第042話「腹パン」★
――あの髪の動き!? あ、あいつ……"四手の円樹"か!?
U・B・AのNo.2にして、アイドル界随一の戦闘狂!
賞金首やネームドモンスターを嬉々として狩り続けるヤバい女!!
何故あの女がこの場にいる! 奴らは今アメリカでツアー中のはず――まさか最初から俺を嵌める算段だったのか……!?
公式で堂々とツアーの宣伝と告知を行い、ライブの映像まで公開してアメリカに滞在していると油断させ……俺を討伐するハンターとして仁和円樹だけを日本に残していたのだ!
おそらく最初から渡良瀬大がワカラセマンであることを察していたのだろう。
おのれ黒鵜忍ッ!! 奴の作戦か! 忌々しい小娘めェ!!
――マズい! 攻撃が来るッ!
上空に長く伸び、大きく反り返ったツインテールがグルグルと旋回を始め――先端に掴んでいる石が俺を目掛け凄まじい速度で射出された。
まるでミサイル弾!
先ほどから手で投げていた石より、明らかに速度も大きさも上! あんなのが当たったら大量の魔力で身体強化していてもひとたまりもない!
「こ、こんなところで死んでたまるかァ―――ッ!」
必死に横に飛び退き回避を試みる。
一射目をギリギリ頬が掠る程度で躱す。覆面がはじけ飛んで素顔が露になるが、今は気にしている場合ではない。
猛烈なスピードで後方へ飛び去っていった石ころミサイルは大地に着弾し、爆ぜるような轟音と共に土埃を盛大に巻き上げた。
続いて迫る二射目を体を捻って紙一重で避けるが、脇腹を少し削られて血と肉片が空中に飛び散る。
痛い、熱い。
だが致命傷ではない! そしてなんとかしのぎ切った! 後は奴が次の攻撃に移る前にこの場から離脱すれば――
「――え?」
そう思った瞬間、既に第三射目が俺の眼前に迫っていた。
さ、三連射!?
髪だけじゃなく手でも投げていた!? 魔術で放たれた攻撃よりも若干速度が遅く、それはまるでチェンジアップの様にタイミングがずれて――
「――ぎゃあああぁぁぁぁぁッッ!!」
左足を直撃。
激痛と衝撃と共に、左の足首から下が宙に舞い上がってどこかに吹っ飛んでいく。俺はバランスを失って受け身も取れずにそのまま地面に倒れた。
「ひ、ひぃぃ!! だ、誰か助けてくれぇーーーーッ!!」
パニックになって情けない叫び声を上げながら、這いずるように逃走を試みる。
そ、そうだ! ふわスラだ! 俺のふわスラはレアな強化タイプ! 攻撃は喰らったが一撃でやられるはずがない! あの中にはポーションも入っているから治療もできるし、カメラが復活したら視聴者が助けを呼んでくれるかもしれない!
慌ててふわスラに命令を送ると、案の定無事だったようでこちらにゆっくりと飛来して来た。
同時にカメラを再起動するよう命じると、こちらも壊れていなかったのか視聴者からのコメントが耳に響き始める。
:お? カメラ復活した?
:ちょw ワカラセマン瀕死www
:片足ないじゃん! 誰がやった!?
:配信切れてたから何が起こったかわからん
:恐竜ワンパン男の仕業か!?
:いや、多分違う気がする。さっき遠くからなんかが飛んできたのが一瞬見えた
:てか覆面取れてるけど、こいつもしかして格闘王の渡良瀬大?
:なんか似てるよな
:マジだ。ていうか本人じゃね?
正体がバレてしまったようだが、そんなことは些細な問題だ。今はこの危機を脱することが先決だ。
「……こ、殺される! ひ、人殺しだ! お前ら、救援ボタンを押してくれ! 頼む! 早く……早くぅぅッ!」
:なに言ってんだこいつw
:裏世界賞金首の配信には救援ボタンついてないの忘れたか?
:通報ボタンならあるけどなw
:ライセンスは剥奪しないくせに、その辺はシビアなんだよなぁ
:自分が賞金首になったこと忘れてんのかこの男w
:殺されるって、お前賞金首なんだから相手が正当だろww
:裏世界賞金首はモンスター扱いなので殺してもおkって小学生でも知ってるぞ
:ザンクが平然と配信してるから感覚麻痺してるんだろうけど、指名手配犯が配信とか普通にアホだよな
……あ、ああぁぁあ!!
絶望的な状況に思考がまとまらず錯乱してしまうが、眼前には再び三つの石ミサイルが高速で接近してきており――
「あぎゃおォォぉオおおォォォお―――ッッ!!」
右足を貫かれ、さらには左手が吹き飛んだ。
鮮血と共に腕と足が宙を舞い……俺はゴロゴロと地面を転げまわる。
顔は鼻水と涙と涎でグチャグチャになっており、白いタイツの股間部分は黄色く染まってびちゃびちゃと地面に液体を垂れ流していた。
「だ、だずげでぐれ~~……」
十メートルほど離れた地点で俺を見ていた恐竜ワンパン小僧に残った右手を伸ばして泣きつくが、奴はふるふると首を振って哀れみの眼差しを送ってくるのみ。
:うわ、ワカラセマン漏らしてね?
:きったねぇw
:ワカラセマンじゃなくてオモラシマンでしたw
:いい大人がダサすぎ
:ミリンや恐竜ワンパン男はお前にこれくらいされたのに泣きもしなかったぞ
:なにが格闘王だよ雑魚が
:チャンネル登録解除しました
:親戚が渡良瀬道場通ってるけど今すぐやめるように言うわ
:俺の友達も通ってるからニュースになる前にやめるように連絡する
コメントが嘲笑と罵詈雑言で溢れかえる。
俺はただ死への恐怖で必死に懇願を続けるが、もはや誰にも届かない。
上空を見上げると、悪鬼が亜麻色のツインテールを今まで以上に長く伸ばし、絡み合わせて巨大な拳のような形状を作っていた。
先端には、もはや『石』ではなく『岩』と呼べるサイズの物体が握られており、それを大きく振りかぶっている。
「――あ」
身体を起こして避けようとするも、両足は吹き飛ばされていて立ち上がることさえできない。
ただ呆然と隕石のように落ちてくるそれを眺めていると――『ドンッ』と腹部に激しい衝撃が走り抜け、同時に後方で地面が爆発したかのような轟音が鳴り響いた。
「……?」
運よく助かった……?
当たったかの様に感じられたが、ギリギリ外れてくれたらしい。
しかし……なんだ? 何かおかしいぞ?
腹部の異変を感じて残った右手でお腹を抑えようとするが、手は何故かお腹を素通りして背中へ抜けていく。
視線を下に向ける。
「あ――――」
そこにあるはずの鍛え抜かれた腹筋と太い腸骨は影も形もなく、代わりに大きな風穴がぽっかりと開いていた。
「――あ……あ……がぼッ」
口から夥しい量の血液が吐き出されると同時に、急速に意識が薄れていく。
し、死ぬ……?
馬鹿……な、俺が……いずれ裏世界最強の男に上り詰めるはずだったこの俺が……こんなところで、あんな小娘……に……。
「だ、誰か……たすけ――」
助けを求めるように最後の力を振り絞ってカメラに視線を向けるが、俺の耳に届いたのは、「ワカラセマンが腹パンでわからせられてて草」という視聴者の心無い嘲笑だけだった――。




