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第005話「佐東鈴香の初配信①」

「ちゃ、ちゃんと映ってますかね? みなさぁ~ん、見えてますか~?」


 ふわふわと浮かぶカメラの前で右手を振ってみると、左手に持ったスマホの画面に緊張した表情を浮かべた俺の姿が映し出された。


 すると、コメント欄にもすぐに反応が返ってくる。



:お、始まった!

:見えてるよ~

:かわええ……

:切り抜きだと半信半疑だったけど、マジで美少女だった

:普通に可愛いな



 勢いも弱く、まだ数件しかコメントはついていないが、最初としては上々だろう。


「わわ、いきなりコメントがたくさんついてます! えっと……私の名前は佐東鈴香といいます。本日が初配信になりますので、どうかよろしくお願いしますね」


 長い黒髪をふわりと揺らしてぺこりとお辞儀をしながら、透き通るような可愛らしい声音で視聴者たちに挨拶をすると、コメント欄が少し勢いを増した。



:声かわいい!

:清楚系美少女だ~!

:なんか裏世界配信でキャラ作ってなさそうな女の子久々に見た気がする

:これは当たりかもしれん

:この娘が裏世界の洗礼を乗り越えられるのか見物だな

:頼むからいきなり死んだりとかはやめてくれよ?

:初配信で死ぬ探索者多いからな……

:東小金井だし大丈夫やろ



 コメ欄でも不安な声がちらほらと見受けられるが、探索者という職業は命がけだ。


 動物よりも強いモンスター、そして法の庇護を受けられない場所での悪意ある人間との遭遇。小学校から散々裏世界の危険については教えられるが、それでも探索者になりたがる者は後を絶たない。


 そして、裏世界に憧れて気軽な気持ちで探索者になった若者たちが、あっさりと命を落とすことは日常茶飯事なのだ。


「さあ、それでは早速探索を始めていきたいと思いますね。スマホ片手だと危ないので、ここからは自動読み上げ機能でコメントを拾っていきます。なので数が増えてきたら全員のコメントに反応できないこともあるのでご容赦ください」


 裏ちゃんねるの読み上げ機能は、AIが重要そうなコメントを自動でピックアップしてくれる優れものだ。


 スマホに目を落としながら探索するのは危険な行為だが、自動読み上げならそういった心配もいらない。視聴者の反応をリアルタイムで確認しつつ、両手も自由に使うことができるため、ふわスラと並んで裏世界配信者にとっては必須の機能といえるだろう。


 ちなみに翻訳機能をオンにしておけば、外国語も自動で日本語に翻訳してくれる。最近は本当に便利な世の中になったものだ。


 まあ、俺はこれでも日本語の他に英語など数ヶ国語をネイティブレベルで話すことができるため、特に翻訳機能は必要ないのだが。


 スマホをバッグにしまい、イヤホンから流れる音声をチェックしながら歩き出す。



:ちゃんと準備と予習してるのは偉い

:ふわスラ買えない初心者はスマホで自撮りしながら探索する奴多いからな

:あれマジでやめてほしいわ

:大抵死ぬパターンって歩きスマホだからな

:鈴香ちゃん歩き出したけどもしかして一人

:俺もさっきから気になってた

:パーティメンバーは?



「あ、はい。実は私、まだパーティを組んでないんです。なので今日は一人で探索ですね」



:やばっwww

:もしかしてアホの子か?

:十代の女の子がソロで裏世界探索とか正気じゃねえwww

:あ~あ、結局いつもの自分だけは死なないと思ってる頭悪いガキの配信か

:パーティメンバーいなくても傭兵くらい雇えよ

:悪いことは言わんからはよ帰れ

:盛り上がって参りましたw



 俺がソロだとわかった途端、コメントが一気に荒れ始める。


 まあ、この反応は予想通りだ。


 だって実際モンスターの跋扈する裏世界なんて、複数人で潜るのが普通だからな。初心者がソロで探索するなんて自殺行為も良いところだし、そんなことをするのはよほどの馬鹿か、もしくはやむを得ない事情がある奴だけだろう。


 しかし、俺はイヤホンから流れる煽りコメントに対して、頬をぷくーっと膨らませながら反論する。


「む……馬鹿とはなんですか。これでも私……魔術師(・・・)なんですからね! とても強いんですよ!」



:ま?

:嘘やろ?

:魔術使えんのこの子?

:え、マジで?

:魔力使いじゃなくて魔術師?

:いや、さすがにハッタリやろ



 魔術師というワードに、視聴者たちが食いつく。


 だが、それも当然の反応だろう。なぜなら、魔術は探索者の中でも一握りの者しか使うことのできない、超レアな能力なのだから。



 ――この裏世界には表世界には存在しない魔素という物質が空気中に漂っており、それを体内に取り込むと、人は魔力をその身に宿す。


 魔力とは生命エネルギーの塊のようなものであり、それを使いこなすことで身体能力を大幅に向上させ、超人とも呼べる力を発揮することができるようになるのだ。


 この力に目覚めた者は、"魔力使い"と呼ばれる。


 魔素は誰にでも取り込むことが可能だが、人によって親和性に差がある。


 適性の高い者は初めて裏世界の空気を吸ったその瞬間に魔力を体内に宿し、適性の低い者は年単位で魔素を取り込み続け、ようやく魔力が身体に馴染む……と、いった具合だ。


 なので探索者に憧れる若者は多いが、ここで大半の者がふるい落とされる。


 適性の低い者は苦労して魔力を使えるようになってもその能力は総じて低く、一般人に毛が生えた程度なので、モンスターと戦えるほどの力は得られないからだ。


 魔力は肉体が裏世界の空気に馴染めば馴染むほど、そしてモンスターを倒してその残骸から魔素を取り込むほどに、その身に宿す質や量が向上する。


 なので、探索者たちは自分の能力をより高めるために、より魔素の濃い場所を求めて日々裏世界へと挑んでいる。


 ちなみにどれだけ裏世界で魔力使いとして訓練を積んでも、魔素のない表世界では魔力を扱うことはできない。


 え? 俺がさっき使ってたじゃないかって?


 実は、使える方法もあるにはある。……が、今は割愛しよう。


 ……で、だ。


 その魔力使いの中でさらに希少なのが、"魔術師"という存在である。


 魔術とは、一般に想像されるような火や水を出すような魔法のことではなく、魔力を使って様々な現象を引き起こす能力の総称だ。


 例えば魔力で剣を生成したり、未来を予知したり、はたまた空間を捻じ曲げてワープしたり……。


 まあ、超能力のようなものだと考えてもらえればわかりやすいだろう。


 もちろん火を放ったりするような魔法的効果を持つ能力もあるが、魔術は基本的に一人につき一種類のみしか発現しないので、いわゆるファンタジーの魔法使いのような万能な存在ではない。


 そして、魔術に目覚める者は総じて、魔力使いとして圧倒的な実力を持つ者か、もしくは天性の才能を持った初心者のどちらかであることが多い。


 俺が魔術師だと告げた瞬間の視聴者の食いつきは、そういった理由によるものだ。



「本当ですって。では証拠をお見せしますね」



:なんか本当っぽい反応だな

:わくわく

:十代で魔術師とか天才じゃん

:俺なんて10年も探索者やってるのに、全身をちょっとの魔力で覆うのが限界なんだが?

:↑普通の人はそんなもんだから安心しろw

:どんな魔術やろ

:エッチぃやつ希望!



 コメントが期待に染まったものに変わるなか、俺はきょろきょろと辺りを見渡してなにか使えそうなものはないかと探す。


 すると、前方にある廃ビルがかなり脆くなっているのか、上の方から瓦礫が落下しているのが目に入った。


 瓦礫は地面に激突すると大きな音を鳴らして四散したが、今にも崩れそうな箇所がまだまだ残っているようで、数十秒に一回はビルの破片が地面に落ちている。


 ……うん、あれにしよっか。


 俺はゆっくりと歩を進め、瓦礫の落下地点に丁度自分の頭が来るような位置で立ち止まった。



:おいおい何する気だ?

:そこはあぶねーぞ

:真上にまだめっちゃぐらついてる瓦礫があるけど大丈夫?

:美少女が潰れたトマトになる惨劇は見たくないぞ

:嫌な予感がする……

:あっ

:落ちてくるぞ!

:うわぁぁぁぁぁ!



 案の定、間をおかずしてバスケットボール大の瓦礫が落下を始め、真下にいた俺の頭上へと迫り来る。


 カメラはその一連の出来事を一部始終しっかりと捉えており、コメントは阿鼻叫喚の嵐となるが、俺は全身に魔力を巡らせながら、静かにその時を待つ。


 そして、瓦礫が俺の頭部と接触した瞬間――


 ――ドゴォォォン!!


 凄まじい轟音が鳴り響いたかと思うと、俺の頭で瓦礫は粉々になって弾け飛び、辺り一面に砂煙を巻き起こした。



:は……?

:え、なにこれ

:無傷?

:血も出てない

:一体なにが起こったんだ……

:どんな魔術だよこれ



「ふふふ……どうです? すごいでしょう? これぞ全身の防御力を高め、特に頭部は鋼鉄をも超える硬さになる私の魔術、その名も【重石の処女(タングステンヘッド)】です!」


 全身を砂まみれにした俺は、どやぁと笑みを浮かべながらカメラに向かって得意げに言い放つ。



:草www

:頭を硬くするだけの魔術かよw

:どや顔かわいい

:しょぼいww

:いや、でも実際頭部の怪我が原因で死ぬ奴って多いから、意外と馬鹿にできないぞ

:地味だけど確かに生存率は上がりそう

:普通にあれで無傷なのすごいわ

:だけどこれなら東小金井だったらソロでも問題なさそうやな



 視聴者の反応も悪くない。どうやら俺が魔術師であることを信じてくれたようだ。


 ……まあ、【重石の処女(タングステンヘッド)】なんて能力、実は存在しないんだけどな。


 今のは大量の魔力で全身と頭部をコーティングしたにすぎない。


 ただ、カメラ越しだと魔力は視認できないし、今のを完全にノーダメージでやり過ごすほどの魔力量と魔力操作は、本当にトップオブトップの探索者じゃないとまずできないので、魔術と勘違いさせるには充分だ。


 ちなみに、俺の本当の魔術は【大和男児七変化(プライベートアクター)】という、老若男女、古今東西のありとあらゆる声を自由自在に出せる能力である。


 ……は? どの道しょぼい能力じゃねーかって?


 馬鹿にしないでもらいたい。この能力は本当にすごいんだぞ? なにせ、俺の変装技術や演技力と組み合わせることで――


「――――あぎゃ!」


 カメラの前でどや顔のままカッコつけていた俺の頭部に、再び瓦礫が直撃して俺は地面へと倒れ込んだ。



:ワロタw

:美少女らしからぬ声出てて草

:やっぱりちょっとアホの子かもww

:いつまでもそんな場所にいるからw

:いくら頭硬くても急に当たったら痛いよな

:おっ、一瞬パンツ見えた

:ふわスラさんよくやった!

:くそ、見逃した!



「ゴホンッ! と、とにかく、これで私が魔術師なのは信じてもらえたと思います。それでは、そろそろ探索に出発したいと思います!」


 慌てて立ち上がってスカートについた砂埃を払うと、俺は顔を真っ赤にしながらそそくさと歩き出した。


 ……え、演出だからな!? 決して気を抜いてたわけじゃないんだからね!

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