが実習の後に自分の意思で失踪したようにみせかけることだったのですから」


 魔力が切れればドッペルゲンガーは自然と消滅する。


 こうすることによって、被害者はダンジョン実習とは関係なく、それから数日後に自分でどこかへ行ったと周囲に思い込ませることができるわけだ。


 先ほど自分で試してみたが、ドッペルゲンガーはなにも魔力を注いでいない状態でも本当に本人そっくりだ。少しでも受け答えできるレベルまで強化したら、誰も偽物だなんて疑わないだろう。


「しかし、今年の春にあなたにとって予想外の出来事が起こってしまう。ターゲットであるニナと"唯野(ゆいの) 舞藻(まいも)"さんが宝珠を交換してしまったのです。舞藻さんがこの部屋に飛ばされてきたのを見たあなたは焦ったはずだ。何故なら用意していたドッペルゲンガーはニナのコピーであり、舞藻さんのコピーは作っていなかったからです」


 舞藻さんのコピーを外に放たないと、彼女が帰還の宝珠を使った瞬間に行方不明になったことがバレてしまう。


 そうなると、ダンジョン実習中に生徒の失踪が発生していることが明らかになるだけでなく、そのときダンジョン内にいた人物が捜査線上に浮かんでくる。


 犯人としてはそれは絶対に避けなければならない事態だ。


「あなたは急いでゴブリンサモナーにミラースライムを召喚させ、全力で魔力を注ぎ込んで舞藻さんのコピーを作り、そして外に放った。しかし、さすがに魔力を込める時間が短すぎて出来上がったドッペルゲンガーは精度が悪く、なんとか家に帰らすまでは成功したものの、日を跨がずに消滅しまった」


「…………」


「あなたには不運なことに、これが私に実習の後に外にいたのは本人ではなくドッペルゲンガーだったのではないかという疑念を植え付ける切っ掛けとなってしまったのです。これがなければ、私も実習後に様子のおかしくなっている人を保護しようという、後手に回った対応をしていたかもしれません」


 大穴の縁を一周し終わり、俺は犯人を正面に捉えた位置で足を止める。


 犯人もまた、ゆっくりとこちらに視線を向けた。


「そして、どれだけ一流の魔術師でもこれら一連のことをダンジョンの外から行うことは不可能です。つまり犯人は毎年実習当日にこのダンジョンの中におり、かつダン学のデータベースの最深部を閲覧できる権限を持っていた人物ということになります。過去数年の資料を調べた結果、該当する人物がたった一人だけ存在しました。それは――」


 俺はビシリと目の前の人物を指差した。



「毎年率先して監督役を引き受け、誰よりも早くダンジョンに潜り、最上階で実習の様子を監視していた人物――"流井(あらい) 吾一(ごいち)"先生、あなたです!」

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