第047話「佐東鈴香の調査ファイル②」☆
「…………」
「鈴香?」
「ニナ、ありがとうございました。おかげでようやく真相が見えてきたかもしれません」
「本当に!? もし事件の謎が解けたら、私にも教えてね? 絶対だよ?」
「ええ、もちろんです。……ただし、辛い結果が待っているかもしませんよ?」
「……分かってる。もう半年も行方不明なんだもの。正直覚悟はしてる」
たぶんそれでも覚悟が足りない。
俺の予想が正しければ、ニナは自分が何気なくしてしまった行動を激しく後悔することになるはずだ。
……とはいえ、彼女はきっとそれを乗り越えられるだけの精神力を兼ね備えていると俺は信じている。
そのときになったらしっかりフォローしてあげるとしよう。
ニナに別れを告げた俺は、再び先程聞き込みをした各教室に戻り、宝珠について詳しく質問していった。
すると大柏愛莉さんの友人が「そういえばそんな話をした記憶があるかも……」と証言してくれて、黒良白音さんの友人に至っては「ああっ! しろっちの宝珠確かにキラキラ光ってた!」と確信を持って答えてくれた。
これで全てのピースが揃ったな。
俺は再度図書室のパソコンに向き合うと、ダン学のデータベースからダンジョン実習の映像記録を閲覧することにした。
そして失踪した五名がダンジョンに潜って宝珠を手にしたシーンをピックアップする。
「……映像が、消えている?」
しかし、何故かそこだけ編集されたようにカットされていた。
これはもう断言してもいいだろう。この事件は完全に人為的かつ故意に引き起こされた犯行であると。
「そして犯人はデータベースの最深部を閲覧、編集できる権限を持っている人物。理事か教師の誰か、もしくは生徒会の人間ってことですね」
犯人はターゲットの宝珠になにかを仕込んで、失踪の原因を作ったのだろう。
唯野舞藻さんだけが五人の中で唯一普通の生徒だったのも、犯人の本来のターゲットは今年の一年Aクラス最強と言われているニナであり、彼女たちが宝珠を交換したことによって身代わりになってしまったのだと考えれば辻褄が合う。
魔術か魔道具による催眠系か精神操作系の能力か?
ならばダンジョン実習の後に様子のおかしくなっている生徒を探して、失踪する前に保護すれば――
「――いや、それでは後手に回っている気がしますね……」
唯野さんだけが実習の直後に失踪しているという点がどうも引っかかる。
この事件は修練の塔の内部で決着をつけなければならない、そんな予感がした。
……よし、そうと決まればあとは準備をするだけだな。
やれやれ、種口くんのほうはもう放っておいても大丈夫そうなので、今回のダンジョン実習はそう神経を尖らせなくてもよいだろうと思っていたのに。
「忙しくなりそうですね」
そう一人呟きながら、俺はパソコンの電源をプツリと落とした。
◇◆◇◆◇◆◇
「ねえ、恐竜ワンパン男がワカラセマンのパンチに耐える動画見た?」
「見た見た! 彼、凄かったよね! 普通なら絶対泣き喚いたり命乞いしたりするはずなのに……泣き言一つ漏らさずにただじっと耐え続けてたよね」
「うんうん、あれを見て私はちょっと感動しちゃったかも!」
「あの人Dクラスの生徒で種口くんって言うんだって。つい最近までFクラスの落ちこぼれだったらしいのにあの奮闘っぷり! なんか期待の成長株って感じだよね」
「分かる! 私、ちょっとファンになっちゃい――」
「――おいっ! うるせぇぞてめぇら! ちょっと黙れやッ!!」
俺がドガッと机を蹴りつけて威嚇してやると、ぴーちく騒いでいた女子どもは即座に黙り込んだ。
……くそが! なにが恐竜ワンパン男だ!!
あんなゴミみてぇなFクラスの底辺野郎が、名門中の名門である犬瀬家の長男であるこの俺、"犬瀬 華馬"様を差し置いて女子たちの話題の中心になっているだと?
所詮は教師たちからFクラス行きの判定を受けた雑魚だ。どうせすぐに潰れるだろうと、最近はちょっかいもかけずに放置してやっていたが……まるで口にするのもおぞましいあの黒い虫のようにしぶとい野郎だ。
無理だとは思うが、このままでは来週のダンジョン実習も突破してしまう可能性もゼロではないかもしれない。
そうなったらあの野郎はますます増長するに違いねぇ。
馬鹿な女どもはネットでちょっと話題になってるってだけでコロッと騙されてチヤホヤし始めやがるからな。
そういうのに一切踊らされないまともな女子……俺が実はちょっと気になっている長南もあいつのことばかり気にかけてたりするし……イライラが募る一方だぜ。
しかもあの野郎……最近は長南だけじゃなく、美少女配信者やアイドルとも親しくしてるらしい。
雑魚の癖にハーレムでも作ろうと思ってんのか? ふざけた野郎だ!
「ちっ……! おいブスども、退けッ!」
椅子を蹴り飛ばしながら席を立つと、蜘蛛の子を散らすように女子どもが道を開ける。
ふんっ、女というのはちょっと力を見せつけてやれば、この通り扱いやすいもんだ。それに比べてあのゴミ野郎……!
廊下に出てもイライラは収まらず、周囲を歩く男子どもを見境なく睨みつけた。
もしあの底辺野郎が、万が一にも俺と同じAクラスまで上がってきたら……。そんなことはありえないと分かっているのに、なぜか俺の心は焦燥と憤怒に支配されていく。
なんとか今回のダンジョン実習を失敗させて、あいつを落第に追い込む方法はないか……。
だが、実習で他の生徒の妨害は禁止されている。いくら理事の孫の俺でも、カメラの前であいつを潰すのは――
「はぁ~……先輩、このダンジョン実習に受かれば裏世界関連の単位が不足しても進級できるって特例、俺どうかって思うんっスよねぇ~」
「ああ、正直ちょっとぬるいよな。本来は転校生や前期に実力が足りておらず単位を取れなかったが、後期になって一気にレベルアップを果たした生徒に対する救済措置だったはずなのに、これを悪用して真面目に授業を受けない生徒が増えてしまった」
職員室の前を通りかかったとき、中から聞こえてきた声が耳についた。
チラリとそちらに目を向けると、窓越しに若い男性教師が二人で雑談をしている様子が目に入る。
「俺の授業も出席率がどんどん下がってます。生徒たちに何故だと聞いたら『だってダンジョン実習さえ受かれば進級できるんだから』なんて言うんッスよ?」
「探索者は命がかかってるから昔は生徒たちももっと真剣だったそうだがな。今は『タイパ』っていうんだったか? 効率重視で最低限のことしかしたがらない若者が多いんだろう」
「ほんっと困りますよねぇ。最近はダン学の生徒のレベルも落ちてるって評判ですし……。時代に合わせてこの辺もっと厳しくしてもいいと思うんスよね」
「そうだなぁ……。でも年配の教師たちは事なかれ主義が多いからな。面倒臭いと言って誰も改革はしたがらない」
「理事の知り合いでもいれば直接提言できたりもするんでしょうけどね……。俺らみたいな若輩じゃそういう伝手もないですし」
若手教師たちの愚痴が漏れ聞こえると同時に……俺の脳裏に天啓のごとくアイデアが閃いた。
ははっ! これならあの邪魔なゴミ野郎を正当な方法で排除することができるじゃねえかっ!
やはり俺は物語の主役になるべく生まれてきた天才、"犬瀬 華馬"だ。"種口 迅"とかいうモブ野郎とは頭の出来が違う……!
「おいっ、あんたら! 今の話もっと詳しく聞かせろよ!」
俺はニヤつく顔を抑えきれず、ノックもせずに職員室のドアを乱暴に開け放つのだった。




