第052話「唐突なる水着回」
階段を上って11階に到着すると、そこは1階と同じような広大な円形の空間となっていた。
ただし壁にある百の扉の前に、下から続いている階段がある。1階でどの扉に入っても、ここで一度合流する仕組みなのだ。
広間を見渡してみると、監督役の教師の他に既に数人の生徒が先に来ていた。
全身に纏う魔力の濃さを見るに、おそらくAクラスの連中だろう。
ここから20階までは2人組のパーティを組むことが許可されているが、実習のルールでメンバーの平均クラスがB以下にならなければいけないという制約がある。
なのでAクラスの生徒は必然的にCクラス以下の生徒と組む必要があり、彼らは相方が到着するのを待っているというわけだ。
「鈴香! めちゃくちゃ早いじゃん! まだBクラスの生徒も一人も到着してないのに……」
「……え? そんなに早かったですか?」
さすがと言うべきか、既に到着していたニナが驚いたように話しかけてくる。
う~む……結構のんびりペースで進んできたつもりだったが、それでもかなり速かったらしい。次からはさらに抑えないとな……。
「まあいいや。たぶん迅が到着するまでまだ一時間以上かかると思うからさ、ちょっとここで話し相手になってよ」
「ふふっ、もちろんです。ただ私、今自分の個人チャンネルで配信中なんですよね。喋っていい内容だけでお願いします」
「うん、わかった」
……
…………
………………
しばらくニナの自己紹介や軽い雑談で時間を潰したあと、飽きてきた俺たちはカードゲームで遊んでいた。
その間に続々と生徒たちが到着し、上の階に向かったり帰還の宝珠を使って離脱したりしていたが、まだ種口くんの姿は見えない。
「はい、また私の勝ちですね!」
「ええ~。鈴香強すぎない? 私カードゲームには結構自信があったのに……」
「いやいやニナもなかなか筋がいいですよ? バト○ラインで私とここまで張り合える人はそうそういませんからね」
「もう一回! もう一回勝負よ!」
「仕方ありませんねぇ~」
:スズたそゲームもつえーのかw
:カードゲームの実況初めて見たけどめっちゃ面白いな
:俺も買ってみようかなこれ
:友達のポニテ娘もかわいいなぁ
:スズたそは清楚系だからこういう活発そうな娘と並ぶとまた映えるな
:尊すぎて寿命伸びた
:てか今回ダン学の実習の実況じゃなかったっけw
:この二人ずっと遊んでるだけなの草
「それにしても……迅、かなり遅くない? まさかここまで来る前に脱落しちゃったりとかしてないよね?」
「ん~……今の彼の実力ならそれはないと思いますが――――あ、来ましたよ!」
噂をすればなんとやら。
下から繋がる階段から、疲労困憊といった表情の種口くんがヨタヨタとした足取りで現れた。
「迅! も~う、何やってんのよ。脱落しちゃったんじゃないかってやきもきしてたんだからね!」
「ご、ごめん……。ゴブリンばっかのルート引いちゃってさ。思ったより時間が掛かっちゃった」
「それは運がなかったですね……。でもちゃんとクリアできたじゃありませんか。もう名実ともに立派なプロ探索者ですよ」
本来ならこれで実習は合格なのだ。
魔法戦士の腕輪の補助があるとはいえ、【鬼眼】での攻撃抜きにここまで辿り着けたということは、彼はプロとして通用する実力があると証明したことになる。
「どうします? 少し休憩しますか?」
「いや、大丈夫だよ。会長特製のスタミナポーションを持ってきたから」
「迅、購買で売ってたあれ買えたんだ! めちゃくちゃレアで競争率高いのに運いいじゃん!」
種口くんは、背中のリュックから青色の飲料を取り出して飲み干す。
これは生徒会長が魔術で生成した特別なドリンクで、飲めば体力はもちろん精神的な疲労も回復させることができる優れモノだ。
会長はこうしたモンスターや宝箱からはドロップしないオリジナルの回復アイテムを毎日数個程度作成しており、購買を通じて格安で生徒たちに販売してくれている。
しかしあまりにも人気のため、いつも抽選制になっていてゲットするのはかなり困難なのだ。
俺も一回だけ当たりを引いたことがあるが、本当に一瞬にして疲れが吹き飛ぶ体験は凄いの一言だった。
ただ……一体何で出来ているのか不明な、なんとも言えない奇妙な味がしたんだよなぁ。しかも変な味なのになんだか癖になる感じというか……。
う~ん、久々に俺も飲みたくなってきたぞ。
「……ぷはぁー! うん、さすが会長特性のスタミナポーション。ちょっと奇妙な味だけど一気に疲れが取れたよ」
種口くんは恍惚としながらガンぎまった表情で言う。
やっぱなんか変な成分入ってるんじゃないだろうな……。まあ、あの会長の作ったものだから大丈夫だとは思うけど。
「それじゃあそろそろ行こうか。……鈴香、20階まで迅をよろしくね?」
「ええ、お任せください。また21階の広間で会いましょう」
ニナは笑顔で手を振りながら、一人で次の階へ続く扉の一つに入って行った。
俺と種口くんはそれを見送ると、監督役の先生に割り当てられた別の扉に入り、先に進んでいく。
「はい、迅くん。配信中なのでマイクとイヤホンを渡しておきます」
「うわぁ~……怖いなぁ。佐東さんの視聴者、俺のこと嫌いみたいだし……」
種口くんは苦笑しながらも、素直にそれを受け取り装着する。
:え? ニナちゃんと分かれてこいつと行くの?
:↑ニナちゃんはAクラスで20階まではソロでも余裕だから21階から参加予定ってさっき言ってただろ。ちゃんと説明聞いてろ
:てかこいつ恐竜ワンパン男じゃんwww
:マジだ。あのダサい服着てなかったから気づかんかったw
:ま た お 前 か
:男はノーセンキュー!!
:さっさと退場してください
:でも俺、正直こいつ嫌いじゃないわw
:スズたそと絡んでるのはムカつくけどな
「……ごめんなさいね。私のチャンネルの視聴者さんはどうしても男性が多いので」
「あはは、別にいいよ。なんだか前よりはマシになった気がするしさ。……皆さん、佐東さんとは適度に距離を保つのでどうか勘弁してください!」
種口くんが手を合わせてカメラに向かって頭を下げると、意外にもコメントは落ち着きを見せた。
一度俺の配信に出て人となりがわかっているのと、クラスメイトもそうだったが、この間のワカラセマン戦での彼の頑張りは男子からもかなりの評価を得ているようで、以前より敵意を向ける者が減ってきたのだ。
「次はどんなフロアだろうね。俺としては高尾山みたいな動物系モンスターばかりのところだったら嬉しいんだけど……」
「どうでしょうね……。ん、そろそろ見えてきましたよ」
「あっ!? ……うへぇ~、これはさっきまでのゴブリン地獄よりも辛そうだなぁ」
「ですね……」
扉を抜けた先は、またしても洞窟のようなエリアだった。
しかし、そこかしこに大きな水溜まりが点在しており、まるで地底湖のような景観だ。
さっきよりもさらにじめじめしてて湿気が多く、遠目には大きなカエルや半魚人のようなモンスターが徘徊しているのが見える。
「虫とかヌメヌメした水棲モンスターって、私苦手なんですよね……」
「あははっ、女の子だし仕方ない――――う、うわっ!?」
「――大丈夫ですか迅くん!」
床に生えている大量の苔によって滑ったのか、ばしゃりと水面に尻もちをついてしまう種口くん。
「……だ、大丈夫。ありがとう佐東さん。……だけど制服が汚れちゃったよ」
慌てて手を差し伸べて起き上がらせると、幸い怪我はないみたいだが、ぐっちょりと制服が濡れてしまっている。
「う~ん、これが20階まで続くとなると……水着に着替えたほうがいいかもしれませんね」
「そっか。確かに事前の注意事項でも水系エリアがあるかもしれないから水着を持参するようにって言われたっけ」
「ええ、ちゃんと持ってきましたか?」
「うん、購買に売ってた丈夫で魔力伝導率も高いウェットスーツを買っておいたよ。結構高かったけどそのうち使うと思ってさ」
「あれ、機能性は良さそうですけど、あまりかわいくないんですよね……」
「メンズは普通だと思うけど、確かに女子から見れば可愛くないかもね。……とにかく佐東さんが先に着替えるといいよ。俺は外で待ってるから」
「はい、では少々お待ち下さいね」
:うおおおおお!? まさかの水着回!?
:スズたそのスク水キターーー!
:いや、スク水とは限らないぞ!
:ワンパン男も言ってたけど、ダン学の水着は残念ながら探索者としての機能性を重視したウェットスーツであまりエロくもかわいくもないぞ
:なんでもいいけど早く脱げw
:楽しみすぎる!
:しかし男が邪魔だなぁ……
さて……これは久々に本気を出す必要があるな。
普段は見える部分にしか細かい偽装を施していないが、水着ともなると肌を殆ど露出させる必要があるので、かなり丁寧に仕上げなければならない。
全身にズズズ……と魔力を流し込み、肌の質感や凹凸などを綿密に作り込む。
特に股間部分は入念に調整し、一切違和感を感じさせないよう丹精込めて形成しなければな。
前にレイコとお風呂に入ったとき「スズのは大変お可愛らしいのでお股に挟むだけでいいんじゃなくて? 能力なんて使う必要はありませんわ! オ~ッホッホッホ~!」なんてふざけたことを言われたが、俺はまだまだ成長期なんだよ!
いずれビックマグナムへと成長する(予定)のだから、今からしっかりと準備しておく必要があるのだ。
「よし、こんなものでしょうか」
あとは水着に着替えるだけなのだが……。
次元収納袋の中にはいくつか衣装が入っていて、もちろんダン学のウェットスーツもある。
だが今回着るのは――
「お待たせしました迅くん。……えへへ、どうですか?」
「――っ!?」
俺が扉から出てくると、種口くんは石像のように固まってこちらを凝視していた。
「やっぱりスクール水着のほうがよかったですかね?」
:ビキニだとぉぉぉ!?
:エッッッッッッ!
:スク水期待してたけど、これもあり!
:白とピンクのコントラストが美しいなぁ
:制服に水着とか神回確定じゃん
:これはパッドなし完全に確定しました!!
:やっぱおっぱいでけぇえええええ!!
:小さいのに大きいとか最高かよ!?
:おへそも見えちゃってるのに清楚さが全く失われていないのが凄い!
:花柄のパレオがよく似合ってるね
:スズたそマジ天使
本気を出して偽装をしたので裸になっても男だとバレない自信はあるが、念のためパレオで下腹部をしっかりガードしておく。
スク水も考えたのだが、ファッションにこだわりのある俺としては、やっぱりあの無骨なデザインはどうしても好きになれなかったので却下だ。
それにそろそろチャンネル登録者数100万人が目前に迫っていたので、視聴者サービスという意味でも、いつもは見せない胸元や腰回りなどのパーツも露出させることにしたのだった。
「あの……迅くん?」
「ハッ!? ご、ごめん。すっ……凄く素敵だと思う。なんていうか……大人っぽいっていうか……」
「ふふっ、ありがとうございます。では迅くんも着替えてきてください」
「うん、じゃあ行ってくるよ」
顔を真っ赤にして逃げるように扉の中に入っていく種口くん。
……ふふふ、大人である俺のせくしぃな肉体美は、彼にはちょっと刺激が強すぎたかも知れないな。
帰還の宝珠をパレオのホルダーに入れ、マイクはビキニの紐にくくりつける。そしてテンタクルウィップを腰に巻き付けると、残りの荷物はふわスラの中にしまい込んでおく。
その際にスマホの配信画面を見ると、同接が過去最高記録を更新しており、チャンネル登録者も順調に増加していた。
……うむ、これなら今日中に目標達成できるかもしれないぞ。
あとは種口くんを実習に合格させて失踪事件を解決すれば、もう佐東鈴香としてやることは一通り終了と考えてよいはずだ。
俺はニヤリと心の中だけでほくそ笑みながら、種口くんが戻ってくるのを静かに待つのだった。




